4月
- 4月8日~4月13日 全日本プロレス・チャンピオンカーニバルに秋山準が参戦、リーグ戦敗退。 優勝は永田裕二。
- 4月8日 ヨーロッパ遠征「EUROPEAN NAVIGATION 2011」追加出場選手&一部対戦カード決定。
潮﨑豪、谷口周平、鈴木鼓太郎、丸藤正道、青木篤志、石森太二が追加発表。
このときはまだ杉浦のGHCタイトル戦など影も形もなかったのだが。
- 4月16日 グローバル・タッグリーグ戦2011が後楽園ホールで開幕。
後楽園北側にはカーテンが引かれて約200席が閉鎖、現地の写真がネットに流れて大騒ぎになる。(主催者発表は1700)
第三試合の6人タッグで丸藤正道が変形性頚椎症性神経根症を再発、以後長期欠場となり復帰のメドは立っていない。(6月現在)
この試合で丸藤は試合中しきりに右腕をきにしていたが、KENTAの蹴りで右腕が動かなくなり、終盤はリング下で倒れたままだった。
試合後KENTAは「どうした丸藤。 首か?情けないなお前。 もっとよ、本気のお前が見たいんだよ。 本気で掛かって来い、いつでもやってやるからよ。 次はおまえだからな。 首が痛いなんて言い訳なにも通用しねえからな。」と言ったものの、これ以降KENTAのカードは統一性を失い、結局中途半端に終わる事となった。
- 4月19日 東京スポーツ1面に8・27日本武道館~復興支援チャリティー「ALL TOGETHER」報道。
夢のカードとして「メジャー3団体のヘビー級王者トリオvs武藤&蝶野&田上(闘魂三銃士&四天王)」の活字が躍り、GW明けにカード発表されると書かれた。この時まさかこんなことになろうとは誰も思いもしなかった。
この大会の会場である武道館はノアが押さえていたとGK金沢氏がコラムで言ったが裏づけするものは何もなく、震災がなければどうするつもりだったのかや、チャリティー名目で東スポに泣き付いたなどと陰口を叩かれるだけだった。
- 4月20日 週刊プロレス上でKENTAと仲田氏のガラガラ問答が激化する。
仲田 「ブッカーは目立てないものなんだよ。それは丸藤副社長に申し訳ないと思っているよ。ファンの人たちも丸藤副社長の活躍する姿が観たいはずだし。それなのに自分はあえて一歩下がってるんだからね。君に何がわかるっていうの?」
タッグリーグ戦は何の話題にもならず日程を消化中。どっちもどっちです。
- 4月20日・21日 大阪・松下IMPホール2連戦。 ともに600人発表だったが満員マークはつかず。
同所の座席表によると定員が600人強であり、集客力の低下を囁かれる。
高山のブログによると、23日の朝に飛行機で移動、連戦をこなしてハネ発ちをしており、札幌に1泊という強行軍だったようだ。
さらに当日観戦客のブログによれば、リングは大日本プロレスが現地でレンタルしている物を使用し、緑のキャンバスも持参しなかったために2日とも黒いリングで試合をし、しかも借り物だったため組み立て方が分からず、2日目の試合中にリングを壊してしまう。
テイセン2日目、第1試合で小川vs中嶋が引き分け、第3試合でマルビンvs鼓太郎がダブルフォールで引き分け、さらに5分再試合で引き分け、そのうえに第6試合のタッグ戦で引き分けという、プロレス興行では珍しい1日4引き分けの記録を作った。
- 4月27日 新潟市 東総合スポーツセンター大会 2,000人(満員)
- 4月29日 後楽園ホール グローバル・タッグリーグ戦2011最終戦
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