第四話

シンジには大事を取って数日間の休暇が与えられた。だが、これはシンジにとって良い迷惑なのだ。
休暇となると、色気を発散し続けるミサトに加えて、
選りすぐりのメイド達が世話を焼く豪邸の中で過ごすのだ。
内気で純真なシンジにとって、とても心休まる生活空間ではないらしく、
据え膳喰わぬは……という言葉通りに、さっさと好みの子に手を付けてしまえば良いものを、
ますます悶々とした思いに悩まされ、それを処理するためにトイレの中で引きこもり、
むしゃくしゃした頭を抱えて地獄のような筋トレを己の肉体に課す。これでは心も体も休まらない。

そんな遠慮深いシンジであったが、ただ一点、食事についてはあれこれと注文を付けた。
むろん贅沢が引き起こす肉体の変化に恐怖していることもあるのだが、
やはり日々の生活から肉体が欲求するらしい。
日々、数多く廃棄しなければならない息子達を大量生産するためと、
どこに役立てるのか判らない筋トレのために、
良質の高タンパク食品を中心としたヘルシーなメニューを切望した。
せっかくの彼のリクエストである。専属の栄養士とコック達は喜々として腕をふるい、
彼の健康管理のために、トイレにおける息子達の廃棄量まで推算しているらしいMAGIをも駆使して、
精神面はともかく肉体面は完全にバランスのとることに成功している。
お陰で彼の体は引き締まり、目つきは鋭く病的な表情を浮かべるストイックな彼を見て、
半ば職業的にチヤホヤしていた女達は、本気で半狂乱となって彼に媚を売り始め、
彼の寝込みを襲いかねない戦々恐々とした日々が続いている。
しかし、シンジは誰かを手を付けたりはせず、あいかわらず悶々とした日々を送り続ける。
正に天晴れと言いたくなる硬派なシンジの姿だが、やはりNERVから受けた贅沢が背景にあるので、
それほど褒められたものではない。

NERV本部は彼のそんな観察報告を受け、この上は強攻策に踏み切ることを決定した。


強攻策。むろんシンジの性欲面でのフォローについてである。
なんだか、NERVはシンジの性欲対策以外の仕事をしていないように見えるが、その通りなのだからしょうがない。
食事や通常の生活に関してはシンジの欲求を引き出し、それに応えることに成功しつつあるのだが、
これまで選りすぐりの女性達を配置していながらも、食指をのばさないシンジの様子を見て、
押しの一手を打つことが決定したのだ。
当初は経験豊富な葛城ミサトが先陣を切ることを検討されていたのだが、
シンジが大人の色気に嫌悪感を感じる可能性が浮上したのだ。
恐らくトイレに籠もるタイミングや外見から計算した膨張率などをMAGIに計算させたのだろう。
作戦部長たるミサトはしぶしぶ計画を立て直し、同年代のレイに一番手をゆずる案を打ち立てた。

「えーと、シンジ君。これが新しいカードです……あら、これはレイのだわ。」
「ああ、それなら僕から渡しておくよ。」
「あら、そうですか。お手数をかけます。」
計画通りだ。むろん、第2、第3の手は用意していたらしく、
このやり取りの直後に、シンジの通り道に置かれた数十枚のカードが一斉に片付けられた。
シンジに直接、レイに渡してくださいと言えばいいのだが、
彼に頼み事をするなど許されていない行為だから仕方がない。
で、シンジはいつもの通りにリムジンでNERV本部に向かう途中で、
回り道してレイのマンションへとカードを届ける算段だ。
彼のリムジンを見送ったメイドは、ひそかに出発したことを通報し、
緊張した面持ちで連絡を受けたレイがマンションでシャワーを浴び始めた。

次の手筈はこうである。
部屋の中にシンジの注意を引く物を置いておく。いろいろ検討されたが眼鏡に決定した。
普段眼鏡をかけないレイにはありえない、そしてさりげないアイテムである。
それをシンジが手にしたときに、「偶然に」シャワーを浴び終えた裸のレイが、
取り返そうとしてシンジともみ合い、そのまま押し倒す。
見事な計画である。押し倒した後、どうするつもりなのかは少々疑問ではあるのだが。

で、シンジが到着した。
こんなことはミサトにでも言いつければ良いものを、彼は自分の足でレイの部屋まで向かうようで、
これもシンジの内気で真面目な性格を計算した上である。既にシンジは罠に落ちた訳だ。
普段は何くれと世話を焼く護衛達が誰も「私が行きます」と言い出さない点に不振に思うべきなのだが、
やはりシンジは純真なのだろう。疑う様子もなくレイが住む部屋と駆けていった。

ドアをノックする音。鍵は開けたままだ。
シンジの呼ぶ声がするのだが、シャワーの音で聞こえないふりをして返事はしない。
そして彼が眼鏡を手にするのを待つ。ここまでは計画通りだ。
しかし、その時である。

「へくちっ」
「……?」
どうやらシャワーを浴びていた時間が長すぎたらしい。
シンジが驚いて振り向くと、タオル一枚で鼻をすするレイの姿がそこにあった。
妙なタイミングでくしゃみをしてしまったレイは完全に襲いかかる隙を逃してしまったのだ。
裸のレイにシンジは正直とまどったのだが、風邪を引かせては大変だと彼は必死になっていた。
「おーい、今すぐこっちに来てくれー。」
と、マンションの下で待たせているリムジンに呼びかけ、彼専属の看護婦に彼女の体調を見させる。
そして着衣をさせて、持ってきたカードを手渡した。
なんだか人助けをしたようなシンジは大満足なのだが、もちろん計画は丸つぶれだ。

しかし上機嫌な彼の様子を見て、ミサトの首はかろうじて繋がったのだが、
またしても新たな手段を講じなければならない。直接、彼女が押し倒してもかまわないと思うのだが。
この後、まるで止めていた発注を再開したかのように使徒が現れるのは、もうまもなくのことである。


で、やってきた使徒は相変わらずである。
幾何学的な格好の青く輝く美しい第5使徒ラミエルの登場だ。
「さあ、シンジ様!宜しくお願いします。」
そう指示を受けてシンジは引き金に指をかける。
すると見ていたかのようにラミエルはパカパカ体を開いてコアをむき出しにする。
それがどんな姿かは想像しがたいところだが、ダーツの的のような姿とでも考えればいいだろう。
で、引き金を引く。使徒が吹っ飛ぶ。それをお茶の間のTVで見ていた観衆は大喝采だ。
え?停電?日本中の電力を?それは一体何の話だろうか。

正直、このバカバカしい作業になんの意味があるのか。シンジ少々疑問に思い始める。
なんだか判らない巨大人型兵器エヴァンゲリオン。
使徒のATフィールドを突破するために必要な兵器なのだと説明を受けたが、本当にそうなのだろうか。
そんなフィールドなど使徒は一度も展開したことが無いんじゃないか?
シンジにはそう感じられてならないのだが(実は言うとその通りの話なのだが)、
とりあえず周囲の者はシンジをなだめるために、
彼の力でATフィールドの展開を封じている、と説明してなんとかごまかした。
しかし、何も破壊活動を行わずなすがままに倒される使徒達に対する不信感はいっそうつのり、
シンジは無抵抗に股を開く淫乱な女達を想像してしまい、突然に嘔吐する事件が巻き起こった。
それはもう周囲の者共は大変な慌て振りで、大騒ぎした挙げ句にシンジを担ぎ上げて病院に放り込む。
これでは精神汚染はもちろんのこと、やがてシンジのリビドーは完全に破壊されてしまうだろう。

そんな彼を理解できないままに、NERV本部はさらなる強行手段を打とうとしていた。
そう、NERVドイツ支部の虎の子、惣流アスカ・ラングレーが投入されようとしているのだ。
最終更新:2007年02月21日 22:31
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