二人の 第拾八話

「さあ、やるんだ!私達を消してしまってくれ!」
重ねて命じるタブリス、もとい「三人目」のレイ。
だが、零号機は容易には動かなかった。二人の身体を捕らえたまま。

バルディエルたる「二人目」はこの隙に逃れようとするが、容易には動けない。
「三人目」がガッシリと封じ込めているのだ。どうやら得意らしい結界の力を用いているのだろう。
だが、それはいつまで持つのだろうか。

「三人目」は焦り出し、そして「オリジナル」と名乗っていた時と同様に零号機に向かって檄を飛ばす。
「どうした!私達はこの時を待ちこがれていたのだろう?
 私達を消せば残る使徒は一体。それさえ殲滅すれば、もう君達にかかる追っ手は無きに等しい。
 もう私など居なくても、碇シンジと二人でかかれば倒せないものではない。」

だが、零号機は動かない。そして、外部スピーカーから聞こえてくる微かな声。
『……出来ない。』

「何故だ!全てを無駄にする気か!君は……君は……ッ!

 一万年の時を経て、恋い焦がれてきた相手と思いを遂げる、その最大のチャンスが目の前にあるのだぞ!」

だが、動かない。零号機は動かなかった。
『出来ない……私には……共に戦ってきたあなたを犠牲にしてまで……』

その時、バルディエルたる「二人目」はボソリと言う。
「変な情を覚えちゃった訳なのね。アハハ……」

そんな「二人目」をクッと睨む「三人目」。そして、更に発破を掛けようとする。
「リリス、君はどうしてしまったのだ?人間のように肉体の死を厭うなど……」
『ダメ……こんなこと、絶対にダメ……絶対に許してくれない……碇君は絶対に……』

それを聞いた「三人目」は、ふぅっと溜息を付いた。そして、
「ならやむを得ない。自らの手で自らを死に誘うまで……」
と、彼女が念を凝らそうと全身に力を込めた、その時。

  ピシッ……パリッ……

「……結界が?そんな、私の結界を破るなど!」
驚く「三人目」。しかし、現に破られようとしているではないか。
見上げれば、ガラスが砕けていくように球状のドームにヒビが入っていく。
そして遂に!

   バリーンッ!!

砕け散る結界。飛び散る「三人目」の防壁の破片。
その彼方から「二人のレイ」を握りしめている腕に降り立った者は……言うまでもない。

シンジである。

「みんな、そこまで。」
もうすっかり具合は良くなったらしい。軽やかな笑顔まで浮かべている。
まるで兄妹喧嘩を仲裁しにやってきたお父さんのような口ぶりだ。

「えーと、綾波だらけで何て呼んだらいいか判んないけど、もう止めよう。
 その二人を握っている手、開いてよ。構わないから。」
そのシンジの言葉を聞いて安心したように、零号機は拳を開く。
そしてパシュッとエントリープラグがイジェクトされて、噴出されるLCLの中から現れた者。
むろん、レイである。

彼女こそが正真正銘の綾波レイ。だが実に滑稽なことに、おでこに「7」という数字が書かれていた。
どうやら慌てていて、その数字を消し忘れたらしい。
そしてヨロヨロと零号機の身体をつたい歩いて、シンジの両腕にすがりつく。
そんなシンジ達の傍らで、「槍」に貫かれた「三人目」のレイが「二人目」をガシッ!と蹴り飛ばす様子が見えた。

うっかり虚をつかれて、零号機の拳から弾き出された「二人目」。
見事な着地で床に叩き付けられることを回避したが、しかし彼女は微妙な顔つきをしている。
どうやら、こうして開放されたことが信じられないようである。
「正気なの?このアタシを逃がして、只で済むと思ってるのかしら?」
毒々しい口調でシンジに向かって言う「二人目」ことバルディエル。


だが、シンジは余裕の表情。
「大丈夫だよ。もう君らは僕達に勝てやしない。戦う必要もない。君達さえ、そう望むなら。」
「ハッ!余裕ね。でもね、アンタを倒そうというのは私の意思じゃない。我らが唯一の父なる神の……」
「よく判らないけど……お父さんかも知れないけど神様じゃないよ、その人。」
「はあ?アンタ、天に向かって唾するつもり!」
「意思をもって僕を殺そうとしたりするならね。昔から偉大に見えるものを神様って呼ぶ習わしがあるけど、
 もはや、その人は神様じゃないよ。うん、間違いない。」

そんなやり取りを聞きながら「三人目」はシンジ達の方へと近づいていく。
そして、自分を貫いている「槍」を引き抜き、それをシンジに手渡しながら言う。

「聞いていたのか。どこから?」
「全部。まる聞こえだよ。」
「そうか……しかし、あやつの言っていることは本当だ。更なる追っ手がかかるぞ。
 いいのか?使徒と呼ばれる天界の生命の樹を守りし獣。その我々を全て倒し、樹の力を得なければ……」
「その時は地獄に落とされる?仕方ないさ、そうなったら。」

そしてシンジは遙か彼方を見上げる。
地下の幾重にも重ねられた防壁を通して、天空の何かを仰ぎ見ていた。

「三人目」もまた、シンジの様子を見てようやく気が付いて上を見上げた。

「来たか……碇君、今からでも遅くはない。もう目覚めているなら判っている筈。天の力の恐ろしさを。
 すぐにそれで私を、そして下にいるあやつを貫き、そして……」
「目覚め?判らないよ。僕は僕だ。」
「え……?」

(目覚めているのではない?これは……)

「えーと、三人目だっけ?何か名前を付けなくちゃ判らないね。番号で呼ぶのは僕も反対だ。」
そう言いながら槍を構えるシンジ。既に迫り来る使徒アラエルに向けて。

(暴走でも、覚醒でもない。これは……碇シンジ、アダムは今まさに……)

「やっぱり、駄目だと思うよ?自分の友達や仲間を犠牲にしてまで、得た勝利なんてさ。」

(何だろう……もはや覚醒などというものではない。「誕生」……あるいは「新生」……)

「でも、今から来るアレを倒しちゃ駄目かな。それなら……せーのっ!」

と、気合いが入っているのかいないのか判らない掛け声で大きく槍を振りかぶり、そして。

   ぶぅぅぅぅんっ!!

と、シンジは投擲し「槍」は真っ直ぐに飛んでいく。
どんっ!どんっ!どんっ!どんっ!と軽々と基地の隔壁を突き破り、
その勢いが衰えぬままに、遙か天空に輝く巨大な翼、使徒アラエルを目指して。

「……やったか!?」
と、思わず声を上げる「三人目」。だが、

    すかっ!!

と、「槍」は大気圏外に漂うアラエルを僅かにかすめて、更に宇宙の彼方へと消えていった。
しかしアラエルは大パニック。まさか、そんなふうに狙い撃ちされるとは思っていなかったのか。
ひーっという鳴き声が聞こえてくるような有様で、パタパタと何処かに飛んでいってしまった。
まるで覗き見がばれて、慌てて逃げだしたかのような。
ようするに、脅しの意味でシンジはワザと「槍」を外したのだ。

そして、シンジは「三人目」に振り返った。
「もし本当に神様が居るなら、本当に君達のお父さんが神様だというのなら、望むはずがないじゃない?
 僕達がこうして殺し合ったりするのをさ。そんな神様なら僕には必要ない。そんな神様なら僕が相手になる。
 本当に戦わなければならない相手は、そういう人のことを言うんだよ。
 ねぇみんな、そうは思わない?」

最終更新:2007年12月01日 23:48
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