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 月と虫はかくれんぼ。
 まあだだよ。

 雲と草は鬼ごっこ。
 鬼さんこちら手のなるほうへ。


 ぼくはひとり鬼の役。

 もういいかい。



 [ウロコ]



 森はからかうように葉を擦り合わせる。たかがそれだけのことに体が強張ってしまった自分が情けなくなる。

「せめて出口が分かればいいのですが……」

 もう森の中をさ迷い続けてどの位たっただろう。裸足になってしまった足がじんじん痛む。切ってしまったのだろうか。確かめたいけれども今はこの森から抜け出ることを優先させなければ。それに見ようとしても、見上げるほどに高い草が視界を邪魔しているのだ。道を作るために手で草を左右に広げる。その向こうがまた草の海であることにため息をついた。
 甲斐(かい)様はどうしておられるだろうか。まだ昼寝をしているとありがたいのだけども……。叶いもしないことを望みながら足を進める。帰ったらきっとまた殴られるのだろうな。結局言われていたものも見つけることも出来なかったし、運が悪いことに迷子になってしまっている。
 そういえばいただいた草で編んだ靴も、解けてなくなったのだった。おまけに麻の服もぼろぼろだ。帰りたくないと、その思いがよぎるが死ぬよりは生きているほうがマシというものだ。同じ身分の人の中では仕事につけない人だっているのだ。その人たちよりも幸せな生活を捨てたりしたら、きっと自分は罪悪感に悩ませられるに違いない。

「……寒い、な」

 高い草は風を防ぐどころか、どうぞどうぞと言わんばかりに道を許している。その所為で草はしなり、余計に視界を塞ぐ。目を草の先が突き思わずしゃがみ込んでしまった。目を何回か擦れば痛みはひいたが風は止んでいない。もういっそのこと這って進もうか。止まっているよりはいいだろう。
 両手を地面について進む。下は見ない。つい最近“生類哀れみの令”が出されたが、昆虫は対象にしていないはずだ。いや、それ以前に分からないだろう。こんな森の中まで役人がいるようには思えない。ここは全く切り開かれていないのだ。両手に不快感を覚えながらとにかく進む。
 ようやく風が止んで立ち上がるが、相変わらず辺りは草の海だった。もしかしたら一生ここで迷い続ければならないのだろうか。それだけはごめんだ。それならまだ殴られ働いているほうがマシだ。甲斐様のところにいれば生きていける。だから甲斐様の言うこと、やることには従い逆らってはならない。そう言って母はいなくなった。父は、知らない。
 そういえば甲斐様に言われて森に入ったのだけれども『水蛇のウロコ』なんてどこにもなかった。しかも存在するかも分からないような物を探させるなど、甲斐様らしいと言えば甲斐様らしい。甲斐様は常に自分の思い通りに行かないと直に気分を損ねる。だから、出来ればもって帰りたいのだが、その形すら分からないのだから探しようがない。

「いったぁい」
「え」

 自分ではない声がして思わず後ずさる。何か踏んだのか? 足の裏を触るが、触っていることすら分からなくなっていることに気がつく。足の裏を触った手は血にまみれていた。いや、それよりも、あの声は誰の声だ?

「ちゃんと下を見て歩いてよね、全く」

 草の中から突然現れた人に私は思わず腰を抜かした。驚きで声が出ない。
 謝らなければ。踏んでしまったのだ。謝らないと。謝らないと殴られる。蹴られる。体が震える。出来るなら走って逃げ出したい。

「ご、ごめんなさい……ごめんなさい」

 声が震えていた。おそるおそる顔を上げる。視界に入ったのは草を掻き分け私を見下ろしている女の子だった。女の子と言ってもおそらく私と同じくらいの年齢ではないだろうか。彼女は私に手を差し伸べ、私はそれをおそるおそる握り返した。何とも言えない気持ちが胸に広がる。彼女は私を否定しない。嬉しさを感じていないといえば嘘になるが、反対に虚無感もあった。知らないのだろうか“ひにん”の身分を。私目の下にはその身分を示す印が刻まれているというのに。
 そのことを言おうと口を開くが、彼女に手を引かれた所為で草が口の中に入ってきた。青臭い匂いが口の中に広がる。思わず口を閉じるが自然と声を発した。

「い、何処へ」
「湖だよ」

 引かれるがままに走っていけば草の海は消え、そこには大きな湖が現れた。彼女が手を離し湖に飛び込む。私は体中の力が抜けてしまいその場に座り込んでしまった。知らない間に疲れていたのだろう。意識していなければそのまま眠ってしまいそうだった。近くに生えていた木に背を預ける。そして湖で遊ぶ彼女を盗み見た。
 透き通るような……否、もしかしたら本当に透き通っているのかもしれない。彼女の着ている青い着物は湖をそのまま映しているかのように美しかった。彼女のような人も、彼女の身につけているものも、ここの景色も私には全てが新鮮だった。彼女がはっとしてこちらを見ゆる。どうしたのだろうか、慌ててこちらに駆け寄ってくる。

「ごめんね、ぼく君の事忘れてた!」
「……ぼく?」
「ぼくは壬。これでもちゃんとした男の子なのだ」
「私は、水癸(みずき)と申します」

 彼女――もとい彼の話し方に少し違和感を覚えたが、空を見たとたんそんなもの吹っ飛んでしまった。もう日が暮れている。何故湖に出て直に気が付かなかったのだろう。きっと甲斐様は凄くお怒りになられている。時間関してはとても厳しい人なのだ。最近は藩の景気もあまりよくない所為で機嫌も悪いというのに。

「そうだ、帰らなければ!」

 来た道を引き返そうとするが手を引かれ、そのまま湖に倒されてしまった。思っていたよりも深い湖に驚きが隠せない。彼がここにいたときは普通に立って水と戯れていたではないか。突然何か強い力に引き上げられて、顔が水面から上がる。私は慌てて岸に捕まった。壬は私のいたところに立っている。では、さっきの力は何だったのか。

「帰さないよ。帰り道、分からないんでしょ」

 厳しい表情でそう言われ私ははっとした。そうだ、ついさっきまで私は迷子だったじゃないか。壬がこちらに歩み寄る。私は思わず目を瞑った。水に沈められるのかもしれない。そう思ったがそれをしようとする手は伸びてこなかった。

「ぼくと遊んで。ぼくずっと一人だったんだ。だから、また明日も来て。約束するなら帰してあげる」
「え?」

 今度は足を何かに引かれた。もちろんのこと私の体は湖の中に引き込まれていった。しかし気持ちは不思議と落ち着いていた。私を引いた力はもう働いていないけれども、何故か抵抗する気にも上がる気にもなれなかった。息はしていないのに苦しさを感じない。それどころか懐かしささえも感じてしまっている。
 目を開ける。痛さすら感じない。湖の中は綺麗に透き通っていた。壬が私に向かって微笑みかけた。私も思わず微笑み返す。壬は奥に沈む何かを指差して何かを呟いた。聞こえてくるはずのないその声は何故か私の耳にちゃんと響いてきた。私はとらわれたようにそれを見つめる。
――綺麗だ。そう思った。
 壬が私の隣に寄ってきた。そして私の手の中に何かを握らせる。私は要らないと返そうとしたが壬はそれを許さなかった。壬がまた私の手を引いて湖の中を泳ぎだす。私は手を引かれながら手の中のものを見ていた。何かあるのは分かる。でも湖の水の所為でそれが何か把握することは出来なかった。
 精神が睡眠を求めている。意識が眠ろうとしている。疲れたからなのか、息をしていないからなのか私には分からなかったが、気が付けば私は意識を手放していた。


 *

 目が覚めたとき、私は甲斐様の家の中にいた。あれは夢だったのかとため息をつく。森へ確かめに行く手もあるのだろうが、本当に迷子になってしまったら元も子もない。夢、だ。夢なんだ。ぼんやりする頭でいろいろ考えていたとき、はっとして手を広げる。
 そこには透き通った小さなウロコが一枚、何か言いたげに光を反射させていた。


 *


 二日後、水癸が来た。ぼくは遠くからそれを見ていた。水癸が一人ならぼくは彼女の手を引いて湖に引っ張って行っただろう。どうして昨日は来てくれなかったのだと、言いながら。けれど、彼女は今一人ではない。
 じっと草むらに身を潜めながら近付いて様子を伺う。ぼくの姿に、きっと彼女等は気がつかないだろう。彼女等はぼくの目の前を通り過ぎる。水癸の後ろの男からは、彼女のような純粋さは感じられなかった。むしろ汚らわしい。醜い心の人間だった。


 *


 甲斐様はお喜びになった。私が持っていたのはどうやら『水蛇のウロコ』だったらしい。私はそれを渡したくなかった。しかし命令に背く訳にはいかずどうしようかと躊躇していたら蹴られた。息が出来なくなるほど腹を蹴られ、手からウロコが転がる。壬はどんな思いで私にこれを渡したのだろうか。それを思うとウロコを渡してはいけない、その想いで必死に手を伸ばすが手を足で踏まれ甲斐様がそのまま持って行ってしまった。
 とたんにウロコは荒んだ色になった。私は思わず目を見開いてしまった。信じられなかったのだ。さっき目の前で起こった出来ごとが。今考えてみれば壬との出会いもありえないような話なのだが、それ以上に驚きを隠せなかった。もしかしたらもともとその色だったかもしれないのに。いや違う。あのウロコは確かに透通っていた。それが黒ずんだ。甲斐様が持ったと共に。
「誠に見事なウロコだ。おい、どこで取ってきたのだ?」
「それは……」

 腹を押さえながら体制を立て直す。しかしまたすぐに蹴りが入り、私はまた床に倒れた。激しく咳混んだら口から血が飛び出していった。また吐いてしまった。さらにまた蹴られる。うまく呼吸が出来なかった。蹴られ続ける。苦しい。どうしてこんなにも苦しいのだろう。

「恵んだ服も草履も、お前はぼろぼろにしたのだろう。昨日も遅くに帰ってきおって。お前を人にしてやったのは誰なのだ? ひにんのお前を雇ってやったのは誰なのだ?」
「も、りの湖…で…す」
「立て。案内しろ」


 湖についたのはあっという間だった。はっきりと覚えているわけではなかったものの、風に導かれるように進んで行ったら湖に出たのだ。途中で蛇を踏みそうになったのは焦ったが。ふと、もしかしたら壬が教えてくれたのかもしれないと思う。無事にたどり着いたことと、湖が存在していたことにほっと息を吐くと突然殴られた。体が強張り反射的に謝罪が口から零れる。

「謝る暇などあるのならさっさとウロコを探してこい」
「ですが」

 今度は蹴られた。湖の岸まで髪の毛を引っ張られ、引きずられる。湖は以前のような穏やかさはなく、細かく波立っていた。まるで誰かを拒絶しているように。顔を水面に引っ張られる。息を飲んだ。
「ウロコは湖の中になるのだろう。取ってこい。取れるまで上がって来るな」

 頭を押さえる手に力が入る。突然のことに水を飲み込んでしまう。苦しくなって顔をあげれば、また沈められた。あの時のような感じはしない。今はただ苦しいだけ。息がしたい。空気をいっぱいに吸い込みたい。意識が消えかけた頃、顔を水面から上げられた。すかさず咳込み、血を吐く。

「湖の中にウロコはないよ」

 壬の声だった。


 *


「ウロコが欲しいのならくれてやる。水癸を開放しろ」

 男はぼくをみて目を見開いていた。何故か顔が仄かに赤く染まる。ぼくは怒りが表情に出ないように男が求めているウロコをばらまいた。こんなものが欲しいなんてどうかしている。案の定、男はばらまいたウロコに飛び付かなかった。ぼくは男を睨む。男はニヤリと笑みを浮かべた。

「お主、取引をせぬか。私は甲斐と言う。私と婚姻を結べ。そうすればこいつを助けてやろう」
「それだけで、水癸を開放してくれるの」
「あぁ、約束しよう」

 水癸が小さくかぶりをふる。その条件を飲み込んではいけないと、水癸がぼくにうったえてきてくれている。それを見た男が水癸を殴る。水癸は蹲ったまま身を縮めた。男は水癸の首に腕を回しながらウロコを広い集める。ぼくはずっと男を睨んでいた。水癸が苦しげに顔を歪める。それなんか気にも留めず、男はウロコを拾うウロコは全て黒ずんだ色になっている。なんて醜さの心だ。反吐が出る。

「分かった。結ぶよ。だから水癸を」
「望みのとおり、開放してやろう」

 水癸の首に回されていた腕が離れ、水癸はくたっと地面に倒れこんだ。息が浅い。咳込んだ口からは血までもが出ている。ぼくは慌てて水癸に駆け寄ろうとした。しかし男は水癸を蹴飛ばした。水癸はもう死にかけている。なのに、まだ蹴り続けている。
 ぼくと会ったとき、水癸が時折何かに怯えていたが、もしかしたらこの所為なのかもしれない。ぼくは叫びながら男に飛び掛かる。男はそんなぼくの動きを予想していたかのように、水癸を湖の中に蹴り飛ばし、ぼくをはね飛ばした。
 反動に耐えられずそのまま尻餅をつく。水癸が死んだ。そのことだけが頭をうめつくしていた。何の抵抗もなく沈んでいく水癸をぼくは思い浮かべた。水癸は死んだ。


 *


 私は死んだのか。蹴られることに抵抗する力すらなかった私は死んだのかもしれない。心地よい浮游感に、思わず目を開けた。せめて最後くらい壬の姿を見ていたい。そう思って開けた目の前をあの日、湖の奥に潜んでいた赤い光が泳ぐ。――あれはぼくの命なんだ。壬が指をさしながらそう私に言った。私はまだ死んでいない。ここは湖の中だ! 力の入らなかった体が微かに動くようになる。まだ私は死んでいない。生きている。光はまるで喜んでいるかのように左右に揺れた。この湖は感情を持っている。私を、受け入れてくれている。
 あぁ、甲斐様がこれを見たらきっとこれすら奪おうとするのかもしれない。それだけは、させない。絶対に、渡さない。強い決心。今まで従うことしかしてこなかった私にとっては、初めてのことだった。けれどそれは、他の誰かがするそれよりも強いものだと言い切れる。渡すものか。絶対に。
――おいで。
 心の中で呟いて赤い光を呼んだ。近付いて来た光を両手で包む。何も出来ない私だけど、無力な私だけど、これだけは甲斐様の手に渡さない。
 壬は私の存在を許してくれた。そして人として認めてももらえない私に彼の命を教えてもらった。もしかしたらあそこに来た人だったなら誰でもよかったのかもしれない。でも私と壬は出会った。ならば、私はそれに感謝してこれを守ろう。甲斐様の手に渡らぬよう。
――水癸は死んだ。
 壬の呟きが光から聞こえた。私は光を包むように体を縮めながら心の中でだけれど、そっと囁いた。
――壬、私はここにいる。


 *


「生類憐れみの令に違反だ」
「その令は人に対してではあらぬ。動物に対してだ」

 男は大口を開けて高らかに笑いだす。ぼくは胸に虚無感を感じながらゆっくり立ち上がった。地面を睨む。ばらまいたウロコは一つもない。こんなやつに、水癸は殺されたのか。こんなくだらない輩に、綺麗な心の水癸は殺されたのか!

「なら、ぼくはお前を殺しても違反にはならないわけだな」
「先ほどからお主、身分をわきまえておらぬな。無礼にも程があるぞ」

 今度はぼくが笑う番だった。悲しさとおかしさが気持ちの中でごちゃまぜになっておかしくなりそうだった。もういい。おかしくなればいいんだ。水癸はぼくと会わなければ死ぬことなんて無かったのだ。ぼくがいたから。ぼくがあの日湖に引っ張って行ったから。ぼくがあの日、人と触れたいと思ったから。思いっきり笑う。もういい。もういいのだ。

「妖怪に、そんなの関係ねぇだろーがよ」
「ようか、い?」

 男に向かってぼくは走り出す。男は刀を構えてぼくを切り付けようとするが、遅い。ぼくは男の上を通り越して湖の上で静止する。湖には青い竜が映っていた。水癸は、この中に。ぼくは男を睨んだ。

「ばかな、水蛇なん、て」

 男に向かって口を開きながら突進する。男は刀を振うが痛くも痒くもなかった。男の足をくわえて上昇する。男が何か騒いでいるがぼくには関係ない。さぁ下降して叩き落としてやろう。そう思っていたとき、刀が胸を貫いた。しまった。正気に戻ったときはもう遅かった。体から力が抜け男が口から抜け出る。ぼくを下敷きにするつもりなのだろうか。
 地面に落ちる寸前、ぼくはあることに気がついた。とたんに落ちるだけの体に力が入る。ぼくはとっさに男の下から上に回り、尻尾で男を叩き付けた。尻尾に何かが折れる感覚が伝わる。
 地面から耳を塞ぎたくなるような音が、ぼくのいるとけろにまで響いてきた。ぼくはゆっくり静かになった地面に足をついた。そして胸に刺さった刀を抜き捨てる。
 あの時、ぼくは胸に痛みを感じていないことに気がついた。心臓は動いている。血は確かにぼくの体全身を巡っていた。でも何故だろうか。今ではすっかり傷が塞がってしまったそこは、いくらぼくでも刺されたら死んでしまう。けれどぼくは生きている。何故だ。

 水癸。そういえば水癸は湖に沈んだままだ。湖に潜り水癸を引き上げる。
――水癸。
 人型に戻るのを忘れたままぼくは水癸をじっと見た。水癸は動かない。やっぱり死んでしまったの? 水癸の体を鼻先でつついて揺らすが水癸は反応を返さなかった。ふと、水癸の手が何かを握っているのが分かった。傷が付かないように優しく噛んで舌で握り拳をこじあける。
――う、そ。
 それを確認した瞬間、ぼくはそれを口の中に放り込まれた。びっくりして水癸を見る。水癸はぼくを見て弱々しく笑っていた。

「壬の、命、返し……ます」

 馬鹿水癸。なんて愚かなの。馬鹿だ。馬鹿だよ。
 湖はぼくの二つ目の体。だからぼくはここから動けなかった。離れてはいけなかったから。一人は寂しかった。こんな森の奥、誰も来ないから。でも、こんなことになるのならぼくは一人を望む。こんな結末を、望んだわけじゃない。

「な……んとな、く分か……てました……よ」

 水癸がぼくの頬を撫でる。馬鹿。馬鹿だ。どうして湖でぼくの心臓を庇ったのだ。水癸が庇ってくれたおかげで、男は死にぼくはいまここに立っている。しかし水癸はあのダメージを受けたはずだ。ぼくの代わりに。

「責任、とって……か、いさま……いない、から。いなく、な……たから」

――わかったよ、ぼくはちゃんと責任をとる。

 だからどうか死なないで。そんなに嬉しそうに笑わないで。今にも消えそうな灯をぼくに見せつけないで。またぼくは水癸の体を揺すった。今すぐ飛び起きてよ。あの時みたいに、もう帰るって叫んで。視界が歪んで水癸の顔がよく見えなかった。ぼくの頬を撫でる手はまだ動いている。

「死……ま…せん、よ……わた……は」

――じゃあもし、水癸が元気になったら。その時は今度こそ、ぼくと遊んでくれる? ぼくのそばに、いてくれる?

「なら……それ、まで……ま……て、て………くだ、さ……い」



 ぽとりと落ちる水癸の手。ぼくは口の中のものを水癸の口の中に押し込んだ。

――ぼくの命を半分あげる。

 無駄なことかもしれない。でも、早く目を開けてほしかった。ぼくの命を半分削ってでも、水癸に生きていてほしかった。

 ぼくは水癸の隣りに横たわる。そして目を瞑る。


 冷たい水癸の手。それが涙に濡れて少しだけ、暖かかった。








 月と虫は出てきて、みいつけた。

 雲と草は追いついて、捕まえた。


 それでもぼくはまだ、水癸の声を探す鬼のまま。