第六話

さて、第7使徒イスラフェルとの対決だ。なんと、今回はシンジ達の完全な敗北となってしまったのだ。
「さあ、標準が合いましたので引き金を……」と、いつものようにコアを破壊したのはいいのだが、
なんと(周知の通り)今度の使徒は二つのコアを所持しており、片方を壊せば残りのコアがそれを修復してしまう。
で、そちらを壊せば逆のコアが……と、完全な永久機関となってしまったのだ。
誰かが「約束が違う」などと言い出しかねない展開だ。いったいどうしたことだろう。
仕舞いには二つに分離し、さんざんシンジを翻弄した挙げ句にどこかへと消え去ってしまった。
あいかわらず何も破壊せず去っていったことだけは幸いだが、NERV本部は驚きを隠せないようだ。
もしかしたら、これまで安直な戦いに嫌気がさしたシンジを楽しませるために込み入った戦闘をサービスした、
というところだろうか。まったくもって使徒達の意図は分からない。

この敗北を経て、NERV本部は初めてと言っても良い対策会議を開かざる終えなくなった。
使徒を倒す方法はただ一つ。二つのコアを完全に同時に破壊することだけ。
となると、シンジが乗る初号機とは別に、もう一台のエヴァ機を出動させる必要がある。
そこまでの課題が参加メンバーに説明された直後に、アスカが元気いっぱいに挙手して発言する。
来日当時に完全に放置された恨みを忘れてしまったように彼女は上機嫌だ。
「そうすると二人の息のあったコンビネーションが必要ですネ♪それじゃ私はシンジと一緒に寝泊まり……」
「2体のエヴァ機による高出力ライフルの同時射撃、これがもっとも安全確実な作戦かと思いますが。」
そんなふうにシンジに擦り寄ろうとするアスカの発言を封じてしまったのはミサトであった。
「それぞれ別のコアに標準を合わせ、シンジ様の操作によって二丁のライフルを同時発射……いかがでしょう?」


「そ、そうだね。それが一番確実だね。」
鬼のような形相でミサトを睨むアスカ。そんな彼女を意識しながらもシンジは同意を示し、会議は幕を閉じた。
ミサトの言うことはまったく間違いではない。
が、意図的にアスカをシンジから遠ざけようとしているのは明白である。
むろん、それには理由があった。アスカを迎えに行ったその日からのシンジの変化が彼女には恐ろしくて仕方がなく、
彼に対する刺激を極力おさえたかったのである。

アスカを迎えて数日後、シンジ低での出来事である。
どうもシンジの様子がおかしい。何やら夢うつつの表情で何やらブツブツつぶやいている。
体調も悪くない。むしろ良好だ。筋トレの熱の入りようにも相変わらずだ。いや、いっそう熱が入っている。
そんなシンジにミサトは首を傾げていると、メイドの一人が側により、顔面蒼白で耳打ちした。
そのメイドは諜報部出身で、シンジの微かな唇の動きを読んだ、と言うのだ。

『ああ……あの将校の人……格好良かったなぁ……また会いたいなぁ……』

ミサトの表情もまた凍り付いた……何故?それは後述するが、これは大変な事態なのだ。
そして更に、珍しくもシンジが出したリクエストに大きく戸惑う。
パソコンを一台、そしてネットに接続が出来る環境が欲しいと言い出したのだ。
むろん躊躇している暇はない。シンジの出した要望は直ちに聞き届けられなくてはならない。
それがミサトに課せられた鉄則なのである。


本当は今すぐにでもシンジに提供できる簡単なことではあったが、
「工事が必要となりますので今しばらくお待ち下さい。」と何とか押し止め、
セキュリティーソフトを活用した制限付きのネット環境を大急ぎで準備した。
そしてモニタリング出来るように「枝」のついたパソコンをシンジに差し出す。
本当はMAGIでそれを行うのが一番楽なのだが、この事態は上層部に知られたくなかったのだ。
というわけで、シンジは早速、ネットの閲覧を開始する。それをミサトは別室でモニタを始める。
結果は……恐れていたとおりであった。

検索しているキーワードは案の定である。「海軍」「将校」「士官」等々……
検索結果に表れたのは通常のミリタリー関連サイトばかりであるが、
それをミサトは規制されていない本物のネットで検索すると、怪しげなサイトが続々と姿を現す。
申し訳程度に制服をひっかけた半裸状態の男達、自動小銃片手に結合する男達、男、男、男……
そう、恐れていた事態とはシンジが同性愛に目覚めることだったのである。

思えば考えられる事態である。もはや彼を取り囲む女性達にシンジは嫌悪感すら示し始めている現状で、
シンジの性の対象が男に向けられたとしても無理からぬこと話だ。
実はミサトは知らないのだが、あの空母の中でなんらかの出会いがあった可能性が十分考えられる。


が、しかしである。だからといって別に問題が有るわけではないのだ。
NERVはシンジが望むであろうものを与えることに終始している。シンジの満足さえ得られればそれでいいのだ。
今は、通常の男が望むと考えられるものをシンジに「とりあえず」与えられているだけであって、
好みがそうと判れば、家事に堪能な幼女のメイド達でも、勇猛果敢な老婆で構成する警備隊でも、
どのようなことでもNERVはシンジが望むままに取り揃える。
ミサトはそんなNERVの恐ろしさを十分に知っている。彼女もまた、そうして準備された「物」なのだから。
じゃあ、何がミサトにとって問題なのか。
確かに自らの保身が危ぶまれる訳ではあるのだが、女としてのプライド、という問題もある。
シンジのために準備された「物」として、この自体を安閑と見過ごす訳にはいかない。

……と、ミサトが苦悶に陥っていると、意外にもシンジ自身が彼女に光明をもたらた。
海軍遊覧も一段落した後、シンジは有名な女性アイドルなどの名を検索欄にタイプし始めたのだ。
そして表示される彼女たちの画像。輝く笑顔とささやかな胸のふくらみが画面に踊る。
比較的に着衣や水着のものが多く、せいぜいヘアヌード止まりの健全なエロサイトばかりだ。
ミサトは胸をなで下ろした。もしかしたら、自分の取り越し苦労だったのかもしれない、と。
しかも、画像をねぶるようなシンジの閲覧時間からして、かなり楽しんでいるようだ。
考えてみれば、あの国連軍艦隊でどんな出会いがあろうとも、
そう簡単に同性愛に墜ちるものではない。男が男に尊敬してあこがれる、ただそれだけのことなのだ。
ウルトラマンや仮面ライダーにあこがれたとしても言って性の対象にする男はそういないだろう。
そんな奴は、もとからそういう趣味だったと言わざるを得ない。
ミサトは気持ちを落ち着け、ずいぶんシンジを色眼鏡を通して見てしまったものだと苦笑した。


もはや、ミサトはコーヒー片手に余裕の態度でシンジがネットサーフィンする様を楽しんだ。
あらあら、こういうのが趣味なのかな、ずいぶん時間を掛けてるわね、さてはこの子で抜く気かな?ウフフ……
などと、まるで息子のエロ本を見つけた母親が、クスクス笑いながら隠し直しているような心境だ。
しかし、それほどのんびりしている暇はない。
シンジの精神が破綻を来しかねない現状ならば、男に走る可能性もゼロとはいえないのだ。
何か手を打たなければ本当にそうなってしまう。しかし自分に出来ることは限られている。
が、やらねばならない。手段が限られているなら、限られていることをするだけだ。
ことが済んだであろうシンジがパソコンの電源を切るところまで見守った後、ミサトは行動を開始した。
ミサトは当直の者に命じて仮眠中のものをも含めて、今シンジ邸にいるメイド全員をかき集める。
事情を説明すると案の定、みな顔面蒼白でミサトが提示するシンジ邸の改革案を熱心に聞き入っている。
これまでシンジ争いにつばぜり合いを演じていた彼女達なのだが、敵の敵は最良の味方、という訳だろう。

シンジが翌日、目を覚ましてみるとメイド達の様子が一変していた。
まず、どこの電気店街に立っているメイドだろうかというミニスカートの制服は改まり、
ロングスカートにしっかりとしたエプロンを着用した慎み深い古風なスタイルにものへと変化している。
改革案とは、メイド達による過剰なセックスアピールを押さえて、シンジ邸内部だけでも正常化することだったのだ。
それぞれ自己主張していた髪型はきっちりと結い上げられ、まとわりつくようなメイド達の態度も改められた。
シンジはとまどい、「どうしたの?」と訪ねるが、メイド達は笑って「衣替えです」とだけ答える。
媚びはしないが、きっちり笑顔で対応する。流石は選り抜きのメイド達である。


しかし、諜報部出身の者も居たことだし、中にはNERVの監視役が居ることは十分考えられる。
シンジの趣好を矯正するなど許されない行為であり、今回のミサトの行動はぎりぎりの危険なものであるが、
しかし、彼女たちのシンジへの思い入れは本物であることは知っている。
上手くやれば信頼できる組織を構築することが出来るかも知れない。

そして数日後、シンジの表情は目に見えて変わってきた。
目つきは和らぎ、メイド達と談笑するまでになっている。
筋トレの励み具合は相変わらずだが、ネットサーフィンの内容とセルフサービスの頻度は良好である。
NERV本部の過剰な性欲対策からの逃げ場所が成立すれば、アブノーマルな世界に墜ちることはないだろう。
かえってシンジの寵愛を受けやすくなるかも知れない、とメイド達も意気盛んだ。

さて、第7使徒イスラフェルとの対戦は、作戦が見事に図に辺り雪辱をはらすことに成功した。
今後の使徒との対決においても一筋縄ではいかないかも知れない。
以前の安直な戦闘に辟易していたシンジにも緊張感が伺える。
少しずつではあるが良い方向へと物事が進んでいるような、そんなふうに感じる日々が続いていたが……
「あらシンジ様、おはようございます。おつとめご苦労様です。」
ご出勤のシンジを出迎えた伊吹マヤを見て驚愕した。どうやらNERV内部でも衣替えが行われたらしい。
横乳が美しいノースリーブへと制服が改められ、スカートの丈もより一層短くなっている。
そんな有様を見て、シンジとミサトはほぼ同時に肩を落としてため息をついた。
最終更新:2007年02月21日 22:34
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