二人の 第拾参話

「碇君……」
初号機が使徒レリエルの手に落ちるのを目の当たりにしたレイは、力なく彼の名を呟いた。

かろうじて零号機は無事であった。
ビルの残骸によじ登り、どうにか地表の影に触れることを免れたのだ。
しかし2体の使徒を相手に、しかも限られた足場でどうにか立っているだけの零号機で、
どうやって立ち向かえと言うのか。

そして、使徒ゼルエルは零号機に考える暇など与えない。
勝ち誇るのも時間の無駄と言いたげに、速攻で零号機に放たれる必殺の閃光。
しかし、パキンッ!!と零号機のATフィールドがそれを弾きかえし、かろうじて使徒の攻撃を凌いだ。
エヴァはジェットアローンとは違う。使徒と同等の能力を持つことを目指した機体である。
プロトタイプの改良型とはいえ、零号機はたやすく一撃で倒されるほどヤワではない。

しかし、エヴァはATフィールドの守りを持つ反面、有効な攻撃手段を欠いている。
むろん、使徒のATフィールドを中和するというエヴァならではの能力を持ちうるが、
それは近接戦闘を前提とした戦い方。
零号機の能力と装備では貧弱で、加えて中空に浮かぶ使徒達が相手ではどうしようもない。

レイは覚悟を決めて、手にしたライフルのようなものを手放した。
それはポジトロンライフルに比べてはるかに威力は低く、もはや無意味な長物であるからだ。

唯一、効果を与えられるとすれば只一つ。
ここまで背負ってきた『ロンギヌスの槍』、それを使徒に対して投擲すること。
零号機に出来ることは、それしかない。
そして使徒の攻撃の合間を縫って、零号機は槍を構えて投擲体勢に入ろうとしている。

しかし、狙いはゼルエルではなかった。
レイの零号機が狙った先、それは中空に浮かぶ使徒レリエルの不気味な球体であった。
自分の手で使徒を倒すのではなく、初号機を救出してシンジに全ての可能性を賭けようというのだ。
逆に言えば、この戦いで生き残ったとしても、シンジが助からなければ彼女にとって意味がないのだから。

「……これを投げることが出来るのは一度きり。これを外せば二度目はない。
 何の効果もなければ、もう終わり……全ては……」
祈るようにつぶやくレイ。しかし、彼女にためらいはなかった。
狭い足場から転落して、使徒レリエルの闇に落ちることも恐れずに思い切った助走を付ける。
使徒に捕らわれた初号機が無事であることを、シンジが生きていることを、その全てを信じて。

「……碇君ッ!!」

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シンジの、そして初号機の居場所。それは、とてつもなく広大な虚無空間であった。
「ここは……ここは何処?……なにがどうなってるの……?」

使徒レリエルに捕らえられ、そしてうろたえるシンジ。
必死で初号機の計器を探る。しかし、何も判らない。何も掴めない。
判るはずもない。初号機の様々なレーダーには何も映らず、センサーには何の反応も無いのだ。

そしてシンジは焦り出す。
「こ、ここはどこなの?いったい、何がどうなってるの?……綾波?綾波!?
 返事をしてよ!聞こえてるんでしょ?どうして、何も言ってくれないの?」

シンジは通信モニタを必死で操作するが、しかし何も聞こえてこない。
そして焦りが混乱へと変わる。

「ねぇ!ねぇってば!
 返事をしてよ!また冗談なんだろ?嘘なんだろ?
 もうふざけるのは止めてよ!返事をしてよ!
 ねぇ、どこにいったの!聞こえてないの?ここはどこなの!誰か教えてよ!
 誰でもいい、使徒でも良い、なんでもいい!
 ここは嫌だ!一人は嫌だ!誰か僕に答えてよ!
 返事をしてよ!
 誰かッ!!


 ……誰か……返事をしてよ……誰……か……」


そんな大騒ぎの末に。
ようやく気がすんだのか、シンジは気落ちしたような声でつぶやく。
「こんな時は……そうだ、生命維持モードにしなくちゃ……」
そしてシンジがそのモードに切り替えようと端末を開いた、その時である。

【応答要求 受諾】

そんなメッセージが端末のコンソールに表示されているのを見て、シンジは驚いた。
どうやら、シンジがコンソールを目にするだいぶ前から、様々なメッセージのログが流れていたらしいのだ。
シンジは画面をスクロールさせて先頭から読み返す。

/logon guest
 ** welcome to eva system ver.2.234
/sysmap *
 - eva01.system
  + eva01.system.control
  + eva01.system.body
  + eva01.system.enagy ……

何が表示されているのかシンジにはさっぱり判らない。しかしおぼろげながら理解できる。
明らかにその様子からして、何者かが初号機のシステムに外部から割り込もうとしているのだ。
コンソールのメッセージ群は更に続く。

/connect eva01.system.control.pilot.shinji
 ** em011213 palameter error
/info pilot.shinji
 (your type is guest/infomation level 0)
 pilot name : shinji ikari [碇 シンジ]
 age : 14
 type : humanoid
 sex : male
 language : japanese

/easychat -lang jpn -to shinji

shinji ->僕に答えてよ、返事をしてよ、誰か
balthasar ->【応答要求 受諾】
balthasar ->【機体名称:ジェットアローン タイプ3 ver3.2982】
balthasar ->【搭載コンピュータ:MAGI-System ver4.125 codename : balthasar】
shinji ->_

「ジェットアローン……バルタザール……?」
そこまでメッセージを読んだシンジは、ようやく気付く。
目の前のスクリーンに映っている、両腕を使徒に奪われたジェットアローンが浮かんでいる姿を。
つい先程までは何もなかったはずが、何時の間にそんなものが初号機の元に追いすがってきたのだろうか。

シンジが理解していないことも含むが、現状はこういうことである。

使徒レリエルに取り込まれた初号機とジェットアローン。
そして、シンジがパニックに落ち入っている間に、ジェットアローンに搭載されたMAGIコンピュータの一つ、
バルタザールがエヴァ初号機の内部システムに潜入を果たす。
そしてエヴァの構成情報を解析し、全ての操作を統括しているキーワード「shinji」へと行き着くが、
電子的なアクセスは不可能と知る。

更なる調査の結果、「shinji」は生身の人間であることを知り得たバルタザールは、
自然言語に基づくチャット方式で「shinji」にアクセスする試みを開始。
そこにシンジの狼狽ぶりが音声入力され、それに対してバルタザールは名乗りを上げた……
とまあ、そんなところだろうか。

シンジは首を傾げる。ジェットアローンにMAGIコンピュータが搭載されていることが信じられないらしい。
「でも、スーパーコンピュータMAGIの設計書を見せて貰ったけど、すっごく大きかったはずじゃ……」
だが、相手はシンジの質問をスルーして、まったく違うことをコンソール画面上で言い始める。

balthasar ->quit
/info eva01.enagy.*
  - eva01.enagy
   - eva01.enagy.outside_cable ** not found
   - eva01.enagy.inside_buttery 13107/32768 ( nomal mode rimit 2'13'' )

/easychat -lang jpn -to shinji
balthasar ->【緊急】
balthasar ->【要求:ジェットアローン内部電源からの電力供給】
balthasar ->【電源仕様:JIS32687-a21 下位互換にて対応可】

「え……?あ、ああ、そうか。電源を貸してくれるの?」
とシンジが問いかけるのが早いか、ジェットアローンの背中からケーブルのような物がパシュッと飛び出した。
それをシンジは捉えて、初号機の背中にあるコネクト部分に手探りで接続する。
すると、操縦席の傍らにあるバッテリー表示が無制限へと切り替わった。
流石はリアクター搭載のジェットアローン、本体だけでなくエヴァの動力をまかなうことも可能であるらしい。

「すっかり忘れてたよ、バッテリーのこと。
 生命維持モードにしてなかったから、もう少しで稼働停止するところだった。ありがとう。」
シンジは、人格を持つ相手に話しているかのように礼を言う。が、バルタザールの方は構っている暇は無いらしい。
シンジに対して次の要求を開始した。

balthasar ->【緊急】
balthasar ->【要求:ポジトロンライフルの回収、および射撃準備】

回収?と首を傾げるシンジだが、初号機の目の前にジェットアローンと同様に一丁のライフルが漂ってくるではないか。
どうやらそれは、腕を飛ばされたジェットアローンの装備していたものらしく、
まだ右腕がライフルの引き金に引っかかっている。

「射撃準備って……あの……」

balthasar ->【要求:敵生体「使徒」の任意のポイントに対する照準設定、および射撃】
balthasar ->【ポジトロンライフル射撃可能回数:1回(推定)】

「って、どこなの?どこに向かって撃てというの?」

balthasar ->【要求:敵生体「使徒」の任意のポイントに対する照準設定、および射撃】

「……いや、同じことを繰り返されても困るよ。
 あと一発しか撃てないんでしょ?任意のポイントって、まさか当てずっぽうで撃てってことかな。
 最後の一発をそんなふうに使っていいの?せめて、コンピュータの君が決めてくれた方が……」

balthasar ->【攻撃目標算定結果:】
balthasar ->【 当機体の現在位置:「使徒」内部(推定)】
balthasar ->【 -> 攻撃ポイント:## zero divide error // 】
balthasar ->【*状況解析処理に障害発生、具体案算出手順の強制終了。行動可能な全案の比較検証を開始】
balthasar ->【 -> 攻撃ポイント暫定決議案:】
balthasar ->【  案1:状況変化の発生まで待機 -> 危険因子発生の可能性:## zero divide error //】
balthasar ->【  案2:当機バルタザールによる無作為の照準決定 -> 「使徒」殲滅の可能性 0.03233%】
balthasar ->【  案3:pilot(shinji)による無作為の照準決定 -> 「使徒」殲滅の可能性 0.03233% + α】
balthasar ->【交渉手段:算出中】

「アルファって……ゼロじゃないけど、ましって訳か。どうして?」

balthasar ->【pilot(shinji) -> type:humanoid -> α(不確定因子の意)->不明の仮想値】
balthasar ->【交渉手段:算出中】

「不確定因子ね。そのアルファ、マイナスってことも考えられるんだけどな……」
そんなことを言いながら苦笑いするシンジ。だが、笑顔の力は偉大である。
混乱しかけていた彼であったが、少し落ち着きを取り戻しつつあるようだ。
だが、次に表示されたメッセージに、シンジは目を丸くした。

balthasar ->【交渉手段:算出完了】
balthasar ->【あなたを、信じている】

コンピュータに意味が判るはずもないメッセージを見て、シンジは大いに笑った。
「アハハハ、判ったよ。信じてくれるのは良いけど、もし失敗しても恨みっこなしだからね?」
最終更新:2007年12月01日 23:40
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