総司令 第拾話

「それじゃ、レイ。始めようか」
「はい」

レイのエヴァ操縦訓練、開始。
以下、僕は「僕」、レイは「レ」で。

僕、「初号機、機動開始」
レ、「はい、初号機、機動開始」

僕、「目標補足、距離500。初号機、ATフィールド影響圏内まで微速前進」
レ、「微速前進」

僕、「ATフィールド、中和開始」
レ、「中和開始します」

僕、「パレットライフル、構え。照準、使徒のコア」
レ、「パレットライフル、構えます。照準、使徒のコア」

僕、「攻撃、開始」
レ、「攻撃、開始します」

僕、「残弾確認」
レ、「……」
僕、「ん? これだよ、これ」
レ、「残弾、3」

僕、「よろしい。使徒接近、距離70」
レ、「……」
僕、「ほら、近接戦闘に切り替えなきゃ」
レ、「プラグナイフ、装備」

僕、「そうそう、近接戦闘開始。目標、使徒のコア」
レ、「近接戦闘、開始します。目標、使徒のコア」

僕、「コア、破壊。使徒、反応消失。殲滅完了」
レ、「初号機、待機します」

僕、「よろしい。初号機、帰投。リフトB-13から」
レ、「初号機、帰投します」

「上出来だわ、シンジ君。よくここまでレイを鍛えたわね」
と、褒め讃えるリツコさん。

しかし、いやそれほどでも、と返す気力はもはや無い。
ここまで出来るようになるまで大変だったんだから。
いや、ホントに。

でも、通りかかったミサトさんは白い目でジロリ。
「あんた達、何やってんの? 台本の読み合わせ?」
「……はい、その通りです」
と、返す僕も溜息混じり。

はい。僕達が居るのは初号機の操縦席でも、模擬演習のシュミレーターでもありません。
ここはNERV社内のカフェテリア。
テーブルに紙で作った計器モニタや操作パネルを広げながら、台本片手でレイと台詞の読み合わせ。
いや、ちゃんと初号機のステータス表示とか、使徒の位置とか、状況は変化させてるんだけど。
ロールプレイング? ああ、そう言えばかっこいいですね。

僕達の操縦訓練はそんなレベルから始まった。

いや、本当に大変なんだから。
ここまで出来るようになるまで、部屋でこもりきりで昼夜問わずの練習々々……。

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「目標をセンターに入れてスイッチ。そう、そうれでいいよ」

そして、訓練はどうにか模擬機体によるシミュレーションへと進む。
僕自身、まったく触ったこともない操縦方法をレイに指示してるんだけど、なんというかな。
そろそろ僕にも出来そうな気がするよ。操縦資格さえあればね。

「よし、使徒の現在位置は距離400。初号機前進、ATフィールド影響圏内まで」
『はい、初号機前進します。ATフィールド影響圏内まで』
僕がレイに指示すれば、レイは復唱して操作する。

よし、順調だ。
といっても、直接プラグ内の装置を触れるところでずいぶん手間取った。
スイッチは触るんじゃなくて、押すんだってば、ほらもっと力を入れて。
そんなやり取りをどれほどくりかえしたことか。

「でも、レイは訓練通りやってたのよ? 紙の操作盤は触ればそれでよかったのだから」
そう、リツコさんはあせる僕をたしなめる。
いや、確かにその通りだけどさ。
普通の人なら言わなくても判るようなことでも、レイには噛み砕いて説明しなきゃならないのがもどかしい。
それに。

「……」
「あ、あの、ミサトさん、お疲れ様です」
「……お疲れ様」
時折、現れては僕達の訓練状況をジッと見守るミサトさん。
作戦部長として、レイが使い物になるかどうかを確かめにやってきてるのだ。

それはそうだろう。
使徒殲滅を遂行する者として自分の戦力がどれほどのものか、それを確認しない訳にはいかない。
そして今、もし使徒がやってきたらどうなるか。
そんなプレッシャーがあるからこそ、やってきたミサトさんはいつだって眉間に皺。

そして、今日のミサトさんは見ているだけの普段とは違い、僕達の訓練に割り込んできた。
「リツコ、今の訓練を中断。使徒のシミュレーションレベルを最大でやってみて」
「わかったわ。それじゃ、全ての行程をリセット。いい? シンジ君」

もしも使徒が今すぐに、を想定してみようという訳かな。
そうだよね。いつまでも、動かない使徒を相手にしてても駄目だし。
はてさて、どれだけ訓練の成果が通用することやら。
では、開始。

「よし、レイ? 使徒に向かいATフィールド影響圏内まで接近……あ」

はい、終了。
使徒は初号機に急接近、ピンポイントで胸部のエントリープラグを打ち抜かれました。
正に瞬殺、お疲れ様。

異口同音の溜息が周りのスタッフから聞こえてきます。無理ないけど。
でもミサトさんは意外な反応、明るい笑顔でこういった。
「まあ、こんなもんっしょ。レイの顔がくたびれてるし、今日はここまでにしたら? ね、リツコ」

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「あせってる?」
と、僕に尋ねるミサトさん。
休憩所に僕達を連れてきて缶ジュースを奢ってくれた。
それはいいけど、レイにどれがいいと自販機を示しても回答不能。
仕方ないので無難なリンゴジュースを選んであげて、プルタブを開けて手渡した。
「ほら、レイ。飲んで良いよ……あ、ちょっと」
何も一気飲みしなくてもいいのに。
あーあ、肩で息するほど夢中で飲まなくても。

「本当に別人なのね。自分のペースを知らない、というか出来ていない。飲めと言うから最後まで飲みきっちゃったのか」
そんな分析をするミサトさんだが、こっちはそれどころじゃない。
正直、気が重い。あせってると尋ねられればその通り。
次の使徒を相手に、まともな戦闘が出来なければ、またリツコさんはきっと「あれ」をやるだろう。

「あれ」――それは既にエヴァが起動している状態でレイの息の根を止めて、暴走を誘発させること。

何しろ、人類の存亡がかかっているのだから。
そして、これまで何人もの「レイ」を犠牲にしてきたのだから。
また、このレイを犠牲にしてエヴァの暴走を誘発させることなど、なんでもないことだから。
しかも、そんな悩みを誰にも言えない。
このレイが、あの時に初号機に乗ったレイとは違うことすら言えないのだ。

そこまでは判らないだろうミサトさんだが、
「この前のような勝ち方では駄目だわ」
と、静かに呟く。
「確実な作戦で確実に使徒を倒す。何が起こるか判らない、いつ起こるか判らない暴走を待っている訳にはいかない」

思わず、僕は尋ねた。
「でも、今のレイに何が出来るというんです」
「シンジ君、私達の武器は初号機だけじゃないわ。言ったはずよ? あらゆる手を尽くして使徒を倒す。
 使徒さえ倒すことが出来ればそれでいいの。エヴァの戦果なんて、むしろどうでもいい」
「……」
「まあ見てなさい。諦めなければ道はきっと開ける」
って、良いアイデアが在る訳じゃないんですね。
やっぱりミサトさんは楽観的すぎる。

しかし。
次の日から僕達の訓練を見守るミサトさんの様子が違った。
ただ見ているだけなのは変わりないけど、ブツブツと何かを呟いている。

「2秒……3秒……6秒……」

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そして、ついにこの日がやってきた。

『沖合いにて第四使徒出現。総員、第一級戦闘配備』

アナウンスを受けて、あたふたと走り回るNERVスタッフ達。
普段の統制も何処へやら、使徒襲来は毎週きまった曜日に来る訳じゃなし。
いくら訓練を積んではいても、本物だという意識がいっそう焦りと緊張を誘う。
そんな中でも、リツコさんは普段と変わらぬ冷静な様子。

「さ、シンジ君。レイをエントリープラグに押し込んだら管制塔に急いでね」
と、リツコさんはさらりと僕に言う。
しかし僕は気が気じゃない。このレイもまた、これが最後かも知れないのだ。

そんな胸中を握りしめレイにプラグへ促すと、何事も無いかのようにスルリと乗り込む。
まあ、これまでの訓練で多少は僕と離れていても大丈夫なんだけど。
こうして見てると、なんだかレイが一番落ち着いているように見える。
リツコさんはともかく、もちろん僕なんかよりも。
ただ、何も判ってないだけかも知れないけれど。

そして管制塔に上がってみれば、ミサトさんは気合いたっぷり。
「さあいくわよ、シンジ君。キビキビ反応するのよ!」
「……はい!」

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モニタ画面に表示される使徒の姿。
意外だった。今度は蛇か虫のような体に、光る鞭のような両腕。
地下のアダムはまるっきり人間だし、この前の巨人も両腕両足を持つ二足歩行。
今度も人型だと思ってた。何しろ天使様だし。

そしてミサトさんの指揮により使徒殲滅作戦が開始された……が。
「戦自に通達、一切の使徒に対する攻撃を禁じます。各部隊は距離を置き、使徒の行動を妨げぬように」
使徒を無抵抗で受け入れるつもりだ。
いったい何をするつもりだろう。

「使徒の進路と速度を確認」
「使徒、表示進路を直進し48分後に第三新東京市上空に到着」
「秒単位で観測して。移動速度の変化は?」
「現在、使徒の速度に加減速無し。本部上空ゼロ地点まで、48分と32秒」
「進路を再度確認、エヴァ射出口との照合」
「使徒の進路と重なるのはC-8のみ」
「その地点への到達時間」
「32分と12秒」
「戦自戦車隊、その周囲に移動開始。そこで使徒を仕留めるわ。日向君? 至急、配置図の立案を」
「は。立案後、直ちに戦自へ送信します」
「待って、それは私が確認してから。C-8までの射出時間は?」
「12秒」

何だろう。ミサトさん、やたら時間に細かい。
いや、これが作戦行動というものだろうか。

僕の隣で受話器片手の冬月さんはミサトさんに尋ねる。
「何故、使徒を攻撃しないのかと戦自から問い合わせだ。どうするつもりかね」
「副司令、使徒に罠をしかけます。これは計算外の行動をさせないためです」
「このまま受け入れるつもりか。初号機も配置すらしないつもりかね?」
「はい、このまま無抵抗で使徒の受け入れをお願いします」
「なんだと? 失敗すれば、責任を持つ、という言葉では済まないぞ」
「はい、万一に備えてN2爆雷の投下準備だけお願いします」
なんか無茶苦茶だ。この本部ごと吹っ飛ばすつもりなんだろうか。

そのまま、ミサトさんの指示が飛び続ける。
「戦車部隊の配置は?」
「はい、発射の瞬間に使徒が向きを変えることを想定して前方、後方の双方に」
「それでいいわ。戦車部隊に通達、使徒に気付かれぬように死んだ振りをさせなさい」
「判りました」
「目標は使徒の胸部にある赤いコア。絶対に初号機に当てないようにピンポイントで攻撃すること。
 もし間違えて初号機に当てたら、総司令自ら砲手の頭を打ち抜く、と伝えなさい」
「了解です」
と、答えながらもクスクス笑い合う周囲のスタッフ達、なんか余裕あるなぁ。
こんな状況で変な冗談を言わないで欲しいな。

「でもミサト? これは賭けだわ。もし砲撃が通用しなければ本当にN2爆雷を使う他はないわよ。
 初号機を巻き添えにしてね」
と、リツコさんは尋ねる。恐らく、ミサトさんが何をするつもりか判ってるのだろう。
しかし、それに対してミサトさんは軽く頷くだけ。
ちょっと、本気?

そして、ミサトさんは僕の居るフロア上段で駆け上がってきた。
「シンジ君。私が秒読みを開始して、ゼロで君の肩を叩く」
「あ、はい」
「そしたらレイに、ATフィールド中和開始、と言いなさい」
「……はあ。あの、初号機の発進はまだなんですか? いつになったらレイを」
「君のすることは、レイにATフィールドの中和をさせること。他は何も考えないで」
「あの、戦闘指示とか」
「レイには戦闘などさせない。出来ないでしょ?」
「ええ? 戦闘させないって、そんな」

『使徒、目標ゼロ地点まで5分前』

目標ゼロ地点、それがミサトさんが定めた地点。
初号機が射出されるポイントのすぐ近く。
そこに使徒があと僅かで到着となり、いよいよ作戦は佳境へと突入する。
ミサトさんは僕の隣で仁王立ち、そして発令する声は気合い満点。

「いくわよ、みんな!エヴァ初号機、機動開始!」
「初号機、機動開始します!」
「使徒の反応は?」
「ありません。速度変化なし……いや」
「どしたの?」
「使徒、着地――直立して、そのまま移動開始」
「移動速度を観測、秒読みを補正して」
「は、ゼロ地点まで6分と24秒。エヴァ射出口まで5分と36秒」

使徒はジリジリと東京市中心、NERV本部の頭上へと迫り来る。
これまで戦自や都市敷設からの反撃はなく、ここまで優々の襲来である。
そのせいか使徒からの攻撃も何もない。ただ、我々の頭上を目指すのみ。
いったい、この使徒にどのような力が? そして何を目指し何をするつもりか。

けど、そんな不安をミサトさんは笑う。
「使徒には何もさせない。させたら終わりよ。今のレイではね」
「でも、それでは」
「説明は後。さあ、そろそろよ。初号機の射出まで1分を切ったわ」
「はい」
「今から、お祈りを唱えなさい。ATフィールド中和開始、とね」
「は?はあ……」
仕方ない。言われるがままに口の中だけで中和開始と唱え続ける。

そして、いよいよである。

「3,2,1――初号機射出!」
「使徒の変化は!」
「ありません!そのままゼロ地点まで予測通り」
「オーケイ、さあシンジ君。私の秒読みでATフィールド中和開始、いいわね?」
「は、はい」

僕は慌てて返答し、ミサトさんはこれでもかというほど食い入るようにデジタルタイマーを凝視。
「さあ、シンジ君、深呼吸――3,2,1」

ミサトさんの手が僕の肩を、ぽん。

「え、ATフィールド中和開始」
『中和、開始します』

僕の強ばった発令に、レイの普段と変わらぬ返答が返される、その次の瞬間。

ズズーン!

初号機が地上に射出され、その瞬間に使徒はギクリと振り返る。
「放て!」
鼓膜が破れんばかりに響くミサトさんの号令、それを受けて戦車隊の一斉射撃が――。

「やったか!?」
と、思わず司令塔の誰かが叫ぶ。
そして数時間にも思わせる数秒間の沈黙の、その後に。

ピシッ……パリッ……。

砕け散る使徒胸部の赤いコア。その音までが聞こえてくるかのようだ。
そして、あけっけないまでに崩れ落ちる使徒の姿。

「使徒、横転――反応消失!使徒、殲滅を確認!」
徐々に歓喜に変わり裏返るアナウンスの声、それを受けて管制塔が爆発した。

「やったあ!」
「勝った! 使徒に勝ったぞ!」

口々に勝利を叫ぶスタッフ達。この前の第三使徒の時とは雲泥の差だ。
それはそうだろう、今度は人の手による見事な作戦勝ちなのだ。
暴走する初号機の姿に恐怖したあの戦いとはまるで違う。

「どう? これが作戦部長としての私の仕事よ。如何でしたか、総司令さん?」
と、ミサトさんは得意げに僕に笑いかけた。
そんなミサトさんを見ながら、今だ呆然としている僕の頭は、ようやく理解し始めた。

そうか、ミサトさんはレイに戦闘は出来ない、だから、させないと言っていた。
しかし、エヴァを使わなければ使徒は倒せない。
それで、使徒の放つATフィールドを中和する、という仕事だけをレイにやらせたんだ。
そのためにギリギリまで初号機を出さずにおいて、使徒の間近で登場させたのか。
使徒に初号機の存在を気付かれて、抵抗させないために。
そしてATフィールドを中和した瞬間、いとまを開けずに戦車部隊による一斉射撃、か。
成る程ね。でもなあ……。

「レイの手柄でもあるわ。あの子、物覚えが悪そうに見えて意外とそうでもない。
 そして、あなたの言いなりのように見えて、何事にも捕らわれずに指示されたことを確実にこなす。
 そんなあの子だからこそ、出来た仕事ね」
「いや、それは言い過ぎですよ。レイがやったのってフィールドの中和しただけだし」
「そう、いつもの訓練と変わらず指示されてから2秒後にね」
「2秒って……そんな精密な作戦だったんですか」
「1秒でも狂って隙を与えれば、使徒に何をされたか判ったものじゃないわ」

でもなあ……なんか、いろんなことがギリギリだったよな。
リツコさんの言っていた戦車砲が通用しない場合とか、もし僕が言い間違えたりしたらどうなっていただろう。

「さ、シンジ君。初号機を収容してあの子をねぎらってあげなさい。私達が強力なタッグを組めば、怖い物など何もない」
「……はい」

またしても保証のない希望的観測。
でも、僕も信じたくなってくる明日への希望。
そして、そこはかとなく感じてしまう、今後の不安。

そんなやり取りを判っているのか、いないのか。
通信モニタに映るレイは、ただ呆然と僕の指示を待つばかりであった。








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最終更新:2009年02月02日 00:28
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