二人の 第拾壱話

シンジは目眩にも似た感覚を味わいながら、レイに聞き返した。
「そ、それじゃ……サードインパクトが起きるというのは……」
「いえ、セカンドと同じぐらいの大惨事が起きると思うわ。それ以上かも……」
「それじゃ……どうしてそれを隠していたの?」
「このことを世間に知らせる訳にはいかないの。
 どんなことがあるか判らない。例え、碇君だけに伝えたとしても、どんな経緯で知られるか判らない。
 仮に知られたら、使徒の襲来を防ぐにはあなたを消せばいい、という誤解を招く。」
「それじゃ……それじゃ……」

しばらく言葉に詰まってしまったシンジだが、深呼吸をしてから思い切って尋ねた。
「それじゃ……それじゃ、僕は何なの?」
「それは……」

今度はレイの方が覚悟を決める番であった。
しばらく沈黙していたレイ。そして意を決して口を開いた、その時。

 ♪ぴんぽろぱんぽろぴんぽろぱんぽろ……

レイの携帯電話の着信音である。
その電話を受けたレイは目を丸くした。
「私達がこうして会話しちゃいけないって、あれほど……
 そう……そうね、判ったわ。」

そんなレイを、シンジはかえって心配顔になってを見つめる。
レイは伏し目がちに、そのシンジの無言の問いかけに答えた。
「ごめんなさい……さっきの質問には……」
「いや、いいよ。なんだか……物凄く怖いビックリ箱を開いてしまうところだったかもね。アハハ……」
そんなふうに寛大に笑ってくれるシンジに、レイは感謝する他はなかった。

さて、ボロボロになってしまった地下基地に二人が戻ると、
コピー達が物を言わずジッと立ちつくして待っていた。
地下の薄暗さのお陰か、なんだか今の彼女達が恐ろしくも見えてしまう。
普段は、無表情ながらも愛嬌を感じて仕方がない同じ姿のコピー達。
しかし今は一変して、同じ姿さながらの不気味さが際だっているかのような……

そんな彼女達を見て思わずゾクリとするシンジに、
「シャワールームが無事だから、それを使って休む準備をして。」
と促すレイ。
シンジは勧められた通りに下の階層にあるシャワールームに向かった。
レイと、そのコピー達を後にして。

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それ以後、シンジの様子が微妙な状態となってしまった。
じっと座って何かを考えていることが多くなりつつあるようだ。

かといって自分の世界に引きこもってばかりいる訳でもない。
レイ達と共に食事を取り、エヴァの訓練や家事全般の手伝いも休むことなくこなして、普段通りには見えるのだが。

ある時、オリジナルのレイがシンジの所にやってきた。
「碇君、大丈夫?この前の話が気になっているようにも見えるけど。」
「ああ、そりゃショックだったよ。それは当然。」
「あんな話をしてご免なさい。」
「いや、いいよ。僕は大丈夫だから。」
「それで、いろいろと隠していたことがあるけど、有る程度のことを知って貰おうと思ったの。」
「え?」
「来てくれる?」
と、レイは誘いかける。
シンジは否応なしに、レイの後に続いた。

そして、やってきたのは初めて見る部屋だ。
なんだか、何かの研究室にも見える。薄汚れていて、ずいぶん使い込まれていることが判る。
スチール製の本棚には難しいタイトルの本がズラリと並び、
机には幾台ものパソコンが積み上げられ、それらは全て稼働していた。
どうやらそれらが、この基地の制御などを司っているらしい。

そして、レイがシンジに手渡したのは一枚の写真。
研究者らしい白衣を着た男女の姿。女性はパイプ椅子に座り、その側にはメガネを掛けた男が立っている。

「それ、あなたのご両親。」
「……ええ!?」
シンジは驚愕する。ということは、自分の両親の姿を見るのは初めてだったらしい。

「綾波、君は……僕の両親のことを知ってるの?」
「うん。あなたは何も知らないのね……それでは赤木ナオコ博士のことも?」
「いや、知らない。それは……誰?」

レイは写真を食い入るように見つめるシンジに、ゆっくりと話し始める。
「かつて、あなたのご両親や赤木博士は共同でバイオテクノロジーの研究を続けていた。
 その研究、究極の目的はクローン技術に基づく新機軸の医学療法を開発するため。」
「クローン技術……」
「その研究の果てに、とてつもない怪物が副産物として完成してしまった。
 超絶的な力と自己修復機能を兼ね備えた究極の生命体。それが……」
「使徒、というわけか。」
「そう。それを見た者が考えることは二通り。すぐにでもそれを処分しなければならないという考えと、もう一つ。
 科学、政治、様々な面で発達し尽くした現代人間社会で、世界制覇を成し遂げるにはうってつけの……」
「せ、世界征服ぅ!?」
「その野望を持つに至った赤木博士を阻止するために、あなたのお父さんはあえて使徒と同等能力のエヴァを開発。
 しかし、初戦で敗れたあなたのご両親は、唯一の息子であるあなたに託すしか他になかった。
 なぜなら、あなたのお父さんの頑なな設計思想で、自らの遺伝子をエヴァを起動する鍵としてしまったのだから。
 けど、そのことを赤木博士に知られてしまうことになる。そして私はあなたの保護を……」

そこで、シンジは写真をレイに突き返して一言。
「あのさ……これ、僕と綾波のコラ写真じゃないの?」
「あ、ばれた?徹夜で作ったのに……」
「……」
「……」

「それじゃ、今の僕の両親の話は?」
「嘘。」
「……」
「……」

さて、シンジはどんな態度をとるだろうか。
と、不安になったのも束の間である。シンジは大いに笑い出した。

「アハハハハハ……やっぱり?なーんか、話が出来すぎてると思った。」
「やりすぎて、あなたを怒らせたかと思ったわ。」
「いや、なんか面白かったよ。それにさ……僕、本当に自分の親のことは知らなかったから。
 もしかしたら、木の股や脇の下から生まれてきた親なしっ子じゃないかと思ってたぐらいに知らないんだよ。」
「そう……」
「なんかさ。綾波に筋書きを立ててくれたお陰で、やっと自分にも親が居るような気になってきたよ。
 この写真もらっていい?」
そう言って、大切そうにシンジは写真を眺め続けていた。

はてさて、シンジは寛大なのか楽天家なのか、あるいは全てにおいてどうでもいいのか。
そのいずれであろうと、シンジが明るく振る舞っていてくれることは、レイにとって実に助かることなのだ。
過去がどうであったかよりも、これからどうするかが重要な時。
判らない、見えない世界の情勢よりも、目の前の現実をどうするか。
二人は、それらを相手に立ち向かわなければならないのである。

とはいっても、シンジの心情に何も影響しない筈はなく、明るい彼の表情も空元気に見えなくもない。
原因であるシンジが消される懸念よりも、シンジ自身が首を括りかねない、という心配もあるからだ。
何かを心の奥底で考え込んで、悩みの種を育ててなければいいのだが。

しかし、
「みんな、おいでー」
とチェロを片手にシンジは呼びかけ、そんな彼の元へあたふたと集まるコピー達。
森の動物たちを相手に演奏会を開く「セロ弾きのゴーシュ」さながらである。
そうして彼女達に音楽を聴かせてやることで、自分自身の心の安定を図っているのだろう。

だが、そんな彼らに追い打ちを掛けるような事態が巻き起こるのも、この世の必然なのかもしれない。

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ここは自衛隊の駐屯地。
使徒の来襲、その他の危機に備えて多くの隊員達が寝泊まりする場所。

隊員達は音楽を聴いたり雑誌を片手にしながらくつろいでいる。
その傍らにはレイの素っ気ない横顔の写真が一枚。
もうすっかり彼らのアイドルとなっているのだろう。
TVに登場する造られた存在よりも、自然に降ってわいたような彼女の存在に注目する方が面白いに違いない。

その危機感のない空気、もはや彼らは使徒の襲来を楽観視しているようである。
最初の使徒の襲来で出撃し、多くの犠牲者を出す結果となった。
しかし今では使徒に対抗しうるジェットアローンが開発され、既に量産体制に入っている。
最近、現れた使徒に対しても2機のジェットアローンが出動し無事に殲滅完了。
弱点であるコアを二つ持っている厄介な相手であったが、
スーパーコンピュータMAGIの制御により2点同時攻撃が見事に成功。
もはや彼らにとって使徒というものは、出てくれば潰せばいいだけの害虫のような存在であった。

そんな彼らの足元に蠢く白く細長い影。
蛇のようにも見える。しかし、螺旋状の身体をした奇妙な……

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「使徒!?」
オリジナルのレイに叩き起こされたシンジは、あたふたとプラグスーツにその場で着替えている。
彼女の目の前なのだが、もはや気にしては居られない。
後ろを向いてではあるが、遠慮無く全裸になって袖を通しながらレイに問いかけた。

「だんだんと巨大化しながらこちらに向かっている。
 既にジェットアローンがこちらに向けて発進したみたいだけど、あなたも初号機で待機していて。
 そこが、あなたを守るためには一番安全な場所だから。」
「わ、判ったよ、綾波。」

そう返事して初号機へと駆け出すシンジ。
それを見送りながらレイはノートパソコンに映るレーダーを見据えた。
それに映る使徒のマークが徐々にこちらに迫りつつあることが見て取れる。

地下基地からうかがえる情報はそれだけだ。
ただし、エヴァを地上に挙げればそれを通して使徒の様子も観察することが出来る。
レイは迷った。あまり頼り切ることは出来ないが、できれば無人兵器であるジェットアローンに先手を打って欲しい。
だが、共同戦線を張ることは出来ない。こういうときに外交政略的な問題がもどかしくて仕方がない。
しかし、ジェットアローンの到着が遅い。
もし、エヴァを出すより先に使徒が到着すれば、下手をすると将棋で言う穴熊囲いの焼き討ちにされてしまいかねない。
ならば、結論は一つ。
躊躇無く初号機を出撃させるしかない。

レイはエントリープラグ内のシンジを呼び出す。
「碇君。出撃、いい?」
『判った。出して、綾波。』

「続けて、零号機で出るから。すぐにジェットアローンも到着する。
 戦闘になってもATフィールド最大で防御に徹して、自分で使徒を倒そうと考えないで。」
『判ったよ。気をつけるから。』

そうして、地上へと射出される初号機。それを見送るレイ。
レイは政府に対して決してムキになっている訳ではない、エヴァが使徒を倒す必要は実は言うと全くない。
自分の手で倒したいなどと考えている訳ではないし、彼らが戦果を誇りたいなら幾らでも譲るつもりでいる。
シンジを守ることができるなら。

やがて、初号機のモニタを通して、何か巨大なものが山をも越えてこちらにやって来るのが見て取れた。
それを遠巻きに取り囲む戦自の攻撃ヘリ群。だが、なぜだろう。
一機のヘリも攻撃を仕掛けようとはしない。どうして良いか判らず、狼狽しているかのように。
レイはもどかしく思った。初号機から送られる映像が小さすぎて判らない。

『綾波……あれは……まさか……そんな……』
「……碇君、どうしたの?
 いや、待って。私も出るから、決して碇君は動かないで。」
『こ、来ないで!綾波は見ちゃいけない!』
「……え!?」

だが、シンジのその拒絶でレイは察しが付いた。
そういえば、残りの使徒の中に浸食するタイプが居たはずだ、と。
最終更新:2007年12月01日 23:34
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