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また明日」(2007/08/28 (火) 17:23:37) の最新版変更点

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「じゃあね、ギコ。また明日」  そう言って僕は友達と別れた。無理やりの笑みを互いに浮かべながら。 「おう、じゃな。モララー」  ギコの声が今でも耳にはっきりと残っていた。  僕達の間ではあまり使われる事のない名。  たぶん、そのためだろう。僕は妙な余韻に不思議を感じていた。  ふと、空を見上げる。 「……紅い」  そう、空は紅かった。夕暮れとはまた違った紅さ。それはいつも以上に紅く、まるで燃えているようだった。  本来なら、この時間にもなればそろそろお月さんが顔を出すころだろう。  しかし、月の姿は無い。それどころか夕方とは思えないほどの明るさだ。  下を向けば影がくっきりと浮かび上がっていた。  目がひりひりと悲鳴を上げている。僕は目をつむり、ふらふらする足でなんとかそこに立っていた。 「ただいま」  自分の家なのに、足音を立てぬようにそろそろと入る。  しかし、気づかれてしまった。  こちらに中年ぐらいの女が走り寄ってきた。目尻にはうっすらと涙が浮かんでいる。 「モララー・・・なのかい?」  もう何年も会っていなかったためであろう。この女が自分の死んだ母親だと分かるまでにはかなりの時間がたった。  僕は笑って頷いた。そしてもう一度「ただいま」とつぶやいた。  すると、お袋の姿がだんだん見えなくなっていった。やがて消えた。  ひとまず玄関からあがり、リビングにへと足を運んだ。 ――やっぱり、何も変わってない。 「・・・」  このにおい――懐かしい。  誰も住んでいない家のはずなのに、ぬくもりはあった。それは僕を迎え入れてくれているからなのか、それともただの幻か。  今度は自分の部屋にあがった。  同じくそこも、僕が家を出たときのままだった。  親父と喧嘩して、家を飛び出したあの日から、何一つ。変わってない。 「ふぅ・・・」  僕はベッドに飛び込んだ。やわらかい布団が僕の体をやんわり受け止める。  そして訪れるのは、しばらくの沈黙。  願わくは、この時間が永遠に続いて欲しい。でもその願いは叶う事などない。  残された時間は、後一時間。そう決まってしまっているのだから。 『チャラン』  携帯からメール受信音が聞こえてきた。  僕は反射的にそれを手に取る。  そして、メールを開くと相手の電話番号を表示させ、通話ボタンを押した。  静かに鳴り続けるコールに、少し恐怖を覚えた。  出られないのかな・・・?  僕が電話を切ろうとしたとき、携帯から慌てた声が聞こえてきた。 『もしもし!』 「・・・もしもし」  その声は若干高くなっているものの、間違いなくギコのものだった。 『おい、メールの返信はメールで返せよっ! さっきのさよならの意味ねぇじゃんか』 「そんな決まり……初めて聞いたよ」 『お前――なんで泣いてるんだよ』 「え?」  そう言われて僕ははっとした。  どうも声が出にくいと思ったら・・・僕は泣いていたのか。  そのことに気がついた瞬間、嗚咽が漏れた。 『お前さー、いい加減その鈍感なところ直してみたら?』 「ギコだって…その…人をからかう癖……直せよ」  直したって意味無いだろ、は禁句。  僕は目尻に溜まった涙を拭うと声を上げて笑った。  すると、電話の向こう側から心配そうな声が返ってきた。  ううん、大丈夫。ただ笑いたくなっただけだから。  しばらくすれば涙も止まり、その後にしつこい嗚咽も止まった。  僕らの間には沈黙が流れていた。 『俺さー』 「うん?」 『こういう風に静かなの、て嫌い』 「……僕もだよ」  ふと、近くにあった時計に目をやる。 ――残り三十分。  時間だけは容赦なく進んでいた。 『あ、そうだ。お前知ってたか? 隣町のあのにーちゃんよ、今日に式あげるんだって』 「うそ、まじで! あの人が?」  あの日、僕達は二人そろって家を出た。  そして今の今まで学校にも行かずに不良たちと絡んでいたのだ。    僕達の会話にようやくスピードがついてきた。  お互いにどんどんテンションが上がっていって。  声の大きさも気がつけば大きくなっていって。  それは近所から苦情が来そうな感じで・・・。  突然鳴った目覚まし時計に、僕は現実を思い知らされた。 『な、なんだ。どうした、突然大きな声なんて上げちゃって』 「いや……時間が・・・」  僕はそれで言葉を切った。 『そうか・・・もうこんな時間なんだな』  時計の針の動く音。  それに負けじと動き続ける僕の心臓。  だんだん鼓動は早くなっていく。  僕は意を決して口を開いた。 「ギコ、今までありがとう」 『な、なんだよ突然・・・。お前、なんか今日変だな・・・』  僕はギコの言葉を無視して言い続けた。  今日で地球が終わると分かった日から、ずっと練習してきたんだ。  今日のために。 「ギコはさ、すっごく口が悪くてさ、それで小さな子を泣かせちゃったよね。それにありえないほどの女ったらしだし・・・でも、すっごく優しかった」  僕が一人でいたとき、いつもギコが隣にいてくれた。  僕が困っていたとき、いつもギコが助けてくれた。  だから僕は恩返しがしたい。  ずっと出来なくて、ただ思っていただけだったけど、この気持ちを伝える事ならできる。  最後の最後になってしまったのは、凄く残念だ。  でも・・・僕は伝えたい。  ギコの時間を削ってでも。 「ありがとう」 『ば・・・かっこつけんなよ――』  冷たく響いていたのは電子音。  携帯の待ち受け画面に目をやると圏外という文字が左上に表示されていた。  電波でも狂ったか。  僕は窓に寄った。そして真っ赤に輝く世界を覗いた。  眩しすぎて、目もまともに開けていられない。  でも無理やりまぶたをこじ開けた。  空には黒い塊――隕石だ。  涙が出た。  悲しいんじゃない、目が痛いんだ。  近くの時計を手に取った。  そして秒針を探す。 「時間ってこんなに早いんだ」  僕は軽く笑うとベッドに倒れた。  それでも、残り五秒。四秒と、カウントダウンは進んでいる。  まぶたを下ろす。  残り三秒。  過ぎた時間がもったいなく感じた。  残り二秒。  すべての人にごめんなさい。  残り一秒。  ありがとう、さようなら。  残り―― 「また明日」
「じゃあね、ギコ。また明日」  そう言って僕は友達と別れた。無理やりの笑みを互いに浮かべながら。 「おう、じゃな。モララー」  ギコの声が今でも耳にはっきりと残っていた。  僕達の間ではあまり使われる事のない名。  たぶん、そのためだろう。僕は妙な余韻に不思議を感じていた。  ふと、空を見上げる。 「……紅い」  そう、空は紅かった。夕暮れとはまた違った紅さ。それはいつも以上に紅く、まるで燃えているようだった。  本来なら、この時間にもなればそろそろお月さんが顔を出すころだろう。  しかし、月の姿は無い。それどころか夕方とは思えないほどの明るさだ。  下を向けば影がくっきりと浮かび上がっていた。  目がひりひりと悲鳴を上げている。僕は目をつむり、ふらふらする足でなんとかそこに立っていた。 「ただいま」  自分の家なのに、足音を立てぬようにそろそろと入る。  しかし、気づかれてしまった。  こちらに中年ぐらいの女が走り寄ってきた。目尻にはうっすらと涙が浮かんでいる。 「モララー・・・なのかい?」  もう何年も会っていなかったためであろう。この女が自分の死んだ母親だと分かるまでにはかなりの時間がたった。  僕は笑って頷いた。そしてもう一度「ただいま」とつぶやいた。  すると、お袋の姿がだんだん見えなくなっていった。やがて消えた。  ひとまず玄関からあがり、リビングにへと足を運んだ。 ――やっぱり、何も変わってない。 「・・・」  このにおい――懐かしい。  誰も住んでいない家のはずなのに、ぬくもりはあった。それは僕を迎え入れてくれているからなのか、それともただの幻か。  今度は自分の部屋にあがった。  同じくそこも、僕が家を出たときのままだった。  親父と喧嘩して、家を飛び出したあの日から、何一つ。変わってない。 「ふぅ・・・」  僕はベッドに飛び込んだ。やわらかい布団が僕の体をやんわり受け止める。  そして訪れるのは、しばらくの沈黙。  願わくは、この時間が永遠に続いて欲しい。でもその願いは叶う事などない。  残された時間は、後一時間。そう決まってしまっているのだから。 『チャラン』  携帯からメール受信音が聞こえてきた。  僕は反射的にそれを手に取る。  そして、メールを開くと相手の電話番号を表示させ、通話ボタンを押した。  静かに鳴り続けるコールに、少し恐怖を覚えた。  出られないのかな・・・?  僕が電話を切ろうとしたとき、携帯から慌てた声が聞こえてきた。 『もしもし!』 「・・・もしもし」  その声は若干高くなっているものの、間違いなくギコのものだった。 『おい、メールの返信はメールで返せよっ! さっきのさよならの意味ねぇじゃんか』 「そんな決まり……初めて聞いたよ」 『お前――なんで泣いてるんだよ』 「え?」  そう言われて僕ははっとした。  どうも声が出にくいと思ったら・・・僕は泣いていたのか。  そのことに気がついた瞬間、嗚咽が漏れた。 『お前さー、いい加減その鈍感なところ直してみたら?』 「ギコだって…その…人をからかう癖……直せよ」  直したって意味無いだろ、は禁句。  僕は目尻に溜まった涙を拭うと声を上げて笑った。  すると、電話の向こう側から心配そうな声が返ってきた。  ううん、大丈夫。ただ笑いたくなっただけだから。  しばらくすれば涙も止まり、その後にしつこい嗚咽も止まった。  僕らの間には沈黙が流れていた。 『俺さー』 「うん?」 『こういう風に静かなの、て嫌い』 「……僕もだよ」  ふと、近くにあった時計に目をやる。 ――残り三十分。  時間だけは容赦なく進んでいた。 『あ、そうだ。お前知ってたか? 隣町のあのにーちゃんよ、今日に式あげるんだって』 「うそ、まじで! あの人が?」  あの日、僕達は二人そろって家を出た。  そして今の今まで学校にも行かずに不良たちと絡んでいたのだ。    僕達の会話にようやくスピードがついてきた。  お互いにどんどんテンションが上がっていって。  声の大きさも気がつけば大きくなっていって。  それは近所から苦情が来そうな感じで・・・。  突然鳴った目覚まし時計に、僕は現実を思い知らされた。 『な、なんだ。どうした、突然大きな声なんて上げちゃって』 「いや……時間が・・・」  僕はそれで言葉を切った。 『そうか・・・もうこんな時間なんだな』  時計の針の動く音。  それに負けじと動き続ける僕の心臓。  だんだん鼓動は早くなっていく。  僕は意を決して口を開いた。 「ギコ、今までありがとう」 『な、なんだよ突然・・・。お前、なんか今日変だな・・・』  僕はギコの言葉を無視して言い続けた。  今日で地球が終わると分かった日から、ずっと練習してきたんだ。  今日のために。 「ギコはさ、すっごく口が悪くてさ、それで小さな子を泣かせちゃったよね。それにありえないほどの女ったらしだし・・・でも、すっごく優しかった」  僕が一人でいたとき、いつもギコが隣にいてくれた。  僕が困っていたとき、いつもギコが助けてくれた。  だから僕は恩返しがしたい。  ずっと出来なくて、ただ思っていただけだったけど、この気持ちを伝える事ならできる。  最後の最後になってしまったのは、凄く残念だ。  でも・・・僕は伝えたい。  ギコの時間を削ってでも。 「ありがとう」 『ば・・・かっこつけんなよ――』  冷たく響いていたのは電子音。  携帯の待ち受け画面に目をやると圏外という文字が左上に表示されていた。  電波でも狂ったか。  僕は窓に寄った。そして真っ赤に輝く世界を覗いた。  眩しすぎて、目もまともに開けていられない。  でも無理やりまぶたをこじ開けた。  空には黒い塊――隕石だ。  涙が出た。  悲しいんじゃない、目が痛いんだ。  近くの時計を手に取った。  そして秒針を探す。 「時間ってこんなに早いんだ」  僕は軽く笑うとベッドに倒れた。  それでも、残り五秒。四秒と、カウントダウンは進んでいる。  まぶたを下ろす。  残り三秒。  過ぎた時間がもったいなく感じた。  残り二秒。  すべての人にごめんなさい。  残り一秒。  ありがとう、さようなら。  残り―― 「また明日」  [[TOP]]  [[短編TOP>短編]]

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