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隙間風として参加した『春だ! AA小説板感謝祭2007』の作品です。




 早いものだ。
 あんたがいなくなってから、もう一年が経つ。
 息が白く色づいた。
 流石は山奥。ふもとの町の寒さとは全く違う。
 昨日積もった雪が足を何度も掴む。あんたの墓石にたどり着くまで負けてたまるものか。雪なんかに負けてたまるものか。
 自分がとても馬鹿馬鹿しく思えた。
 墓石といっても裏庭にあるのだ。漬物石を乗せただけの墓。十分な墓を作ってやれなかった自分に嫌気がする。
 そうだ、自分をあざ笑ってやろう。声を上げて。自分が自分を嫌いになるまで。

 大きくため息をつく。このため息に、どんな思いが込められていたのか。自分でもわからない。
 
「コート着るだけじゃ厳しい……な」
 根性も寒さにはかなわない、という事か。そう思ったときだった。
 ぽつり。
 鼻に何かが落ちた。とても冷たい。
 視界にとても小さな白いものが映る。
「……どおりで寒いわけ、か」
 なるほどと、見た瞬間納得できた。

 雪だ。

 つい、天を見上げてしまう。
 昇ったばかりの太陽の日差しが、粉雪に反射している。
 輝いていた。ものすごく綺麗だ。

 もしかすると、あんたからのおくりものだろうか。
 ふとよぎる、愚かな願い。
 そうだとしたら、永遠に降り続いていてほしい。
 そうひそかに、思ってみた。


 自然と足が止まる。

 口のない墓石。
 もし、墓石に口があったなら。

 枯れた花束。
 決してあんたを、忘れていたわけじゃない。

 心の状態を表しているかのように眼は潤みだす。
 雪が舞う中、墓石の前で俺は静かに手を合わせた。





 一,日記帳

 兄の墓参りを終え、玄関へと走った。相変わらず積雪は俺を転ばそうとする。
 朝よりもはるかに寒い。コート一枚では、流石にもう限界だ。
 そういえば、家の鍵、どこにおいたっけ?
 ポケットをまさぐる。見つけるには少し手こずった。
「よし」
 開いたドアを急いで閉める。風を家の中に入れないためだ。寒さのほとんどは風によるものだから。
 誰もいないためか、ドアを閉めたときのあの音が無駄に響いている。同時にピン、とたった耳が時間をかけてもとの位置に戻る。ご近所さんが居たなら、苦情が来ていただろう。
 でも、こんな山奥で、しかも雪山に自ら住みたがる人が居るだろうか。
 居ると例えてみても、人が居るか居ないかの山奥ではなく数人が住んでいる山里を選ぶだろう。現に山里がここから南へ行ったところにあり、そちらの方が生活費も余りかからなくて楽だ。

 勝手に膨らむ妄想を振り払い、勢いよくカーテンを開ける。その時小さな光の道が木の床に伸びた。
 とりあえず、コートを脱ぐ。それとともに寒気が襲ってきた。
 ふと、目の前の暖炉が目に入った。唯一の暖房器具。

 炎はたきぎを燃料にし、メラメラと燃えている。
 見ているだけでもあたたかい。
 頭がぼんやりしてくる。
 なぜだろう。
 不思議と泣きたくなってきた。

 一瞬、火が笑ったように見えた。


「弟者! お前のせいで大事な俺のパソコンが」
 よみがえる、いまわしい過去。それと引き換えに意識は遠くなっていく。
「どういう理屈で俺のせいになるのかと小一時間」
 大嫌いな自分の声が、はっきりと聞こえた。最悪だ、最悪。


 今日の天気は雪。二年ぶりに見た都会の雪だ。
「じゃあ立ち上げてみろ! ずっと黒いままじゃないか」
 例のパソコンは、開いた窓のそばにあった。
 窓からは少しだけだが、雪が侵入している。そしてその雪は、パソコンの上で溶け始める。このことを兄者はわかっていない。

「当たり前だ」
 いらいらしながらも、全開になっている窓を指差す。
 しかし、返答は意外なものだった。
「……開いている窓が悪いというのか? ふざけるな」
 流石は兄者。大好きな雪までも見えなくなったのか。
 俺のイライラ感はだんだん大きくなっていった。
「兄者、視力下がりすぎだと思われ」
「ふぅん。だからパソコンを壊した、そうだろう?」
 違う。
 この一言すら他人不信のあんたには伝わらない。残酷だ。
「……兄者。なんで俺を疑うのだ」
 聴かなくても理由は分かっていた。
 俺がずっとこの部屋に居たからだ。
 それに、最後に触ったのも俺だから。
「ふん、自分の胸に聞いてみろ」
 一言一言がとても痛い。
 勝手にありもしない罪を着せられて、勝手に信頼を無くされて。
「ときに兄者よ。今日の天気をしっていますか、と」
「そんなこと関係ないだろうが!」
「……」
 その一言でようやく分かった。あんたはパソコンが大事だと。
 そういうことだろう? 何よりもパソコンが大事なのだろう?
 家族と言う人間の集団にも敵意を持つあんたには何よりも大事なパソコン、か。
 中毒だな。あんたは完璧なパソコン中毒だ。
「流石だよ兄者……。それだから人に嫌われるんだよ!」
 突然の俺の言葉に兄者はきょとんとする。
 俺自身も自分の行動に驚いていた。
「ど、どうした……?」
 この空気とは逆にあんたの落ち着いた声。
 気づけば俺は泣いていた。
「うるさい! 黙れ!」
 ふと、気づけばあんたに手を上げていた。
 耳を塞ぎたくなるほどの大きな音。
「……と者、お前!」
 手のひらが、じんじんと痛かった。
 俺の意思で殴ったんじゃない。身体が勝手に動いたんだ。
 無駄だと思いながらも自分に言い聞かせる。どちらにしろ、殴ったのは俺だ。そのことに変わりはないのに。
 兄者は俺に向かって、近くにあった一冊の分厚い本を投げた。
 俺はすぐに避けようとするが、華麗に顔面に直撃した。頭に血が上っていたせいか、それが突然すぎたせいか。なぜ避けることができなかったのかわからなかった。
 
 起き上がろうとする俺に兄者は飛びかかった。それはすごく乱暴で、両手で首を掴まれる。身動きが取れないように、自由を奪うために。
「は……はなせ」
 息ができない。
 首が押されている感覚から徐々に痛みに変わってくる。
 手を、脚を必死に動かそうとする。
 なぜ? なぜ、動いてくれないんだ?

 兄者の顔が見えなかった。きっと俺が泣いていたからだろう。
 意識が薄れてゆく。
 嫌だ、嫌だ。あのろくでなしで、自己中心的なあんたに負けたくない。
 わがままで、人を敵だと考えるあんたに殺されたくない。
 くそっ、死んでたまるものか。

 願いが通じたのか、ようやく手が動いた。
 ふん、あんたの負けだな。力では俺の方が上だ。

 俺は目を開けた。

「……あれ? どういうことだ」
 起こせるはずがない身体を起こす。
 目を開けたといっても、もともと目を開けていたのだから、余計わけが分からなくなる。
 自然と辺りを見回す。近くには本が落ちていた。とても分厚い。兄者が投げてきた本にとてもよく似ている。
 後ろを振りかえる。後ろには本棚があった。

 いつの間にか、夢の中に居たようだ。


 くらくらする頭と、ぎしぎし痛む肩を抱えながら洗面所に向かう。
「はあ、これからは床で寝るのはやめよう」
 歩くのがこんなに大変なことだったなんて。脚までもが思うように動かなかった。

 数十秒後、俺は洗面所にやっとのことで到着する。
 他の人がここを見たら、きっと不思議に思うだろう。鏡のない洗面所だなんて。
 まぁ、俺に鏡は不要だから仕方がない。
 理由はいろいろとある。簡潔に言ってしまえば、俺と兄者が似過ぎているから。でもそれは、一卵性双生児として生を受けたのだから当然のことであって、逆に似ていなかったら怖い。 
 つまりは、兄者を思い出したくない。たったそれだけのことだ。


 さてさて。眠気覚ましには冷水が良いと言うが他にはないものか。蛇口をひねったものの、どうしてか、水が出てこないのだ。
「もしかして、あれですかね……」
 寒い地方にはよくある水道管の凍結か?
 まさかと思い、他の蛇口もひねってみる。
 おいおい、冗談じゃない。全部ダメになった。
 年末休業で水道局は休みだ。仮にやっていたとしても、こんな山奥まで来てくれるだろうか。いや、それ以前に重大な問題が残されている。
 今月の生活費が底をつきかけているじゃないか。とても出張費やら修理代やらを払える状態じゃない。
 ふと、湯を沸かして凍結部分を溶かす方法が頭に浮かんだが、すぐに無理だと結論が出た。なぜなら、ここはいちばん暖かい冬でも氷点下を下回るからだ。きっと氷結した部分にたどり着かないうちに湯は凍りつくだろう。いや、湯を沸かすどころか、水が出ないのだから何もできないじゃないか。だいたい、湯を沸かすのにどれだけ金がかかることか。ガス代に、水道代……。嗚呼、頭が痛い。

 過去にも同じようなことがあった。そのときも同様に生活費が残り少なく、春までまった覚えがある。春になれば気温も上がり、ヘビやトカゲが顔を出すときには氷が解けているからだ。
 もちろん、春まで一回も風呂へ入らないわけではない。ここから一キロほど下ったところに小さな宿がある。万が一の時はそこで生活している。ちなみに、生活費の支払いもこの宿を通して払っている。
 俺の生活の収入源はその宿からの給料だが、アルバイトとして働いている。店員になれば給料も上がるだろう。が、小さいわりにあそこはかなりの客が来る。観光のついでに泊まる者、登山途中の休憩として来る者もいる。あの宿の店員はたったの二人。兄と妹の兄妹が運営している。アルバイトは俺一人。でも、仕事内容はとても簡単。しかし、忍耐力がいる仕事でもある。正式な店員になったら毎日……いや、考えるのは止そう。
「あ~あ……」
 仕方がない、明日から仕事に行くか。
 小さく肩を落した。
 今日のついでに明日、明後日と休暇をとっていたのだが水が出なくなってはしょうがない。
 今年こそは自分の家で年を越せると思っていたのに……。

 大きく伸びをする。
 さてと、居間に戻って支度でもしますか。
 一息ついてから、開けたすべての蛇口をきつく閉めた。

 居間に戻ると、暖炉の火が消えていた。たきぎがほとんど灰になっている。時計を見ればもう三時だった。けっこう長い間夢の中にいたらしい。
 火が消えたせいで、部屋が若干薄暗かった。でも、明かりはつけない。これでも十分に見えるのだから。

 押入れからリュックサックを引っ張り出し、中を十分に広げる。
 そして、タンスの中に眠っているバスタオルやら、防寒着やらをたたんで押し込んだ。
「読む暇ができるかどうか分からないが、一応本も持っていくか」
 半分下がきちきちになっているリュックサックを本棚まで引きずる。
 ちなみに、タンスから本棚の距離はそう遠くはない。
「何冊も持って行くと邪魔だし、短編とか、中編がいいよな……」
 数十分ほど、本棚とにらめっこしてようやくこれぞと思える一冊の文庫本を見つけた。
 変にニヤニヤしながらリュックのポケットにしまう。もちろん子供も読める本だ。いつからこんな迷惑な癖が身についてしまったのか、俺は自分自身に問い詰めたかった。
 さて、次は何を詰め込もうか、そう考えながら立ち上がってみると、床に落ちている一冊の本が目に入った。
 それは、寝ている間に落ちてきたあの本だった。正しくは、俺が自分で落した本だ。丁度、夢で兄者を殴っていたとき、現実では頭上の本棚を殴り、そしてこれが落ちてきた。たった今、そう勝手に解釈していた。
 本を拾い上げる。表紙には大きく『Diary』と書いてあった。
「あれ? 家族の中で日記を書いている香具師なんていたかな……?」
 表紙をめくる。
 小学校の低学年レベルほどの字がお出迎えしてくれた。しかしながら、文章の方はしっかりしている。こんな特徴的な文章を書くのはただ一人、あいつしかいない。
「ははん、兄者の日記ですね」
 笑いが止まらなかった。流石は兄者だ。2ちゃんねるに書き込んでいるだけあって、文章力が自然と鍛えられていたのだな。でも、どうして二十歳近くにもなってこんな字が書けるのだろうか。見ていてイライラする。同時に不思議も募っていた。
 眼は、並んだ文字をすらすらと読んでいった。疑問符を浮かべる頭とは逆に、何のためらいも無く、自然にだ。まるで小説を読んでいるようだった。気がつけば、日記に引き込まれていた。
 日記は約三百ページ。内容的には、いろいろなことが書いてあった。今日の夕飯のことやら、ネットで知り合った人のことやら、正直どうでもいいことばかりだった。しかしまれに、人間について、生きることについてなど、兄者らしくないことも書いてあった。
 外見だけでその人が完璧にわかるわけじゃないんだな。たとえ、身近な人物であっても。そう実感した。

 目覚まし時計のベルの音に眼がピタリと止まる。それはアラーム代わりにセットしていたものだ。
 ついつい読みふけっていた……。
 とりあえず、今読んでいた日のページは読み終える。そして、ふせんを貼っておく。

 さっきから疑問に思っていたのだが、どうして兄者の日記がここに在るのだろうか。実家から持ってきた覚えもなければ、とってきた覚えもない。それ以前に見る気さえしなかったのだから。

 まぁ、いいか。
 そっと、日記張をリュックの中にしまう。


 すると一瞬、世界が歪んだ。


 二,兄妹経営の宿

 カラン、とドアにつけられた鈴が新たな客を知らせる。
「いらっしゃいませ、って弟者?」
「やあ、ガナー。明けましておめでとう」
 受付に立っていたガナーに、軽く一礼する。腰を上げた瞬間、荷物の重みが後ろにかかり、よろめいた。
「ちょっと、大丈夫?」
 ガナーはそう言いながら湯気が立っているタオルを差し出す。
 突然の登場のためだろうか、目が大きく見開かれている。家に電話さえあれば、驚かせずに済んだのかもな。
 わざと間をおいてから、熱々のタオルを受け取った。
「何が? 雪なら毎日かぶってるし、寒さにも強いぞ」
「いや、そうじゃなくて。まだ三十日なのよね……」
 一回、小さく誰かが咳き込んだ。
 客の笑い声が頭の中でリピートされる。
「……もう客が居るのか」
 隣部屋の食堂には、すでに数名の団体が座っていた。テーブルの上には、手作りらしい、おにぎりが置いてある。年は高校くらいだろうか。
 ぼーっ、と考えながら眺めていると突然一人の女と目が合った。驚きの目でこちらを見ている。変に思われるといけないので慌てて目を逸らした。
「何? 好みな子でもいたの?」
「いや。ただ、妹と似てるやつが一人いたからさ」
「妹?」
「あぁ。今は高校ぐらいかな。たった一人の生きている家族だよ」
 俺の兄は死に、両親は共に老死。後、姉も居たが現在は行方不明だ。しかし、姉は昔から風のように現われ、風のように去ってゆく人だった。だから今でもどこかで生きて居るであろう。そう願っている。会えないのが残念だ。
 すると、沈黙を断ち切るようにガナーはため息をついた。そして、俺を受付まで誘導する。
「じゃあ、部屋を手配するわね。今回の部屋はどうする?」
「いつもの屋根裏部屋でいいよ」
「了解」
 俺がここで泊まるときは必ず屋根裏部屋を使わせてもらっている。もし、客用の部屋にしたら、部屋代は給料から引かれるのでこっちにしたほうが得だし、万一部屋が足りなくなったら追い出されないで済むからだ。ただ、客用の部屋と違ってかなりボロイし、天井にはぽっかりと大きな穴が開いている。けれど、その穴からはいつも新鮮な風が流れ込んでくるし、綺麗な星空も見られる。そう悪いものではない。
 まぁ、そう思っていられるのは現実を見ていないときだけであって、雨や雪のとき、風呂上りのときや風邪のときは、かなりの困り者で死ぬほど寒い。
 それらを承知の上で屋根裏部屋を頼む俺は、ただの馬鹿なのかもしれない。

「もしかして、そこに居るのは弟者モナ?」
 俺とガナーの視線は、声のした方に注がれる。
「て、店長!」
 俺たちの視線の先にいたのは、ガナーの兄でありこの宿の店長でもある人物。
 同時に俺がもっとも恐れている人物でもある。
「もしかしてまた水道管が凍結したモナか?」
「そうですよ、で?」
 モナーは見かけによらず、とても恐ろしい。不都合になると、すぐ人の弱みに付け込んでくる。が、なかなか憎めないものである。
 むろん、客に対しての接客は、こちらが見習わなければ、と思わせられるほどだ。
「荷物は屋根裏部屋に運んでおくから、さっそく仕事やってほしいモナ。」
 モナーは俺からリュックを奪い取る。そのあまりの重さに驚いたか、一瞬よろけた。
 なんだかんだでリュックを足元に置き、小さく息を漏らす。そんなモナーに俺は不満をぶつけた。
「またかよ」
「当たり前モナ。さもないと給料は無しにするモナ! さ、もう数人入ってるモナよ。いったいった!」
 モナーは俺に、大きなバスタオルを押し付け、荷物を担ぎ、ガナーと共に消えて行った。
 
 この人たち、悪魔だ。二人が見えなくなるまで思っていた。
 心を包む、敗北感。
 なぜか悔しかった。


 モナーの言ったとおり、風呂場にはすでに何人か居るようだった。まだ太陽が見えたばかりだというのに、早いものだ。
 俺に任された仕事は接客。風呂の中での接客だ。モナーが言うには『外見より中身が大事』とのこと。いったい、モナーは何を考えているのだろうか。それとも、わからないのは俺だけなのだろうか。
 風呂場の戸を開けた瞬間中に溜まっていた湯気が身体を包んだ。そのため、一瞬湯気で前が見えなくなった。
 室内の湿度は当然高かったが、それと対象に床はまだ冷たい。けれど、そんなには気にならなかった。
 入浴客の笑い声が聞こえる。
 俺も早くあの中に入ろう。そう思いながらシャワーの席を選び、震える手を押さえ蛇口をひねる。むろん、出てきたのは湯だった。流石は宿だけある。俺の家なら火にかけないと湯はでてこないのに。

 体を十分に洗い終え、蛇口を閉めようとしたときだった。無性に咳が出る。むせたというわけではないから、気温の変化に体がついていけなかったからだろう。それとも……。いや、余計な心配をしていてはきりがない。今は仕事に専念するのがいちばんだ。給料を下げられでもしたら今後の生活に響いてしまう。
 こんな考え事をしながらおけ等を片付けていると、客の一人が声をかけてきた。
「よう、久しぶりだな」
 常連客の一人だった。この人とはよく会う。
「あ。お久しぶりですね」
 この人と会うのはここでの楽しみでもあった。この人と話していると、とても楽しいし、何より大事なお客様だ。
「とりあえず兄ちゃんも風呂は入ろうぜ。体、もう洗ったろう」
 この水蒸気の中、見えているかどうか分からないが俺は笑みを返した。
 そろそろ入るとしますか。そう思ったからだ。
 運がいいことに咳はもう止まっていた。やっぱり、気温の差について行けなかったんだろうな。

 いろいろ考えながら、湯に足先を突っ込む。そして、一秒も漬からずすぐに足を引いた。
 熱い。熱すぎる。ぼんやりしていた思考がはっきりするほど熱かった。
「おいおい、そこから入るなんて無茶するなよ。そこからは湯が出ているんだから」
 先に入っていた一人の客に注意され、足元を見てみる。客の言うとおり、そこは湯の噴出口だった。熱々の湯が絶え間なく出ている。
「あ、俺としたことがついうっかり……」
 その客に聞こえるよう、わざと大きな声で言った。悔しかった。この客はまだ、三回しかこの風呂に入りに来ていない。入浴回数は俺のほうが多いのに。
 それは関係ないだろ、と自分で突っ込みを入れる。
 誰が何回ここに来たとか、自然に覚えてしまう自分が不思議だった。
 風呂に入る場所を変える。ここからは湯が出ていない。しかも、さっきのところよりは冷めていると思う。熱さに敏感な俺でもここからなら入れる。
「やっと、来たな」
 俺が入ると待っていたかのように、一人の客が近寄ってきた。さっき、俺に風呂に入れと勧めたあの客だった。
「やっと来ましたよ」
 そう言って、俺らは互いに苦笑した。
 俺は水しぶきが出ぬよう慎重に風呂に入る。
「どうだい、調子は。生活の方は未だに苦しいのかい」
「ええ。昨日また凍結しましたし」
 昨日は確か、兄者の夢を見た。それから俺は夜遅くに家を出た。客がまだ少ないのを狙ってだ。客が少なければ風呂の接客もやらなくて済む。そして今朝、ここに到着したのだ。しかし、予想は見事に外れた。客が一定の人数を超していたのだ。心の中でモナーに、客に、俺自身に、すべてに対して悪態をついていた。今でもそうだ。
「また凍結したのか! それじゃ、今年もここで年越しだな」
 客の声で自分が愚かだと気づいた。息をゆっくり吐き、不満を頭から振り払う。
「そのようですね。一回でいいから、この宿の風呂場以外のところで年越したいな……」
 客の笑い声が聞こえてきた。とても幸せそうな、笑い声。
 俺も釣られて笑ってしまった。この人は嘘をつかないと、信じたから。笑うときは心から笑い、話すときの眼は濁らない。それが、俺の目の前に居る客。だから、一緒にいて楽しい。
 ふと、遠くの壁に埋め込んである鏡が目に入った。そこには、自分が映っている。
 嘘っぽい笑みを浮かべた自分。俺はこの客のように笑えない。嘘の笑みしか浮かべられない。
「……!」
 いや、違う。あれは俺なんかじゃない。とても俺にそっくりな他人だ。
 なぜか、頭がそう認識した。眼だけを動かして辺りを確認する。俺と同じフーンはどこにも居なかった。それどころか、鏡は俺の居る位置からまっすぐ行ったところにあるのだ。鏡に映るのは俺自身しか居ない。
 再び鏡に視線を戻す。嘘っぽい笑みは、いつしか不気味な笑みにへと変わっていた。
「どうした? 遠くなんか見つめて?」
 何も答えない俺に、客は目の前で手を振る。どうした、おーい、とさっきから呼びかけている。その様子に周りの客たちも気づき始めたのか、周りに集まってきた。
「何かあったのか?」
「いや、特に何もないと思うんだけど。なんか遠く見てボーっとしてるから」
 すると、客の一人が俺の前に移動して来た。そしておけに溜めた大量の水を俺にぶっかけた!
「っつ!」
 少量の冷水が鼻から入り、気道を通って肺に流れ込む。その水を追い出そうと咳が絶え間なく出る。
 風呂場に暖かな空気が戻ってきた。
「寝不足の香具師には冷水をかけろ。これ基本な」
 客たちの笑い声の中、俺は未だに咳き込んでいた。水は肺から、とっくに抜けている。なのに咳が止まらない。口に手を当てる。
 止まれ。頼むから止まってくれ。
 自然と風呂場の端に寄った。これ以上風呂場を騒がせては、モナーから何を言われるか分からない。
 すると、願いが通じたのだろうか、咳が止まる。咳き込みすぎて頭がくらくらした。
「はぁ……」
 枯れた声で小さくため息をつく。
 仕方がない、一回上がろう。そう思ったから。

 楽しそうな空気を背に、湯から出ようとしたときだった。
 手を口に当てろ、と第六感が忠告したのだ。
 俺はその忠告に従い、湯から上がるのを止め、口に手を当てる。するとどうだろう。今までとは違った感じが胸の辺りから喉に戻ってくる。そしてそのまま咳として、吐き出した。
「……」
 手に生ぬるい感覚。ちらりと見えた赤いもの。
 視線を移すのが怖かった。

 俺はそのまま手を握り締め、風呂場を飛び出した。


 いつの間にか太陽は天の真上に昇っていた。周りにはやけに黒い雲が浮かんでいた。そのせいか、屋根裏部屋のいつもの薄暗さは、闇と化していた。
 中央のベッドから左の方にある小さな机には、一つのアイスが置いてあった。おそらくモナーか、ガナーからの差し入れだろう。
 いつもなら飛びついてしまう体も、今日は動かなかった。理由は簡単。吐血したから。恐怖で体が固まっているのだろう。単なる風邪では済まされないから。
「ふぅ……」
 脱力感のあまりベッドに倒れこむ。ふわふわした、ほんのりと温かい毛布が心地よかった。真上から背に射してくる日光には吐き気がした。
 まだ、死ぬと決まったわけじゃないのに。
 自分で自分に言い聞かせるが無意味だった。
 たまたま吐血しただけじゃないのか?
 どう思い込んでも、無駄。しまいにはなにも考えたくなくなった。
「あぁ……」
 もう、何もかもがどうでもよかった。
 だんだん時が経つにつれて、まぶたが重くなっていた。そしていつの間にか、闇に身を任せるようにそのまま眠りについていた。


 冷たい雨。
 そいつらは突然やってきた。半分投げやりの俺がそいつらに気がついたのは、降りだしてすぐのことだった。
「うわ、冷たっ!」
 自分でもわけのわからない奇声をあげながら、雨の当たらないところに避難する。雨はさっきよりも激しさを増していた。
「くそ、どうしてベッドの真上に穴があるんだよ。塞ぎに行かねえと……」
 とりあえず、隅にあったバケツを手に取り、ベッドの上に乗せる。そして、大きなビニールシートをリュックの中から探すが、あいにく、それは持っていないのを数分ほどしてから思い出した。宿にあると期待はできない。モナーは最小限必要なものしか買わないから。
「っち……。ま、いいか」
 いいわけあるかこのたわけ。俺は自分のつっこみすらも無視した。一回大きくため息をつき、穴から空を見た。どこまでも続いてそうな厚い雨雲が空を覆っていた。
 突然、腹がぐぅと鳴る。
「そういえば、まだ昼飯食ってねえや……」
 そう自覚してから襲いかかった空腹感。俺は昼食を済ませるために、食堂に向かった。


 食堂には今朝見た女子高生がまだ居座っていた。その他の客は誰一人としていない。どこからか、入るんじゃねえよオーラが漂っている。
 流石に、男がいないこの場所には入りにくいため、ロビーに向かう。空いているソファーを見つけると新しい新聞を引っ張り出しそこに座った。あらかじめ、家から持ってきていたおにぎりの入った袋を机の上に乗せる。そして中から適当に選び出し口に運んだ。その瞬間ありえないほどの塩辛さが口の中に広がった。
 ……やはり俺は料理に適していないようだ。まぁ、一人暮らしを始める前よりはマシになったが。
 無理やりおにぎりを口の中に押し込み、向かい側に座っていた客のニラ茶で胃に流し込んだ。
「ごちそうさま、ニラ茶美味しかったよ」
「勝手に飲んどいてなんだお前!」
「気にしないのがザ・ベスト」
「知るかゴルァ!」
 以上で今日の昼食は終わりだ。日頃からあまり食べていないせいか、おにぎり一個で腹は十分に満たされる。そのおかげで体力は兄者と並ぶほどにまでおちた。食べる量が少ないということは、それだけのエネルギーで十分、ということだから。
「弟者? ちょっと手伝って欲しいんだけど」
 反射的に声のしたほうに視線が向かう。眼に移ったのは受付に並ぶのは長蛇の列。今の時間帯、しかも正月前だと客が列を作る。ガナーが受付を担当しているが、こういう日は手が回らなくなるのでいつもは俺か、モナーのどちらかがガナーを手伝っている。
 ガナーは俺に手招きした。
「OK.OK. 今行きますよ」
 そう言って、俺はカウンターの中に入った。
 早速俺は列を二つに分け、ガナーと共に部屋の手配をする。部屋の手配の際には宿のパソコンを使う。しかし、このパソコンは三時間に一度は必ず『フリーズ』するという厄介な欠点を持っている。過去に俺は客に記入してもらえばいいとモナーに提案したが即却下された。

 しかし、この長蛇の列も数分もすればなくなっていた。
「あの……」
「うん? どうしたの」
 俺らが一息ついていたそのとき、少年はやってきた。少年は十歳前後で、今にも泣き出しそうな瞳をしていた。親とはぐれたのだろう、と俺は勝手に解釈しておいた。
 このまま話すのもアレなのでとりあえずカウンターからでた。そして、少年と眼の高さをあわせる。
「もしかして、お母さんとはぐれちゃったとかでしょ」
 少年は首を横に振った。それから一人の女性を指差す。どうやらあの人が母親らしい。
「じゃ、どうしたの?」
 懸命に語りかけるが、少年は話す様子をなかなか見せなかった。流石にイライラしてきた。仕方ない。小さい子の相手なら天下一品のガナーと交代するか。
「ちょっと待っていてね」
 俺は少年の頭を本当に軽く叩いた。するとあろうことか少年は泣き出してしまった。
「うわ、え、どうすれば……」
 とりあえず頭を撫でながら、泣き止め、泣き止めと念じてみる。むろん、泣き止むわけがなかった。
「遅れてごめんね。はい、ミルクだよ」
 隣にガナーの手が現われた。そのガナーの手には湯気を立てているマグカップがあった。
 少年は泣くのを止め、震える手でそのマグカップを受け取り、コクコクと音を立てながら飲み干した。
「お姉さん……ありがとう」
「ううん、いいのよ」
 いつの間にか二人は、俺そっちのけで話にのめりこんでいた。
「すみませーん、オムライスください」
 受付の方からそんな声がしたので、俺はしぶしぶカウンターの中に入った。そして宿内の地図を客に差し出す。
「すみませんが、当店では料理の注文は現在受け付けておりません。あと、ここは受付です。このおにぎり上げますから右の方にある隣の食堂で食べてください」
 客はうれしそうに、俺の差し出した袋を受けとる。中身のとんでもない味を知らずに。
 俺は心の中で笑っていた。
「ねぇ、お兄ちゃん」
 あの少年の声だった。
「何? またミルクが欲しいんでちゅか?」
「違うよ。馬鹿にしないで。伝言もらったんだよ、お兄さんにそっくりな人からね」
 背に冷や汗が流れた。この少年がうかべているこの可愛らしい笑みがとても不気味に見えた。
「なんて、言われたんだ」
「『明日の朝までにこの宿を出ろ。死にたくなければな』ってね。それじゃ、しっかり伝えたからね」
 崖から突き飛ばされたような気分だった。詳しいことを聞き出そうと試みたが、少年はすでに母親のところに入っていた。
 俺の視線に気がつくと少年はにっこり笑って、小さく俺に手を振った。
 俺はただ見ているだけで、何もすることができなかった。



 三.不可解な連鎖

「どうしたのよ。顔色悪いわよ」
 フリーズしたパソコンの前で俺は、また半死状態に陥っていた。
「いや、特に、何もないのだが……」
 ロビーに置いてある唯一の大きな時計から鳩が十一回の出入りを繰り返す。もう十一時だ。
 俺は目を瞑った。頭の中では、少年が言ったことが何度も何度も繰り返されていた。少年が傍に居るわけでもないのに、耳元で囁かれているようだった。
 俺はそれを振り払うようにガナーに問いかけた。
「そういや店長はどこに消えた? 朝見たっきりなんだが」
「お兄ちゃんなら、弟者が風呂に入ってすぐに町に買出しに入ったわよ」
「もしかして、またあのおんぼろリアカーで行ったのか?」
「おんぼろなんて言わないで。ここには車なんて高級なものないんだから。それに貴方の家よりはマシよ」
 ガナーは顔をそむけ、鼻を鳴らした。
 俺は本当のことを言われ言い返すことができなかった。
「う~ん……。まぁ、明日の朝らへんにはかえってくると思うわ」

 俺はわざと間を作った。口を開けたのは時計の長針が動いたのを確認してからだった。
「そうか。じゃ、俺部屋に戻ってるから何かあったら呼んでくれよな」
 俺は鉛のような体を無理やり動かして、カウンターから出ようとしたそのときだった。ガナーが突然「あっ!」と声をあげたのだ。
「昼辺りに雨降ってたみたいだけど、貴方の部屋大丈夫なの?」
 その言葉を聞いた瞬間、顔から血の気が引いていくのがわかった。

 大慌てで外に飛び出した俺は、倉から長いはしごをとって、宿の屋根に続くように立てかける。そして、また倉から二つのポリバケツとスポンジ四個とを手に取りはしごを上った。
「今日は満月、か……」
 上りながら見た星空はとても綺麗だった。だから山は好きだ。都会では星なんてそんなに見られない。夜空いっぱいに見られる星空が俺は好きだった。ここに住み始めたのもこの星空に惹かれていたからだ。
 兄者の遺骨がこの山にあるのは、兄者が雪が大好きだったから。人間嫌いの兄だから、人の居ない雪の見える場所に埋めてやろうと思ったのだ。本人もそうしてくれ、と日記に書いていた。
 以前、といっても数年前なのだがこの宿に、家族でお世話になったことがある。それはたまたま、母者が福引で『雪山観光一泊二日家族全員御招待』というものを当ててきたのがきっかけだ。兄者がエベレストに行こうとか何とか言って母者に殴られていたのを今でもはっきりと覚えている。始めの夜、確か俺は星空に、兄者は雪に見とれていた。

 いろいろ考えながら、やっとのことで、天井に到着した。息が切れていた。無意識のうちになんどもなんども腹式呼吸を繰り返す。
 例の穴から屋根裏部屋を覗く。細かいところまで防水加工された屋根裏部屋には一ミリから二ミリ程度の雨水がたまっていた。思っていたほど溜まってはいなかったので一安心だった。
「とりゃ」
 真下にあるベッドに飛び降りる。ぴちゃ、と水のはねる音がした。まだ凍り付いていない証拠だ。
「さぁて、作業に取りかかりますかと」
 バケツを机の上に置く。机の上には、未だに食べられていないアイスが乗っていた。
 まずは窓を開ける。その瞬間、心地よい風が部屋の中に流れ込んできた。
「気持ちいい……」
 木々の匂い、雪の匂いが薄っすらとした。ふと、窓のふちに眼をやる。つららだ。まだ半分凍りかけのつららが窓のふちを飾っていた。

「おっと」
 外の世界から眼を逸らす。室内の水が凍りつかないうちに作業を終わらせなくてはいけないのを思い出したからだ。最近は物忘れが激しいので注意しなければならない。
 机の上のポリバケツを手に取り、床の水をすくいあげ窓から中身を捨てる。この繰り返しだ。ある程度、バケツでの排水が厳しくなったら今度はスポンジ君の登場だ。
「頼みますぜ、スポンジ君」
 俺は二つのスポンジを両手で掴み、床にぎゅっと押し付ける。そして体重をかけるのを止める。そうするとスポンジは、ゆっくり床の水を吸い上げながらもとの形に戻っていく。その間に、もう二つで同じことをする。そして、その間にさっきの完全に膨らんだスポンジをバケツの上で握る。で、そのスポンジでまた水を吸い上げる。この繰り返しだ。

「あっ!」
 やり始めてすう十分経ったところだろうか。ふと、忘れていた重大なことが脳裏を過ぎったのだ。
 慌てて床にあるドアを引く。むろん、雨水の水圧のせいでドアは開かなかった。
「くっそ……」
 天井の穴を見上げる。穴までの距離は俺二人分ぐらいだろう。思い切ってジャンプしてみる。もちろんのこと、届くわけがなかった。俺は大きな音を立ててそのまま床に落ちた。
「あ~あ……。どうやってこの部屋から出ればいいんだよ」
 自分の物忘れの激しさに、強く恨んだ。
 いつもなら、屋根に上る時に使った、あのはしごを使ってしばらくの間は部屋を出入りするのだが……。

 やがて闇が深くなる。
 俺は差し入れのアイスで夕食を済ませベッドの上で部屋からの脱出方法を考えていた。
 誰かに知らせようとしても、電話は持っていないし、下手に出ようとすると水が下の階に流れ込むし。今こうしてのんびりしている間にも水は氷に変化するし。
 足元にある半ば凍りかけの水に足を突っ込む。若干、表面は硬く凍りかけていたが、足先に力を入れてみればすぐに砕けた。
「もしかしたら、半ば凍りかけの状態で排水作業した方が早いんじゃないか?」
 呟いてみるが、水が凍るまでのタイミングと時間はどうするのか。こう考え事している間に排水作業を進めたほうがいいのではないか。いろいろな考えが脳裏を過ぎる。

 しかし、だんだん考えることに飽きてきていた。
 体が眠りを求めたのでベッドに横たわるが、あまりの冷たさに飛び起きた。
「座ったまま寝ろってか、くそっ」
 ベッドに悪態を吐いた。背もたれなしで座ったまま寝ることは、俺には不可能なのだ。仕方がなく立ち上がり押入れから脚立を取り出す。そして、部屋の隅で広げる。ピキッ、と音を立て半ば凍りかけの氷が割れた。
 もう一度、押入れに向かい、リュックの中から本を探す。家から持ってきたあの文庫本を。
「あれ? おかしいな……」
 しかし、本はどこにも見当たらなかった。小ポケットの奥に入れたのをはっきりと覚えている。でも、ある筈のそこに、本はなかった。
 もう、どうでもよくなって、諦めかけていたときだった。あの日記帳が眼に入ったのだ。
「続きでも読んでみるか」
 本の代わりにはなるだろう、と思った。
 脚立に深く座り、ふせんをつけたところを開く。日付は二年前のものだった。そのころはまだ家にパソコンがなく、兄者は完全なヒッキーでもなかった。
「へぇ……。こんなことやったかな……」
 日記を読んでいると、そのころの光景が目に浮かんでくる。記憶の箱奥深くに眠っていたものでも、細かいところまで思い出すことができる。文字って不思議だ。読んでいるとその光景が自然と頭に浮かぶのだから。

「最後のはどうなっているんだろう……」
 ふと思った疑問を解明するため、最後のページを開く。しかし、そこには何も書かれていなかった。
「流石に最後のページまで書いてはいないか」
 小さく息を漏らし、ページをめくっていく。そして、二十ページぐらいめくったところで、やっと最後の日記が出てきた。
「去年の二月二十八日……。俺と兄者が喧嘩した日じゃないか!」
 意味もなく慌ててその日の日記に目を落す。
 始めの文から既に目が離せなくなっていた。ふと、気がつけば声に出して読んでいた。
「二月二十八日。雪。弟者が俺の大事なパソコンを壊した」
 だから俺は壊してないって……。結局、信じてもらえなかったんだな。
 目の隅にちょっぴり浮かんだ涙をふき取り、再び目を落す。
「怒りのあまり俺は弟者の首を絞めた。もちろん弟者は抵抗した。俺の首を絞め返そうとした」
 そりゃ誰だって首絞められたら抵抗するって。
 心の中でつっこみつつも日記を読む。
「でも、手は俺の首まで一歩手前ってとこで落ちた。弟者は死んだ。……?」
 あれ?と思った。俺は今、確かに生きているのに、どうして死んだなんて書いてあるんだ?
 ためしに頬を思いっきりつねってみる。しかし、痛さのあまり手を離してしまった。薄く涙を浮かべながら頭の中で状況を整理してみた。どうやら俺はここで気絶したらしく、それを兄者が死んだと勘違いした。これなら筋が通る。
「頭の中がぐちゃぐちゃだった。だから俺はこの日記帳をもって家を飛び出した。運がいいことに家族は誰もいなかったので呼び止められることはなかった。今俺は近くの神社にいる」
 神社と書いてあって続きを読むのが怖くなった。確かに家の近くには神社がある。この神社はちょっと大きめで、夏休みになれば近所の小学生が肝試しをしにやってくる。
 でも、怖くなったのはそんな理由だからではない。ここで兄者が自殺した、だから。
 おそるおそる続きに目を落す。でも何もかかれていなかった。慌てて次のページをめくった。するとそこには、今までの字とは違う丁寧な字、改まった文体で書いてあった。
『ごめんなさい。ほんとうにごめんなさい』と薄く。
 他にも文がないか探してみるが、どこにも見つからなかった。
「……流石だな兄者」
 なにも死ななくていいじゃないか。どうして死を選んだんだ。
 今、ここにあんたがいたら、そう問い詰めていたに違いない。
「あ~あ。あんたは本当の大馬鹿者だよ」
 日記帳を閉じて机の上に置く。足も水に浸らないように机の上に乗せた。
 寒い。あらかじめ出しておいたコートをはおる。
 そして朝、凍死していないことを願いながら静かに目を瞑った。


 真っ暗闇の中、突然耳から痛みが走ってきた。誰かにつねられているらしい。
「いたいいたいたいたい、痛いって!」
 案の定、おかげで目はパッチリと覚めた。
 耳から手が離れたのを狙って俺はそいつに飛びかかった。
「てめぇ!」
「のわっ!」
 驚きのあまり、ガツン、と大きな音を立てそいつは倒れた。俺はお構いなしに上に乗る。
「覚悟はできてるよな?」
 太陽の光のせいで顔がよく見えなかった。手足をしきりにバタバタさせている。
「ギブ。弟者、ギブアップモナ!」
「え」
 慌ててそいつの上から降りた。嫌気がした。
 冷たい氷の上にひざまずく。そいつに向かって必死に土下座した。
「すみませんすみません、本当にすみません!」
「いや、顔上げてモナ……。こっちも悪いんだから」
 まさかモナーが入ってくるとは思ってもいなかった。俺は言われたとおりに顔を上げた。
「でも、どうしてここがわかったんです? 風呂場にいるかもしれないのに」
 そういうとモナーは、いつの間にかに穴に立てかけてあるはしごを指差す。
「外にね、はしごが置きっぱなしだったモナ。まさかって思って、ガナーに弟者のこと聞いたら自分の部屋に居るっていったモナから」
 おもわず俺は苦笑いした。
「ありがとうございます……。もし、店長が朝に来てくれなかったら、俺は……」
 穴から空を見上げた。はしご越しに見た空はとても澄んでいて、雲ひとつない青空だった。高く昇った太陽の日差しが目にしみる。冷えていた体もだいぶ温まってきた。
 カラスが空を過ぎった。
 カラン、と一階の鈴がなる。
「客だな」
「客モナね」
 俺らは互いに顔を見合わせ、笑いあった。

――銃声。
 それは突然だった。もとい、それは突然すぎた。
「な、なんだ?」
「強盗モナよ。行くモナよ!」
 床にめり込んだはしごを駆け上り、俺たちは大慌てで宿の入り口に向かった。
 入り口に着くと壁に耳をつけ、中の様子をうかがう。
 しかし、低い男の声だけしか聞こえなかった。
「店長は警察に連絡してください。ここは俺が」
 モナーはしばらく考え込み、真剣な眼差しで俺の目を見つめた。
 俺は安心しろ、とモナーに言ってから、さっき思いついた簡単な流れをモナーに説明する。その案にモナーはしぶしぶうなずいた。
「……じゃあ、任せたモナ。ただし、死ぬのだけは止めてほしいモナ」
 モナーは最後にひそひそ声で、あるものを俺に託した。
 俺は偽笑いを作り、手で『了解』の合図を出す。モナーは微笑した。
 そしてスキー板を使ってふもとの町まで下りていった。俺はモナーが見えなくなるまでじっとその姿を見つめていた。

 俺も覚悟を決めて入り口のノブをひねる。そして、軽く咳き込んでから中に突入した。
「何事だ!」
 宿じゅうに響くような大声で叫ぶ。全ての視線が俺に注がれた。
 すると、一人の男が客を掻き分け俺の傍までやってきた。手には人質。妹に似ているあの女子高生だった。
「お前、店のやつか」
 男は銃を突きつけながら言った。俺は小さく両手を上げて言い返した。
「ああ、そうだ」
 それを聞いた強盗はニヤついた。
 強盗は銃を器用に使って客の山を分け、カウンターまでの道を空ける。
「……なるほど。で、いくら欲しいんだ」
 余裕の表情の俺に客たちの不安な視線が突き刺さる。流石にやりすぎたかもしれない。
 強盗はカウンターまで俺を誘導すると、勝ち誇ったような笑みで俺に言った。
「一千万だ。すぐに用意しろ」
「……心得た」
 銃を睨みながらカウンターに入る。そしてすぐに屈んで床倉庫を開ける。中にはずっしりと重そうな金庫が入っていた。店長の言ったとおりだ。
 カウンターに金庫を乗せ、教えられた順番にダイアルを回す。そして、最後のダイアルを回すとき、袋がないことに気がついた。俺がそのことを強盗に聞くと強盗は、焦った表情でまた金を要求した。
 もしかしたらこいつ、袋すら買う金がなかったとかではないか。そんな考えが頭を過ぎるが否定はできなかった。覆面もつけていないのだ。もしかしたらあの銃は玩具なのかも。でも、たとえ玩具だったとしても油断してはいけない。玩具の銃でも、中に弾が入いるものだったら人を殺してしまうことも可能なのだから。
 俺は最後のダイヤルを回し、百万円分が束になったものを十束、大きなレジ袋につめる。そして、下でちょっとした細工をしてから強盗に突きつけた。その袋を見て、強盗はすぐに奪い取ろうとしたが、俺は袋を取れないようにした。
「人質を放せ」
 俺はカウンターから出ると、袋を俺と強盗の中間に置いた。すると、強盗はあっさりと人質を解放してしまった。強盗のあまりの素直さに冷や汗が伝る。
 とりあえず客の安全を確かめるために、俺は人質に駆け寄った。
「君、大丈夫か」
「ええ。ありがとう……」
 若干かすれた声であったが大丈夫そうだった。
 突然後ろで、床を強く踏みつける音がした。慌てて振り返るが、遅かった。
 強盗の手には鋭利なハサミ。しかも、そのハサミはもう俺の目の前にあった。
「う、うそ、だろ」
 鈍く痛々しい音が二回、宿内に響く。同時に聞こえた高らかと笑う声。
 俺は金切り声を上げながら床を転げまわった。目の辺りから感じるあまりの痛さに気絶寸前だった。
「ふん、馬鹿め。なに余裕ぶっかましてるんだよ」
「っ……」
 何とか悲鳴を抑える。目から体内の血がどんどん流れ出ているのがわかった。
 指先が震える。まぶたが開かない。

 カラン、と誰かが出てゆく音が聞こえた。強盗が逃げたらしい。
 足に力を入れる。
 モナーと約束したじゃないか。俺が何とかするって……!
 でも立てなかった。

 カラン――。再び聞こえた鈴の音。願いが通じたのだろうか。かなり慌てた足取りで強盗が戻ってきた。かなり機嫌が悪いらしい。入ったとたん悪態を吐いている。
「くそっ! どうなってんだ、袋から札束が全部落ちやがる!」
 俺は心の中で笑ってやった。
 実は、こっそりあの袋に穴を開けておいたのだ。ついでに束ねていたゴムも切ってやった。全く、いい気味だ。
「おい、お前なんかしただろ!」
 強盗がイライラした口調で俺に叫ぶ。俺はどちらにしろ言い返す余力すら残っていなかったのでそのまま無視した。すると、目ではなく腹に強い痛みを感じた。腹を蹴飛ばしたらしい。
「ふん、ざまあみろ」
 薄めで強盗を睨みつける。腕には大量の札束が見られた。
 欲張り者め。心の中で言ってやる。
 強盗は口笛を吹きながら出口に向かった。嗚呼、何もできない自分が情けない。

 突然、食堂の方から誰かが走ってくる音が聞こえた。足音からしてかなり怒っているようだ。
「おい、てめぇ、待ちやがれ!」
 そう大声が聞こえて、その足音がしなくなったかと思えば今度は強盗が居ると思われる場所で、何かが倒れる音がした。
「お前こそどういうつもりだよ。ふん、ざまあみろ? ふざけんじゃねぇよ!」
 若干低くなっていてわかりにくいがガナーの声だ。
 どうやら強盗に飛びかったらしい。なんだか強盗がかわいそうに思えてきた。
 ガナーが怒り出せば、他の人間が止めることは不可能。火山の噴火のように誰にも止められないのだ。俺はもちろん、兄のモナーや客、可愛い子供であってもだ。自然に収まるのを待つだしかない。
 ところで、さっきから聞こえる何かを殴る音をどうにかできないだろうか。

「ふぅ……」
 誰にも聞こえないように小さく息を吐く。そして、またゆっくりと息を吸う。
 どうやらもう、体が限界らしい。考えるだけでも疲れてきた。指も動かせない。立って歩くなんてなおさらだ。
 モナーには申し訳ないと思った。約束を守ることができなかったから。
 今までお世話になりました。それが無理なら『ごめんなさい』でいい。
 だから、一言だけ。感謝の気持ちを伝えたいだけだから。

 俺にチャンスをください。


 しかし、数秒もすれば目の前には光のない世界が広がっていた。
 どこを見てみても闇だけの世界が、そこにあった。


 
 四,最後の風

 花の甘い匂い。薄っすらと聞こえる、水の流れる音。
「あぁ……」
 目を開けた。若干ぼやけた世界だった。ふと、片目を刺されたのを思い出し、刺された部分を手で触ってみるが傷らしきものはなかった。閉じているまぶたを無理やり開いてみるが、見え方は変わらなかった。どうやら傷は治っても視力は戻らないらしい。
 花の匂いは近くに咲いている白菊のものだった。結構茎が長い。試しに一本掴んでみる。しかし、掴むことが出来なかった。手はそのまま茎を通り抜けてきたから。どんなに頑張っても握ることができなかった。
 気を取り直して立ち上がる。近くに大きな川が見えた。
「三途の川……」
 操られているかのように川に近づく。骨だけの魚がぴちゃりと跳ねた。
 周りを見渡せば小さな石ころがたくさん転がっていた。おそるおそる一個を掴んでみる。どうやら石には触れるらしい。
「うりゃ」
 石を川に向かって投げる。俗に言う水切りというものだ。
 しかし、石は一回も跳ねずに沈んだ。
「ヘタクソ」
 その声と共に、右側から石が回転しながら飛んできた。その石は水面を四回ほど跳ね、やがては見えなくなった。
「以外に上手いな」
「一年もやってりゃ誰だって上手くなるさ」
 そうだな、と呟きながら俺は大きな石の上に座る。そして、からかい半分でアンコールしてみた。
「却下。自分でやってくれ」
「お、即却下とは流石だな兄者」
 ふん、と兄者は鼻で笑うと俺の隣に座った。
 すると、上から骨だけの鳥が川めがけて突っ込んできた。
「兄者、いつからここにいたんだ?」
 俺が言い終えたころに、さっきの鳥が口に骨の魚をくわえ川から出てきた。しかし、俺の右から飛んできた石にぶつかり、ばらばらになって再び川に落ちてしまった。
「……一年前からだ。ずっとここで死に神っぽい仕事をしてた」
「ふぅん……。でもどうして死に神なんかになったんだ?」
「変な奴に頼まれたんだ」
「おい」
 なぜそこで引き受けたのかと小一時間、兄者に問い詰めたくなった。しかし兄者らしいとも思った。
 すると突然兄者は立ち上がった。そして後方に広がる白菊畑から一本持ってきて俺に差し出す。
「お前、この花持てるか?」
 俺はすぐに首を横に振った。すると兄者は白菊の花をもう片方の手で優しく握った。そして、しばらくしてから手を離す。すると、さっきまでは白かったはずの菊の花が赤色に染まっていた。
「これなら持てるんじゃないか?」
 俺はおそるおそるその花を受け取った。するとどうだろう。この花は持つことができたのだ。
 兄者は不気味な笑みを浮かべていた。風呂場で見た、あの笑みとそっくりだった。
「おめでとう弟者君。君には道の選択権があるようです」
「道?」
 俺の質問に構わず兄者は向きを変え、白菊畑の中を歩き出した。俺もなんとなくその後をついて行ってみる。
「どこに行くんだ?」
 返事が来たのはしばらく経ってからだった。しかも、後で分かるの一言だけ。
 少々イライラ気味なのか、若干大きな声だったので黙ってついて行くことにした。
 白菊畑の中に混じっている赤い菊が、俺の足に薄い傷をつける。歩くたびにわかる花の柔らかさ、茎の強さ、葉の鋭さ。
 ブーン、と突然何かが目の前を過ぎった。目で後を追えば白菊に止まっている皮膚なしの虫がいた。花粉を懸命に集めている。けなげだな、そう思った。

 突然兄者が足を止めたので、俺はそのまま兄者とぶつかってしまった。
「つ、着いたのか?」
 兄者は一回だけ頷いた。そして少し進んで俺に手招きをする。
「来い」
 俺は半信半疑で兄者のところへ行く。すると、雲らしき地面のひび割れが見えた。覗いてみろ、と言われたのでゆっくり屈んで中を覗いてみる。しかし、何も見えなかった。ただ、雲みたいな地面が永遠に続いているだけだった。
「何も見えないんですが」
「当たり前だ。ただのひび割れだからな。何も関係はない」
 じゃ、歩いた意味ないじゃないか。俺はそう思いながら足の傷を摩った。
 兄者は俺をからかうように笑った。でもすぐに真剣な顔に戻ってしまった。切り替え早すぎだろ。正直気持ち悪くなった。
「で、道って何だ?」
 兄者はまた白菊を一本摘み、花を優しく握った。今度は黄色に変色した。
「その前に、この花を持ってほしい」
 俺は兄者に言われたとおり、その花を持った。
 どうして白菊だけ持てないのか疑問に思い、もう片方の手で近くの白菊を掴んでみる。しかし、結果は同じで触ることすらできなかった。
 兄者の視線を強く感じたので兄者の方を見る。
 兄者はまた笑っていた。でもそれが悲しみの笑みなのか喜びの笑みなのか俺にはわからなかった。
「今まで花を持ってもらった。これは簡単な検査だ」
「検査?」
「そう、道を選ぶ権利があるかどうかのね」
 兄者はまた石を拾い、何かめがけて思いっきり投げ飛ばした。
 クエッ!と、遠くで何かの鳴き声がした。
 あんたは石投げの天才だな。俺も負けじとこっそり石を拾う。
 兄者は背を向けたまま話し出した。
「まず菊についての説明をしようか。まずは白菊。白菊は持った香具師が完璧に死んでいるかを確かめることができる。次に赤い菊。赤い菊は半死状態かを知ることができる。つまり、赤い菊が持てた香具師はもう一度下に戻ることが可能なのだ。で、最後の黄色い菊だが……」
「もういいよ、言わなくて。言いたいこともだいたいわかったから。つまりは生きたいか、逝きたいかってことだろ?」
 兄者は小さくうなずいた。
 俺は軽く助走をつけて、石を遠くに投げる。
 そして、白菊畑の中に倒れこんだ。
「俺は……」
 俺が口を開いたと同時に白菊畑がいっせいに揺れた。心地よい風だった。俺はそのまま言葉を風に乗せた。
 
「理由は聞かぬが、それでいいのか……?」
「何度も言わせるな。俺の意思は変わらない」
 ふん、と俺は鼻で笑った。兄者の手にはまた石があった。きっとまた何か打ち落とすつもりらしい。
「でも意外だな。お前がその道を選ぶなんて」
 べつにいいだろう、と俺は言葉を返す。
 頭の方で何か動くものがあったので、気味が悪くなって俺は起き上がった。
 それを誤魔化すために俺はわざと軽く走り出す。
「さ、早く連れて行ってくれよ。はやくマターリしたいんだから」
「OK.OK.そう急ぐな」
 兄者はそう言いながら俺の隣まで駆け寄ってきた。
 兄者は軽く息切れしているようだった。
「そうだ。遅くなったが、お久しぶり弟者」
「あぁ、久しぶりだな兄者」
 兄者は遠くの獲物に狙いを定め石を投げる。
 しかし、獲物は意外に賢く、兄者の投げた石を軽々とかわしてしまった。
「ぷ、失敗してやんの」
「五月蝿い。たまたま当たらなかっただけだ」
 俺らは最後に顔を見合わせ、互いに笑いあった。
 高らかに。声を上げながら。


 ぽちゃん、とどこか遠くで音がした。