僕はIRCが好きだった。
それは確かなことで、特に&hidebuを見ている時間では誰にも負けない時期があった。
それは短い期間(約1年)だったけど、
その時期に&karake以外で垂れ流されたログは全部保存して見ていた。
毎日だいたい8時間、日によっては16時間近くかかることもあった。
今考えたら親にとっては迷惑な話だったかも知れない。
また今みたいにIRCがつまらなくなかったからできたことだ。
しかしとにもかくにもIRCでの流行ネタについての知識ではその時期はおそらく誰にも負けなかった。
ガチニートだからできたというのもあるだろうけど。

 だからどうというわけではないのだが、
IRCを見なくなったのはやはり面白くなくなったからだと思っている。
もちろん急に見るのをやめたわけではない。それは長い歳月をかけて徐々に見なくなったのだ。
そうして、飽きているというのともまた違う。
面白い流れが来れば、やっぱり今でも面白いなあと思うわけだから。
それが「cocoa割れ騒動」だったり「#neco割れ祭」だったりする。
長い割に内容がない、まるで長文君のような文章に疲れてきたので
この先はちょっとはしょる。

 ぼくがIRCが面白くなくなったと感じるのは、いわゆる「匿名終わったな論」とも違うと思う。
ネットコミュニティというものには栄枯盛衰があって、そういう視点で言っている。
ある時栄えていたコミュニティがそれより下り坂になって
全体的に面白くなくなるということは歴史的にはいくつもあって、
例えばギリシアの時代の彫刻の技術はもう失われたし、ルネッサンスの頃の絵画の技術も失われた。
中国の青磁の技術だって、いまだに再現できなかったりする。

 だからそれは、いつの世でも老人が「最近の若者は軟弱になった」
と言ったりしていることとは意味が違う。
文化は栄えたり滅んだりするのだ。永遠に進化し続けるなどということはない。
IRCがつまらなくなったというのはそういう視点に立ちながら言っているのであって、
何もノスタルジーに浸っているわけではない。
だいたいぼくは子供の頃に素晴らしいと思っていたものよりも、
大人になってから素晴らしいと思ったものの方が印象深いものが多いのだから、
そういうノスタルジーにとらわれるような
「全盛期の匿名は凄かったんだぜ論」な考え方とは無縁である。

 その上で、なおぼくの書いたことに反論があるのだとしたら、
どうか面白いchを教えてほしい。
ちなみにこの前たまたまロビーIRCの雑談chを見たらとても面白かった。
なんだそんなものも見ずして最近のIRCは面白くないと言っているのか
と言われるかも知れないが、それは実際その通りだ。

ぼくは今ではほとんど&hidebuしか見なくて今のIRCをつまらないと言っているわけで、
それは前のエントリーでも書いたけど電車の中でIRCを見る人がいないからである。
だから、乗ってる電車がたまたまそうかも知れないと言われれば、それは確かにそうかも知れない。
それから、電車の中でIRCを見る人が少ないからといって
IRCの衰退に結びつけるのは無理があると言う人もいるだろうけど、
これに関しては無理はないと思っている。説得力はないけどね。
だから別にそれで人を説得しようとも思わない。
ぼくはただ坂田信弘のゴルフマンガに出てきそうな外国の頑迷なキャディーのように、
これまでの経験と五感を働かせて、なんとなくグリーン上空の風の流れを予測しているだけで、
そう予測する根拠を述べよとゴルファーに言われても、説明しようがないのだ。

それを傲慢だと言うのには異を唱える。ぼくはそれを誠実な態度だと言ってほしい。
この種の誠実さがないと、真善美というものは突き詰められないところがある。
それはid:yami_aonoを見て「こいつこそキングオブうすらバカだ!」と叫ぶのにも似ている。
その結果、ぼくはid:yami_aonoやあるいはその取り巻きにdisられるかも知れない。
しかしそれを自覚した上でなお、叫ばずにはいられないところがある。
それを傲慢と呼ぶのなら、それはそれで仕方ないが、しかしそれをぼくは受け入れられない。

 それからそういう態度だと議論や話し合いにならないという人も時々いるが、
ぼくは初めから話し合いを求めていないどころかそれを回避している。
なぜなら議論や話し合いはクリエイティブにほとんど寄与しないと考えるからだ。

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最終更新:2009年07月25日 11:17