巻ノ五「軍隊と衝突」

ある不気味なくらい晴れた日

今日は不気味なくらい晴れている。こんな日は瀬戸内海で事故を起こして沈没したあかつき号の事件を思い出す。その事故で、ある青年は記憶喪失になったという。そんな事件を模倣したようなプレスリリースが何故か一介の鉄道会社である筈の紅岳原鉄道のサイトに掲載され、話題を呼んだ。もっとも、この事故を模倣したようなプレスリリースを出したことでバッシングを受けたようだ。
いずれにしても、また何か嫌な事件が起きそうな日である。そんな日は、私は外へ出掛けることを控える。
家から、いつも通り、紅岳原鉄道のホームページへアクセスする。目玉であるプレスリリースのページが閉鎖されているようだ。どうやら、苦情が相次いだらしく、暫く閉鎖するということらしい。仕方が無いので、車両図鑑のページに行くことにする。
紅岳原鉄道の車両図鑑の写真はとても下手糞である。日本全国各地に路線を有している大企業であるにもかかわらず、帝王京都電鉄沿線の成績桜ヶ丘在住のアマチュアカメラマンの撮影した写真を採用しているからだという。何故、腕のいいカメラマンを使わないのか小一時間問い詰めたい。
まあ、写真が下手というだけなら、まだ良い方だろう。この鉄道会社の電車のスペックはハッキリ言って尋常じゃない。例えば、急行用の最新鋭電車 Sc5000系は最高速度160km/hで加速度4.0km/h/sだが、緩行用の電車Sc8500系は最高速度110km/hで加速度2.0km/h /sというものである。Sc8500系の方が古い車両なので、スペックが低いのはある意味納得いくが、何故低加速の電車を急行に用いず、各駅停車に用いるのか謎である。

急行人気の謎

私はこの車両スペックを見て、今まで納得出来なかった一つの謎が解けた。それは、いつも急行にばかり乗客が集中し、各駅停車はガラガラということである。
この紅岳原鉄道の車両はごく一部を除き、急行型車両として登場し、新型車両が投入されると、既存車両はすぐに緩行用車両になってしまうという車両運用の習慣がある。また、一部例外があるものの、新型車両の方が高速度性能及び加速度が優れている。つまり、加速性能の良い車両が停車駅の少ない急行用に使われているということだ。
また、新型車両は紅岳原鉄道が他社に車両を押し売りするため、花形である優等列車に積極的に投入され、旧型車両の多い緩行線の電車をビュンビュン抜かして性能の良さをアピールさせようという目論見があるようである。
また、ダイヤの面では、東京田園都会線は普通と急行の2種別のみでシンプルだが、紅岳原鉄道系列の帝王京都電鉄は、普通、快速、通勤快速、急行、準特急、特急、快速特急の7種別運用となっていて複雑なダイヤを組んでいるという。しかも、紅岳原鉄道の多くの路線は3種別以上の優等列車が走るのが普通らしい。
当然、他の路線においても、最新車両が特急などの一番速い種別にジャンジャン投入されているようだ。
また、年に10種類以上の最新車両をリリースしており、車両の世代交代がやたらと早いという特徴も見逃せない。
紅岳原鉄道は新車フェチの狂った鉄道会社である。

東京田園都会線と豆腐伊勢海老線の直通問題

紅岳原鉄道の新車フェチぶりに辟易した私は、気晴らしに外へ出掛けることにした。ふたば台から、今日は各駅停車でのんびり行くことにする。
いつも使っている3番線に入ってきた急行電車を無視して、反対側4番線のSc2000系の各駅停車に乗る。Sc2000系は数年前に登場した車両だが、Sc5000系の登場で全車両緩行線に移ってきたという。
急行電車はすぐに時速160kmになり、高速で駆け抜けるが、私の乗った各駅停車は時速90km程度の速度でゆっくり走っている。
乗客の少ない車内であるが、乗客同士の口論が行われているらしく、やたらと五月蝿い。どうやら、東京田園都会線と豆腐伊勢海老線の直通について口論をしているようである。
現在、東京田園都会線はA団恨・憎悪線の箱崎まで乗り入れているが、箱崎の現在駅の直下に直通用ホームを作り、豆腐鉄道伊勢海老線に直通するという計画がある。これについて、最近頓に沿線住民などの間で話題になっており、東京田園都会線のハイソな雰囲気を豆腐伊勢海老線の田舎臭さで壊すななどと言って直通に反対する者や、豆腐伊勢海老線のマターリとした雰囲気を東京田園都会線にも取り入れろなどと言って直通に賛成する者が互いに口論している風景が目立つ。また、口論の行き過ぎで殺傷事件まで起こすケースが跡を絶たないようだ。しかも、紅岳原鉄道は毎日沿線や車内で起きたこうした事件までプレスリリースを発行する。いい加減ウンザリである。因みに、私は直通運転には反対でも賛成でもない。
そんな口論を聞き流しているうちに、電車は漸く隣の藤見が丘に到着した。同時に出発した急行はもう双子玉川上水辺りに到着している頃ではないかと思えるくらい時間がかかっている。なるほど、これでは急行にしか客が集まらないという訳だ。
余りにも鈍足での運転をするので、私はいつしか居眠りしてしまったようだ。そして、30分ほど寝て目が覚めたとき、電車は欧浜地下鉄乗り換えのアザレ野に漸く到着したところだ。私はこの駅で降りる事にした。

軍隊出動!

欧浜地下鉄はこのアザレ野で終点となっている。新線が乗り換えの新欧浜からここまで延伸されたのは数年前のこと。各駅停車しか止まらないので、乗り換えが非常に不便で、渋井方面から来た場合なら、隣のサンプラザ多摩で同一ホームで乗り換えられる各駅停車に乗り換えれば済むので大したことはないが、長津田沼方面から来た場合は不便を強いられる。前にも言った通り、各駅停車は加速も最高速度も急行に比べて遥かに低く設定されている。そのため物凄く鈍足である。また、長津田沼方面から急行に乗ってきた場合、サンプラザ多摩で逆方向の各駅停車に乗り換えれば済むが、同一ホーム乗り換えではないし、また、検札が来た場合にはアザレ野〜サンプラザ多摩間の運賃を払わなければならない。要するにあらゆる面において不便を強いられているのである。
しかし、このアザレ野急行停車については、一部の沿線住民(?)から反対の声が上がっている。何と、急行の停車駅が増えることで所要時間が増加するからである。前にも述べた通り、急行電車は高加速度だ。それなので、停車駅が1駅増えた程度で所要時間が大幅に増えることはない。せいぜい1分以下の増加である。しかし、反対派はその程度の増加さえ許せないらしい。
私が駅の改札を出ると、アザレ野急行停車賛成派と反対派のデモ隊が駅前広場で激突した。そして、野次を飛ばし合った。が、それも束の間、賛成派と反対派は石を投げ合ったり、凶器で殴り合ったりするなど、アザレ野駅前広場は血の海となった。最近は、東京田園都会線の直通問題も絡み、豆腐伊勢海老線の沿線住民も多く殴り込んできている。そのため、事態は更に悪化してきた。
たかが、鉄道路線のダイヤ改正如きで流血事件が起こるとは何とも呆れる始末である。しかし、鉄道オタクの多いこの世界では決して珍しいことではないようだ。他社沿線住民を罵ったり、鉄道会社のやり方にケチを付けるなど、聞くに絶えない暴言・怒号が飛び交う。更に殴り合ったりしているので、血も流れるし、怪我人や死亡者も多く発生する。
こういう時、普通は警察の機動隊が出動する。この世界にも先日の長野旅行でも少し話題にしたが、未確認生命体4号をモチーフにした強化アーマーの機動隊は存在する。しかし、デモ隊の暴走を鎮圧するのに、この世界ではいとも簡単に軍隊を出動させるようだ。
デモ隊の暴走が起きたという連絡を受け、紅岳原鉄道の鉄道軍が装甲車に分乗してやってきた。鉄道軍兵士は装甲車からバラバラと降りてきて、混戦中のデモ隊に向けて無差別発砲した。しかも、バズーカ砲を使った兵士もいたので、着弾した辺りのデモ隊にいた人達は吹き飛ばされた。宛ら戦場にいる状態だ。また、デモ隊の一部も鉄道軍兵士に向けて石を投げたりして、対抗しているようだ。
こんな危険な状態にもかかわらず、デモを鎮圧しに来た筈の鉄道軍兵士は、誰も避難誘導したり、また、デモ隊に対して説得を行おうとはしなかった。ただひたすら、デモ隊に向けて砲弾を打込んでいるだけである。おかげで、デモ隊と鉄道軍の戦闘に巻き込まれる一般市民が跡を絶たない。
私は何とかこの危険な場所を抜け、予め買っておいた帰りの切符を自動改札機に通して、さっさと長津田沼方面ホームへ出た。

非常事態にもかかわらず電車は平常運転

アザレ野駅前が戦争状態になったのにも関わらず、東京田園都会線は平常通りに運転されている。私は1番線ホームに入ってきた各駅停車に逃げるように飛び乗った。ホームと反対側の窓からは戦闘中の駅前広場が見える。
私の隣にいた人が、顔面蒼白になった私を見て、どうしたのですかと尋ねた。私は駅前広場で戦闘が起きていると説明したが、その人はいつものことですよと答えた。どうやら、こういう事件は日常茶飯事のようである。
私は乗客の殆ど乗っていない電車の中でウトウト居眠りし始めた。そして、タイミング良く、ふたば台で目が覚めて、電車から降りていった。

夕方のニュースで

私は、ダークウィングと夕飯を摂っている時、珍しくテレビのニュースをつけていた。いつものこととはいえ、こういう事件が起きた時はやはりちゃんとニュースになるようだ。
ニュースのアナウンサーは、今日起きた事件について淡々と述べている。この世界は人間と動物達が仲良く暮らすという世界のはずだが、個人個人の命の重さはどうも軽く感じるようである。
平気で殴り合ったり、殺し合っても、誰も、死んだりした人達やその家族のことなど眼中に無いようである。その証拠に、先程のアザレ野駅前広場での鉄道軍はまるで殺人ロボットであるかの如く、デモ隊に無差別発砲したり、付近を通り掛かってしまった人達の安全の確保を怠ったるばかりか、発砲して殺傷しているのである。
こういう事件が多くなり、私はこの世界に嫌気が差し始めた・・・。


最終更新:2012年05月26日 17:09