二人の 第拾話

レイはゆっくりと歩いて、その自衛隊員に近づいていく。
その隊員は流石にプロである。レイを見て、腰につるされた「警戒」のサインに気が付いたらしい。
手のひらで制して「待て」の合図をしてから、自分の武装をジープに投げ込み、
改めてレイの方に歩み寄り正式な敬礼を取る。
とにかく、紳士的に接しようとしていることを示したいようだ。

シンジはコックピットからその様子を眺めていたが、どんな話をしているのかサッパリ判らない。
ずいぶん時間を掛けている。10分、いや15分は過ぎただろうか。
次にレイや自衛隊員はどう動くのか。まさか、レイが腰の銃を抜くような展開が?
しかし、仮にそうなったとしてもシンジは初号機に乗ったまま。
イザとなれば自分が暴れれば済む話だ。

……なんていう心配は無用だったらしい。
レイがこちらの方を見て手招きをしている。降りてこいという合図だ。
シンジがあたふたと地上に降り立ち二人の元にやってくると、
その隊員は、レイは例外としても14歳の子供にすぎない彼にまでキッチリと敬礼をした。
そして、その隊員は後ろを振り向いてOKのサインを送っている。

シンジは小声でレイに囁く。
「綾波、大丈夫……なの?」
「大丈夫と思うわ。どうやら、彼らは軍の命令ではなく個人的に私達に会いに来たみたい。」
「僕達に、個人的に?」

「そう。この隊員達は私のことを知っていて、なんの支援も受けられない私達の状態が心配だと言っている。
 それで支援物資を送りたいと。」
「……そうなんだ。」
「一応、日本国政府には問い合わせたの。
 この人達の行動は政府や軍の命令ではない。我々が下したのは命令ではなく許可。
 政府は私達に援助を行うつもりはないけど、禁止を発令している訳ではない。
 個人的に支援したいなら、それを止める理由はない、と。」
「成る程……」

そんな話をしていると、遠方から数台のトラックやジープの増援がやってきた。
そして、それらから下ろされた物資は大半が保存の利く缶詰や食料ばかり。
中には米や生鮮食料、そしてジュースや酒、寝袋や燃料といった非常用品まで混じっている。
問題はその量からしてレイの配下には多数の部下が居ると思っているらしい。
とどめには、大鍋を取り出して火を焚く準備を始めている。
なんと、この場でカレーを作ってくれるというのだ。

物資の運搬後に作り始めて、今夜には出来上がるから他の仲間も呼んでこい、と隊員達は言うが、
しかしレイは、私達二人だけしかいないと答える他はなかった。
とてもコピー達を見せるわけにはいかないからだ。
それを聞いた隊員達は変な顔をしたが、しかし彼らは問いつめようとはしなかった。

そしてレイを見張り役に残して、シンジはエヴァを使って支援物資の運搬を開始。
使徒殲滅が本領の筈が荷物運びをしていると考えると、初号機はさぞ泣いていることだろう。
ま、それはそれとして、その後は彼らの作るカレーが出来上がるまで一眠り。
そんなことをしているうちに、既に時刻は夕暮れに差し掛かっていた。
搬入した物資の整理はコピー達に任せてシンジが地上に戻ると、物凄く良い匂いが漂ってくる。
自衛隊員の作るカレーがいよいよ出来上がるらしいのだ。
お暇な方は是非とも自衛隊カレーをキーワードに動画などを検索していただきたい。
大鍋と聞いただけでも期待が出来るというのに、その豪快さは男の中の男の料理。
その造る様を見るだけで絶対に旨くない筈はないと決めつけてしまうのが不思議な話だ。

実際、シンジは大満足だったらしい。
涙を流さんばかり、というとオーバーなのだが、これまで米と塩ばかりで生活してきた彼である。
肉はもちろん野菜や強い香辛料など、すっかり身体が忘れかけたものばかりを味わったシンジは、
周囲で隊員達が笑ってみているのも気にせず、ほとんどトランス状態に陥るほどに夢中で食べ続けた。
無理もないだろう。育ち盛りの年代の彼が、あまりにも過酷な生活を続けてきたのだから。

しかしシンジは、これまでの生活を意外と過酷に感じてなかったことにも気付く。
はたして、それは何故だろう。
様々な運命の変転、謎だらけの自分の状況、使徒の襲来を待ち続ける日々に夢中で我を忘れていたか。
あるいは、綾波レイの存在のおかげか。

ふと気が付いて、隣にいるレイを振り返る。
「綾波……平気?」
「何が?」
「そのカレー、肉入りだよ?」
「うん……平気……」

そういって二回目のお代わりを貰いに立ち上がるレイを、シンジは呆然と見送っていた。
確か、肉は嫌いといった筈である。
そのレイが大量の肉が入っている筈のカレーを、ゆっくりと味わって食べている。
とてもお義理で口に運んで、無理矢理のみこんでいるようには決して見えなかった。

しかしそのカレー、100人分よりもっと多いだろうか。こっちは二人しかいない。
その大量をカレーをどうやって始末をつける?と悩んでいたのも束の間のこと。
後から後からやってきた自衛隊員の連中のお陰で、その心配は不要となった。
流石は国防戦力の彼らである。無謀と思われた大鍋カレーがみるみるうちに空っぽになってしまった。

そして宴も果てて、最後には記念撮影まで求められてパーティーは無事終了。
流石は軍隊、後片付けをテキパキと済ませて帰って行った。
そんな彼らを見送りながらシンジは言う。

「綾波は……多分、判ってると思うけど。」
「何?」


「私的に援助っていうのは嘘だと思う。私的であれだけの物資は援助できないんじゃないかな。」
「……」
「なんだかさ、メシ抜きを子供に宣告しておいて、
 後でおにぎりを持って行けって母親にこっそり命じる頑固親父みたいで。」
「そうかもしれないわね……でも、違うかも知れない。自分で言うのもなんだけど……」
「え?」
「私、何故か彼らに人気があるみたい……何かの折に私のことを知ったみたいね。」

それを聞いたシンジは吹き出して笑い始めた。
「アハハ、隊員さん達に写真を見せて貰ったよ。綾波の姿を隠し撮りしてたらしくってさ。」
「何度か戦自の基地に出入りすることがあったから、その時みたいね。
 指揮権を得るために各部隊の将校との挨拶回り。
 でもね……あの人達、最初に私が投入を命じた厚木と入間の部隊の生き残りなの。」
「え……?」

そしてレイは表情を少し曇らせながら話を続ける。
「その彼らが私に会いに来たというのを聞いて複雑な気持ちだった。
 私は彼らに対して死ねと命じたに等しい相手の筈なのに。
 しかし彼らは仲間を失った恨み辛みなんていう気持ちはこれっぽっちも抱いていない。
 しかも、彼らはこんなものを私にくれた。」

そして取り出した一枚の紙切れ。そこには電話番号のようなものが書かれてある。
「これで自分達に直に命令してくれというの。融通の利かない政府なんかほっといて。
 軍隊を抜けて、基地から兵器をぶんどって必ず参戦するから、と。」
「……」
「何故そこまで?と聞いたら……やっぱり自分では言いにくいけど、みんな私のファンだから、と。
 自分達で兵器を開発して戦おうとする私のファンだから、と言ってくれた。」
「……」

シンジは少し考えていたが、やがて笑みを浮かべながらこう答えた。
「判るよ、その人達の気持ち。国とかいう大きな物のためより、誰かのために戦って死ねたら最高じゃないか。」
「……」
「人が命をかけたいと思う気持ちって、そういうものだと思う。国を守りたいという大義も根本はそれだと思う。
 僕がここに止まりたいって思うのは、それと同じ気持ちだと思う。」
「……ありがとう、碇君。」

そしてレイはシンジの正面に立ち、改めてシンジの目を見据えた。
「碇君。なぜ、あなたをここに呼んだのか。それを教えたいと思うの。」
「え……?」
「ここで使徒と戦っているのは、何も世界を守るためとか、サードインパクトの勃発を防ぐためとか、
 実を言うとそんな理由とはまったく違うの。使徒がやってくる理由も違う。」

「それじゃ……何のために?」
「あなた。」
「え?」

「使徒はあなたを消すために、あなたを目指して襲来している。
 ここにあなたを呼んだのは、『この場所に使徒が来る』ためではなく、『碇君をこの場所で守る』ため。
 実を言えば、私は人類を守るため、なんてそんなつもりは全く無かったの。
 私はあなたを守るために。それだけのために、こうして戦ってきたの。
 ここからあなたが移動すれば、使徒は必ずあなたを追いかけてくる。
 それが、あなたをここに招いた理由。
 たとえ誰からの援助も無くなったとしても、立ち退きを要求されても、私があなたをつれて逃げることは出来ない。
 私は人類の資材を全て投じても、他の全ての人達の命を犠牲にしても、あなた一人の命を守るために。」
最終更新:2007年12月01日 23:32
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。