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 どういう理由で。どういう経路をたどってこうなったのか。未だに俺は知らない。


 実際にあったのか、そう問い詰められれば首を横に振ってしまうかもしれない。
 でも俺には生まれつき不可思議な模様が右腕にある。
 その印は血のように紅く、そして一寸の歪みも無く円い。
 いくら忘れようとしても、この刻印が奥底に眠る記憶をよみがえらせる。

 この世に生を受けたとき、俺は死神に出あった、その時の記憶。
――期限は十五歳の誕生日まで。
 それが俺たちの初めての会話だった。


  *  *  *


「おーい、兄者。いつまで寝てる気だ?」
 朝が来た時、いつも聞こえるのは弟者の声だ。
「う・・・ん……」
 俺は寝返りを打つとかけ布団の中に身をうずめた。ほんのり明るかったまぶたの裏が暗くなる。しかし、一度冷めたからにはなかなか眠気は襲ってこないもので、やって来るのはめんどくささだけだ。世の中には朝が好きな奴らがいるそうだが、どうしてこんなにもめんどくさい時間帯が好きなのだろうか。『いい朝』など本当は無いような気がする。朝なんて、だるいし眠いしとにかくめんどくさい。
「・・・いい加減起きろよ。愛機のパソコンぶっ壊すぞ」
 弟者の衝撃発言に俺は反射的に飛び起きた。自然に弟と目が合う。俺は思いっきり弟者を睨んだ。命にも等しいパソコンを壊そうだなんてとんでもない発想力を持つ弟を。
 もちろんこれは冗談だ。そんなものとっくの当に分かっている。ただコイツのお遊びに乗っているだけ。
「あ、起きた」
「あって何だ、起きたって何だ。もっと普通に起こさんか、馬鹿者」
 楽しげに笑みを浮かべる弟者に文句を言ってから俺は、ベッドのすぐそばにあるパソコンを立ち上げた。すぐさまに弟者が決まり文句を俺にぶつけてくる。“早朝からパソコンというのはどうかと思われ”と。俺は弟者の言葉をスルーするとぐちゃぐちゃになった敷布団を正し、パソコンに向かう。後ろでため息が聞こえた。
「兄者、俺下で朝飯くってるから早めに来いよ。なるべく冷めないうちにな」
 しばらくすれば後ろでドアの閉まる音。その音が聞こえたとき俺は肩の力を抜いた。ふと、パソコンの画面に目をやるが完全に立ち上がるにはまだまだ時間がかかるらしい。これなら朝飯食っておいたほうが時間の無駄にならないかな。
「・・・しょうがない、食べるか」
 しぶしぶ立ち上がり、伸びをする。ちゃんと朝飯を食べたのはもう何ヶ月前だろう?
 今日は久しぶりに目が覚めている。どうしてだろう。てカレンダーに視線が行かないように、俺はさっさと下に下りる事にした。

 下のリビングには弟者と妹者がいた。俺を見て妹者は喜び、弟者は箸を口にくわえながら驚きの視線をこちらに向けた。
「わっ! 大きい兄者なのじゃ! 今日は一緒に食べれるんじゃね!」
「そ、そんなに嬉しいのか」
 飛びついてきた妹者の頭を数回撫で、椅子に座らせる。茶碗を覗けばまだ食べ始めたばかりらしかった。一方の弟者は半分ほど。
「珍しいな、兄者が朝飯を食べに来るなんて」
 今日は槍が降ってくるんじゃないか、と弟者は付け加えると妹者にリモコンどこだを求めた。
「え、リモコンは・・・」
 俺は弟者の頭を軽く指で突いてから妹者に冗談だよ、と説明する。まったく、俺をからかうのもほどほどにしろ。
 台所に行き自分の分をご飯を用意する。俺の分の朝飯を抜いて炊かれたせいか、明らかに残りの量が少ない。めんどくさいので後で弟者にでも作ってもらおう。いや、弟者に任せると大変なことになってしまう・・・やはり俺がやるしかない。基本的に弟者の方が手先は器用で、細かい作業は得意分野だ。が、料理に関しては俺のほうが絶対的に上手い。弟者が料理を作ると、出来上がったものは必ずといっていいほど赤くなっている。この前なんて赤い味噌汁を作ってきた。弟者は必死に赤味噌を使ったと弁解していたが、あんなには赤くなるはずが無い。その前に、どうしたらそんなものが作れるのか問い詰めたいぐらいだったのだ。俺は無理やりそれを飲んだ後、激しい吐き気に襲われた。
 リビングに戻るといつの間にか父者がのんびりと新聞を読みながら弟達と会話をしていた。俺のいない図とはまさにこのことを言うのだろう。
「……期限は十五の誕生日まで。それまでに・・・」
 俺は思わず出かけた言葉を飲み込む。まるで自分に暗示をかけてでもいるかのように、飲み込んだ言葉がぐるぐると頭の中を回っている。朝起きたときから、ずっと。いや、生まれたときからずっとなのかもしれない。ぼんやりとしている時いつもこの声が聞こえた。恐怖は感じなかった。逆に安心したほどだ。――本当は怖くてどうしようも無い筈なのに。
「兄者? ずっとそこに突っ立って、なにやってんだ?」
 ハッとして顔を上げれば弟者の姿がそこにあった。どうやらもう食べ終えてしまったらしい。ずっと、ということはあの囁きも聞こえてしまっただろうか。いやそれは無い筈だ。この声だけは聞こえるはずが無い。
「いや、別に・・・」
「ふーん・・・ならいいけど」
 そして俺らはすれ違い、俺はゆっくりと席に着いた。そして頭の中で何度もリピートされる「声」を意識しつつもさっさと飯を平らげた。その間に、妹者は母者の元へ。父者は弟者の元へ向かい、気がつけば俺は独りだった。


――昼、正午。
 弟者と共用の勉強机でパソコンをいじりつつも、これから何をやろうか、そんなのんきな事を考えていた。朝食後にうがいを忘れたせいか口の中にはそっけないご飯の味が残っている。流石は弟者の作った飯だ。まあ、焦がさなかっただけマシか。今度は俺が飯作ってやろうかな、気がつけばそんな事まで考えていた。――いや無理だ。第一俺は誰かに起こしてもらわない限り朝は寝過ごしてしまうのだ。それに・・・。
 突然パソコンが唸りだした。どうやら無意識のうちにブラクラを踏んでしまったらし
い。ああ、癖って恐ろしい。
「強制終了、と……」
 いつもは弟者にブラクラの処理を任せているが、今回は弟者が今家にいないというのもあって自分で片付けてみた。といっても強制終了だが。
 そういえば弟者はどこに行ったのだろう。いつもはすぐ隣にいるのに――あ、出かけるとか言っていたな。確か数分前にこの部屋に来てそんな事を言っていたような気がする。“兄者も来いよ。久しぶりに家族全員で外出するんだから”と。でも俺はその誘いを断った。当たり前だろ、俺は俗に言う引きこもりというヤツなんだから。
 俺はあえてパソコンを立ち上げずにしておいた。近くの本棚まで椅子を滑らせる。

 改めて見るとほとんどが弟者の本で埋め尽くされていた。弟者とは部屋も共用のため、家具のほとんどが共用なのだ。あの勉強机のように。
「え~と……確かここら辺に・・・」
 本一冊一冊を指でたどる。本棚とはあまり向き合わないせいか、なんとも不思議な気分になった。しばらく指で題名をたどっているとようやく目当てのものを見つけることができた。とても分厚く、それでもってずっしりと重いソレを抱き抱えると布団に腰を下ろした。長い間誰も触っていなかったせいか、だいぶほこりをかぶっている。俺はそれを息で軽く吹き飛ばす。表紙の中心には英語で「アルバム」と刻まれていた。
 表紙をめくる。まず最初に目に入ってきたのは若い男女。きっと昔の母者と父者に違いない。このページにも、次のページにもまだ子供の姿は無かった。またページをめくる。
 するとさっきの男女の他に小さな少女の姿が現れた。俺は即座にそれが自分の姉だと分かった。姿は違っても雰囲気は変わって無かったからだろう。そしてたまに姉と一緒に写っている男の子。これも従兄弟者だとすぐに分かった。
 俺はさらにページをめくった。まためくり、めくる。
「あ」
 ある姿が目に飛び込んだ時、思わず声が出た。やっと見つけた。俺と弟者の写真。俺たちは本来双子の兄弟だったのだ。だからか、俺の写る写真の全てに弟者が写っていた。俺は写真を眺めながら顔をしかめた。理由は簡単。俺がいる写真には死神が必ず写っていたからだ。

 さらにめくってめくる。まだ俺が写っている。めくる。まだ俺たちの写真。めくるめくる。ここでやっと妹の写真が出てきた。でも俺たちはまだ写っていた。さらにめくり、めくる。まためくってめくってめくってめくって……。気がつけば写っているのは俺ではなく弟者だけになっていた。とたんに頭の声が止まった。でもその声はすぐにあることを囁いた。この声は俺に一刻も早く行動させようとしている。はやく・・・。

――早く死神を殺めよ。殺せ。さもなくば。

「俺が死ぬ・・・だろう」
 俺は頭の声に言うように囁いた。

 死神との契約の印。俺が印を見ると印は小さくうずいた。
 この印は俺以外の者には見ることはできない。片割れの弟者でもだ。
 ドクン、と大きく印が苦痛とともに波打った。
「っ・・・」
 俺は思わず印を抑える。
 痛みは以前にも何度かあったがたいして気にはならなかった。少なくとも、印を抑えるほどは痛くなかった。痛みを抑える方法は正確には知らない。ただ何かの命を奪えば一時的に痛みが引くことが分かっていた。部屋を見渡すが肝心の生き物がいない。どうやらこの痛みは耐えるしかなかった。
 この痛みを完全に消す方法は印に痛みを覚えたときから知っていた。アレを実行すれば印も消え、死神との契約も果たされるだろう。でも、俺にはそれを実行する勇気なんてこの体のどこにも存在しない。
 俺はもう一度アルバムに手を伸ばし、表紙から何ページかめくった。
「……」
 そして死神の写る写真を全て抜き取り――たとえ他に誰かが写っていても――細々に破いた。何も考えはしなかった。ただ本能に従って行動した。存分に引き裂いてからそれらをゴミ箱にぶち込んだ。溢れかえりそうになるそれらを上から押さえつけて圧縮し、こぼれ出ないように袋の口を縛った。
 ほんの少しだけ、印の痛みが和らいだ。



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