私のやんごとなき王子様
夕食後、まだ作業が残っていた私は作業部屋へ戻っていた。
部屋の電気は付いていたけど、生徒は誰もいない。
ちょっと寂しいけどま、いっか。
私は静かで集中出来るといい方向に考えてミシンを動かし始めた。
どれ位時間が経った頃か、足元に置いていた新しい生地を取る為にしゃがんだ時だった。
ガチャリと部屋のドアが開く音がして、話し声と足音が中へと移動して来た。
次にバタンとドアが閉まり、再び静かになった部屋の中で男女2人がいるということが分かった。
ど、どうしよう。出るに出られないけど……
そっと机の下から顔を覗かせると、なんとそこには利根君と水原さんがいた。しかもとても緊迫した雰囲気だ。
ゴクリと唾を呑み込み、そっと机の下に身を隠す。
全部聞こえてしまうんじゃないかってくらい、心臓がドキドキと鳴っている。
「それで、大事な話しって、何?」
利根君だ。
しばしの沈黙の後、水原さんの緊張した声が響いた。
「あの、私……利根君の事が好き、なの―――」
えっ?
思わず声が出そうになり、私は自分の口を慌てて塞いだ。
「いつも穏やかで優しくて、利根君と話しているととても落ち着くの……ずっと好きだった」
「水原さん……」
やっぱり水原さんは利根君の事が好きなんだ。
利根君は彼女が言うように穏やかで優しくて、そして必要な時に助けてくれる。
風名君と幼なじみで、時には冗談を言ったり義憤にかられて腹を立てたりする、とても素敵な男の子……。
私も、そんな利根君の事が――好きだ。
きっと、去年委員で一緒だった時から好きだった。
どうしよう。水原さんは利根君と一緒にいてもとてもお似合いで、私とは全然違う素敵な女の子だ。きっとすごくモテるだろうし、利根君が水原さんの事を好きだったら2人は付き合っちゃうんじゃないだろうか。
「今すぐ返事が欲しいとは言わないわ。でも、どうしても自分の気持ちを伝えたかったの……だから、私と付き合ってもいいか、本気で考えて欲しいの――」
微かに震える声でそう言う水原さんに、利根君は何も言わない。
今どんな状況なのか声だけで判断するしかない私は、今にも倒れそうな程クラクラとめまいがし出した。
水原さんがどれほど勇気を振り絞って告白しているのか、その気持ちが分かるから。
「ごめんなさいね、呼び出して勝手な事言って……それじゃあ、また明日。おやすみなさい」
その言葉を最後に、水原さんは部屋を出て行った。
ドアが閉まる音がしてしばらく、ずっと微動だにしなかった利根君がボソリと何か呟いて、ゆっくりと部屋を出て行った。
私はそっと机の下から這い出て来ると、椅子に倒れ込むように体を預けて大きく深呼吸をした。
ずっと息を潜めていたおかげで、軽い酸欠になっていたのだ。
「はああーーーー」
握っていた生地に視線を落とし、もう作業を続ける気力が失せている事に気付く。
利根君は一体何と返事をするのだろう。
自分は告白する勇気もないくせに、利根君と水原さんが上手く行ったら嫌だと本気で思っている。なんて自分勝手なんだろう。
「はあっ……」
もう一度ため息を吐いて適当に机を片付けると、私は急いで部屋を出た。電気を消して鍵をかける。
先生の所に鍵を返しに行かなくちゃいけないけど、面倒だな……早く部屋に戻りたい。なーんて、そう言う訳にもいかないもんね。
そして私は廊下を全速力で走った。
やるせない思いをかき消す為に。
一つ戻る利根8日目・No.1
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