「……」
沈黙するNERV司令塔。
皆、モニタに釘付けで誰一人として声すら上げようとはしない。
いや、一人だけ例外がいた。
「すごいわ。この宇宙にあんな幾何学体が存在するなんて」
はい、もちろんリツコさんです。なんだこの人。
さて、使徒襲来です。
その使徒、生物らしさの欠片も無くて、雄叫びを上げる様子もなく、もともとそんな口すらない。
その姿は完全なる正八面体。
リツコさんの言う通り、実に幾何学的な姿であった。
前回の蛇のような虫のような使徒、前々回の人型の使徒。
それぞれ生物とも見える姿なら、ある程度は何をするかの予測が付く。
いや、手から閃光を出したりとか、そんなことまで判るはずもないけどね。
でも今回の使徒。ただ其処にいる、ただそれだけの代物。
それがゆっくりと浮上しながら第三新東京市の中心地、ジオフロントはNERV本部の真上を目指している。
「どうするの、ミサト。今回も同じ手を使ってみる?」
「……」
何も言えないミサトさん。それはそうだろう。
なんといっても今度の使徒には赤い球体、弱点はここですよ、というコアが無いのだ。
せーの、で撃てと命じようにも狙い所が判らない。
リツコさんに聞いてみた。
「今回の使徒って、まさか前回の反省をふまえて、とか?」
「鋭いわね、流石はシンジ君」
「ちゃかさないでくださいよ。思いつきです」
「でも、使徒が我々のやり口を見て対応策を取るような、そんな学習能力の有無も確かに重要な要素だわ。
もちろん、そうなると我々にとって、使徒がよりいっそうの驚異となることになる」
「よく判らないですけど……ただ、これだとコア狙いの一発勝負が出来ないと思って」
「フフ、でもね。コアの位置はエネルギー質量から容易に測定できるわ。あの立方体の中心にある。ただし」
「簡単には壊せない?」
「判らないわ。ATフィールドの中和さえ出来れば可能かも」
でも、どんなことが起こるか予測不可能、不安は隠せない、か。
そして、再び司令塔は沈黙に墜ちる――。
しかし、そういう訳にもいかない。
僕らはもちろん、特に作戦部長たるミサトさんが何らかの行動に出なくては、NERVの存在意義がない。
とにかく出撃を命じるしかない。勝てる可能性、それはエヴァにしか存在し得ない。
レイは既に僕の隣でプラグスーツを着用してスタンバっている。とりあえず初号機の出動だろう。
ミサトさんは心を決めてマイクを握りしめ、発令を――それを、リツコさんが引き留めた。
「零号機、出してみる?」
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「零号機って、あの実験機体?」
そう、初号機が完成する前にエヴァの開発実験に用いられていた機体だとか。
(このレイの前の前の)レイがそれに乗って様々な稼働試験を行っていたという。
父さんの指揮のもとでね。
でも、そんなんで何をするんだろう……あ。
「リツコさん、まさか」
「そのまさか。あなたの発案でもあるんだから」
「いやその、発案というほどのことじゃ……」
「リツコにシンジ君。提案があるなら、ハッキリと進言してくれる?」
と、リツコさんと僕との談義にミサトさんは割り込んできた。
それにリツコさんは答える。
「零号機をダミープラグの試作で操作する。既に実験は成功済み」
「ダミープラグ? リツコ、何それ」
「エヴァにパイロットが居ると思い込ませる仕掛け。
まだエヴァを操縦するまでは無理だけど、外部からATフィールドの操作ぐらいなら可能」
「……」
腕組みで思案するミサトさん。
この場合、結論を出すのは総司令の役目だろう。本来はね。
けど、僕なんて完全に張り子の虎。僕が出す許可なんて何の効力もない。
ここはミサトさんの判断力に全てがかかる。
そして、決断したらしい。
「そうね。物は試し、を本番に使うのもなんだけど、それをレイと初号機でやるよりはマシね」
「上手くいけば、この前の作戦が零号機で遂行可能。悪くないでしょ?」
「オーケー、そうと決まれば取りかかるわよ」
と、話が決まるが早いか、ミサトさんを中心にNERV司令塔は走り出す。
行程は前回と同じ。
「エヴァを出すタイミングは?」
「ATフィールド影響圏内ギリギリで。今度はもっとシビアな操作ができるし」
「了解。今度も戦自の戦車隊で?」
「いや、都市の迎撃システムでやってみる。有人兵器は使いたくない」
「了解。では戦自の部隊は距離を置かせます」
そんな感じで着々と手筈が進む。そして僕もレイを初号機に。
イザとなれば、初号機も含めた作戦行動を展開するために。
さて、いよいよ作戦開始。
零号機の操作は、スーパーコンピューターMAGIを介してマヤさんが行う。
背後に立つリツコさんがその指示をする。
「使徒の動きに変化はない?」
「はい、予測通りです。零号機の稼働はプログラミングにて行います」
「使徒の変化に注意して――さあ、時間ね?」
「はい、3・2・1、零号機射出!」
「一斉射撃、用意……」
と、零号機が地上に出た、その瞬間。
「使徒の外周に高エネルギー反応!」
「!? マヤ、零号機のATフィールド最大!」
「は、はい!」
零号機が地上に出たその瞬間、使徒の様子が一変。
目も眩むような閃光が使徒の全身を包み込み、それがそのまま零号機に放たれる!
「使徒、可粒子光線を放射! 零号機に直撃!」
「零号機は!?」
「ATフィールドによる防御が間に合いました! でも、このままでは!」
「リフトを下げて! 早く!」
突然の事態急変、司令塔は総立ちでどよめき立つ。
使徒が放つ高エネルギーの影響でモニタは真っ白、全ての計器が狂いだし、地上の様子は何も判らなくなる……いや。
零号機が地下に下ろされた瞬間、使徒の攻撃は収束した。
やがて計器類が落ち着きを取り戻し始め、改めてモニタが使徒の姿を映し出す。
もう、何事もなかったかのように浮遊している正八面体。
そして、しずしずと移動を再開する。NERV本部の頭上へと。
……そうだ、零号機は?
「あ、シンジ君?」
とリツコさんが呼び止めるのも構わずに僕は格納庫へと急いだ。
格納庫に来てみれば使徒の攻撃を受けた零号機が既に収容されていて、それを整備員達が一斉に取り囲んでいる。
零号機はすでに装甲が溶解し始め、見るも無惨な姿で――いや、そんなことはどうでもいい。
「これは総司令……あ、ちょっと! 危険ですから近寄らないでください!」
「あの、どうなったの? その、アレは?」
「はい、駄目でした。ショックに耐えられなかったようです」
「……そう」
ふと振り返れば、出撃が中止となったレイが僕を心配げな目でジッと見つめていた。
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さて、作戦会議――あの、やっぱり僕も参加するんですか?
なんか怖面の戦自の人達も混じってるし、もの凄く居心地が悪いですけど。
とりあえず、ミサトさんのもとに様々な報告が寄せ集められる。
「使徒の放った可粒子砲の攻撃により、直線上の都市施設は全て溶解。無事だったのは零号機のみ」
「ATフィールドの防御で辛うじて防ぎきれたようです。が、あと数秒も持たなかったでしょう」
「あれから使徒の動きは?」
「既にここNERV本部の真上に到達。ドリルのような物を下方に繰り出し、外壁を掘削中」
「特殊装甲の外壁を破るは簡単には破れない……はずなのですが、徐々に食い破られつつあります」
「このまま行けば、ここに到達するのは8時間後」
現在の状況説明を終えて、会議室一同は一斉に溜息をつく。
あのとてつもない使徒の攻撃を恐れて、我々は使徒のやりたい放題を黙ってみているしかない状況。
何かを考え込むミサトさん。そこに、リツコさんは釘を刺す。
「ミサト、今度は半端な作戦は通用しないわよ?
使徒はここが特殊装甲で守られていることまで知っているし、迎撃対象の識別が可能」
「判ってるわよ。使徒へと試し撃ちは?」
「は、初号機ダミーに対しては無関心。しかし、ダミーが銃口を向けた瞬間に」
「グシャッ、ね? 他は?」
「遠距離からのミサイル兵器、砲撃に対して確実な反撃が行われています」
「臼砲の砲撃は着弾に成功、しかし強力なATフィールドの防壁により全て跳ね返されています」
「もちろん、軌跡の判り辛いはずの臼砲に対しても確実な反撃が取られています。全て破壊されました」
「あのATフィールド突破には日本に保有するN2爆雷全て投下でもしない限り、あるいは……」
「攻防ともにパーペキな訳ね。成る程」
思わず、更に大きな溜息をつく者、みけんの皺をもみほぐし頭を抱える者、もはや会議室は暗い顔ばかり。
しかし、ミサトさんは僕に振り返りニヤリと笑う。
「さあ、総司令。今の状況、お判りですか? どうやら、使徒はこちらの攻撃の意志を読み取れる様子。
兵器を見れば確実に破壊、距離を置いて攻撃してもATフィールドによる鉄壁の防御と確実な反撃。
使徒がここに到達するまであと8時間。では、今後の作戦についてご提案をどうぞ」
ちょ、ちょ、ちょっと、僕にそんなこと判るわけないでしょ。えーと……。
「距離を置けば攻撃可能なら、遠くから撃つしか無いじゃないですか。それも唯一攻撃に耐えられるエヴァで?
でも、中和しないでATフィールドの突破って出来るんですか? そんな方法、僕には判りま」
「総司令、見事なお答えです。皆さん? 総司令の発言は絶対命令、星を動かしてでも遂行してくださいね」
僕の言葉尻を覆い被してミサトさんは皆に言い渡す。
それを受けたスタッフ達は、総司令のご命令なら仕方ない、などと笑い合う……なんか、ちゃかされてるな、僕。
しかし、そんな感じで、ようやく皆に明るい顔が戻ってきた。でも具体的にどうするつもりだろう。
ほらほら、日向さんが眉をしかめてる。
「しかし、非中和でATフィールドを突破すると成れば、それこそ日本が無くなるほどのN2機雷投下か、あるいは……」
「他にもあるわ。日本中の電力全てを集めれば、でしょ? その計算値は既に出ているはず」
と、ミサトさんはニッコリ笑い、会議室の一角に振り返る。
「ほら、聞いたでしょ。そこの戦自研? 判ったら、さっさと例の物を取りに戻りなさい。こちとら総司令の許可が下りてんのよ!」
で、ここまでのいきさつを聞いた冬月さんが立ち上がった。
「日本政府各省への通達は任せたまえ。そこの君、電話を――碇総司令のご意志を伝えなければならんからな」
成る程、僕という傀儡総司令がこうして利用されていく訳ですね。
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『今夜、大規模な停電があります! 皆様、ご協力を宜しくお願いします!』
テレビ、ラジオ、各都市での警報など、ありとあらゆる手段で、民衆への緊急事態が告知される。
こうして事を公にしたということは、もはや完全に作戦行動が認められ、そして開始したということだ。
日本の持つ膨大な電力全てを集めて使徒にぶつける、そのために。
そして次々と本部へと報告が入る。
「各省からの認可が全て揃いました。作戦の全てにおいて遂行可能」
「陽電子砲の改修はあと3時間、完了次第すみやかに現地へ移送します」
「エネルギーシステムの配備は3%の遅延、作戦開始時刻までは取り戻せる範囲内」
僕はただ座って聞いているだけなんだけど、ミサトさんはそれを聞きながら更に次々と各方面へと指示を飛ばす。
やっぱりミサトさんは凄いな。もう何時間もああやってる。
その隣に積み上がる缶コーヒーとドリンク剤の山も物凄いけど。
こうしてみると何もかも上手くいっているように見えるけど……。
僕は不安な気持ちに任せて、隣にいる副司令の冬月さんに尋ねてみた。
「冬月さん、本当にこんなことをしていいんですか」
「ああ、全国の電力全てを結集させることが、かね?」
「そうです。そんなに簡単なことなんですか? なんというか、規模が大きすぎて」
「医療、交通、防衛、防災、流通、当然ながら、ありとある国としての機能が麻痺するだろう。
それは当然だ。だからこそ、政府各省の認可が必要だった」
「でも、規模が大きいからこそ、小さなことが犠牲になったりしませんか?」
「君は面白いね。その歳で哲学的に物事を考えようとしている」
「ちゃかさないでくださいよ。要するに、政府が許可したからといって、犠牲になるのは一個人なんです」
なんか子供扱いはしょうがないとしても、そんなふうに分析されるのはちょっと気に食わない。
「シンジ君、確かにその通りだ。例えば医療の面など、セカンドインパクトを経て災害時に対する様々な対策としての備えがある。
しかし、それは大規模な一部の施設だけだ。小規模な施設では、この数時間で大きなダメージを喰うだろう。
独自の発電機を備えていない施設では、継続的な医療行為が必要な患者の治療が出来なくなってしまうからだ。
それは医療方面だけに止まらない。しかしね、シンジ君」
「……はい?」
「だからと言って、この作戦を止める訳にはいかない。それは全て一言で説明がつく。
これに勝たなければ我々人類に明日は無い、と」
僕はつい熱くなって聞き返してしまった。
「でも、犠牲になる少数の人の明日を奪っても、ですか?」
「そうだ。いいかね? 犠牲となるのは、日本の片隅にいる僅かな人々だけではない。
我々NERVは矢面に立ち、使徒を迎え撃つことを覚悟して集結した者ばかりだ。
エヴァのパイロットが敗れ、次に倒れるのは君を含む我々だ。使徒はここの潜入と破壊が目的なのだから」
「……」
「君にその覚悟が無かったのなら、今からここを立ち去るしかない。人は人を犠牲にして生きていく。哀しいかな、それが人間なんだよ。
しかし、犠牲となることを自ら望むことが出来るのは幸いなことだ」
「いえ……それは判っているつもりです」
そうはいっても、納得できない気分だ。
理解はしている。でも、納得は出来ない。
そんなことを考えている僕を見て、忙しいはずのミサトさんが僕の所にやってきた。
「少し休憩を取りなさい。もうすぐ出撃なんだし、レイを可愛がってきてあげたら?」
そう言ってミサトさんは優しく微笑む。
突っぱねたい気もしたけど、正直いって疲れた気もする。
ここは素直に従おう。
「レイ、おいで。少し部屋で休もう」
こくり、と頷いて僕についてくるレイは……やっぱり誰よりも落ち着いてるな。
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最終更新:2009年02月02日 00:31