総司令 第拾五話

朝。

『重化学工業連合体により開発されたジェットアローン。近日、公開走行試験を……』

そんな題目の書かれた書類をチラリと横目にしながら、朝食の準備をする。
といっても、大したことはまだ出来ない。
まだ包帯で固めた両手を上手く動かせず、パンやミルクを取り出すだけでも悪戦苦闘。

「ああ、レイ。顔を洗っておいでよ」
僕とほぼ同時に起き出したレイを洗面台に押しやりながら、テレビをオン。
ジェットアローン。やっぱりニュースには出てないけど、NERV内部では話が広まっている。
それは格闘戦を想定した巨大ロボット兵器。
そう、使徒との戦いを挑むために開発されたということだ。

エヴァじゃなきゃ使徒は倒せない、そうリツコさんを筆頭に皆は言う。
でも正直いって、少しぐらい戦力になるならエヴァと一緒に戦って欲しいところだ。
かなり成長してきたとはいえ、パイロットたるレイがああだし。
そういえばドイツで開発された弐号機とそのパイロットって、日本にいつ来るのかな。

「ん、レイ。どうしたの?」
「……」
「大丈夫だって。朝ご飯の用意ぐらいなら……え、なに?」

  • =- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=-

で、その日の夕方。

「あの、レイ……大丈夫?」
「大丈夫」

僕の心配をよそに、すまし顔で包丁を使い、野菜を刻んでいるのはレイ。
レイは僕が火傷で両手を使えないと見て、自分が料理を作ると言い出したのだ。
僕は手が治るまでお昼や晩ご飯は外食で済ませるつもりだったのだけど。

しかし、今まで料理なんて教えたことが無かったのに、意外と器用に包丁を使う。
いや、僕が料理しているのをしょっちゅう横について眺めてたんだけどね。
無論、僕がやるようには上手くない。上手くないというか慎重すぎてずいぶん時間が掛かっている。
まあ、僕も対して上手くは……と、考えていたその時。

「ちわーっす! シンちゃんお疲れー!」
「……ノックぐらいしてくださいよ、ミサトさん」

やれやれ、もう毎日やってくるな。

  • =- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=-

「ぷっはぁ~」
「ミサトさん……仕事中でしょ? 休憩時間にビール飲んじゃっていいんです?」
「終わったから飲んでるのよ。今日は定時退社、文句ある?」
「最近、暇そうですね」
「何よぉ、平和じゃいけないってわけ?」

はい、毎日こんな調子です。
僕達の部屋にもすっかりお馴染み、既にビール専用冷蔵庫まで設置されてしまいました。

「いーじゃないの。二人の愛の冷蔵庫に上がり込むほど私ゃ野暮じゃないわよ」

だったら、なんでここに来るのかな。
ついでに散らかしてから帰るのも止めて欲しい。

「いやホント、亡くなった前司令には悪いけど、シンちゃんを司令にしてからホントに便利になったわ。
 シンちゃんパパの居る部屋にこうしてビール持ち込むなんてこと、出来るもんじゃないからね」
「それ、ホントですか? 実は以前からもずっと」
「ムリムリムリムリ、あの仏教面を相手にビールなんか飲めやしないって」
「ふーん、そんな人だったんですか。父さんって」
「知らないの?」
「知りませんよ。僕は小さい頃に捨てられてから全然あってないんです」
「ふーん……」

そう、そして母さんのことも。
里親なんて居ないも同然だったし。一緒に住んでいた筈なんだけどね。
どうでもいいか、そんなこと。でも、そんなことを考えるのも久しぶりだ。
レイが居てくれるお陰だろうな。もはや、僕のために料理まで作ってくれるし。

「へー? このシチュー、レイが作ったの」
「はい。僕が今は料理できないからって」
「そんなことまで出来るようになったんだ。あれ、でも味うすい」
「レイの体、デリケートだから今まで薄味で作ってあげてたんです」
「ていうか、この物足りなさは何かなあ……うーむ」
「あ」

僕が振り向くと、レイはコクリと頷いた。
「お肉きらい」
「……やっぱり」

成長、著しいね。
自分の好みで材料をえり好みするなんて。
好き嫌いまで主張するようになってきたとはご立派。

  • =- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=-

「ふーむ」
と、シチューに入っていたニンジンをすくい上げて、まじまじと眺めるミサトさん。

「ずいぶん綺麗に切ってあるわね。全部同じ大きさ、同じ形で」
「アハハ、お手本が僕だから大ざっぱに切ってるように見えたんだけど」
「リツコが言ってたんだけどね」
「え?」

ミサトさん、スッとまじめな顔になる。ほんの少しだけ。
「あの使徒に対する狙撃。もしかしたらマグレではなく、本当に狙いすました結果かもしれないって」
「嘘でしょ? だって、地球の磁場の影響とかあって、普通に狙って撃つだけじゃ駄目だって」
「そうねぇ。だとしたら、やっぱりマグレ当たりになっちゃうけど……でもね」
「でも?」
「それをも加味して狙い当てたんだとしたら、レイは大変な能力を持っていることになる、ですってさ」
「……」

レイはバカじゃない。
知らないだけで、覚えれば確実な仕事をする。
いや、それは判ってるつもりだったけど、本当かなぁ。
そんな神懸かりな技を持っているだなんて。

「ミサトさん。今までのレイ、ていうか父さんと一緒にいたレイはどうだったんです」
「知らないわよ。私はずっとドイツのゲヒルンに居たから」
「ああ……えーと、弐号機パイロット?」
「そそ、その子のことは教えてあげれるんだけど。レイについちゃ、リツコとかの方がよく知ってるわ。
 いや、シンちゃん? そんなことより!」

そんなこと、は無いでしょう。
そう言いたかったけど、目を釣り上げたミサトさんの気迫で圧倒されて身動き出来ない。

「シンちゃん、やっぱり学校いきなさい。次に使徒が来る兆候もないし、2・3日だけでも顔出して来なさいって」
「しかし、レイが、その」
「料理も出来るし喋れるようになってきたんだし、一緒に学校通わせても問題ないでしょ。
 レイは別人になっちゃったかも知れないけど、精神的な病でどうこう、とでも私が言っておいてあげるから」
「うーん……」

困った。今のレイではまだまだ不安だし、その気苦労だけでも想像するだけで嫌になる。
それに――。

「レイをしっかり目を離さず側から離れずに居れば大丈夫っしょ。人の面倒を見るって大事な仕事よ?
 それぐらいの苦労、若いうちから経験するのも悪くないわ」
「いや、もっと具体的な大きな問題があって」
「何よ」
「それじゃレイ? いつもの奴やろうか」

ビール片手で目を丸くしてるミサトさんの目の前で、レイはいつものノートを持ってくる。
そしてペンを手に取り、書き取り開始。

「あ、い、う、え、お、か、き」

「シンちゃん、まさか」
「そうです。レイは読み書きが出来ないんです」

絶句するミサトさん。
ま、レイならすぐに覚えるとは思うけど。

  • =- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=-

結局、学校に行くことになりました。
もちろん、レイを連れて。

「何も出来なくても、知らない人に囲まれて先生のお話を聞くのもいいじゃない。とにかく外の空気に当ててきなさい」
と、ミサトさんは結論付ける。
やれやれ、今回はリツコさんの援護射撃も無かったし。
仕方なく用意してくれた制服を互いに着込んで登校する。
あーあ、実は僕も問題がありすぎるんだけど。
最近、勉強なんてしてないから授業について行けそうもないな。

学校の校長室まではミサトさんが付き合ってくれた。
今日のミサトさん、ビシっと軍服みたいな正装でめかし込んでる。
「ちょっと行くとこがあるからね。旧東京」
はいはい、お疲れ様です。

「ほうほう、そうですか。綾波さん、それは大変なご病気でしたね。いやはや、こうして学校に戻れたのはまことに……」
と、同情顔の校長先生のいたわりの言葉。
つまり、(父さんの)レイはずっと学校に通ってたということだ。
今の話で初めて知ったけど、大丈夫かな?
これじゃクラスメートと話が合わなかったり……。

「だから、病気だったってことで済ませりゃいいわ。あんたがしっかりついときゃ問題ないない」
ないないってミサトさん、なんか適当だな。
「多分よ。それにレイ、友達とかそういうの居なかったらしいし……あら」
その時、ミサトさんの携帯電話がピー。

「ん、もしもしリツコ? ごめんなさい。すぐに追いかけるから……え、なんですって?」
「……?」
「判った。それじゃ、もう私が行っても……そうね。とりあえず本部に戻るわ」
「何かあったんですか。まさか、使徒が」
「違うの。知ってるでしょ? ジェットアローン。あれの公開試験を見に行く予定だったんだけどトラブったんですって」
「へー?」
「あらぬ方向に走り出しちゃったとか。話にならないわね」

あはは、なんだかな。
でも、戦力になってくれたらと期待してたんだけどな。

「そんなわけで、しっかり授業うけなさいよ。それじゃ」
どんなわけだか。そして、僕達を残してミサトさんは去っていく。

  • =- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=-

そして教室に案内され、ご紹介にあずかり、開いている机に着席。
「いや、レイ。僕に着いて来ちゃ駄目。そこに座って。いいから座るんだよ。
 あ、あのね。僕の方を見てないで、先生の話を聞いて……判らない? とりあえず前を見て。
 前はどっち? あのねぇ……あ、そうか。教室で前と言えばあっち。あの黒板の方。
 レイ、このパソコンをこう開いて……あの、先生。隣同士というわけにはいきませんか?」

ちょっ……やっぱり冗談じゃない。
有る程度は成長してきたから、と高を括ってた僕がバカだった。
学校の教室で授業を受ける、その常識というものがまるでない。
あーもう、なんで僕がこんな苦労しなきゃいけないんだろ。
見渡せばクラスメート達はざわざわとこちらばかり見ている。
(父さんの)レイを知っている筈だろうから、この変貌振りに驚いているのだろう。
どこがどう変わったか、僕には判るはずもないけどさ。

「レイ、何もしなくて良いからそのパソコンを眺めていてよ。うん、僕が良いと言うまでね」
幸いなことは、レイが騒いだりせず大人しくしてくれること。
そうでなければ僕は頭が変になっていただろう。
それに生徒の数がまばらで席替えなんてやりたい放題だし。
授業が終わるまで大人しく座らせておいて、今日はなんとかやりすごそう。

  • =- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=-

「ねえ?」

休憩時間。
一人の男子が声をかけてきた。

「名前は相田ケンスケ。ふーん、君は碇っていうんだ」
「それが何?」

同年代の子と話をするのは久しぶりだ。といって、嬉しくも何ともない。
それにこいつの口調、なんか嫌な予感がする。

「いや、今の状況で転校してくるなんて変だと思ってね」
「何が聞きたいの?」

単刀直入に聞いてよ。まどろっこしいな。

「君って、NERVの総司令の息子でしょ? もしや君は……」

はい、終了。

「レイ、行こう。ここに居ない方が良いよ」
「あのちょっと……」

ケンスケとか言う奴が引き留めようとするのも構わず、さっと二人分の鞄を片付けて教室の外へ。
いや、もうこのまま本部に帰るつもり。
以前は総司令の息子だからと遠巻きに見られてたけど、その方がまだましだ。
興味ありげに探りを入れられるなんて我慢できない。

もう逃げるようにレイの手を引いて行こうとしたけど、さっきの奴が先回りして僕達の前に立ちはだかる。
しつこいな、もう。

「ねえ、悪かったよ。気を悪くしたら謝る」
「どいてよ」
「いや、まあちょっと、まってよ。そんなんじゃないんだ。え?……トウジ、なんだよ」
「ケンスケ! お前はもうやめとけ!」
と、僕達の間に割ってきたのはジャージ姿のスポーツ刈り。

駄目だ。ここまでゴチャゴチャされたら、僕も無性に苛立ってくる。
早くここから出て行こう。

やっぱりミサトさんは何も判ってない。
学校って言う情け容赦ない人間関係にさらされるなんて、普通の子ならいざしらず、
僕はともかく、特殊すぎるレイがそのまっただ中に晒されちゃ、どんな目に遭うか想像ぐらい出来ないんだろうか。

「なあ、すまんかったな。コイツ、ケンスケは何とかオタクで、なんていうやろ。情報に飢えとるっちゅうか」
「謝るぐらいならどいてよ。帰る」
「……いや、待てや。授業が」
「どうでもいい」
「そうか。じゃ、これは言わせてくれや。お前、エヴァっていうんやったか。巨大ロボットの……」

なんだ。さっきの奴と一緒じゃないか。
もう僕は何も言わず、無理矢理おしのけて先へ進もうと……。

「ちゃうねん! 俺はただ、礼が言いたいだけなんや! 待てや、おい!」
「大声ださないでよ。怒って良いのは君? 僕の方だと思うんだけど」
「いや、あのな」
「僕に聞かれても知らない。何も答えない。それじゃ」
「いや、だから!」

もうこのスポーツ刈り、完全にキレたらしい。
僕の両肩を鷲づかみにして怒鳴り始めた。

「みんな、気にしとんのや! なあ、お前はどない思っとるんや?
 この街にドデカイ怪物がやってきて暴れ倒して、それをでっかいロボットが体を張って戦っとる。
 そのロボットだけやない。戦自も戦って死傷者もぎょうさん出とる筈や。
 それがどないや、ニュースも新聞も、直下型の大地震とか訳の判らんことしか言いよらん!
 それが三度や! 三べんも同じ事されてみい、みんな怒るのも当たり前やろ!」
「……」

  • =- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=-

このスポーツ刈りの長台詞はまだ続く。

「何もかも狂うとる。この間なんか、菱形の物体がやってきて光線まきちらしよって、街もめちゃくちゃになってしもうた。
 そんで政府から出たのは、災害の影響で停電になります、や。
 みんな知っとる。あらんかぎりの電力と巨大ロボットで、あの物体とタイマン張ったんやろ。みんな知っとるぞ」

そりゃまあ、あんな大事を現地の人達に見えないはずはないんだし。
それを改めて言われてもなあ。

「……自分が情報通だと、そう言いたいの?」
「いや、そういうんやないけどな。あと、これはさっきのケンスケが親父から仕入れた情報やけどな。
 そのロボットに乗っ取るのは同い年の14歳っちゅうことも聞いとる。
 どう考えてもお前か、そこの綾波しかおらへん。そうやろ?
 今のこの状況で、疎開する奴がおっても、ここに転校してくるなんておかしい話や。
 綾波の方も、前々から噂にはなっとったけどな」
「……」
「なんでも、そのロボットは光線をまともに喰らったらしいやないか。それも2度もや。
 みんなでいうとった。中の人は絶対に死んでるってな。
 でも、こうして登校してきたのを見て、ああ、無事やったんかと思ったけど……こう言うて悪いけどな。
 以前のお前は知らんけど、綾波の方はぜんぜん普通や無くなってるやないか。
 お前っちゅう付き添いが居ないと駄目なくらいに、やられてしもうてるやないか。
 あの戦いの影響やろ? あんだけの攻撃を受けてやっぱり無事やなかったんやと、みんな心配しとんのや」

ふと見渡すと――。
廊下には僕達以外のクラスメート全員、更に違うクラスの連中までもが出てきて、大勢で僕達のやり取りを見守っていた。
彼らの目。それは僕とレイを嘲笑したり、嫌な奴を見るような目では、もちろんない。
それは心配げで、中には今にも泣き出しそうな目で見ている女の子達もいる。
でも、正直言ってレイの頭がおかしいみたいに言わないで欲しいんだけど。

「お前らは14歳、俺らもまた14や。かたや、生死を賭けて戦って、俺らは避難所に逃げるだけ。
 俺らがロボットに乗って戦え言われてどれだけの奴が出来る思う? 大抵の奴は無理やと思うわ。
 それをお前らがやってのけてる。実際に戦って、そして勝ち抜いとる。それは俺らみんなのためや。
 なあ、信じてくれや。俺らはみんな、お前や綾波のことを心配しとんのや」

彼らの心配、もう疑うつもりはない。
さっきの相田とかいう奴は別だけどね。
困った。なんと言い返したらいいんだろう。

「……あの」
「なんや。何でも言うてくれ」

  • =- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=-

もう僕は怒ってない。
このまま、このスポーツ刈りに甘えたい。
自分の苦労話を全部話して、同情して貰いたい。
でも。

「ありがとう。でも、何も言えない」
「……」
「ノーコメントでも良い? 僕からは、僕の立場じゃ何も言えない。
 本当ならノーコメントだって言えない。隠してることがバレるから。
 NERVの関係者だけど、だからこそ何も言えない。守秘義務があるから」
「あ、ああ……企業秘密か」
「心配してくれるなら、そっとしておいて欲しい。今の状況、不安なのは判るけど」
「そうか。そやろな……」

スポーツ刈りは納得したらしい。しかし、肩を落として溜息をつく。
きっと、僕との友情を勝ち取り自分の葛藤を晴らしたいと、そんなことを願っていたのだろうけど。

何も言えない。
今、彼が言っていた話。みんなで推測したであろう噂話は、いいところまでいっているようで全く違う。
正直、本当はこういうことだと教えてあげたい。

でも、本当のことなんか言える訳がないじゃないか。
レイがクローンの別人です、だなんて誰が言える?
これこそ知らなかったほうがよかった話だ。
自分達の想像出来る範囲で、適当に説明づけてくれた方がよっぽどマシだ。

「話せるようになったら話すよ。それじゃ」
「おい、待てや。やっぱり帰るんか」
「うん。やっぱり何かと問題がありそうだから」
「問題か。まあ、確かにあんたらには迷惑やったな」

強気に見えて、物わかりは良さそうだな。
仕方なさそうに肩を落としながら、そうつぶやいた。
そんな彼の言葉を後にして去ろうとした、その時。

「なあ、俺は鈴原。鈴原トウジや。」

そうだね。これなら答えられる。

「僕は碇シンジ」

転校生として挨拶はしたけどね。

「シンジ、またおうてや」
「うん」

  • =- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=-

少し考える時間が欲しい。
そう思い、レイを連れて帰り道の公園のベンチに腰を下ろした。
そして、いろんなことを考える。

正直、僕はNERVとエヴァ、使徒との戦い、そしてレイのことしか頭になかった。
ここに住む人々。使徒の襲来に怯えながら繰り返し避難を強いられる人々など、まるで眼中になかった。
あの菱形の使徒に対する屋島作戦。
停電に対する被害を気にしていたつもりだったけど、なんていうんだろう。
なんだか自分がうわべなことしか考えてなかった気がする。
人々の思いはもっと切実であり、僕らにとって小さなことでも、彼らには大変な事態であり……。

その時、ふと後ろに誰かが居ることに気付いた。
近づいてくる静かな足音。そして僕への呼びかけ。
「司令」
ああ、諜報部の連中か。

「なんですか」
「今から、司令に連絡が入ります。電話に出てください」
「……誰です?」
「自分で名乗ります」

何だろう。NERV運営の話とかなら僕に判る訳がない。
話があるなら僕じゃなくて冬月さんやリツコさんにして欲しいんだけど。
しばらくして携帯電話のバイブが震えだした。仕方ないな。

「もしもし」
『初めまして。加持といいます、司令』

その丁寧な挨拶に思わず溜息。
「あの、司令だなんて形だけなんですから」
『ハハ、ではシンジ君。そう呼んで良いかな? 手短に話すから二つだけ』
「なんですか」
『亡き前司令から引き受けた任務の、その報告です。まず重化学工業のプロジェクト、ジェットアローン開発の阻止』
「え……?」

阻止って、それじゃ今朝、ミサトさんがいってた公開走行試験のトラブルって、まさか?

「あの、どうしてそんなことをするんです?」
『我々の他に、国連から使徒殲滅の任務を請け負って貰っては困るからだよ』
「でも、戦力が増えたほうが良いじゃないですか」
『エヴァの開発と維持には費用が必要なんですよ、司令。
 今現在でも、国連やゼーレ委員会の承認を得て予算を確保することに苦労しているはずです。冬月副司令がね』

シンジ君でいいか、と尋ねておきながら、また馬鹿丁寧な口調で司令と呼ぶ。
ああ、そうか。司令としてよく考えてみろって言いたいのかな。

「はあ……そういうものですか」
『そういうものだよ。エヴァ以外に有効な手段があると、そう世間が考え出しては困る、ということ。
 人類全ての力をエヴァに集約する以外に勝ち目はない、と前司令は仰っていた』

うーん、そういうものなのか。
いや、やっぱり判んない。
戦自とかも一緒に戦ってるんだし、他のロボットの助太刀ぐらいあってもいいような気がする。
この間の陽電子砲の射撃とか出来たりするんじゃないかな。
あ、ATフィールドが張れないと撃ち返されたときにダメか。

『あと、もう一点』
「え? あ、はい」
『ドイツからお土産が届きます。私が引き受けて司令に直接お渡ししますよ。弐号機と一緒にね』
「なんです、それ」
『なんでも、人類補完計画の要、とか』

え……?








  • =- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=-
最終更新:2009年02月02日 00:36
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。