『今日の○○県○○市では、沢山の子供達が……』
昨日の使徒との一戦。いや、弐号機との戦闘も合わせて二戦。
もはや災害などと言い換えることもなく、どちらもニュースにすらされていない。
あれだけの騒動、太平洋艦隊にいたっては数隻の洋上艦が沈められているというのに。
「ん、ああ、ありがと」
ふと振り返ると、レイがコーヒーを煎れてきてくれた。
あいかわらず良いタイミングで。
そして僕の横にぺたんと腰を下ろす。
それにしても、使徒との戦闘に巻き込まれた人々はこれをどう思ってるんだろう。
いや、それは知っている。
学校に行った折に出会った鈴原トウジという奴は、怒りに満ちあふれていた。
「日本での国内向けの報道。それは海外に対して向けられたものだ。
国内での情報封鎖は諦めざるを得ないが、日本国内の報道は海外から目にすることが可能だからな」
と、冬月副司令は言う。
「日本で何かが起こっている、などと知られては困るのだ。
君も知っている通り、エヴァの開発と維持運営には金がかかる。
そのためには人類が滞りなく活動していなくては困るのだ。ニュース一つで経済は変動するからね。
人類存亡の戦い、などというものが世界中に知られては、どのように経済が動くか想像も付かない。
良い方向に動けばいいが、現状維持に徹する方が確実だとは思わないかね」
そんなことを言いながら冬月さんは苦笑い。
以前に父さんから経済学に転向してはどうかとからかわれたことがあるそうだ。
いや、そんなことはどうでもいいんだ。
僕はゾッとする。
どのニュースを見ても普段と変わりなく世界中の人々が笑いあい、
時には人を殺し、あるいは災害に涙し、政治家に怒りの拳をあげている。
自分達の日々の生活、そのために。
僕達が人類存亡を賭けた戦いをしているとも知らないで。
いや、僕達の苦労を理解しろ、などと言ってるんじゃない。
現実に起こっているとんでもないこと、それの隠蔽が簡単に行われている、ということに僕は恐怖を覚える。
如何に情報が発達したところで、それは全てマスコミがもたらす物だ。
マスコミ全てを牛耳ることなど造作もなく、現にNERVがそれをやってのけている。
如何にネットワークが発達し、個人同士が情報流通に努めたところで、それを信じる者は誰も居ない。
こんなことが起こった、といっても、マスコミによる裏付けの無い情報には誰も目をくれないからだ。
使徒との戦闘なんて格好の餌食だ。巨大な怪物の映像を見せたところで笑われるだけ。
あまりにもリアリズムが無く、創作の映像にしか存在し得ない情景だ。
僕はゾッとする。
こうして幾つもの恐るべき事実が、どれほど歴史の中で隠蔽され続けてきたのだろう。
「ん、レイ。お昼寝? いや、僕は眠くない……」
あれ、あくびが出てきた。
判ったよ、レイ。それじゃ少し眠っておこうかな。
- =- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=-
「フン……」
そう鼻を鳴らすアスカ。
今、初号機と弐号機2つ並べてハーモニクスの試験を終えたばかり。
レイは相変わらずの優等生。そのシンクロ率は100%をも超えている。
100%以上ってどういう理屈なんだかよく判らないけど。
そして、その総評を述べるリツコさん。
「アスカ、余計な雑念は捨てなさい。その訓練は積んできたはずよ」
「はいはい」
と、アスカはそっぽを向いて返事をする。
アスカの方は70%を切っていた。
そうそう、遅れたけど弐号機による使徒殲滅の詳細報告。
太平洋沖で使徒が出現、応戦する太平洋艦隊を次々と沈めながら弐号機を積載している空母に迫る。
そうと見て、アスカは即座に独断で弐号機に搭乗。艦船の上を次々と飛び移りながら使徒を強襲。
しかし、使徒は巨大な口を開いて弐号機を海に引きずり込む。水中戦闘は想定外の弐号機は上手く戦えない。
動力源であるアンビリカルケーブルが空母と接続されていたため、どうにか弐号機まるごと掠われずに耐えていた。
そこでミサトさんが発案する。そのまま使徒を釣り上げ戦艦を口に押し込み自爆させて殲滅する、という作戦を。
それは見事に成功。弐号機は小破。
優秀だ、と思う。
レイにはそんなマネは無理だ。
「使徒殲滅はシンクロ率で決まる物じゃないでしょ? この次の戦いでそれを見せてあげるわ」
と、相変わらずの強気のアスカ。
試験終了と見て、誰よりも早く部屋を出て行く。
そんな彼女の後ろ姿を見送りながら、リツコさんは言う。
「この間も言った通り、あの子の性格は諸刃の刃なの。
人は誰でもそうなんだけど、何かをするときに自分の機嫌、想い、テンションが大きく影響する。
仕方ないけどね。人はロジックじゃないし、コンピュータだって環境次第で動作不良を起こす」
「リツコさんは、アスカが優秀だとは思ってないんですか?」
「優秀ともいえるし、そうでないとも。この間の戦闘も、最終的にとどめを刺したのはミサトだわ」
「……」
「はっきりいって、レイは人間としては異常な存在。本人の前で悪いけど」
「いえ……まあ、そうですね」
「だからこそ、障害者などが高い能力を得られる事例が多々存在する。
レイが高い能力を誇っていることも珍しいことじゃない。
アスカもまた高い能力は持っているけど、常識的な普通の人間のものよ。
だからこそ良いところもあるし、下手にレイと自分を比較したりしなければ良いんだけど……」
僕はどう考えて良いのか判らず、お疲れ様です、とだけ言ってレイを連れて部屋を出た。
- =- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=-
(ちょ、ちょっと、アンタ何するのよ!)
僕が女子更衣室の前でレイを待っていると、そんな声が聞こえてきた。
そして出てきたのはレイが先。続いてアスカ。
そのアスカ、出てきてそうそう僕に怒鳴り散らす。
「ちょっと、その子に言ってやってよ! どいて欲しいならどいてって言えばいいのに!
アタシが邪魔だからって無理矢理に腕を引っ張られたわ。まるでモノをちょっとどかすみたいね!」
「ごめん」
「アンタに謝られたって困るわ。問題はこの子。ちゃんと教育してるの?」
「だから、ごめんって」
「ほらまた!」
いやそれなら僕の責任じゃないか。
ああ、とにかく誰かに噛みつきたいだけかな。
「じゃ、レイ行こうか。今日の晩ご飯の買い物にでも……」
「ちょっと待ちなさいよ」
僕がレイを連れて行こうとしたところに、更に声をかけてきた。
「何?」
「どっか遊びに行こうよ。日本は初めてだから、案内してくんない?」
「ええ?」
意外だ。てっきり、僕達には敵対心でいっぱいだと思ってたのに。
「ほらほら。そうと決まれば、さっさとその子をよそ行きに着替えさせてきなさい。ほら早く」
「え、いや僕は返事してないって……」
- =- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=-
NERV本部正面玄関。
「あのさ、僕もこの辺りはよく知らないんだ。ここに来てからあまり表には出てないし」
「あらそう? ならみんなで探検すればいいじゃない。それにしてもさ」
「え?」
「その子の格好、何? まるで男の子みたいじゃない」
「そんなこと言われてもファッションなんて判んないし」
「アンタの趣味で着せ替えればいいじゃない。こんっくらいのミニスカート履かせたら? アハハ」
レイを着せ替え人形みたいに言わないで欲しい。
しかし今のアスカって、よく笑うし人なつっこい明るい性格に見える。
よくまあコロコロと自分を機嫌を切り替えられるもんだ。
ん? あの人はこの間の。
「やあ、シンジ君にアスカ。遊びに行くの?」
「……」
加持さんだ。使徒アダムのレプリカ? みたいなものを持ってきた人。
僕達が玄関から出るときにすれ違いになった。
でも挨拶されてるのに、アスカは顔を背けて何も言わない。
嫌いなのかな。
「早くいこ」
と言って、僕の腕を引っ張っていく。
レイもそのまま僕に数珠繋ぎで引っ張られ、地上の街へと繰り出した。
- =- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=-
今はまだ夕方と呼ぶにはまだ早い時間だ。そろそろ学生達が制服姿で現れる頃合い。
しかし、僕達も年齢的には同じなんだけどね。
もう僕とレイは学校行くの止めちゃったし、アスカに至っては既に大学出てるんだし。
「アハハ! 何これぇ! エイ! エイ! このやろ! シンジぃ、アンタもやってみなさいよ!」
ゲームセンターではしゃぐアスカ。
なんだか、一人でめいっぱい楽しんでる。
やっぱり意外だな。小さい頃から大人達に囲まれ鍛えられて、しかも学歴は大卒。
いったいどんな子だろうと思ってたけど。
「あー、お腹すいちゃった! ほら、あそこのバーガー食べようよ」
と、更に僕達を引きずり回す。
なんというか、もっとツンケンした性格だと思っていた。
ミサトさん達からは、並み居るライバルを蹴散らしてきたと聞いていたから。
しかし、バーガーをひとしきり食べ終えた後、はち切れんばかりの笑顔ではしゃぎ回っていたアスカの顔は、
まるでろうそくの火が消えたかのようにスッと引き締められた。
なんだか百面相を見ているようだ。
「アタシだってね、バカじゃないわよ」
そんなふうに切り出しながら。
- =- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=-
「自分の性格の善し悪しだって判ってる。感情のままに突進する、それがアタシよ。
嫌なことは嫌だし、頭に来ることは頭に来る。その思いのままに大暴れする。それがアタシ。
だからこそ、思いのままに行動してきた。そうやって、エヴァのパイロットの座を勝ち取った」
「……そう」
「だから、みんなはアタシを感情のままに戦う野獣のようにアタシを見る。
そこのファーストに対して野獣のように噛みつくんじゃ無いかってね。
でもさ、もう使徒との戦いは始まってるじゃないの」
「うん、そうだね」
「だから言ったでしょ? 仲良くしましょうってね。
必要なときには協力し合わないといけないことぐらい、判らないほどバカじゃないのよアタシは」
なんだ、すごく良い性格してるんじゃないか。気性はやっぱり荒そうだけど。
本当にレイがどんな目に遭わされるかと、少し不安に思ってたし。
そう考えながらふとレイの方を見ると、夢中でポテトを食べている。
そんなに気に入ったのかな。
「あの、レイ? 休みながら食べてよ。ほら、まだ有るから」
「……」
そう僕がいうと、ようやく食べる手を止める。
そんな様子を見て、アスカは少し溜息をついた。
「ファーストって、本当にアンタの言うことしか聞かないのね。どうして?」
「どうしてって、知らないよ」
「……アンタ、バカ?」
「え?」
バカはないだろ、バカは。
「アンタ、気にならないの? なんで自分なのかって思わない?」
「それどころじゃなかったんだよ。レイとは出会って、すぐに使徒との戦いがあったから」
「今から考えればいいじゃない」
「ま、まあそれもそうだけど」
そうだ。改めて考えてみれば、どうしてだろうか。
リツコさんや冬月さん、僕以上にレイのことを知っている人に囲まれているというのに。
いや、僕が来てから生み出されたレイは、ほとんど知識を持っていないんだった。
でもそれなら尚のこと、僕である理由なんてどこにもない。
「本当にアンタの言うことしか聞かないの?」
「あ、ああ、僕だけじゃなく父さんなら大丈夫と思う」
「思う?」
「うん。僕がレイに会ったのは、父さんが死んだ後だからよく知らないんだ」
「ふーん……」
と、アスカはストローをジュルジュルと吸い込みながら考えて込んでいる。
あ、もしかしたらマズイかな。
やっぱり、レイはクローンなんです、だなんて言えたものじゃないし。
もし、そのことが知れたらどうなるだろう。
うっかりすると口を滑らせていまいそうだ。気をつけなくちゃ……あ。
「どうしたのよ」
「しまった、今日は注射の日だった」
「何よそれ」
「レイには必ず注射をしなきゃいけないんだ」
「ちょっと! そんな大事なことは早く言いなさいよ!」
そう言うが早いか、アスカは僕達の腕を引っ張って走り出す。
「ちょ、ちょっと、アスカ、あの……」
「後片付けなんて店員にさせときゃいいから! タクシー拾うわよ!」
「い、いや、ちょっと待って! それなら」
と、僕が連中を呼ぼうとした、その時。
「司令、どうしました?」
と、側に近づく黒尽くめの男。諜報部だ。
僕達の尋常じゃない様子を見て、あえて姿を見せたのか。
気が利くというか、なんというか。
無論、アスカはびっくり。
「ちょっと、なによそいつは!」
「慌てないで。僕のガードだよ。ねえ、すぐに本部へ」
「はッ!」
「え、やだ! アタシの体にさわらないで! きゃっ……」
と、アスカもまとめて車に押し込み、本部に直行。
- =- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=-
「赤木博士ですか? 先程、上がりましたけど」
と、居残りのオペレーターさんはそう答えた。
僕達が本部に戻ってきたときには定時業務は既に終了。
ああ、遅かったか。
「明日でも良いんじゃないの?」
そうアスカは言うけれど、正直いってレイの体調がどうなるか判らない。
これまで欠かしたことはなかったし。
外出もたまにはいいか、なんて考えるんじゃなかった……。
「シンジ君?」
と、後ろから声が。ああ、リツコさんだ。
既におなじみの白衣を脱いで帰り支度を済ませていたけど、待っててくれたのか。
「必ず来てくれると信じていたけど、ちゃんと責任を果たしてくれなきゃ困るわ」
「……すみません」
「良いけど、もし今後こういうことがあったら必ず携帯で連絡してね」
そう言いながら、僕達を伴って医務室へ。
- =- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=-
「それ何?」
そう尋ねるアスカ。
「ホルモン剤。レイには定期的に投薬しないと、体調を崩してしまうから」
そう答えながら医務の人には任せず、リツコさん自ら注射器を手にレイの腕を取る。
流石のレイも何事かと驚くが、僕が手を添えて注射が終わるまでなだめてやる。
週に一回のいつもの光景だ。
体調を崩してしまう、か。
レイの場合、体そのものが崩れてしまうからね。
なんて言葉で遊んでもしょうがないけど。
「やれやれ、だね」
そうアスカに苦笑いするけど、アスカはなんだか考え深げな顔してる。
そして、こう言った。
「アンタ、ここに住んでるのよね。部屋に行っても良い?」
「え?」
「なんだか疲れちゃった。休ませてよ」
僕は戸惑いながらも同意した。
- =- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=-
「レイ。お風呂、先に入っててよ」
そう言いながら、アスカを客間にうながす。
「意外と片付いてるのね」
そう言いながらアスカは左右を見渡す。
まあ、人の出入りがあるからね。ミサトさんばっかりだけど。
「コーヒー飲む? それとも、お腹すいてるなら何か作ろうか」
「すいてないわよ。さっき食べたばっかじゃん」
「あはは、そうだね……ん?」
レイが座ってる僕をジッと見下ろしている。
「どうしたの? お風呂、入っておいで」
「……」
何を言いたいのか判っている。レイの無言の主張にはもう慣れてるし。
最近、ちょっと甘やかしてしまってるかな。ちゃんと言葉で何か言う癖を戻さないと。
「一緒に入ってあげたら? その子、アンタと一緒に入りたがってるんでしょ」
「え、いや」
「アタシはとやかく言わないわよ。その子は普通じゃないんだし、変に思ったりしないから」
「そ、そうだね。じゃ、レイ、行こう」
鋭いな。女の勘って奴かな。
なんというか、今だに親と風呂に入ってるのを知られたような恥ずかしさを感じるけど……まあ良いか。
- =- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=-
そして、風呂場。
「レイ、それじゃ向こう向いてよ。背中流すから…(ガラガラッ)…どわっ!」
なんと、アスカが後から風呂に入ってきた。
しかも、全裸。
「ちょ、ちょっと、アスカ! なんで入ってくるのさ」
「ちょっと、その子を見たいだけ」
「そ、それじゃ風呂場じゃなくても」
「いいじゃない。アンタ困るの?」
「いや、で、でもアスカまで服を脱がなくても」
「アンタ風呂に服着て入るの?」
「い、いや、僕はその」
アスカはそんな僕の戸惑いも知らん顔で、ずかずかと通り過ぎて湯船にドボン。
「ほら、これなら問題ないでしょ。ボーッとアタシばっかり見てないで、さっさと洗ってあげたら?」
「え、あ、うん、その」
アスカ、なんて子だろう。
ていうか、掛かり湯ぐらいして欲しいんだけどな。
い、いかん。体が反応してしまう。アスカってば、けっこうスタイルいいし。
いや、落ち着け。そんなレイと見比べたりしちゃいけない……。
(ざばぁっ)
「なんなら、アタシがその子洗ってあげるけど?」
「ちょ、ちょっと、お願いだから湯船から出ないで!」
- =- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=-
「ちゃんと洗ってあげなさいよ。アンタ達、そんな遠慮するような関係じゃないでしょ?」
「関係って、どういう意味だよ」
風呂から上がり、勝手に牛乳パックをラッパ飲みしながら言うアスカ。
いやそんな、あんな状況で普段通りにしろったって無理じゃないか。
そして、アスカは尚もツケツケと僕に尋ねる。
「そういう意味よ。一緒に風呂まで入る間柄なんだし、してるんでしょ?」
「な、何を」
「エッチなこと」
「しないよ、そんなこと」
「フン、どうだか」
なんで僕がこんなふうに噛みつかれなくちゃいけないんだ。
エッチなことだなんて出来る訳がない。
レイが何をどう理解するか判ったものじゃないからだ。
こっちがどれだけ苦労してると思ってるのか。
「その子、寝かしつけてきたら? 話があるの」
「え、あ……」
アスカに言われるまで気が付かなかった。レイは僕の隣でこっくりこっくりしてる。
「話? 判ったよ。ちょっと待ってて」
- =- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=-
「何、話って」
そう尋ね返しながらアスカの正面に座る。
って、なんかやだな。まるで勝負でも仕掛けられるような雰囲気だ。
「あの子、何?」
いや、改めてそんなふうに聞かれても。
えーと……。
「何ってなんだよ。知らないよ」
「知らないわけ無いでしょ。あの子の世話してるアンタが」
「本当に知らない。なんで僕の言うことしか聞かないのか、それすら判る人が居ないんだ」
知らないのは嘘だけど、判る人が居ないというのは本当。
いや……本当かな?
アスカはコーヒーをズズッとすすり込んでから、改めてこう言った。
「それじゃ、アタシが教えてあげる。あの子はエヴァに乗るために、そのためだけに作られた子でしょ」
「え……?」
「そうでしょ。アタシには判るの」
「どうして」
「前の司令の言うことは聞いてたんでしょ? そしてアンタは司令の息子。だからアンタの言うことは聞く。
それだけの話でしょ? 前の司令の言うことを聞けないと、エヴァの開発は無理。
アタシ、話は聞いてたの。エヴァの開発はファースト・チルドレンを中心に進められてるってね」
「いや、まあそうらしいね」
「知らないの? 勉強不足にしても度が過ぎない?」
「あのねえ、僕はレイがエヴァで戦えるようにするために無我夢中……」
「え?」
「あ、いや」
まずい。
変に話を進めたら、レイがクローン人間で僕が来てから作り直されたことが知られてしまう。
ていうか、このまま口ごもったままだと怪しまれてしまうし、どうしよう。
しかし、
「ま、いいわよ。それは」
と、アスカの方から保留にした。
まあ、後から突っ込んでくるだろうな。
「とにかくアタシには判るの。アタシもエヴァのために生み出されたから」
「……え?」
「その様子だとアタシのことも知らないのね。司令としてやる気あんの?」
「……」
「まあそれは、あの子の世話で忙しかったってことにしてあげる」
なんでアスカの許可を貰わなくちゃいけないんだよ。
あ、でも。
「でも、アスカ。エヴァのために生み出されたって……」
「……」
アスカは少し間をおいて、語り始める。
「アタシにはね、父親が居ないの」
「どういうこと?」
「アタシはママの卵子と、どこかの誰かさんとの精子で、体外受精で生まれたの。
よりもっとも優秀なエヴァパイロットを生み出すために」
……ええ!?
- =- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=-
「アタシ、男が嫌い」
またしばらくの沈黙の後で、吐き捨てるようにアスカは言う。
「小さい頃、アタシを育ててくれたのはママだけ。
頑張ってエヴァパイロットになるようにって、そう言いながらアタシを育ててくれた。
そう言いながら、ママは死んだの」
「……」
「アタシ、許せない。
ママは結婚もせずに子供を産む羽目になって、
エヴァのパイロットを産むための道具にさせられただなんて」
「……」
「アタシ、子供なんか絶対に産まない。男のために誰が子供なんか産んでやるもんか」
ん、待てよ?
「それで男が嫌いなのか。ああ、それでさっき、加持さんが声をかけても無視したの?」
「アイツ、サイテーよ。アタシが使徒と奮戦してるってのに途中で逃げたんですって? 最悪」
「……」
「だからね」
アスカの目付きが更に強くなる。
「アンタ、アタシとエッチなことする? って聞かれたら出来るでしょ」
「え? ちょっ、ちょっと、いきなり何を言い出すのさ」
「なら、こう聞けばいい?
アンタなら可愛い恋人見つけて、結婚して、そして子供産ませて育て上げて幸せな老後を迎える。
そういう、あったりまえな幸せな人生を送ることが出来るでしょって聞きたいの」
「……」
「でも、あの子は無理でしょ?」
「え?」
「あの子には、彼氏を選んで結婚するなんてこと、出来ないでしょ。アンタ以外の相手、選ぶことって出来るの?」
「……」
「多分、なんでか知らないけどあの子にはアンタが縛り付けられてる。
これからの人生、もうアンタ抜きには生きていけない。違う?」
「いや、ちょっと待ってよ」
「何? なんでも言ってみなさいな」
なんか、挑戦を受けて立つ! みたいな気迫のアスカ。
やだな。ちょっと怖いんだけど。
「レイだって成長するさ。レイだっていろんなことを覚えて僕以外の人のことも好きになったりするさ」
「アンタにないがしろにされて?」
「いや、そんな……」
「冗談よ。でもね、あの子のこと、ないがしろにしたら、アタシは絶対に許さないわよ」
「……」
「勝手に生み出しておいて、命懸けで戦わせて、道具のように捨てられる。
そんなことしたら、アンタを絶対に許さない。
同じエヴァパイロットとして、見過ごし出来ないのよ。
アタシは戦うための道具として一生を終えるだなんて絶対に嫌。その子がそうなるのも我慢ならない。
ねえ、どうなの。アンタ達NERVに、道具扱いされて捨てられるなんてまっぴらごめんだから。
前時代的な女達のようにね!」
- =- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=-
そう言い切ったアスカ。
僕の答え、それは一つだ。
「しないよ。するもんか」
「約束できるの? 総司令として」
「できるよ。僕だって、その、レイのことが可愛いと思ってる」
「……どうだか」
そう言いながらアスカは立ち上がる……あれ?
「これだけは調べておいた方が良いわよ。あの子が受けてる注射、あれがなんなのか。
下手するとNERVが無くなったら、あの子は生きていけないかもよ」
「え? それってどういう」
「だから、アタシに聞くんじゃなくて自分で調べなさいって。NERVって使徒殲滅するための組織でしょ?
NERVは使徒が居なくなったら終わりよ。NERVが無くても、その注射が受けられるかどうか」
「……」
「エヴァを動かせる特殊な人材に打つ注射よ? その辺の薬局で買えるもんならいいけどね」
いや、それも確かに重要なことだけど。
いや、ちょっと待て。
何か重要なことが頭に浮かんだのに、ほんの少し前の考えが思い出せないだなんて。
「それじゃね。あの子、ちゃんと可愛がってあげなさいよ。そのためなら、エッチなことしてもいいんじゃない?」
「ちょっと、何言って」
「アハハ、それじゃ」
ぱたん、とアスカは帰って行った。
ああ、思い出した。
(その『つなぎ』とDNA構造が同一、あるいはそれに近い者でなければ操縦は不可能)
そうだ。確か青葉さんが言っていたじゃないか。
エヴァとパイロットとは繋ぎが必要だって。
レイは、最初のテストパイロットのクローン。
エヴァの中に取り込まれたそのパイロットがコアとなり、それでレイが操縦出来ている。
なら、アスカは?
アスカの母親、死んだと言っていた……まさか。
「あれ、レイ。起きてきたの?」
「……」
「うん、判ったよ。僕も一緒に寝るから」
そういうと、レイは少し甘えるような目付きをする。
微妙だけど僕には判る。
僕が同意したことに喜んではいるけど、なにか僕に疑問を思ってる目付き。
そう、僕が自分の考えに驚いてることに、レイは気付いてるんだ。
そして、心配してくれている。
いや、君の事じゃないんだよ、レイ。
間違いない。
アスカの母親は殺されたんだ。
アスカをエヴァに乗るパイロットにするために。
エヴァのコアの中に、アスカの母親は投げ込まれてしまったんだ。
- =- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=-
最終更新:2009年02月05日 23:13