量子回廊:「ひな菊」 by ~

1.作者紹介:高野史緒(たかの ふみお)

 1966年生まれの女性小説家。茨城県出身。
高校時代から創作活動を始め、1988年、バレエ脚本のコンクールで佳作入賞。小説家としての一般デビューは1994年。80年代には声楽を学んでいる。
1994年、お茶の水女子大学人文学科学研究科において博士号を修得
 歴史改変小説を得意としている。

2.登場人物

  • ニーナ
 チェロ奏者の主人公。腕前は人並み。本業は教師。
  • ショスタコーヴィチ,ドミートリー・ドミートリエヴィチ
レニングラード音楽院の教授。実在の人物。
体制に迎合したとも非難されるが、スターリン体制下ではやむを得なかったのかも。
  • ジューコフ
医師。太っていなければ美青年。
 ニーナと話していたばかりに命を失う哀れな人。
  • マーシャ(マルガリータ)
 ニーナの親戚。いろんな意味で病気の人。
嫉妬からニーナとジューコフを密告。

3.ストーリー

 第19回党大会の年、音楽院のキャンプに参加するためにレニングラードを訪れたニーナ。彼女は思いがけず憧れの音楽家ショスタコーヴィチ教授の出迎えを受け、彼から個人レッスンを受けることになる。
 キャンプに参加している若者達に馴染めないニーナは森でチェロを演奏して時を過ごしていた。そんな折、久しく会っていなかった親類の少女マーシャと再会する。すっかり雰囲気の変わったマーシャに戸惑うニーナ。その後、音楽院で校医を務める青年ジューコフと知り合う。彼もまた、マーシャの変化に気づいていた。
 ショスタコーヴィチ教授から指導を受ける毎日。休憩時間にはジューコフと雑談。しかし、これはジューコフに思いを寄せているマーシャの嫉妬を掻き立ててしまう。
 ジューコフは、マーシャの変化が未知の感染症によるものであると推測していた。同時に彼はソ連で支配的なルイセンコの学説を否定さえした。
 最終日、ニーナは軍事機密漏洩の容疑で査問を受ける。幸い、ニーナの疑いは晴れたが、ジューコフは姿を消していた。マーシャが二人を密告したのだ。
 第19回党大会の後、スターリンの側近が次々に粛清された。マーシャが無言の帰郷を果たしたのもその時期だった。彼女は関係を持ちすぎていた。彼女に宿ったウィルスも時代のうねりには勝てなかったのだ。

4.ガジェットなど

①ルイセンコ

ソ連の農学者で、後天的に獲得した性質が子孫に遺伝すると考えメンデル遺伝学を否定。
自説に反対する学者は政治力を使って(物理的、社会的に)抹殺していった。
スターリン批判後もフルシチョフに取り入って権勢を保っていたが、後に失脚。
1976年に死去。

②進化論いろいろ

  • 自然選択説
ダーウィンが提唱。自然淘汰によって進化を説明している。
 ダーウィン自身は生物の多様性を尊重したが、曲解するとナチのような優生学に陥る。

  • ウィルス進化説
進化はウィルスの感染によって生じるとする説だが、証拠に乏しいのであまり認められていない。ジューコフは早すぎた天才か、あるいは単なるトンデモさんか?
 X-MENのようなアメコミやラノベでは人気の考えのような。
 ジューコフの推測が正しければ、マーシャはこれ。

  • 幼体進化
 幼体の特質を備えたまま成熟していく事。環境適応能力は幼体の方が高い。
 ロリコン向けエロゲーの登場人物はこれかも。

  • 創造説
神が全ての生物を個別に創造したとする考え。
ダーウィン登場まで、キリスト教社会の主流。

③同志スターリン

 ソ連のビッグブラザー。同志書記長は常に我々を見守ってくださいます。
 レーニンが売れない同人誌を作る傍ら、革命的武装強盗を繰り返して軍資金を稼いだロシア革命の立役者。死後、ハゲの元・鉛管工に批判される。
 ヒトラー総統が動画の中で意外な一面を暴露している。

5.感想

 現実のディストピア、ソ連を舞台にしたディストピア物。個人的に、自分の考えをほいほい表すジューコフは、実際のソ連でもすぐに死にそうな気がする。「1984年」に登場する主人公の同僚を思い出した。自分の本心を隠すという意味で、ショスタコーヴィチ教授とジューコフが対比されて描かれているように感じる。
 後、ソ連のヤンデレは、怖い。「(革命前から)中に誰もいませんよ」

6.高野史緒 著作リスト

ムジカ・マキーナ(1995)
カント・アンジェリコ(1996)
架空の王国(1997)
ヴァスラフ(1998)
ウィーン薔薇の騎士物語(2000-2001)
アイオーン(2002)
ラー(2004年)
赤い星(2008年)
最終更新:2010年09月29日 00:24