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 小鳥の春の唄が聞こえてきた頃。

 薄く香った花の甘い匂い。その匂いに誘われて頭上を見上げる。
 そこでは大きな桜の木が沢山の花を咲かせていた。
 突如、大きな風が吹く。
 むろん、桜の花々は左右にいっせいに揺れはじめた。
「なんだ、やっぱここにいたのか」
 僕は声のしたほうに視線を向けた。
 僕は苦笑いを浮かべて返事を返す。
「いちゃ悪い? 僕だって、たまには外に出たいと思うときがあるんだから……」
 僕はまた目を逸らすと桜の花を見つめた。
 緩やかな風で揺れる花々。そのたびに花びらは散っていく。
「なに拗ねてるんだよモララー。お子ちゃまじゃあるまいし」
 すぐ隣から土の上に座る音がした。
 自然に視線がそこに行く。
 色とりどりのお弁当に。
「ギコ、早速弁当ってのはどうかと」
 僕もギコの隣に腰を下ろす。こっそりギコの顔をうかがうとニヤニヤと笑みを浮かべていた。どうやら彼女の手作りのお弁当らしい。
「いいの、いいの。花より団子って言うだろ?」
 ギコはそう言うと弁当の中身をがつがつと口に運び始めた。
 せっかくのお弁当がもったいなく思えた。
「……何だよ、そんなに弁当が欲しいのか」
「別に」
 その後も、僕は弁当への視線をずっと動かさないでいた。
 流石のギコも食べづらいらしい。ギコの複雑な表情からそれがうかがえる。
 気がつけば僕らは互いを睨み合っていた。

 動かない僕らの間に、風と時間だけが流れていく。
 ああ、このまま時間が止まってしまえばいいのに。
 僕は睨みながらそう思った。
「っぷ……変な顔」
 最終的に僕が吹き出してしまった。ギコが頬を膨らませたりしぼませたり、蛙みたいなことしているからだ。
 しまいには、ギコまでもが吹き出した。そして、僕たちはそのまま高らかに笑いあった。

「じゃあ、僕も食べようかな」
 桜の木の傍に置いておいた袋を膝に乗せる。変な温かみが袋の中から伝わってきた。
 隣でギコが興味津々に袋の中身を覗いてくる。
「中、何入ってるんだ?」
 ギコがそういうので、僕は袋の中から一匹、活きのいい桜の葉が着いたピンク色のジエンを取り出す。
「桜餅だよ。ギコもいる?」
 ギコは目を輝かせながら首を縦に振った。
 僕は袋の口を広げる。
 中であんこを出しながら一匹がつぶれていた。膝に伝わる変な温かみは、このせいだったらしい。
「花見に桜餅って、何かあうようで変だな」
「だね」
 僕がいい終えると僕たちは同時に桜餅をほおばり始めた。
 噛むたびに感じる、このあんこのほのかな甘さ。そして丁度いいやわらかさの餅。
 味を確かめながら、一口づつ・・・。
 口の中から聞こえるすすり泣く声は気のせいであろう。
「なぁ、そのつぶれた奴も食べていいか?」
 僕は袋をギコの手の届かないところにやろうとしたが、ギコのほうが速かった。ギコは僕の返事も聞かずに僕から袋を奪い取ったのだ。
「食いしん坊め、いつか太るぞ」
 ギコは手についたあんこを舐めながら言う。
「太って結構ですよ。俺は太りにくい体質ですし」
 確かにギコは、どちらかと言えばやせている方だった。人一倍、甘いものを沢山食べているのに対し、体重はそんなには増えない。
 男子から見ても羨ましい体質だ。少なくとも僕はそう思っている。
「そういえば、明日だったっけ……お前が出発するの」
 僕は静かに頷いた。胸の中で動き回る感情を抑えながら。しかし、抑えきることができなかった。
 僕は明日この地を離れる。理由は親の都合で。もちろん僕はこの地を離れたくないと抗議した。しかしその抗議は何の効果もなかった。
「よかったねギコ。邪魔者がいなくなって」
 唖然とするギコをよそに僕は立ち上がり桜の木と向かいあう。
「邪魔者ってお前なにを」
 ギコも立ち上がろうとするが僕がそれを制した。
「いいんだよ無理しなくて。僕知ってるんだから。君が僕に隠れて友達と僕の悪口話してるのをね」
 ギコの目が大きく見開かれる。どうやら図星らしい。
 僕は桜餅が入ってた袋を拾うと自分の家の方向に歩き出した。
 後ろからギコの呼び止める声が聞こえたが僕はそれを無視する。

「おい、モララー! 待てって!」
 ギコが僕の肩を掴んだ。でも僕はすぐにその手を振り払った。
「『モララーさえいなくなれば、俺は楽になれるのになあ』でしょ? いいじゃん、希望通りになるんだから」
 僕は笑みを浮かべながらギコに突きつけるように言った。そして僕はすぐに走り出す。
 その瞬間、頬に何か暖かいものが伝ったような気がする。でも、多分気のせいだろう。
 気のせいじゃなかったとしたら奇跡だ。
 涙なんてとっくのとうに枯れたものだから。



 何もない部屋で、何もない夜を過ごし、何もない朝を迎えた。
 玄関から母の声が聞こえる。もう、出発の時間らしい。
 僕は簡潔に母に返事を返す。
 そして、さよなら、とこの部屋に別れを告げた。何もない寂しい部屋に。
 この部屋にテレビやらソファやらがあったなんて信じることができなかった。

 タクシーを走らせて十分。
 酔いを堪えながらも駅に到着する。
 さっそく父がこの地方限定の駅弁を買っていた。どちらにしろ僕は酔ってしまうのだから新居で食べることになるのだが。
「じゃ、五分後にココに集合な」
「了解」
 時計を見ながら告げる父に僕はそっけなく答えた。
 そして僕は駅の入り口にゆっくり歩きながら戻る。もう一度、この風景をこの目に焼き付けるために。
 サアア、とそよ風が傍を駆け抜けた。それと共に近くにあった木の花びらが舞う。
「モラ君!」
 遠いような近いような所でところでしぃの声がした。
 その声の方を向いて本当かどうかを確かめる。やはりそこに居たのはしぃだった。
 でもどうしてここに?
「やった……間に合った……」
 しぃは手を膝に当てて呼吸を整ようとする。
 僕はしぃのいる方向と逆の方を向く。大きなビルやらが何軒も建っている。
「モラ君だよね……?」
 語尾をやや上げて問うしぃに僕は相変わらずそっぽを向いたままだった。
「どうして来たの?」
「どうしてって……」
 しぃは僕の視野の中に歩み寄った。
 流石にもう顔はそむけなかった。
「見送りに来たのよ」
 しぃは鞄から小さな箱を取り出すと僕に突き出した。
 僕はしぶしぶそれを受け取る。
「モラ君、自分に自信もちなよ」
「え?」
 手にあるちょっと重みのある箱。
 しぃの言葉の意味がわからず聞き返したときには、しぃは遠くの方にいた。
「向こうにいっても頑張ってねー! 手紙送ってねー!」
 しぃは懸命に手を振っている。僕もおずおずと手を振り返す。
 芝居、その言葉を頭の隅に置きながら。
 ピルルル、と集合時間を知らせるアラームが鳴った。

『まもなく新幹線が発車します。なお、この新幹線は……』
 僕は窓際の席で、ぼーっと外を眺めていた。
 中途半端に咲いた桜の花々。見えない風で揺れていた。
 ガタンと揺れて列車がゆっくり動き出す。
 とうとう、さよならだ。この地とも、ギコたちとも。
 見慣れた風景画がどんどん右に流れていく。
「ギコは今何やってるんだろ・・・」
 どうせ友達と遊んでいるに違いない。僕の悪口をいいながら。
 頭を左右に振ってその考えを頭から吹き飛ばす。
 突然、隣に座っている弟が僕の手を引っ張った。
「お兄ちゃん! あれ、お兄ちゃんのお友達じゃない?」
「え?」
 弟が指差す方向に視線を向ける。
 川の近くで必死に旗を振っている香具師がいた。
 その人物をはっきり見ようと目を細める。
「ギ、ギコ!」
 旗を振っているのは紛れもなくギコだった。
 必死に何かを叫んでいる。
 窓を開けようとしたが、新幹線の窓は開くはずがなかった。
「良かったねお兄ちゃん、ちゃんとさよなら言ってくれたじゃん」
「……」
 旗に何か書いてあるようだったが、残念なことに読み取ることができなかった。
 何を言っているのかも分からなかった。
 でも、物凄く嬉しかった。それに間違いはない。

 新居に到着しても、僕はギコのことが頭に離れなかった。
 昨日あんな酷いことを言ってしまった僕を見送りに来たなんて。
 ありえない。
 ふと、しぃから貰った箱を思い出す。
 リュックから取り出したその箱の角が、若干つぶれていた。でもあんまり気にならなかった。
 ふたを開ける。その瞬間、中から甘い匂いが漂ってきた。
「うっ、チョコレートか・・・」
 中にはチョコレートが数個詰め込んであった。
 ところどころに焦げ目があることから手作りだということが分かる。
「手紙・・・?」
 箱の隅に一枚の紙切れが挟んであったので、さっそく手に取り広げてみる。最後に書かれている『ギコより』という四文字だけが目に入ってきた。

「……」
 桜の花びらが一枚チョコの上に乗っかっている。
 おそらく何かの拍子に入ってしまったのだろう。

 花びらをのけて、いちばん小さなチョコをつまんで口に運ぶ。


 それはほろ苦く、ちょっと甘いものだった。




昨日ふと思いついた二文(?)からできたもの。
久しぶりに一人っ子の物語が書けたか!?と思ったらいつの間にか弟登場。
……俺も末期だなぁ(何に?


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