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龍鍋ユウ様発注SS


ラプソディ イン ブルー



いつでもどこにでもあるふつうの光景。
でもそれは過ぎ去ってから気づく黄金の時かもしれない。
そんなひとときが小笠原にも訪れる。
南国、照りつける日差しがゆるく和らぐ夕刻。
海からの風が家路をたどる若者達の間をすり抜けて行く。
陽光が小笠原分校の白亜の外壁をより一層輝かせ、幾何学模様に走る濃藍とのコントラストが、校舎を美しく彩っていた。
ほどなく校舎に掛けられたニクキュウ時計が、学生に終礼の時刻を知らせた。

「はー、今日も終わったー!」
龍鍋ユウは肩をコキコキしながら下足箱で自分の靴を履き替える。
ポテポテとピロティーを出たところに、いつもの顔ぶれが龍鍋を待っていた。
守上藤丸、比月コウ、くま、かすみ、さるにぁだ。
「ユウ、さあ帰ろう!」
かすみが待ちわびたように手を振った。
「くまっちー、お腹すいたー」
「うん、お腹すいたねー藤丸~」
くまはおどけて、守上にお腹を押さえて見せた。
かすみの隣で比月が手を振る。龍鍋にではない。その後に向かってだった。
「あ、竹内君だー!」
龍鍋は今自分が出てきた校舎を振り向く。
そこでは竹内優斗がのんびりと手を振っていた。
「やあ、ユウさん。今帰り?」
分校の制服に身を包んだ竹内は、優しげな顔に無邪気な微笑を浮かべていた。
なんとなくユウと竹内は肩を並べて、みんなのところまで歩いた。

待ってくれていた比月と同級生たちに、竹内は言った。
「みんな一緒でかえろっか、コウちゃん。」
「ちょーっとまってーほら、滋賀君が来るよ~」かすみが竹内を引き止める。
再びピロティーを見ると、地味な眼鏡をかけた小柄な少年が出てきたところだ。
「滋賀くん、一緒に帰ろう?」
竹内が滋賀に声を掛けた。
滋賀は声を掛けた竹内に目を留めた後、ぷいっと横を向いた。
竹内からそらした顔の、形のよい眉と唇が、滋賀の内心を子供っぽく示していた。
龍鍋は滋賀の態度に「あいかわらずだなー」と思いつつ、となりの竹内の肩を、チョイチョイっとつついて、小声でフォローした。
(きっと滋賀君、岩手先生が休みだから不機嫌なんだよ)
同じように滋賀の態度から事情を察したかすみが言った。
「明日は岩手先生来るよ。だから今日は帰ろう?」
「だれが、あんなやつなんか」(死ね。死ね。死ね。いや、俺が殺す。殺す前に踏みつける)
滋賀は頑なにそっぽを向いたままだ。でも会話を拒絶するようでいて、学校で美術を教えてくれる「岩手先生」という言葉にはちゃんと反応しているのだから、同級生たちを完全に無視しているわけではなさそうだ。
竹内はそんな滋賀を心配げに見つめ、一方くまは微笑ましく眺めていた。(かわいいな滋賀さん…)
はたまた、そんな滋賀がいいと言うかすみという人もいるのだから、人の心は様々なかたちをしている。

まあまあ、という様子でさるにぁが滋賀の背を押した。
「滋賀さん、そんなふて腐れないで!どっか気分転換で寄り道でもしてかない?みんなお腹減ったって言っているし、買い食い買い食い!!」
「そーそーなんかおいしい物食べに行って気分転換しようよ、滋賀君?」
「いいですね藤丸さん!どこがいいかなぁ…」
守上とくまが、お互いの知っている店とメニューを挙げ始めた。
といっても狭い島内、候補となる店の数は自然と限られているのだが…
かすみが笑顔とともに滋賀に手を差し伸べた。
「行こう。岩手先生はあなたの不機嫌な顔より笑顔を望むはずだよ」
滋賀はかすみの手を無視して、ぶっちょうづらのまま守上に答えた。
「アンミツだ」
放置されたかすみの手がへにゃっとしおれる。
かわいい顔をかわいくない顔にした少年は断固として宣言した。
「俺はアンミツを食べたい。今すぐだ」
けなげに気を取り直してかすみが言う。
「じゃあ甘味処にいこうか」
「お!!アンミツいいですね!」
「おしゃー じゃあ今日はあんみつー!」
かすみの様子を気にしつつ、さるにぁと 守上が元気良く場を盛り上げる。
そんな様子に竹内も再び笑みを浮かべつつ、さらっととんでも無いことを言った。
「みんなで手繋いで帰ろうか?」
(あぁ、竹内くんてこういう人だから…)
龍鍋がニッコリと竹内に笑い返して言った。「よし、三人で手繋ごう」
それを聞いたコウが突然のことに動転しつつ、でも喜んだ。
「て、手…!手ですか…!?じゃあ、竹内君真ん中で、手を繋ぎましょうー!」
龍鍋は比月の手と竹内の手を繋げて、そして自分も竹内のもう片方の手を握った。
「うん、三人で繋ごう。小助くんも手、つなぐ?」
「いらん!!」
間髪を入れず滋賀は竹内に怒鳴った。
「そっかぁ、手を繋ぐのは嬉しいし、岩手先生は喜んでいたんだけどなぁ。あ、僕は甘いの強いよ。なんでも食べれる~」
竹内は滋賀の拒絶にもいやな顔をせず、両手を繋ぐ二人に話しかけた。
滋賀はそんな竹内に更に強い口調で言葉を返した。
「なんでそこであの男が出る!」
なれあいに興味が無い風で、でも人を遠ざけることで一番傷つくのが滋賀という少年だ。心の奥で人同士の交わりを大事に思っている。そうでなければ「岩手」という名前にこれほど激しい執着を示すはずが無い。
「滋賀君…怒鳴らなくてもー…」
比月はそんな滋賀に(しょうがないなー)という思いで苦く笑ってしまった。
その一方、彼女は歩くリズムに合わせ自然に揺れる竹内と繋いだ自分の手を見て、素直な喜びを感じていた。
「手を繋ぐと嬉しくなりますねー」
「仲良しこよしだねー」龍鍋も手をブラブラ。
(仲いいねぇ…)くまはそんな三人を微笑ましく見守る。
龍鍋の後を歩くくまは、となりのかすみと話す。
「あんみついいですね。かすみさんもあんみつ好きですよね?」
「はい。大好きです~」
さらにそのとおりを歩くさるにぁは、店への道筋を思いながら提案した。
「おいしい店知っているので、皆でアンミツ食べに行きましょ!!」


寄り道は楽しい。みんな一緒ならなおさらだ。
歩道には南国の木々が内地と異なる葉を茂らせ、その根元には色とりどりの花が無造作に咲いている。
花の間を走る生き物がいる。グリーンアノールか、オガサワラトカゲか。
耳を澄ますと鳥の声、風の音、木々のざわめき。
海を見れば鯨の潮吹きをみることもできる。
自然の豊富な小笠原では、人間も世界を織り成すひとつであることを実感できる。
なにわともあれ小笠原分校の同級生たちは、そんな島の中を歩いていた。
「あんみつかー、竹内君は甘いの何が好き?」
と、竹内と手を繋いで歩く龍鍋。
(いいなぁ。手をつないでるの・・・)
守上はちょっとうらやましげに、そんな三人をぽけらっと見ていた。
「比月さんあまいのは好き?」
「はい!私は大好きですよー!チョコもアイスも好きです」
比月は歩くリズムに合わせて答えた。三人で手を繋いで歩くだけで楽しい様子だ。
(あれ?)
比月は繋ぐ手から竹内の手が消えていることに気がついた。(?!)
「僕と一緒だよ、藤丸、コウ!」
「うわぁ!?」
比月の後を歩いているはずの守上が、ヘンな調子の声を上げた。
なんと竹内が、知らないうちに後に回り込み、守上の首っ玉に抱きついたのだ。
突然の抱擁にうろたえる守上に「してやったり」とやんちゃな笑みを見せる。
なんとまぁ、人懐っこい竹内らしいいたずらだ。
「みんなで行こう」にっこりと竹内。
そして後を振り向き、相変わらずの偏屈な同級生を気遣わしげに見やった。

竹内たちから離れること5メートル。滋賀は遅れて付いて来ていた。
一緒に並んで歩く距離でもなく、しかしまったく集団から離れたわけではない微妙な距離。
いかにも滋賀らしい間の取り方だった。
「しーがさーん」かすみがそんな滋賀に気を揉んで呼びかける。
「うるさいぞ。かすみ」
すげない返事の滋賀。しかしその横着な答えはなんだ滋賀、お前はどこぞの関白宣言な亭主か。
守上とさるにぁは心持ち足の運びを緩め、滋賀の並んで歩こうとする。
(!)
二人が滋賀の隣に並びかけると、滋賀は少し速度を速め、体ひとつ前に出る。
それならばと歩みを速めると、滋賀は歩みを遅くした。
いこじになって守上とさるにぁを隣に並ばせたくないようだが、それでも竹内たちから離れてしまわないのは、滋賀の子供っぽい意地の表れなのだろう。
ややあきれて 龍鍋が言う。
「滋賀君もみんなと一緒に行かないと寂しいよ」
かすみも滋賀のあんまりな言葉から立ち直り、滋賀の隣に並びつつ(しなくてもいいのに)詫びた。
「遅れないようにといいたかっただけです。心配無用ならすみません。」
滋賀はその言葉を聞いて、守上とさるにぁに歩みをあわせた。
しかし隣を歩くかすみの肩の位置を見たとき、滋賀はかすみが近づかないように手で押した。自分の背の小ささが強調されるのが嫌だったのだ。
「(あぅー)ごめんなさい…」
かすみは(しなくてもいいのに)再び謝った。
くまはそんな二人のやり取りを背中で聞きつつ、ポン、ポンっと色のついた歩道のタイルだけを踏んで歩く。「滋賀くんも素直になればいいのにー」

ようやく滋賀と並んで歩けた守上は甘味の話題を振った。
「抹茶あんみつとか最近流行ってるみたいだよー滋賀君。食べた事ないけど」
「アンミツ以外?……ずんだもち」
「わ!私もずんだ餅大好きなんですよ!」
同じく滋賀と並んで歩くさるにぁが、意外な好みの一致に驚いた。
守上はやや眉をしかめた。ずんだ餅が苦手だったのだ。
「ずんだもち…今度チャレンジしてみよう、うん」
「メニューにずんだ餅があったらアンミツの他に頼みましょうか?」
さるにぁは滋賀に話しかける。返事は返ってこなかったが。
スキップ交じりに歩くくまは、あきらめずに滋賀に話しかける。
「ところてんもあるんじゃないかなぁ。ところてんは黒蜜と酢醤油どっちがいいかなぁ」
「黒蜜」
「私の地元も酢醤油ですよ。くまさん!!」
めずらしく滋賀が答えた。単語だけだが。さるにぁも話題を繋げる。
ようやく三人の会話らしきものが始まった。
「酢醤油と黒蜜色が似てて騙されることがありますね!顔近づけた瞬間気づいたりですよ」
くまは大いに頷きながら、滋賀の気持ちが開きつつあることを嬉しく感じた。


ここで集団の先頭を歩く三人に戻る。
「三人ででっかいパフェかなんか注文して食べるのもいいかもしれないねー」
龍鍋が言った。
「甘いの好きなの一緒なんですね!じゃあとびきり甘いの食べましょう!」
比月は竹内に話しかける。
だが答えがなかなか来ない。(?)
比月がちょいと竹内の顔を覗くと、どんよりと精彩の無い表情を浮かべていた。
「…え。ああ。そうだね…」
自分を伺う顔に気づくと、とってつけたような返事をする。
「ん?…大丈夫ですか竹内君?何か顔色がちょっと…良くないようですけど…」
比月の言葉に、龍鍋も竹内の失調を感じて言葉を添えた。
「あんみつやパフェ以外にもスナック菓子とかもあるし、色々食べるといいかもね。冷たいのばっかりも大変だし……」
竹内の微笑みは少々ひきつっていた。
そうこう三人で言っている間に、さるにぁに案内された甘味屋に到着した。


『甘味処「兄妹船」』(…)
純和風の店舗は、内地では珍しくないが小笠原では少数派だ。
こじんまりとした店舗ながら、様々な年代の女性で店内はにぎわっていた。
「ありがとー!また明日ね~!」
ちょうどおばちゃんの集団が出てくるところだった。
竹内が席を見つけた。「みんな。こっちに」
「はーい!行きますー」
比月が竹内の示す席に座ると、ウキウキした様子で顔を輝かせ、早速机の上のメニューを広げて見せた。
「メニュー見ましょうか。何食べようかなぁ。龍鍋さん何にしますー?」
「そうだねぇ、みんなでバラバラなの頼んでわけっこする?じゃあ、店員さーん、甘さひかえめでおすすめなのあります?」
「あ、分けっこ良いですねー!竹内君、何にしますか?」
竹内は思わずうめく。(うわ、逃げられない)
「きょ、今日はあんまり甘くないので」
比月は竹内の耳に顔をよせ、ひそひそ声で尋ねた。
(本当は甘いもの苦手なんじゃ…)
竹内も同じようにひそひそ声で伝える。
(ううん。みんなが甘いもの好きだから、こういうのは僕も嬉しい)
(そうですか…?竹内君がそう言うならと引き下がりますけど…)

(青春だね~)机の反対側に座るくまはつくづく傍観者で、そんな二人を生暖かく見守っていた。

「いらっしゃい」
音楽的な響きを持ち冷気を運ぶ声が、本来似合わない歓迎の言葉を告げる。
涼しげな作務衣に紺の前掛けをした店員がお盆を持って現れる。千葉昇だった。
竹内、滋賀以外のメンバーはあまりのミスマッチに唖然として言葉を無くす。
「なんだ、その表情は」
怜悧な表情の昇がお冷を差し出す。
しかもその後ろに、同じ服装でカウンターに立つ玖珂晋太郎がくすくす笑っていた。
「晋太朗さん!?」
思わずかすみが驚きの声を漏らす。そんなかすみを見た滋賀の眉間にしわが寄った。
比月は思う。(何かすごい甘味処…)

気を取り直して注文することにした。
「どれにしようかな…よし、私はあんみつでー!龍鍋さんは?」
「……甘さ控えめなお得セットにしようかな」
「ユ、ユウと同じのにしようかな。ぼく。あははは」
竹内はどこかうつろな微笑を浮かべた。
「じゃあ、龍鍋さんと竹内君のと、私のあんみつこうかんしましょうねー」
守上が気を利かせる。
「おしぼりとお水、まわしまーす…わけっこいいねぇ。あ、じゃあ、わらびもち下さい。」
「ずんだ餅あるや!口直しに塩昆布付きだー!店員さん!ずんだ餅をお願いします!」
さるにぁはようやく食べ物にありつけるのでほくほく顔で言う。
「あんみつについてるお餅。たくさん入れてください」
「白玉かな?くまさん」
さるにぁが答えた。

「注文は以上で…」
昇はかなり上等な店員だった。クールだが受け答えはよどみなく、メニューの質問にもきちんと答えてくれる。島のおばさんたちも放って置かないだろう。
「すごい甘味屋さんですね。どうりで女性客が多いと思いました~」
くまはぽけーっと綺麗なお兄さん達を見ていた。
昇は口元にだけ笑みを作ると厨房に消えていった。

龍鍋が比月とこそこそ小声で会話する。
(これは……ってよく考えたら、下で呼んでもらってるから友達なら下の名前でってヤツかな? ……ズバリ優斗君と呼んじゃうのかな?比月さん?)
アグレッシブな龍鍋に対しオロオロと比月。
(し、下の名前で…ですか、龍鍋さん…)
「コウちゃん、何話しているの?」 竹内が妙な比月の様子に気づく。
しかし二人は、このときばかりは竹内すらもうっちゃっていた。
(友達なら、下の名前でってヤツかな?んじゃ、優斗君って呼ぶね)あくまで冷静に盛り上がる龍鍋。
(えっと、そうですー下の名前で呼んでもらってますからね…!なので下の名前で呼ぼうと、その…優、優斗君って…)負けずにぐるぐると龍鍋
(二人一緒に、せーのっ!)
「「優斗君!!」」
「は、はい、なんでしょう!ユウ?コウちゃん?」
「あ゛」名前を呼ぶことにグルグルして、続く言葉を用意していなかった二人は、顔を見合わせて笑ってごまかした。
「…なんでしょうね~アハハ」
竹内も笑った。それで丸く治まる気がした。

滋賀はかすみと隣り合って座っていた。椅子だと身長差がそれほど目立たないので気を許したらしい。
かすみがちょっとしょげた声で滋賀に謝った。(繰り返すがしなくていいのに)
「滋賀さん、なんか嫌われることしたみたいですみません。お詫びになにかおごります…」
「別に嫌いじゃない。お前の背が高いだけだ」
滋賀は意外なことを聞いたというように眉を動かしたが、口は出さなかった。救いようが無い。
「同級生なのに、俺のほうが弟に見えるから嫌なだけだ」
「そうでしたか。安心しました」
笑顔の戻ったかすみの顔を見た滋賀は、ついと茶を一口含んだ。
そしてカウンター奥の晋太郎に目を留めた。かすみが晋太郎に反応したことを思い出す。
たちまち険悪な感じに眉が寄り、またそっぽを向いた。
(ああ、またっ!)
かすみは滋賀の不機嫌になる理由がわからず、どうすれば滋賀の機嫌が直るのか、頭の中がグルグルする想いだった。


くまは、相変わらずかすみと滋賀のやりとりを傍観者の視点でほんわかと見ていた。
滋賀はその視線に気づくと矛先をくまに向け、珍しくかすみ以外に干渉した。
「くま、うるさい。それより岩田はどうしたんだ」
くまは滋賀の突然の詰問にうろたえたようにおでこをテーブルにぶつけた。
「岩田はたぶんがんばってるよ…」
「ずんだ餅半分あげるから怒らないの、滋賀さん!」
さるにぁが滋賀を食べ物で釣ろうとする。 滋賀、黙殺。
何事にもよく気が回るかすみは、会話の調子を変えようとする。
「あんみつお願いします。滋賀さん何がいいですか」
そっぽを向く滋賀はそれでもかすみの言葉を聞いている。
「お汁粉」
守上も話題を変えようと滋賀の言葉に乗る。「滋賀君、黒蜜やめたの?」
「今日はお汁粉だ。気分悪い」
「じゃああんみつとお汁粉お願いします。」
かすみは店員を呼んだ。晋太郎が来る。滋賀の眉間にしわが刻まれる。
そして繰り返し。

晋太郎がそれぞれの注文した品を持ってくる。人数が多いので昇も一緒だ。
「はい、どうぞ」晋太郎は仲のよい学生達の会話に、くすくすと笑っていた。

「滋賀さん大丈夫?」
滋賀は黙って食べている。しるこを行儀悪く音を立てて飲むと、誰に聞かせるとも無くつぶやく。
「愛想のいい大人は信用ならない。絵を書く奴は特にだ」
滋賀らしい言葉にかすみは笑顔でほんわかした。
くまは求肥ばっかり食べながら頷く。
「フクザツなんだねぇ…」
「じゃあ、わらびもちあげるからお汁粉一口ちょうだいー」
守上はにこにこしながら滋賀に話しかける。滋賀、黙殺。
「わらびもちいらない?滋賀君?…」
さるにぁも挑戦する。「はい!滋賀さんにずんだ餅!」
黙殺。
さるにぁはめげない。相手を変えた。
「竹内さんには、ずんだ餅の口直しの塩昆布をあげよう!」
「ありがとう!」
竹内は大げさに手をあわせて見せた。よほど辛いものに飢えていたらしい。

さるにぁが残ったずんだ餅を食べながら舌鼓を打つ。
「甘さ控えめで美味いぃ!!」
「さるにぁさん、求肥とずんだもち一個交換してください」
「はいどうぞ!かすみさん!」
「わーい」(もぐもぐ。美味~)
かすみは、かいがいしくあんみつを小皿にとって滋賀に渡す。
滋賀は「ありがとう」も言わずに黙ってもらう。
傍から見たら何様という滋賀だが、かすみには充分らしい。
二人だけに通じるものがあるようだ。

塩昆布と緑茶を堪能した竹内は、湯飲みを置くと滋賀の言葉を思い出しつぶやく。
「岩田先輩見ないよね。最近どうしたんだろう」
比月も思案げにつぶやく。
「岩田先輩…ですか…そういえば見ないですね?」
聞きとめた滋賀が突き刺すように言う。
「愛想つかしたんだろ。竹内がうざくて」
竹内は滋賀の言葉に胸が痛んだように言いよどむ。
「そ、そうかな。そんなことないと、いいけど」
比月は滋賀のあまりの物言いに 強く言葉を発した。
「滋賀君っ!う、うざいってー …竹内君はそんなことないですよ…っ。竹内君は優しいですよ。ほら、私なんて元気を沢山もらってますから!」
かばわれる竹内の肩は落ちていた。
滋賀は、自分のした仕打ちにしょげる竹内に、いらいらしつつ吐き捨てた。
「人の表情を伺いすぎなんだよ。お前は」

竹内が顔を上げキッと滋賀を見据えた。
「滋賀くんは……」こらえるように口をつぐむ。でも留められない思いが唇を振わせる。
「滋賀くんは人のことをもっと気にしたほうがいい。かすみちゃんのことを気にするべきだ。岩手先生だって!」

緊迫する店内に同級生たちははあわてた。
さるにぁが滋賀の湯飲みにお茶を注ぐ。
「滋賀さん落ち着いてー!ほら、お茶でも飲んで!」
比月は竹内の剣幕に驚き腰が浮く。おろおろと竹内と滋賀の間に視線をさまよわせる。
「け、喧嘩は駄目ですよー…!」
くまは流されずに自分のスタイルを保つため、意味も無く頷きながらお茶をすする。
「うん。竹内君気にする事ないよ。たぶん滋賀君も気にしてるんじゃないかなぁ。わかりにくいだけで」
眉をひそめた龍鍋は二人をたしなめる。
「優斗君、滋賀君。今は楽しむ時間だし、それぞれのスタンスがあるわけで……」
さるにぁが晋太郎に泣きついた。
「店員さーん、お茶のおかわりお願いできますか?」

「はい。お茶ですよ」
音も無く現れた晋太郎は、泰然たる慈顔で若者達の短気をなだめる。
「喧嘩はめーだよ」
さるにぁは安堵に思わず涙ぐむ。
「お茶ありがとう御座います。そうです喧嘩は、めーなのですよ!!」
そしてかすみは、そっぽを向く滋賀に無言でお茶を渡した。

しかし与えられる調和を振り切るように 竹内が吼える。
柔弱に見える竹内の核にある厳然とした思いが、彼に口をつぐませない。
「好きなら好きともっとはっきり言うべきだ!」
瞬間滋賀の顔に血液が集まり、真っ赤になったかと思うとそのままぶっ倒れる。
その唐突さはさながら銃撃された兵士のようだった。
同級生は固まる。さるにぁは思わず滋賀の生死を危ぶんだ。(し、滋賀さーん!!!)
竹内は肩をいからせたまま、頭をぶるぶると振った。上った熱を散らそうとするかのようだった。
「すっきりした…」
竹内はつき物が落ちた顔だった。
龍鍋が悩ましげに顔を曇らせ、それでも竹内に話しかけた。
「優斗君、どうしても言えない人もいるんだよ……岩崎先輩もそうだったわけだし……」
竹内は龍鍋の言葉を素直に聞きつつ、それでも自分の思いを隠すことは無かった。
「前から言いたかった。この人といい。岩崎さんといい……」

さるにぁが厨房に走り、水と冷たいお絞りもらってきた。
かすみはひざの上に滋賀の頭を抱え、冷たいお絞りを額に載せその顔をぬぐった。
「まだ学校に近いから、保健室へ運んであげて!」
龍鍋が守上、くま、さるにぁに指示する。
さるにぁは滋賀が倒れた原因である竹内を見た。
「竹内さん! 貴方も手伝うのですよ!! 運ぶのー!!」

かすみに介抱される滋賀を見て、竹内は悲しげにつぶやく。
「せいぜいかすみさんに面倒見てもらえばいいんだ」
竹内は机を飛び越え、龍鍋、比月と、同級生達に小さくわびた。
「ごめん…」
店の引き戸を開けると立ち止まり、一瞬小笠原の空を見上げる。そしてそのまま走り去った。

同級生たちは、開け放たれた引き戸を呆然と見ていた。
我に返った龍鍋は比月を呼ぶ。
「よし、滋賀君のフォローはみんなに任せて、比月さん、優斗君を追いかけよう!」
「はい、いっしょに行きます!」
二人は昇、晋太郎に詫び、店の外に駆け出す。
そして途方にくれる。
甘味処から左右に伸びる道のどこにも、竹内の姿は見えなかった。
「優斗く~ん!」
比月の必死な声が響くが、潮騒と木々のざわめきに呼ぶ声は掻き消えた。
龍鍋は目をこらすが、天地に広がる青緑の境目に好ましい少年の姿は見えなかった。
(優斗君は、相手の事を考えすぎて、自分を省みなくて… 君に、もうちょっと自分見せてもいいと思うよって言いたかったんだけど、でもせっかく優斗君らしいところを見せてくれたのに、こんなのはイヤだよ…)

龍鍋と比月はあてどもなく走り出した。
二人の足元から影と共に伸びる歩道の脇には、人の気も知らず名も知れぬ南国の花々が莞爾と咲いていた。
「優斗君…」

龍鍋は腕時計を見た。
島に、同級生達に夕闇が迫る時刻だった…


(文章:九頭竜川)

20070612上梓
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