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「お願いだからさぁ、もう泣かないで。ね」
 僕の目の前に立っている女の子は、首を横に振りながらぐずぐず泣きじゃくっている。お昼から少し時間が過ぎた公園の真ん中で、僕は必死に女の子をなだめていた。

 ほんの数分前のことだ。僕はこの公園の中を歩いていた。いや、跳ね歩いていたと言っても間違いではないと思う。今日の空は朝から快く晴れていたし、それに街は俗に言うクリスマスムードに包まれている。そのことにも影響したのだろう、僕の足取りは自分でも驚くほど軽く終いには軽くスキップまで踏んでいた始末だ。しかし、それはほんのつかの間。僕の不注意でそのまま女の子とぶつかってしまった。体格上の違いもあって見事女の子は後ろに転び、泣き出した。そして今に至るわけだ。
「いあだぁ~っ」
「ねぇ……頼むよ・・・」
 公園の出入り口付近にいる、幼い子供の手を握るお母様たちの視線がとても痛い。ねぇ奥様、ちょっと奥様、あの子泣かされているわ。ほら、見て。もうあの男の子大分大きいのに、やぁねぇ。なんて近くの人構わず耳打ちしているんだろ、きっと。って思っている傍から耳打ちし始めないでくさい! あ、何笑ってんですか! しかも二人してやあねぇとか、その手振りいりませんから。
「やぁだぁ~!」
 女の子が泣き声のボリュームを上げた。何が嫌なのかさっぱり分からないが、僕は必死で女の子の背中を撫でて泣き止め泣き止めと念じていた。しかし、泣き声は大きくなる一方で僕はそのまま逃げ出してしまいたい衝動に襲われた。そっと目を逸らして苦笑いする。
「そうだ!」
 例のお母様の視線が何事かと僕に注がれる。僕は女の子の背を摩っていた手を顔に、そしてもう片方も顔に当てた。そして思いっきり舌を出して、準備は満タン。指で隙間を作って外の様子を伺う。よかった、まだ目の前には女の子が立っている。よし、と僕はゆっくり深呼吸をした。
 そして手を下げる。
「あっかんべー」
 遠くのほうでお母様の感嘆の声が上がったのが分かった。目の前の女の子の顔がどんどん泣き顔にへと崩れていく。自分の失態に気がついたのは、この時だった。
 あっかんべー、じゃなく、いないないばぁだったと。
「しぃぞんなこどもじゃないもん~っ」
 あれ、何か突っ込むとこ違わないか? なんて思ってないんだから。とにかく泣き止ませないと、あと数分もしたら彼女との待ち合わせの時間になってしまう。彼女にこんな姿は見せられない。いつも舌足らずで有名な僕が勇気を振り絞って彼女をデートに誘ったのに。折角の苦労が水の泡だ。いやそうじゃないそうじゃない。皆嫌だろう、子供を泣かせて必死になだめている彼氏なんて! これだ、そうこれが結論――訳分かんねぇ。自分でもなんか訳分かんない。
「くすす」
 あれ? なんで笑っているのかな、お譲ちゃん。しかもお兄ちゃん面白いとか指差して笑っているけど、さっきまで泣いていたよね。わんわん泣いていたよね? ひょっとしてアレは嘘泣きなのかな? あぁもうなんか泣きそうだ。つか、泣きたい。もうお兄ちゃん疲れたよ。
「お兄ちゃん、今日デートなの?」
「えっ、なんでそれを」
「だってお兄ちゃん自分で言ってたじゃん」
 真っ赤に目を腫らした女の子が僕を見てにやにや笑みを浮かべる。あ、そうですか。声に出てましたか。それよく言われましたよ、友達に。痛いって。それでどんだけ僕が傷ついたか……あぁお母様方の青春時代の話が聞こえ――……勘弁してください。
「うんそうだよお兄ちゃんこれからデートなんだよすっごく自身ないけどデートなんだよだからデートなんだよデートなんだよデートああどうしよ」
 女の子の肩に両手を置きながら頭をうなだれてぶつぶつと呟く。女の子の体が少し震えて居るからまだくすくす笑いながら僕を見て立っているらしい。こういう不安で不安でどうしようもない時の呟きは意外に尽きないものだ。もうずっとこの体制で喋り続ける自身が僕にはある。だって、それだけ不安なんだもん。不安なんだもん。
「……何してんだ?」
 聞きなれない声が後ろから聞こえてきて、僕は慌てて立ち上がる。彼女だ。一人称おれの彼女だ。やばい、へんなとこ見られた! しかもぶつぶつ愚痴ってるところ見られた!
「は、早い、ね……」
 苦笑い、多分僕の顔には誰がどう見てもあきらかな苦笑いが浮かんでいるのだろう。女の子が僕を見上げて未だニヤニヤと笑みを浮かべている。彼女はその光景にあまり興味がないのか視線を少し向けただけで直その視線は僕に移された。
「早い? おれは時間通りに着ただけだが……つかそういうお前こそ早いだろうが。こんな早く来て、おれの妹に会いたかったのか?」
「い、妹?」
 僕が女の子に視線を向けると、女の子は僕に見せつけるようにお姉ちゃぁん、と言いながら彼女に飛びついた。しかし彼女はそんな女の子を慣れた手つきで払いのける。構ってもらえなくて嫌なのか、女の子は頬を膨らませた。それでも彼女は女の子に見向きもしない。気がつけば女の子はすっかり涙目になっていた。
「気にするな、気を向かせようとしているだけだ」
 そんな姉の言葉を聞いて気に入らないのか、どこからか舌打ちが聞こえてきた。――こんな小さな子でも舌打ちするんだ……。なんて感心していると今度は彼女が拗ねていた。性格に似合わない大きな瞳が半開きになっている。それに片足は何の曲なのか小刻みに動いてリズムを刻んで居る。あれ? これってもしかして僕退屈させちゃってる?
「あぁ、退屈してる。悪かったな、性格に合わない大きな目で」
「あ、ごめん、なさい……、でも僕は、その、綺麗な目で、ギャップもいいかなぁ、なんて・・・」
 なんか上手く話せない。あぁもっと家で日常会話の練習しておくんだった。鏡の前に一人立って今日も綺麗だね、なんてお決まりの科白――無理です、ごめんなさい、舌足らずな僕でごめんなさい。
 この苦悩も、また声に出ていたらしく彼女は肩を震わせてくすくす笑っていた。
「お前、馬鹿みたい」
 彼女の嬉しいのか嬉しくないのかよく分からない言葉にすこし傷つけられながらも、僕はありがとうと笑みを浮かべた。もしかしたら、舌足らずでよかったのかもしれない。そうでなかったら彼女を笑わせられたかどうか、よく分からない。
 そういえば、と思い立って女の子を探してみれば、あのお母様方の子供と仲良く砂場で穴を掘って遊んでいた。どこまで掘るのか、女の子の屈んだ頭は砂の山でほとんど見えない。
「あ、あのさっ」
 僕と同じように視線を泳がせていた彼女に意を決めて向き合う。
「ん? どうした?」
 視界の隅でお母様方が視線をこちらに向けたのが分かった。知らん振り。知らん振りしなきゃ。そうでなきゃ言える自身がない。
「ぼ、僕と」
「ストップ、ストップ。タンマ、タンマ」
 半ば叫びそうになった僕を彼女が制止させる。きょとん、と彼女を見ていると彼女は口の端を少し上げながら呆れたように言う。
「場所の選択が悪い。これだからお前の想い人ってやつに無視されるんだ。いいか、大事な事を言うにはまずそれなりの空気、簡単に言えば雰囲気だな、あとは場所、これらがそろって始めて告白ってなるんだ。分かるか? まぁ、頼まれたからにゃしっかりと叩き込んでやるけど」
 べらべらと喋る彼女に僕の目はほぼ点になっていた。話がおかしい。 何かがおかしい。なんか彼女の言い分からすると、僕がなんか彼女に頼んだみたいになっているじゃないか。しかも告白の仕方……? お前の想い人って、貴方様の自身ことでございますよ。まぁ確かに気分だけが高ぶって、空気よんでなかったけどさ……。
 さて、どう彼女の誤解を解くべきか。さっきまではいいなと思っていた自分の舌足らずが再び恨めしく思えてきた。相手にきちんと伝わってなきゃよくもなんともないじゃんか!
 自分でもなんかどうしようもなくなってきて僕は大きくため息をついた。
「まぁ気を落とすなって。ちゃんと一から教えてやるから」
 そういいながら彼女は僕の手を引いて公園を出ようとする。あ、僕自転車なんだけど。そんな僕の叫びは彼女の耳には聞こえてないようで……。まぁいいか、と僕は自然と笑みをこぼした。

 自転車は終わった後で取りに来よう。
 そしてゆっくり秋空の黄昏を眺めながら自転車を引いて家に帰ろう。

 その時の僕が何を思っているのか、今の僕には分からないけど。

 いつか、僕の舌足らずが直って。
 そんでもってちゃんとした雰囲気で告白できたら。


 そうしたら、貴女は僕の隣を歩いてくれるのかな。



 また声に出ていたようで……。
 少し前を歩いてる彼女は僕を小突いて、寒さの所為なのかほんのり赤めいている顔で、くすりと笑った。


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