追いかけて










 「おまたせしました」

「いいえ、全然待ってませんよ」


 校舎から出ると、若王子が玄関の前で待っていてくれた。

 比奈は小走りで若王子の前まで行くと頭を下げた。

 笑顔で比奈を迎える若王子は、先生とは思えない雰囲気で比奈の心を和ませてくれる。


「海野さんは甘いもの好きでしたよね?」

「え? あ、はい」


 歩き出したかと思った矢先唐突に尋ねられ、比奈は驚きながらも頷いた。


「先生最近美味しいたい焼き屋さんを見つけたんです。そこに行きましょう」


 満面の笑みでそう言う若王子に、比奈は静かに諭す。


「……先生、下校時の寄り道は校則で禁止されてます」

「あっ、海野さんは生徒会でしたね。困りました、先生が規則を破る訳にはいきませんし……でも、先生どうしてもたい焼き食べたいです」


 心底困ったように言う若王子にぷっと吹き出し、比奈は若王子を見上げて笑った。


「ふふっ、仕方ないですねえ。行きましょう、たい焼き! 私も大好きです!」


 拳を振り上げてそう宣言すると、比奈は先立って大股で歩き出した。

 そんな比奈の後ろ姿を見て、若王子は小さく笑った。















 駅近くの商店街の一角に、小さなたい焼き屋があった。

 若王子は嬉しそうにたい焼きを2つ買うと、道ばたに置かれたベンチに腰掛けて待っていた比奈にその一つを手渡した。


「さあどうぞ」

「ありがとうございます」


 受け取ったたい焼きは熱々で、比奈はあちあちと左右の手で持ち替えながらぱくりと一口頭をかじった。

 中のあんこはさらに熱くて、思い切り口の中をやけどしたと分かる。


「はふはふっ! ……あっつーい! 美味し~い!!」


 思わず叫ぶようにそう言って、比奈はまた一口かじる。


「ね? 美味しいでしょう? 先生こう見えてグルメなんです」


 えっへんと胸を反らす若王子に、比奈は苦笑する。


「ねこまんまが好きなのに、グルメなんですか?」

「おや、ねこまんまも立派なグルメです、差別反対です。タンパク質、脂質、炭水化物にDHA。アミノ酸も取れるんですよ。頭が良くなっちゃいます。それに少しマヨネーズをかけたりすると、超イケてます」


 必死にねこまんまの良さをアピールする若王子に、比奈はねこまんまを頬張る若王子を想像してまた笑った。


「ふふっ……ちゃんとビタミンも接種しないとダメですよ」

「野菜ジュースはいつも冷蔵庫に完備されているから大丈夫です……って、今は僕の食事ではなくて、たい焼きが大事です。海野さん、糖分は脳の栄養に不可欠です。キミはなにか悩んでいる。それを解決するためには脳に栄養を送って、じっくり考える事が必要かもしれませんよ?」


 若王子の言葉に、比奈ははっとする。

 こちらを向いてまた優しく微笑んだ若王子は、小さく「美味しそうだ」と呟いてたい焼きにかぶりついた。

 美味しそうにたい焼きを食べる若王子の隣りで、比奈は手元の半分残ったたい焼きに視線を落とし、ぽつり呟いた。


「先生、私は……全然駄目ですね」


 その語彙に若王子は食べるのを止めて比奈を見る。


「海野さんが駄目、ですか? どこが駄目?」

「どこがって……周りの人たちを見てると、自分が何にも努力してないからーーー」

「してるじゃないですか、努力」

「え?」

「キミは生徒会でも学校の授業でも、十分努力しています。先生ちゃんと知ってます」


 若王子のくれた言葉は優しくて、比奈は事実と違うとしても嬉しかった。

 しかし自分はやはり何の努力もしていない。

 多少なりとも氷上に認めてもらいたくて、勉強や生徒会の仕事に精を出すようにはしている。

 それでも氷上や千代美に比べれば全然なのだ。

 彼らと違い、高い目標がないのだ。

 学校を良くしたい、生徒達が過ごしやすい環境を整えたい。などという公明正大な目的などがない。

 確かに学校が過ごしやすい場所になってくれれば嬉しいし、そうなるために尽力したいと思ってはいる。

 だが、本来の自分の目標との比重に比べれば、遥かに軽い。


「海野さん」


 黙って俯いてしまった比奈を、すっかりたい焼きを食べ終えた若王子がペットボトルのお茶を一口飲んで、落ち着いた声で呼ぶ。


「誰と比較してそんな事を言っているのか大体の見当はつきます。だけど、他人と比べても何も始まりませんよ。キミは、彼に認めてもらいたいのでしょう?」


 はっとして若王子を見る。

 若王子は氷上の事で比奈が悩んでいる事を知っているのだ。

 恥ずかしくなって両手に力をこめる。

 再び俯いたその顔は、少し赤くなっていた。


「認める、という点ではきっと、彼はキミの事を認めていますよ」

「……そう、でしょうか?」

「ええ。先生が太鼓判を押しちゃいます。人には個人差がある。キミは僕から見たら十分努力しているけど、キミは自分自身で努力していないと感じる。不思議なものです」

「私は、彼らと違って動機が不純なんです」


 そう、不純なのだ。


「認めてもらいたいという動機のことですか?」


 コクリと頷く。


「ふふ。それでいいんじゃないですか? 何も思わず無感覚でいるよりは、努力に向かうためのファクターがあるのはすごいことです」


 若王子は比奈の様子を見ながら、思わず目を細める。


「ーーーだけど、そんな自分本位な動機で生徒会にいるなんて、恥ずかしくって」

「キミが彼に認めてもらいたいと自分本位な考えで仕事をしているとしても、それは結果的に仕事がスムーズに回るということに繋がってるじゃありませんか。もしそれが邪魔してやりたい。という動機ならば話しは別ですが、キミは自分のためにも、彼のためにも、十分努力していますよ。先生を信じて下さい」


 そう言って立ち上がる若王子を見上げ、比奈は本当にいいのだろうかとまた考えに落ちた。

 何も言わない比奈に、若王子は助け舟を出した。


「では、どうすればキミの疑問は解決すると思いますか?」

「え、解決……ですか?」

「そうです。ちょっと考えてみて下さい」


 そう言われ、比奈は解決策を考えた。

 自分は氷上に認めてもらいたい。

 努力しているのだと、その努力が駄目ではないのだと確信したい。

 そして不純ではない動機で、頑張りたい。


「ーーーーー彼からの、言葉が欲しい……です」


 言ってから比奈は驚いた。

 かあっと顔が熱くなる。

 若王子は相変わらず優しそうに微笑むと、力強く頷いた。


「そうだね。きっとキミにとって一番いいのは、彼からの言葉だと先生も思う。ほら、糖分摂取が役に立ったでしょう?」

「あ……」


 たい焼きと繋がった会話の内容に、比奈は膝元に目をやる。手の中にあるたい焼きはすっかり冷めてしまっていた。

 比奈は残りのたい焼きを一気に食べると、ベンチから立ち上がった。


「先生、ありがとうございます」


 出来る事をやろう。

 そう思い、顔を上げる。


「いえいえ、どういたしまして。海野さんが元気になってくれたら、先生も嬉しいです」


 そう言って持っていたお茶を比奈に手渡す。

 比奈はそれを受け取りぐいっとあおると、


「私、彼と話しに行ってきます」


 頭を下げ、くるりと踵を返した。

 恐らくまだ学校に残って仕事をしているだろう氷上の元へ、比奈は駆け出した。







                           続く…







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