巻ノ一「龍と通勤電車」

ニュータウンのラッシュアワー

私は今、取り巻きの龍樹と一緒に都心のターミナルに出るため、ニュータウンの中心駅「ふたば台」駅で待っている。
毎朝のことだが、私が待ち合わせている龍樹の姿を確かめるのが困難なくらい、この駅から通勤する客は非常に多い。
何故、こんな時間帯を選らんだのか、小一時間問い詰められるだろうが、がまん。
「内藤さ〜ん!」あの若々しくも頼もしそうなその声は龍樹ではないか!彼は相棒であるドラグレッダーという龍を連れている。
「内藤さん、何もこんな混雑した時間をわざわざ選ばなくても・・・」私の予想通り、龍樹は私に何故この時間を選んだことを小一時間問い詰めようとした。
「まあ、たまには混んだ電車でも良いではないか。都心へ向かうサラリーマンの憂鬱を体験する意味でも・・・」そう私が答え、彼は納得したようだが、相棒の龍は非常に不満そうだ。まるでこの先の不幸を予知しているかのごとく・・・。

ニュータウンの通勤路線は全線複々線

混雑する駅で、切符を買い、改札を抜け、エスカレーターを上がると20m車両が20両も停車可能な巨大なホームに出た。
「この駅もずいぶんと大きくなったな・・・。」まるで久しぶりに孫に会ったお爺さんのような感じで私が呟いた。
「そうですね。昔は本当に長閑で小さな駅だったんですけどね。」龍樹はそう言った。
この付近も紅岳原鉄道系列のディベロッパーが大規模な宅地開発を行って、随分と人口が増えた。その結果、高速通勤路線の必要に迫られ、通勤路線化された。また、混雑の対策で大型車両20両編成運転対応にホームを拡張したり、緩急分離のために全線複々線にしたりするなど、過剰なまでに設備を整えている。また、バリアフリーにも積極的で、このふたば台を始め、この東京田園都会線各駅において、エレベーターやエスカレーターを各ホームに最低3台ずつ設置しているのである。
混雑するホームで龍樹とそういう会話をしていると、「間もなく、3番線に急行箱崎行きが到着致します。黄色い線の内側に下がってお待ちください。」とのアナウンスが流れてきたと同時に20両編成の大型電車がインバータ音と共に慌ただしく3番ホームに入ってきた。
ドアが開き、乗車率100%近い車内に更に都心へ向かうサラリーマンの大群がどっと電車に入り込む。向かい側の4番ホームには、各駅停車が入ってきたが、誰も各駅停車には乗ろうとせず、挙って急行に乗ろうとしている。
「内藤さん、全然空いている各駅停車でゆっくり行きましょう。」龍樹は私にそう言ったが、「いや、私は急行で行く」と龍樹の提言を無視して、乗車率200%を超えるともいえる急行に乗り込んだ。
龍樹もしぶしぶ私について行くことにし、ドラグレッダーと共に急行電車に駅員に無理矢理押し込まれながらも乗り込んだ。
そして、小気味良い発車メロディーが鳴り終わり、ドアが閉まったその時、ドラグレッダーの尻尾がドアに挟まったではないか!
流石に、痛さを感じるのか、ドラグレッダーは車体がガタガタ揺れるほどの重低音の吼え声で吼えた。
この不快な騒音に苛立った乗客は次々と「うぜーんだよ!」「降りろ!」など聞くに絶えない怒号と罵詈雑言が飛び交った。
どうも、この沿線住民は混雑のせいか、殺気立っている人間(と言っても人格を持つ擬人化された動物もいるのだが)が非常に多いようである。

途中駅の大騒動

東京田園都会線の乗車率200%を超えるほどの混雑の急行電車はふたば台から途中、サンプラザ多摩、詐欺師沼、溝口に停車し、いずれの駅でもふたば台と同じ側のドアが開閉したが、ドラグレッダーの尻尾は混雑のため、車内に入れず、ドアに尻尾を挟まれ、不快な吼え声で自分の不快を周囲に訴え、車内をより不快にしてしまっている。
さて、我々を乗せた急行電車は大井松田線が乗り換えの双子玉川上水に到着した。この駅だけは緩行線のほか大井松田線ホーム側のドアも開き、緩急接続と乗り換えが同時に行えるように便利になった。
我々は、混雑した車内から怒涛の如く降りてくる乗客の波に揉まれ、緩行線側のホームに強制的に降ろされた。
向かい側の各駅停車はかなり空いているが、誰もこの電車には乗ろうとせず、それどころか、各駅停車からわざわざ混雑の激しい急行電車に乗ろうとする人が跡を絶たない。
この混雑は毎朝の事であるが、我々が急行電車に再び乗ろうとしたとき、付近にいた如何にもヤバそうな外見の男子高校生数人が屋根に登ろうとしているではないか!彼らは「車内は暑いし、超混んでいてうぜーんだよな。屋根に登っちまおうぜ!」などと言って駆けつけたの駅員の制止を振り切って屋根に次々と登っている。
「時々いるんだよね。ああいうガキが。」まるで唾を吐くような口調で近くのサラリーマンが我々に話した。
通勤客はどうもこの風景に慣れっこになってしまっているらしい。
何とか、駅員に引き摺り下ろされた男子高校生等はしぶしぶ混雑する急行電車にサラリーマン集団に押し潰されるように乗り込んだ。
我々もまた、駅員に背中を押され、乗車率250%近くになってしまっている車内へ押し込まれた。そして、ドアが閉まったが、相変わらず、ドラグレッダーの尻尾だけはドアに挟まれ、不快な吼え声で周囲の不快指数を爆発的に高めたのであった。

五軒茶屋で暴行事件

急行電車は双子玉川上水を出ると大井松田線の高架橋の下を潜って、地下区間に突入する。地下区間の騒音は激しいものであるが、尻尾をドアに挟まれたままの状態のドラグレッダーは相変わらず不快な吼え声を出していた。しかも、トンネルの壁に尻尾の先が擦れ、激しい痛みに苦しむドラグレッダーは更に声を大きく吼えた。
地下区間の次の停車駅は五軒茶屋で、途中の錠賀、佐倉新町、駒木大学は通過となる。やがて電車は五軒茶屋に到着し、ドラグレッダーの尻尾の挟まっている側のドアが開く。
乗客はどっと降りたが、ドラグレッダーの吼え声による騒音公害のせいなのか、いつになく乗客は殺気立っていた。そして、我々が恐れていた事が起きたではないか!
何と、乗客の1人がバイソン人間と取っ組み合いをしているのである。黒くて背の高いバイソン人間は笑顔の青年に向かって、諸刃の手斧で応戦している。しかも、バイソン人間の言っている言葉は無気味な発音で「ネバギバ」以外、何を喋っているのかよく分からない。流石にこれでは駅員も手が付けられず、特殊装備を施した機動隊員と思われる警察官が駆けつけ、黒のバイソン人間と、笑顔の青年を連れ去ったようである。
騒動が何とか収まり、一旦、ホームに降ろされた後、急行電車に乗り直した我々は一路箱崎に向かうのである。やはり、ドラグレッダーの尻尾はドアに挟まれたままであるが・・・。

進退窮まる超混雑駅

五軒茶屋の次の停車駅は渋井である。途中の池田淀橋は通過である。渋井駅のホームは非常に狭く、しかも、Jr.山手環状線やJr.最強線、東京東欧線、A団地下鉄銀河線、帝王京都井野反吐線が乗り換えのターミナル駅である。それ故、混雑する時間帯のホームは乗客が溢れんばかりの混雑となり、ホームに降りることすら困難になる。
いよいよ運命の渋井駅に到着した。ドアはドラグレッダーの尻尾の挟まれている側と反対側が開いた。この駅の地獄のような混雑ぶりは予想以上で、私と龍樹は乗客の波に飲み込まれ、ドアに挟まれたままのドラグレッダーからはぐれてしまった。
降車客の流れが落ち着き、我々が乗車しようとしたとき、目の前にプラズマが迸った。何と、ドラグレッダーが「乗るな」と言わんばかりに強烈な炎を吐いているではないか!
おかげで、我々以外はこのドアは避けて乗車しているようである。また、空間に多少の余裕が生まれ、ドアに挟まれて痛がるドラグレッダーを龍樹と私とで、車内に引っ張り込んだ。
こうして落ち着いたのも束の間、他のドアから乗車した乗客の流れに押し潰され、車内は再び270%近い乗車率に戻ったのである。

ターミナル駅箱崎に到着

渋井からはA団地下鉄恨・憎悪線に乗り入れる。ここから箱崎までは急行電車も各駅停車となる。
次の停車駅は、大参道。A団銀河線とA団千尾田線が乗り換えの駅で、若者のファッションタウンである。銀河線との乗り換えはこの大参道の方が便利なので、銀河線を利用する乗客はこの駅で乗り換えるようである。
大参道を出ると、青木一丁目、国政の中心地である長田町、コリア語の読みが使われていながら禍禍しい駅名にして路線名にもなっている恨・憎悪(はん・ぞうお)、件下(くだんした)、某ヒップホップユニットの歌詞によく出てくる神保町、A団地下鉄の路線が何本も乗り入れる王手町、あからさまにデパートの宣伝になっている五越前を経て、電車は終点の箱崎に到着した。
終点の箱崎駅は方面別に5面4線構成のホームが6ヶ所あり、合計で30面24線構成の超巨大ターミナルである。その様相は、宛らSF映画に出てくる要塞のようである。
終点のターミナルで両側のドアが開き、乗客は解放されたような感じで、改札へ慌ただしく向かう。通勤客の殆どはこの駅の駅ビルにもなっている近未来的な総合ビジネスパークに向かっているようである。
「ふぅ。ようやく解放されましたね。」息を切らしながらもリラックスしたような調子で、龍樹は私に話し掛けた。「内藤さん、これから、どこへ向かうのですか?」
「そうだな。とりあえず、箱崎にある東洋財団の美術館でも見に行くか。」明らかに暇潰し目的で行く気にもならない美術館に無理矢理龍樹とドラグレッダーを連れて、ゆっくりと、落ち着きを取り戻した改札を出るのであった。

前へ 次へ

最終更新:2012年05月26日 17:06