今日は近所で祭りがあるらしい。
正直そんなものに興味は無い。何故ならただのどんちゃん騒ぎに過ぎないそれはただの騒音そして無意味にゴミを増やす原因にしかならないのにどうしてこうも毎年毎年続けるのだろうか実に不可解でしょうがないからだ。
「は? そのくらいてめー一人で行けよ」
「エー、ソンナ淋シイ事言ウナヨー。オレトオ前ノ仲ダロー?」
俺は行きたくないのにここに、どうしてもと駄々をこねるヤツがいる。全く、少しは人の気持ちを察しやがれ。
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早速やってきた祭りの会場の広場ではまだ日が明るいためか、屋台も観客もまだそんなに多くなかった。
「何が悲しくて男二人で祭りに行かねーといけねーんだよ」
「ダッテ俺タチフリーダロ。ツマリ彼女ガイナ――」
禁句発言を犯そうとしているアヒャを肘打ちで未遂にとどめる。言われてしまえば嫌でも分かってしまうのだ。ただでさえ周りを気にしているというのに、こいつは追い討ちをかけるつもりか。
「・・・串イカ一本」
近くの屋台で串イカ――つまり串に通したイカげそを塩焼きしたもので、イカ好きにはたまらない一品である――が売られていたので気紛らわしに買う。
屋台のおっちゃんはてきぱきと作業を進め、あっという間に一本を焼き上げてしまった。
「一本三百円ね」
そう言っている間にもおっちゃんの空いた片手は串イカを焼き続けている。俺はそれに内心唖然としながらも浴衣の内ポケットから財布を出して千円をおっちゃんに差し出す。
「釣り、七百円。後、連れのにーちゃんにもこれ上げて」
おっちゃんは地面にうずくまるアヒャを見た後俺に串イカをもう一本差し出した。俺は小さくお辞儀してからアヒャの元へ行き、足先でつついてやった。
「ギコ、オメナー、手加減シロッテンダ。マジデ痛ェ・・・」
「あー、ごめんねぇー。これで良いか?」
「・・・本当、マジムカツクワ。オ前」
俺が肘打ちを食らわせたところがまだ痛むのか、アヒャはその患部を押さえながらゆっくりと立ち上がる。どうせ下手な芝居だ。俺は何も言わずにおっちゃんからの串イカを差し出した。それを見てアヒャは一瞬眉間にしわを寄せる。
「新タナ嫌ガラセカ、ソレハ」
「いくら嫌いな物でも人の好意は素直に受取るべきであろう、アヒャ君」
俺はアヒャがイカ嫌いなのを承知の上で一度おっちゃんをちら見してから串イカを押し付けた。アヒャは俺の視線の先が気になるのか、屋台の方をちらちらと見ながらしぶしぶ受け取る。
「さ、場所取られないうちにいくぞ」
ぼんやりと突っ立っているアヒャを無理やり引っ張り、この祭りのメイン、花火がよく見えると評判のスポットを目指してひたすら歩き続ける。出かける前にアヒャがしつこくその記事が載っている雑誌を何度も見せてきたので場所は自然と覚えていた。
無償に口の中が寂しくなってきたので串イカに食らいつく。少々塩辛いが、対して気にならなかった。
「ヤッパオレ、コレイラネ。ギコガ食エヨ」
「ん」
いつの間にか隣に並んだアヒャから串イカを受け取る。少し食べたのか、さっき渡した時よりも少し量が減っていた。一口も食べずに俺に渡したとしたなら俺は迷わずアヒャの口に突っ込んでいただろうが、食べたのなら文句は言えない。
・・・っち。おもしろくねぇの。
「ア。アレ、しぃトでぃジャネー?」
しぃ、という言葉を聞いて体が勝手に硬直する。口の中の串イカの味が一瞬にしてなくなった。
「ど、何処に・・・」
「ホラ、アソコ」
アヒャが指差す先には同僚のしぃとでぃが。二人で仲良く俺たちが向かおうとしている目的地へ歩いている。それを知ってますます体は固まる。
「ドースルヨー、エー?」
アヒャが俺を肘で突っつき始める。
「ど、どうするって・・・行くしかないだろ。ほら、花火・・・もあるし」
「キャー、良イネー。青春男ッ! ホラ愛シノしぃチャンニアピレ、コノ野郎!」
アヒャがあまりにも五月蝿いので回し蹴りをかますがなんなく避けられてしまった。
「二度モ受ケル程ノアホジャナインデネー」
すかさずもう片方足で回し蹴りするが足をつかまれ身動きが取れなくなる。
「照レ隠シー? カワイイネー」
つかまれたまま足を勢いよく伸ばし、一瞬ひるませてアヒャの手から足を振りほどく。そしてさっきアヒャから渡された串イカをアヒャの口の中に突っ込んでやった。
「~~ッ!」
アヒャはそれをすぐに吐き出し、激しく咳き込んだ。味が嫌いなのではなくて体自体が拒否しているようだった。少しの罪悪感に胸の中がうずくが、俺は構わず自分の串イカを平らげる。相変わらず味は感じない。
さっきのじゃれ合いの所為か心臓がバクバク言っていた。いや、じゃれ合い程度じゃこんなに心臓は五月蝿くならないはずだ。本当の理由は分かっているがじゃれ合いの所為だと自分に言い聞かせておく。
「さ、行くぞ。折角人が少ない時に来たんだから」
相変わらず心臓はバクバク言っているが、だからといって声がかすれたり体がぎくしゃくしたりすることはなかった。
再び俺らは歩き出し、途中で何軒かの屋台に寄ったものの数分後にはその花火がよく見えるというスポットに到着し、シートを引き座っているという現状。そしてどういう風の吹き回しか、となりにはさっき見かけたしぃとでぃが同じシートに座っていた。
「たまには皆で見たいですね、花火」
「あー・・・」
俺はでぃと、アヒャはしぃと話し込んでいた。まあ話し込んでいたといっても話し込んでいるのはアヒャらの方で、俺たちはたまにポツリと会話を交わす程度だった。
俺はこっそりとアヒャたちの会話に耳を傾けてみる。
「写真撮ってくれた?」
「アー撮ッタサ。ハッズカシィー写真デインダヨナ」
恥ずかしい写真ってなんだ、恥ずかしい写真って。物凄く嫌な予感がする。
「どうしました? どこか具合でも」
「いや、ちょっと・・・」
正直言ってでぃは苦手だ。こうして俺のこと心配してくれて声をかけてくれるのはありがたいのだが、本来のでぃと違って全角で喋るし――それを言うならしぃちゃんも同じだが――、なにより雰囲気からしてただならぬ何かを発しているのが苦手だった。
「もしかして、写真のことで?」
自分の思っていることをピタリと当てられてさっきとは別の意味で体が固まる。俺は小さく頷いた。
「へーえ……知らないんだ……」
でぃはそう小さく呟くとくすくすと笑い出した。俺は顔をしかめながら周りを見渡す。さっきよりも大分人が増えてきた。後ろでは席が無くてたっている人だかりが。早めに来て正解だったなぁ、と改めて実感する。
突然首に後ろから手が回される。
「ギ~コ君」
しぃの声だ。再び心臓が鼓動を早める。呼吸も苦しくなってきた。
「これからも沢山写真撮らせてよね」
俺以外のやつ等は皆くすくす笑っている。もちろんの事、俺は後ろからしぃに抱きつかれて頭の中が真っ白でしぃの言っていることが理解できないでいる。
しぃの片手が首から下へと降りて行き俺の左手に触れた。
「あ、花火」
誰が言ったのか、よく分からないがその瞬間に花火が打ちあがる。
「ねぇ、ギコ君。私――」
しぃが言いかけて首を俺の方に傾けた。花火の上がる間がどんどん少なくなっていく。
「私――」
「ナンテ展開にナルカモシレナインダゼ・・・ッテオイ、ギコ!」
うっとりしていた思考が半ば強制的に現実に引き戻される。そしてなぜか気分が無性にムカムカしてきた。
俺は陽気に笑みを浮かべているアヒャを睨みながらわざと声を低くして言った。まだ頭の中は半分霧がかっている状態だ。
「・・・祭りは」
「ダカラコレカラ行クッテ話ダロウガ!」
俺は目を瞬き手の甲で強くこする。
そうだ。ここは、俺の部屋だ。ハイになっていた気分が一気に急降下する。
つまり、これはよくあるオチの一つというわけで……。
「……やっぱお前が一人で行け」
どうりで花火の打ち上げがあんなに早かったわけだ。夢の中では矛盾が必ずといって良いほど発生するのだから。
「ナ、ナンダヨ。サッキマデハ乗気ダッタクセニ!」
「五月蝿い、さっきはさっき。今は今だ」
口の隅にたまっていた涎を手で拭ってベッドにもぐりこんだ。なぜかだんだん悲しくなってきた。まあそれもそうだろう。あんな夢の後で無理矢理現実にご対面させられたのだから。
「……ジジ臭……ア、シィチャーン! 写真撮レタヨー! 涎ダヨー!!」
「マジかよ! ちょ、やっぱお前に頼んでおいて正解だったわ」
かすかに聞こえる声を聞かなかった事にして俺は目を閉じて夢の続きを見ようとする。
案の定、続きが見られたことには見られたのだが、しぃがあの屋台のおっちゃんに変わっているというとんでもない悪夢だった。
最終更新:2007年08月04日 17:18