総司令 第拾壱話

小さい頃から通っていた習い事、そのチェロの先生。
なんというか、厳しい人だった。冷たい人でもあった。
芸術家なんだから暖かみとか優しさとか、そういう人間性を持っててくれてもいいのに、と思ってた。
だから、その先生の前でも僕は孤独だった。

その先生の厳しさ。
それは怒ると怖いとかそういうんじゃない。
遅刻する、決められた練習をして来ない、演奏のミスをする、そういうことに対する罰は変わっていた。
何故、遅刻をしたのか。何故、練習してこなかったのか。ミスをおかした原因は何か。
それさえ説明すれば、おとがめは一切無し。
でも、それは子供の僕にはとても難しいことだった。
説明が出来るまで、何も教えて貰えず放置されてしまう――。

なんていうかな。要するに口の利き方を鍛えさせられた。
もちろん敬語でなければならず、一語一句を訂正させられたこともあった。
これって、ようするに仕事が出来る大人に早くなれってことだったのかな。
うん、そんな気がする。
そんなこんなで、僕は子供らしい生活に縁が薄かった。
お陰で他の子達からは嫌われたけど。
小学校の先生に敬語を使う生徒なんて僕だけだったから。

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「ごめ~ん、遅くなっちゃった」
そんなミサトさんの一言で会議は始まった。
そして僕は上座の総司令席。いやだから、僕なんか意味無いっていうのに。
しかし、「本来ならレイが出席しなきゃならないところよ?」というリツコさんの言葉を納得するしかない。
なら、パイロット代表でいいじゃないの。僕の立場なんてさ。

「はいはいさてさて。定例会議、さっそく始めましょうか? 議題はこの間の使徒殲滅について、で良いわよね?」
というミサトさんの切り出しから始まった。今日はミサトさんが持ち回りの議長役。
本当なら総司令である父さんの役目だったのかな。

「とりあえず、作戦担当の私から。うーん……完璧じゃないの? 今回の使徒戦。ねえ?」
ミサトさんはご機嫌だ。みんなのそんな彼女に同調して笑い合う。
まあ確かに勝ったのはいいとして、無かった訳じゃないと思うけど。
なんていうか、いろいろと不安材料が。

「はいつぎ、初号機はどう? 損害は?」
「いえ、まったくの無傷です。この度の作戦では損害ゼロ」
「ま、それは戦車の砲手さん達のお陰ね。戦自から何か言ってきました? 副司令」
「次も我々に任せろと上機嫌だよ。トドメを刺したのは自分達なのが自慢らしい」
「エヴァありきの勝利ってことを理解してくれてたらいいけどね。街の被害は?」
「ありません。迎撃を一切行わず、最小限の攻撃で仕留めたのが幸いしたようで」
「フフ、良いこと尽くめの作戦だったわけね。倒した使徒は? リツコ」
「活動再開の兆候なく、胸部のS2機関の根源とおぼしきコアは完全に死滅。
 技術部によって使徒の遺骸はすべて解体され、調査中」
「ふーん、良いことが判るといいわね。さてさて、シンちゃん? 可愛い彼女はどう?」
「へ? え、えーと」

突然、話を振られてまごついてしまった。ああ、彼女ってレイのことか。
そんな僕に近くのリツコさんがニッコリと言葉を添えた。
「パイロットの状態と、それに加えて総司令としての総評、お願いできますか」
「あ、はい。レイ、いや、パイロットは何も問題なくすこぶる快調で……えーと、総評って何を……?」
「全体を通して感想でも仰っていただければ」
「は、はあ……」

感想? そんなこと聞かれてもなぁ。えーと……。
「あ、あの、パイロットが未熟というか、戦闘に期待できないから、ああいう作戦になっちゃったみたいで……。
 えーと、使徒がまっすぐ何もせずにやって来てくれたお陰で大した被害は無かったし、
 戦車砲? が、効いたお陰で初号機もレイも無事だったし、N2――機雷ですか? 使わなくてすんだし。
 んーと、その、これからもパイロットの訓練に専念して、まともな戦闘が出来るようにがんばります。
 ミサトさ……いえ、葛城作戦部長。こんなんでいいでしょうか。あ、あれ……」

な、なんかみんなシンとしちゃった。なんで?

「上出来ですよ、碇司令。では、私からも」
と、ミサトさんの代わりにリツコさんは笑って答えてくれた。

「E計画責任者として苦言を申し上げようと思いましたが、司令から全て仰って頂いたようです。
 パイロットの育成ももちろんですが、予測が付かない使徒が相手。
 作戦内容として予測が外れた場合の被害は甚大であったと考えられます。
 今後の各部署に善処を期待します」

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「ったくもう、シンちゃん可愛くない!」
ミサトさんはビールを一気に飲み干して僕に愚痴る。
いや、愚痴られても困るんだけど。感想を言えと言われたから言っただけなんだし。

「リツコもよ。んなこと、言われなくても判ってるし、報告書にはちゃんと書くつもりだったってば」
「それホント? あの上機嫌ぶりじゃ、完璧でした、まる、で済ませるつもりだったんじゃない?」
「いいじゃない、それでも。ノリよ、ノリ。作戦大成功で万歳三唱しときゃ皆も意気上がるってもんでしょ?」
あ、やっぱり完璧って書くつもりだったんだ。

会議を終えて今日一日の業務は終了。
ミサトさん達は僕達の住んでいる部屋にビールとおつまみ持参で上がり込み、祝宴の真っ最中、なんだけど……。
やっぱり、言わなきゃ良かったのかな。
確かにミサトさんの言う通り、僕に言えるようなことなんかみんな判ってるだろうし。
そういうと、リツコさんは否定する。
「ああいう場で問題を提起することは大事よ? それに、あなたのお父さんが生きておられたらもっと凄かったから」
それに頷くミサトさん。
「ホントよ。シンちゃんのパパが居たら重苦しいったらなかったわ」

「でも、ミサト? 状況が重苦しいのは否定できない事よ。次の使徒が現れても、同じ手が通用すると思う?」
「仕方ないっしょ。こうなったら、ATフィールドのオンオフだけで乗り切るしかないわ」
「それ本気?」
「当然! 私は、与えられた手駒でどう勝ち抜くか、それをするためにNERVの椅子に座ってんのよ」

成る程、そしてレイの訓練の仕上がりに話が行き着くわけですか。
判ってますよ。僕もまた、レイの世話をするためにここに居座ってる訳ですから。
そんなことを考えながら隣のレイをチラリと見る。

レイ、ただ僕の隣で呆然とただ座っている。
目の前に並べられた食べ物や飲み物。その一切に手を付けようとせず、何事かをしようともしない。
僕が食べろと言えば食べるだろうし、飲めと言えば飲むだろう。
でも、自分から何かをしようという気が有るのか無いのか。
そして、僕の指示無しには何も出来ないのか、あるいはすることが何も無いだけなのか。

僕がそうして眺めていると、ん? と僕を見返すレイ。
何か指示したり何かを言うつもりもなかったのでまた視線を外すけど、レイはなんだろうと僕を見つめ続ける。
僕は思わず、なんというか照れるというか、気まずいというような気分を味わってしまう。
そんな僕達の無言のやり取りをニッコリ微笑ましげに見守るリツコさん――。

僕の思いは転々とする。
レイって何だろう。そして、リツコさんて何を考えているのだろう。
レイに対して無慈悲、無感情な振る舞いを見せながら、こうして温かい目で見守っているリツコさん。
レイを愛することが出来ない、などといいながら僕達の様子を眺めて楽しんでいる。
うーん……そ、そうだ。

「あの、リツコさん。この間いってたエヴァの弐号機と、そのパイロットは?」

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「ああ、弐号機? ようやく完成してドイツから出航準備中。パイロットと共にね」
「出航って、船なんですか?」
「そう、一気に空輸するには距離がありすぎるから」
「パイロットって、どんな人なんです?」
「資料があるわよ。見る?」
と、僕に一枚の書類を渡してくれた。

惣流・アスカ・ラングレー。
僕と同じ14歳――だ、大卒!? 14歳で?
そればかりじゃない、勉強だけじゃなくスポーツも得意で戦闘訓練まで受けている。
その全てが成績優秀、オールA+。

「エヴァの操縦だけじゃ、使徒との戦闘は勤まらないからね」
僕の横から覗き込んだミサトさんが補足する。
「私達の指示を受けて作戦行動をこなして貰わなきゃならないし、あるいは自分の判断で即座に対応して貰わなきゃ。
 だからこそ、幼い頃からエヴァに乗るために鍛え上げられてきた生粋のパイロット」

でも、書類の下の方を見て僕は首をかしげた。
「でも、これだけ凄い評価がついてるのに、なんで総合評価はBなんだろう……。
 ああ、このエヴァとのシンクロ率かな。80%ちょい」
それにはリツコさんが答えてくれた。
「いいえ、80%なら優秀よ。シンクロ率は二桁あればエヴァの操縦に支障はないわ」
「あ、あれ? そうなんですか」
そういうものなんだ。レイみたいに100%無いと動かないと思ってた。

その解説はミサトさんが引き継いだ。
「その子のことはドイツで見てきたから私がよく知ってるの。Bをつけたのはこの私。
 能力的に高いけど――なんていうかな。性格的な問題がある。
 勝ち気でプライドが高く、作戦行動に感情的になりがちであったり」
「……そうなんですか」
「無理ないわ。数多くのパイロット候補を気力で薙ぎ倒して勝ち抜いてきた子だから」
「……」

「もしかしたら、レイの様な子が一番なのかもしれないわね」
と、今度はリツコさんのターン。
「無感情で冷静沈着に指示をこなす――私達でも仕事をする上ではそうしたことが要求される」
「あの……父さんが亡くなる前からもそうでしたか? レイって」
「そうね。あなたのお父さんのことをまっすぐに見つめて淡々と指示をこなしてた。
 E計画の推進も、レイのそうしたところに功績があったと言っても良い」

結構、「秘密」に関わる話をしてるけど、リツコさんこそ淡々としてるし。
それを聞いてるミサトさんもまた、黙ってビールを飲み干している。
以前のレイとは別人ってことは既に知っているはずだけど。
仕事をしてる大人って、こうも上手く自分を殺せるものなのかな。

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「そうそう、シンジ君にこのカードを渡しておくわね。総司令特典その1」
と、リツコさんは話を変えて、一枚のカードを取り出した。
なんだろう、クレジットカードっぽいけど顔が映るぐらいの銀色の……。
「ああああっ! それって、金額無制限のプラチナカードじゃないのよ!」
び、びっくりしたあ。そんな、僕の耳元で大声出さないでよミサトさん。

リツコさんはその様子にクスクス笑う。
「そ。レイのお世話で何かと物入りだろうし、月幾らでお小遣い貰うだけじゃ追いつかないでしょ?
 家に車はおろかビルでも飛行機でも何でもござれ、国連予算を天下御免で使い込めるスペシャルカード」
「ちょっとリツコ……そんなもの渡したらシンちゃん人生壊れるって」
「大丈夫よ。シンちゃんお利口さんだし、大切なものは物じゃないってことぐらい判ってるわよ。ね?」
そんなこと言われてもなあ。

確かにオモチャやお菓子を買い込んで大はしゃぎするような子供じゃないつもり。
別に気取ってる訳じゃない。面白くないんだ、本当に。
里親から買い与えられたものはあったけど、つまんなくてすぐに放りだしてたし。

リツコさん曰く、
「それでレイを連れてプリティーウーマンしてきたら? 女の子らしいこともさせてあげないとね」
「もう、何を買ったかチェックされてることぐらい意識して使いなさいよね。それと!」
う、なんかミサトさんがお説教モードに入りそう。
「それと、シンちゃん学校は? 義務教育なんだからちゃんと通いなさいよ」
「ミサト、シンジ君はレイのお世話で忙しいのよ? 私から手を回してあるわ。特例の留年コースでね」
「あのねぇ、リツコ。どこまでシンちゃんに常識外れな事させるつもり? 留年って今の年齢が一番大事――」

やれやれ、ミサトさんってうるさいな。リツコさんがフォローしてくれるのは良いけどね。
常識外れか。確かにその通りだ。ミサトさんの言ってることは間違いなく常識的なこと。
リツコさんのお陰でどんどん、なんていうかアブノーマルな世界に引き込まれているような。
うるさいとはいえミサトさんは僕のために言ってくれてるんだし、リツコさんは優しいようでアンダーグラウンドな方面に……。

プリティーウーマン?
よく知らないけど、レイにお洒落させてあげなさいってことか。
でも、レイに興味あるのかな。そんなことに。

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とりあえず――。

僕はレイを連れて買い物に出ることにした。
今のレイの格好はTシャツとかを適当に重ね着させて下はジーンズ、全て僕のお下がり。
そうそう、やっぱり髪の毛は隠しておこうか。頭にぽすんと野球帽をかぶせる。
レイは驚いた様子もないけど、なんだろうとまん丸い目を見開いて帽子のつばをまじまじと見上げている。
そうした仕草も含めてレイって可愛い。素直にそう思う。
でも、こうして見ていると男の子と大して変わらない。仕草だって女の子らしさの欠片もない。
それは仕方ないだろう。「生まれて」このかた、僕ばかり見てすごしてきたのだから。
でも体の違いから来る動作の差異があるのかな? まったく男と同じという訳でもないけどね。
初めての外出で戸惑っているのか、おずおずと僕の腕を掴む様子もまた可愛い、と思う。

ん、いや別に普段は可愛くないと思ってる訳じゃないけど。
ただ、相変わらずの無表情さに傍目から見れば違った印象を受けるだろう。
クールというのとは違う、冷淡さ、冷たさ、無感情というか、なんというか。
そして、ふと気になってしまう。
父さんと一緒だったレイはどんなだったのだろうかと。

「デートですか? ごゆっくり」
てな感じで、守衛の人のお愛想を受けて街に出た。
そう言えば、僕自身も外出は久しぶりだ。
全く本部から出ていない訳じゃないけど、でも地下のジオフロントで散歩に出ただけ――レイを連れてね。
もしかしたら外の陽射しに当てたらレイの肌が火ぶくれしちゃうんじゃないかと思ったりしたけど、大丈夫みたい。

さて、どうしようか。
どこかのデパートに行こうかとも考えたけど、レイを人混みの中で連れ歩くのもまずいかな。
人目が怖いとか恥ずかしいとか言う訳じゃないけど、変な刺激を受けたらとも考えてしまう。
あれかな、なんというか過保護すぎるかな。
それだけじゃなく、女の子の服を見立てようにも判らないし。
あ、そうだ。

「いる?」
僕は後ろを振り返り声をかけた。
すると、ふと物陰から数名の男達が現れる。
はい、総司令特典その2。NERV諜報部による僕専属のボディーガード。
僕の行動を本部の中でも外でも僕達の安全を守るのが役目。僕の意志に関わらずね。
まあ守られているというより、見張られていると言った方が良いけど。
でも一応は僕の部下ってことになってるんだし、せっかくだから利用させて貰おうか。
「女の子の服が買えるような店、知ってる? 高くても良いから」
そういうと、サングラスをかけた体格のいい男達はうっそりと顔を見合わせた。
こんな質問するにはお門違いな人達だったかな。
リツコさんやマヤさんにでも一緒に来て貰うべきだったかも。

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どうやら大丈夫そう。
すぐに大きな車を回して街へと乗せていってくれた。
助手席の一人が携帯で連絡を取り合い、手頃な店の情報を尋ねているらしい。
僕が、こんなことをさせてごめんね、というと、「こうしてご一緒させて頂く方がガードしやすいですから」だって。
僕達が単独で外出した場合は気付かれないように尾行するつもりだったらしい。
じゃ、いいのかな。毎回こうして頼んじゃっても。
でもVIP待遇を受けてる気分にはとてもなれない。この人達、みんな無愛想だし護送というか連行されてる気分になる。
やがて、かなり高級そうなブティックへと到着――ちょっと僕達には場違いすぎないかな?
ま、いいや。カードの力を信じよう。

「……いらっしゃいませ」
と、うとましげに対応する店員さん。まあ、本当に僕達が場違いなのは判ってるから。
でも、カードをぴらりと見せただけでその顔つきがガラリと代わる。
「こ、これはこれは、ようこそいらっしゃいました。今日はどのような物を……」
やれやれ、なんか下手くそなおとぎ話を読んでる気分だ。

「えーと、この子に似合いそうな服を見繕って欲しいんですけど」
「はいはい、お任せ下さいませ。とびっきりのコーディネイトをご用意させて頂きますが……その、ご予算の程は?」
「うーんとね。とりあえず、合計で100超えなかったらいいかな」
「おお、それはそれは……」
100、もちろん100万円のこと。まあ、こんなことを言うのは良い気分しないでもないけど、まあちょっとね。
ブルジョアぶる自分が嫌味に感じてしまう。

「ただ、その……」
「はいはい、なんなりとお申し付けください」
「僕が試着を手伝ったりするけど、変に思わないでね。この子、なんていうか精神的に……」
「……心得ております」
いや、やはりこういう店で正解だったかも。なんでも融通を利かせてくれそうだし。
と、悠長に考えてる場合じゃない。さっそく他の店員さん達にレイが取り囲まれている。

「まあ、青いおぐしがなんともお美しいですわ」
「でしたら、青や紺系で合わせたデザインがお似合いかと」
「とてもスレンダーなスタイルをお持ちですから、ほらこれなんか……」
あらあら、店員さん達に取り囲まれて困り顔のレイ。
突然、見えない壁が現れた! みたいな感じで僕の側に行けなくてまごまごしてる。
はいはい、いま助けにいくからね。

で、そんなこんなで試着完了、第一着目。
「……いかがでしょう」
いかがでしょう、じゃないよ。見りゃ判るでしょ?
いや、服のセンスは素晴らしいけどね。でもなんか台無し。レイがぜんぜんその気じゃない。
相変わらずの無表情、だらりとぶら下げてるだけの両腕、力なく肩幅に開いた両足。
無理矢理にモデル立ちでもさせれば様になるんだろうけど――でもね、そんなことしてなんになる?
本人にとって無意味じゃどうしようもないじゃないか。

でも、無表情の中にも僕には判る表情が伺える。
これでいいの? 次はどうすればいいの? という僕への問いかけ。
嫌味や皮肉な意味じゃない、僕の言いつけに素直に従うレイの純粋な思い。
いやごめんね、レイ。もう止めようね、こんなこと。

「あの、試着はもういいです」
「え、あの何かお気に召さなかったので……」
「いえいえ、そんなんじゃないです。えーと、並べて貰ったものは全部買います。それから」
「は、はい」
「もっと気楽な普段着とか、ズボンとかTシャツとか着やすい物と、あとサイズの合う下着をたくさん買わせてもらうから」
「はあ……ありがとうございます」

というわけで、普段の着替えを補充して買い物はこれで終了。
ごめんね店員さん。大口の客と思わせておいて、なんだか拍子抜けさせちゃって。
一応、売り上げには貢献したからね。100万から足が出ちゃったし。
さあ、帰ろう。

と、店の入り口で仁王立ちしている諜報部の人の所に戻ったけれど。
「レイ、歩いて帰ろっか」
「……」
無言でこくりと頷いて、僕の腕にすがりつく。
あはは、やっぱり慣れない外出、慣れない他人に囲まれて怖かったのかな。
でも、無表情でエヴァの訓練はおろか出動までこなしていたレイに、人間らしさをほんのちょっぴり見たような。

「ほら、来る途中に河原があったから、そこをのんびり散歩してみようよ。疲れたらすぐに車を呼ぶから……」
そうして僕に手を引かれて歩くレイは、心なしか今まででいちばん嬉しそうな顔をした。








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最終更新:2009年02月26日 15:42
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