巻ノ二「百獣と学園生活」

異常なプレスリリース発行頻度

私は、今、自宅でパソコン画面に向かっている。
取り巻きの龍樹とその相棒であるドラグレッダー、そして我が相棒のダークウィング以外に友人のいない私は、インターネットでの仮想疎通に没頭する傾向がある。
インターネットには様々な人間がいて、自らの主義主張や嗜好を押し付ける奴、すぐにキレて反対意見を封殺しようとする奴など、恐らく仮想疎通の世界から離れたら、実は大人しいではと思えるような連中が多くいて中々面白いし、また、それを観察するのも乙なものである。
さて、私は先日、あの乗車率300%弱の電車に乗った日のプレスリリースを見るべく、ブックマークから「紅岳原鉄道」のホームページにアクセスしている。
この鉄道会社のホームページの目玉は、下手な写真家によって撮影された車両図鑑と頻繁に更新されるプレスリリースのようである。また、このプレスリリースは他の鉄道会社や各媒体に半ば押し付けがましくマルチポストされることでも有名である。
しかし、私は、鉄道会社のプレスリリースを見る際に、直接鉄道会社のサイトにアクセスするように心がけているので、わざわざ他社のサイトやニュースサイトを見て回らない。紅岳原鉄道広報部にこの習慣が残っているのは、どうも自社サイトを構築していなかった頃の名残ではないかとも考えられているが、自社サイトが作られた以上はそこでのみに控えるように各方面から苦情が来ているようである。
また、私はこの鉄道会社のプレスリリースの方針には呆れるものがある。一つは、ニュースサイトばりに沿線内で起きた事件を速報する事である。私がこの前乗車したときに目撃した事件についても全て即日公開されているというから驚く。まるで通信社のようである。また、明らかにでっち上げというようなニュースもあり、宛ら、三流週刊誌から芸能スキャンダル記事を抜いたような雰囲気でもある。
もう一つは、これはプレスリリースの問題とはいえないが、やたらとダイヤ改正を行ったり、新車を登場させたりすることである。新車がやたらと登場し、ニュースになる反面、旧型車の廃車は全然話題にも上がらない。新型車が登場して旧型車が廃車にならないというのは何故なのか紅岳原鉄道の担当に小一時間問い詰めたところ、車両の登場とともに車両基地を拡張させるなどという回答が返ってきた。あの「黒を白にする」ことで有名な敏腕弁護士北岡秀一も仰天の屁理屈である。
また、ダイヤ改正の頻度が高すぎるため、「ダイヤ改正でますます便利になる」というキャッチフレーズとは裏腹に非常に不便である。事実、「これでは不定期列車を走らせているのと同じだ」と乗客からも苦情が来ている。が、紅岳原鉄道は「私をもっと誉めなさい」と言わんばかりの対応をして、乗客も呆れ果てている。
そんな異常な経営を行っていながらも、毎年黒字経営なのは、どうも国の方針が影響しているようだ。
最近、国土交通大臣に就任した自称鉄道評論家(早い話が鉄道ヲタク)の樺島怜蔵は環境保護を理由にクルマ族の締め出し・鉄道利用の拡大を謳歌し、道路交通法の改正などを行い、高速道路料金の大幅な値上げや自家用車の所有台数・使用の制限を大々的に行ったという。
自己中心的な鉄ヲタの妄想の極致のような政策のおかげで、一部鉄道会社の暴走がエスカレートしているという情けない状態となっている。
そういえば、紅岳原鉄道のお客様相談センターはある学校法人関係者と思われる筋からの嫌がらせ行為が頻発したというような理由で、廃止したという。重ね重ね呆れるものである。
ここまで、やたらと批判ばかりしてしまったが、そんな中、紅岳原鉄道のページにある学校法人のリンクが貼られていた。その学校法人は紅岳原鉄道と敵対的関係にある所かどうかは不明だが、ユニークな教育方針を掲げていおり、興味を惹くものがあった。早速私はその学校法人のホームページにアクセスし、場所を確認した。

再び東京田園都会線へ

先程、調べた学校法人のページを最新鋭のレーザープリンタでプリントアウトし、再びふたば台駅にやってきた。
私は電車を待ちながら、自分の家にある最新鋭のレーザープリンタのCMに出ていた女性タレントが誰なのかを一生懸命思い出していた。確か、彼女は某格闘技番組にも出ていたような・・・。
そうこうしているうちに、3番線の急行線ホームに急行電車が入ってきた。ラッシュ時は20両編成だが、流石にデータイムとなると10両編成となるようである。
それはさておき、急行電車に乗ることにした。反対ホームには各駅停車が来ていたが、半分の5両編成でも空気輸送にしかならないのではと思えるほど空いていた。しかし、私の乗った急行電車はラッシュ時間帯のような極端な混雑ぶりでないにせよ、長津田沼から乗車したと思われる乗客が多く乗車しており、長津田沼の次の停車駅であるここふたば台からは座って乗車できない状態である。
仕方がないので、双子玉川上水で大井松田線乗り換えホームに降りるのに便利なように、乗車した側と反対側のドアに寄りかかって、物憂そうに景色を眺めることにした。
転換クロスシートを採用した最新鋭車両Sc5000系の急行電車は160km/hの速度で線路を走っている。ふたば台の隣の藤見が丘を通過し、更に隣の市が丘、その隣の海江田、更に隣で最近になって欧浜地下鉄が開業したアザレ野までも全速力で通過した。そして、次の停車駅であるサンプラザ多摩に到着した。
ここもニュータウンの町並みだが、ふたば台とは違い、やたらと紅岳原鉄道資本の企業のオフィスが目立つ。私が普段利用しているCATVの局も駅のすぐ近くにあるようである。
急行電車はここを出発すると、すぐ隣の詐欺師沼に到着する。この駅で各駅停車に乗り換える客が若干いるのは、複々線になる前において、この駅で緩急接続していた名残だろう。この駅は降りたことがないので何があるのか分からないが、市営プールとA団地下鉄の車両基地があることだけは知っている。
少し長めに停車した後、急行電車は途中のみやじ台、三浦平、梶が丘を通過し、溝口に到着する。この駅で南武線に乗り換えが可能である。因みに、この南武線であるが、急行が走っていないことを理由に紅岳原鉄道がJr.束曰夲から強引に買い取り、自社路線として運行しているようである。紅岳原鉄道南武線となってからは彼らの公約通り、急行も走っており、Jr.時代に比べて「フリークェンシーを向上させている」という。
溝口を出ると、鷹津、双子新田を通過し、大井松田線乗り換えの双子玉川上水に到着する。この駅で大井松田線に乗り換える。大井松田線は5両編成で各駅停車のみのほのぼのとした雰囲気のローカル線である。私は、大井松田線で、上毛野(かみつけぬ)、轟(とどろき)を経て、小山台で降りた。

天空島にある学校

小山台から降りた後、私は天空島という地名の場所まで歩いていく事にした。
大井松田線沿線はほのぼのとした下町っぽい感じで、ニュータウンの無機質な雰囲気の東京田園都会線とは大きく異なる。やがて住宅地に入り、大きな堀に囲まれた小高い山に差し掛かった。そこが天空島という場所らしい。
天空島と聞いたので、海に浮かんでいる島を連想させたが、どうも違うようだ。まあ、「○○島」という地名だからといって、そこに本当の島があるとは限らないが。私は堀を越える大きな橋を渡っていき、島の入り口にある守衛所にやってきた。守衛に学校見学に来たことを告げると守衛は山の中腹にある「GaoZ- 6」という建物へ行くように言われた。守衛所で島の案内地図を受取り、その「GaoZ-6」という建物の位置を確認し、足早に「GaoZ-6」へ向かった。
地図によると、どうやらこの島全体が学校の敷地になっているようだ。動物と人間とが仲良く学習する自由と自治の学校らしい。一応、高等学校を名乗っているが、年齢制限がなく、生涯教育にも熱心なので、私のように既に高校はおろか大学さえも出た人間が再び勉強しに来るケースが多いという。
この学校の理想の素晴らしさ、そして、天空島の豊かな自然に包まれながら、目的地である「GaoZ-6」へと向かった。まるでピクニックに来たような気分だが。
しばらく歩いているうちに、ベンチや四阿(あずまや)のある休憩所のような所に差し掛かり、小休止することにした。ここは非常に見晴らしが良く、島の中心部の学校の校庭というより平原が良く見える。その平原にはライオン、鷲、鮫、バイソン、虎、象、キリン、熊、白熊、ゴリラ、サイ、アルマジロ、隼、鹿、狼、鰐、撞木鮫など多数の動物たちが戯れているようである。楽園ともいえる風景だ。
私が来た当時は3月で学校の春休み期間中ということもあり、学生の姿は見当たらなかったようである。少し疲れの取れたところで、私は「GaoZ-6」という建物へ再び行くことにした。

異様な雰囲気

やがて、「GaoZ-6」という建物に差し掛かった。普通のビルではなく、大きな亀を象ったような変わった建物である。私は入り口にいる事務員と思われれる女性に学校見学に来たことを告げた。
その事務員と思える女性は麻布の衣装を身に纏っているが、シルバーアクセサリーを多く身に付けているという変わった格好をしている。しかし、全体的に地味な雰囲気である。後で分かったが、この佐藤康恵に似ている女性がこの学校の学校長ということである。
私は、彼女に案内され、学校の施設を見て回った。学校の教室など勉強の場は全てこの「GaoZ-6」という建物に集中している。ただ、動物を放し飼いにしている関係上、島全体を学校の敷地にしているようである。また、教室の作りも普通の学校とは大きく異なり、壁の色が白っぽい青になっているのは普通の学校とさほど変わらないが、洞穴のような壁に異様な雰囲気を感じた。

活発なサークル活動

佐藤康恵に似た麻布ドレスのシルバーアクセサリーを多く身につけた学校長に「当学園はサークル活動が活発に行われているのが特徴です。今は春休みなので、生徒達は所属しているサークルでの活動に打ち込んでいます。」と言って、今度はサークルの見学をすることにした。
この学校では大学のサークルも顔負けの本格的なサークル活動を行っていて、また、多岐にわたる種類のサークルがあり、中には政治活動や営利活動を行うものもある。
動物の医療を行う獣医学サークル、空手のサークル、サーフィンのサークル、牛の飼育を行うサークルなどを見に行った後、私は軍事サークルを見学した。
軍事サークルといっても、ミリタリーオタクが集まっている訳ではないようである。本格的な軍事訓練を行っており、自衛隊とも対等に戦えるような軍人揃いである。
そういえば、2年前、国会で「私営軍事法」というものが可決し、自衛隊の補助となる私設の軍事組織を結成することが出来るようになったという。この学校の軍事サークルは有志の学生が集まって、この学校法人の「私営軍事法」に基づく軍隊として機能しているようでもある。そういえば、一介の鉄道会社に過ぎない筈の紅岳原鉄道も、その法律に基づいて「鉄道軍」なる独自の軍事組織を持っていることを忘れていた。
その後、私は鉄道サークルを見学し、彼らの経営する鉄道列車に試乗することにした。

天空島鉄道旅行記

天空島の面積は東京都狛江市とほぼ同じ大きさで、この学校法人の経営する鉄道は何故か腕の付いている低床式電車が走っている。島の入り口から「GaoZ-6」まで歩いて30分もかかるような広大な敷地を走るため、鉄道などの交通手段も必須なのかもしれない。
車両の中は普通の路面電車とさほど変わらないが、車内販売員がいてアイスクリームの車内販売を行っている。折角なので、この販売員からアイスクリームを買って、それを食べながら暫し小旅行を楽しむことにした。
私は販売員に鉄道サークルの人間かと聞くと、販売員は農業サークルに所属していると答えた。客は私一人のようなので、その販売員と暫く会話した。それによると、この鉄道はサークルの人間によって完全に管理され、電車の運行、ダイヤ設定は勿論のこと、車両の製造、車両及び路線設備の保守点検、新路線の工事計画までも行っているという。趣味の延長で鉄道経営しているような感じとは思えず、この鉄道サークルの奥の深さを思い知らされた。
小型腕付き電車での小旅行も終わり、運賃を運賃箱に投入して電車から降りると、例の佐藤康恵に似た学校長が待っていた。彼女は私をある場所に案内した。そこはパン工場によく似た建物だが、パンは焼いていない。学校長と共に私は建物の中に入ると、平屋住まいの7人家族の婿養子または長閑な場所にあるパン工場の叔父さんのような声をした中国の皇帝を思わせるようないでたちの男性が座っていた。この人がこの学校の理事長である。
理事長は私に、学校見学の感想を聞き、入学の意志があるかを確かめた。私は一応あると答え、理事長は続いて好きな動物について聞いた。
ここで何故、好きな動物を聞くのかと怪訝に思いながらも、我が相棒のダークウィングに因んで「蝙蝠です」と答えた。その後、幾つかのやり取りを経て、自宅に入学願書を送付するようにお願いした。
この学校を後にし、思わず思ったのだが、この学園は入学も退学も自由で、入学試験は実質的にあの理事長との面接だけのようである。ただ、動物嫌いの人は入学を拒否されるみたいであるが。また、サークル活動を行うことが授業の全てであるらしく、学校の授業に出なくても単位が貰えて卒業できるようである。また、卒業生もサークルにいる後輩の様子を見に来たりするためにやってくるようである。
この変わった雰囲気の学校に魅力を感じつつも、サークル活動の苦手な私はこの学校に入学するかどうか迷っている。まあ、ダークウィングに相談するか。


最終更新:2012年05月26日 17:06