総司令 第弐拾壱話

「使徒出現、場所は第8試験室のプリズノーブボックス!」
えっと、そのなんとかボックスていうのは、実験機体が沈められているプールのこと。
なんてことだ。レイが接続試験していた所じゃないか。

今度こそは、とミサトさんが指揮に乗り出す。
「あのシミがそうなのね? レーザーの照射は?」
「駄目です。ATフィールドが発生し効果がありません」
「浸食と増殖を繰り返し、ますます使徒が拡大していきます」
「実験機体がほぼ使徒に埋め尽くされました」

そのアナウンスを受けて僕を見るミサトさん。
そうか、その実験機体を破壊してしまえばいいんだ。

「シンジ君!」
「了解です。レイ、出撃準備!」
「はい」

作戦終了と見て一度は脱いだプラグスーツ、もう一度着替えさせなきゃ。
しかし、こうなるとエヴァを本部内で暴れさせなきゃならなくなる……。

『ミサト?』

リツコさんから再び。
使徒が本部に侵入したこの事態、もう通信を繋ぎっぱなしで指揮に参加している。

『ミサト、今すぐエヴァを外部に射出して』
「ええ!? そんな、エヴァ抜きで使徒と戦えっていうつもり?」
『その使徒は恐らく感染するタイプよ。エヴァを決して近づけてはいけない。
 ぼやぼやしているとエヴァが乗っ取られるわ。そうなったら全ては終わりよ。早く!』
「……判ったわ。零号機、初号機、弐号機、全て外部に射出!」

そ、そんな、それで使徒をどうやって殲滅するつもりなんだ。

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そして。

「オゾンを避けている? なら、オゾンを散布して見て」
「了解……おお、増殖がストップしたぞ」
「とりあえずは、押さえられたか」

その後、戦いは急速に静かなものとなる。
プリズノーブボックスの周囲は全て切り捨てられ、司令塔からその様子を伺っていた。
そこには白衣を着た技術部の科学者達が集合し、使徒の分析と対応を計っている。

「……む、おい。増殖を再開したぞ」
「オゾンへの耐性がついたのか。いや、オゾンを食っている? いかん、オゾンを止めろ」
「了解、オゾンを止めます」
「使徒は変化、いや進化をしている。環境に合わせて自己増殖できるように進化を続けて居るんだ」
「まさに生物の有り様そのものだな」
状況はこの通り、苦戦中。

『……電力はどうだ。問題はないか』
今度は冬月さんだ。それにはマヤさんが答える。

「はい。現在のところ問題はありません」
『停電がその試験室から発生した。そうだな?』
「はい。そこがもっとも早かったようです。判っている範囲ですが」
『そうか。やはり停電は使徒によるものと見て間違いはないな。しかし、なぜ電力を戻した?』

答えは一つ。
むしろ電力を利用することを選んだとしか考えようがない。

モニタの冬月さんは、ハッと目を見開いた。
『MAGIだ!』
「え?」
『今すぐにMAGIの汎用システムをダウンしろ! 早く!』

冬月さんの指示を受け、日向さんと青葉さんが走り出す。それも青い顔をして。
二人にはその理由に気が付いたんだ。いや、どういうことなんだろう。

「で、電源が切れません!」

二人だけでなく、スタッフ一同は顔面蒼白。

今度はリツコさんが顔を乗り出す。
『すぐMAGIの状況確認して。そして、こちらから操作する準備を。私も見るわ』
「はい!」

ちょ、ちょっと、状況が把握できない。
何がどういうことなんだ。
そう頭を抱えていたその時、無機質な機械音声が恐ろしい宣告を僕達に告げる。

『メルキオールから自爆決議が提訴されました。カスパー、否決。バルタザール、否決』

「MAGIを乗っ取り、ここを爆破するつもりなんだわ」
ミサトさんのその言葉を聞いて、自分の顔が青くなっていくのを感じ取った。

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「使徒がまるで電子回路のように変化しています。恐らく、実験機体からMAGIにハッキングし潜入した模様」
「そんな馬鹿な! 使徒が電子戦を仕掛けてくるなんて!」
「いや、これは事実だ。そんなこといってないで、防壁を展開しろ」
「……くそっ! この次はバルタザールを食い荒らしている!」
「ケーブルを物理破壊! メルキオールを切り離して!」
「だ、駄目です! 今度はMAGIの外装に感染! ATフィールドまで発生しています!」
「時間を稼ぐ! 疑似エントリーの展開を続けるんだ!」
「早すぎる、間に合わない!」
「使徒め、なんて処理速度だ!」

今度は技術部からオペレーター達へと戦いのバトンが手渡された。
次から次へと形を変える使徒の形状、そのやり口。
もう目まぐるしくてついて行けない。

「いや、みんな端末から離れるんだ! 今度は人そのものに感染するぞ!」
「いや、でも!」
「しかし、もう駄目だ。あと一分もあれば使徒に征服され……」
『いえ、3時間よ。MAGIのシンクロモードを15秒単位に』
「え!? あ……」
「了解!」

荒れ狂うスタッフ達の混乱の中、凜とした声で指示が割り込む。
リツコさんだ。
それを受けて誰かが言われた通りに操作する。いや、そこに居る全員だろう。
よく判らない僕にも目に見えて判るほどに、MAGIの動きが急激にスローダウンした。

どっという溜息が辺りに沈む。
ずしりと脱力するスタッフ達。

『こちらから操作します。オペレーションは可能なようね。マヤ?』
「は、はい、先輩!」
『今から指示通りに動いてちょうだい。使徒に逆ハックをしかけるわ』

どうやら、リツコさんに考えがあるらしい。
しかしミサトさんが異議を唱える。

「何をするつもり?」
『使徒の進化を促進させて使徒を自滅に追い込む。ここからは、私に任せて』
「駄目よ。こうなったらMAGIもろとも使徒に心中して貰うわ。私はMAGIを破棄することを提案する」
『いいえ、本部を丸ごと捨てなければならなくなるわ。その感染力からして、MAGIだけでは済まないはず』
「……」
『使徒に思い通りの行動をして貰った方がいい。今はMAGIを利用することしか考えていない筈。
 他の標的に目移りしないようにしながら、やんわりと手を添えればいい。自滅への道を歩むようにね』

ミサトさんは少し目を閉じて考える。
「保証が有るのかしら」
『有るわ。この私が居るのに、電子戦なんてものを仕掛けてきた使徒こそ、運の尽き』
そう言って、リツコさんは余裕満点でニタリと笑う。

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「オーライ、オーライ」

ここは東京市の中でも寂れた一角。
作業員達が地上に射出されたエヴァを整備する中、僕達はその様子をジッと見守っていた。
更に続々と本部内の機材が地上から搬出される。
つまり、イザとなれば本部を捨てる覚悟のようだ。

ひとまず、僕とレイは地上へと避難した。
万一の危険もあるし、エヴァと僕達さえいれば使徒と戦い続けることも出来る。
でも本部を爆破されてしまったら、意味がないんじゃないのかな。
地下にある使徒アダム。あれがやられてしまっては……。

「ああ、アスカ」
僕は少し離れた所にいる彼女に気が付き、声をかけた。
派手ではないけど、よそ行きの軽装で建物の壁にもたれて立っていた。
声をかけても返答はなく、僕達に目を合わそうともしない。

「……」

何を考えているのか。
いや、不機嫌真っ盛りであることには間違いない。
こういう場合には、下手にちょっかいを出さない方が……。

「何か言いなさいよ」

そう言いながらこちらの側までやってきた。
なんだよ、話しかけて欲しくなさそうに見えたのに。
そんな態度で何か言えって言われてもな。

「アンタまで、腫れ物みたいにアタシを見るつもり?」
「そんなことはないよ。ただ……」
「ただ、なによ」
「……」
「フン」

そんなふうに当たり散らされても困る。
そんな相手に僕が気遣う理由は無い。

司令だから?
まあ、そうだろうな。本当に司令ならこういう相手でも上手く使わなきゃいけないんだろうな。
いや、僕が本当に司令なんだよね。

いや、そうか。
なら、仕事をすればいいじゃないか。
僕は近くにいるスタッフに声をかけ、アスカのプラグスーツを取り寄せた。

「何よ。今すぐ着替えて、エヴァに乗れっていうの?」
「いざとなったらね。だから渡すだけ渡しておく」

ジッと僕とスーツを見比べるアスカ。
そして「フン」と、また鼻を鳴らしてスーツをひったくる。

「その子もアンタも大活躍だったらしいじゃないの」
「そんなことないよ」
「アタシが戻ろうとしたら、警察から動くなって押しとどめられたわ。なにそれ、アタシを参戦させないつもりだったの?」

ああ、それで機嫌が悪いのかな。
それは作戦のつもりだったんだけど、その説明を誰もしてないのかな。

「いや、それは作戦で……」
「知ってるわよ。でもアタシまで足止めすることはないでしょ?」
「そこまで細かいこと考える余裕なんてなかったんだよ。みんな必死だったんだ」
「どうだか」

やれやれ。
アスカって、もうちょっと物わかりが良いと思ってたんだけど。

アスカはスーツを手で丸めながら、更に僕に問いかける。
「ねえ、アンタってなんで司令なんかやってんのよ」
「いきなり尋ねられても……なんでかな」
「理由もなくやってるわけ?」
「人類存亡のため、じゃいけないの?」
「そんな大義名分に命をかけれる人なんているわけないわよ」

いや、大勢いるはずなんだけど。
本部のスタッフ達とか。

「いい? シンジ。結局、人は自分のためにしか行動しない。
 だれかが落としたハンカチを拾ってやるのも、所詮は自己満足でしかないのよ」
「……そういうものかな」
「そうよ。それを素直に認めなさい。アンタ、その子が可愛いから、ここにいるんでしょ? 違う?」
「……」
「自分のためよ。誰かのため、なんてことを考えてたら頭がおかしくなる。
 アタシもそう。アタシはエヴァのパイロットとしてママが産まされた子よ。
 だからこそ、アタシこそが使徒を見事に倒して、どう? これで満足? そう言って笑ってやるんだ」
「……」
「アタシが倒す。使徒はアタシが必ず倒す。そうでなくては、アタシの存在意義がない。
 だから、アタシに参戦させないってどういうことかと聞きたいわけ」

もういいや。こんな独りよがりなことばかり聞いていたくない。
今だって真下に使徒が居てみんな大変なんだし。

「レイ、行こう。なんか食べる物を貰ってこようよ」
そう言って立ち上がる僕達をアスカは睨む。
しかし、あえて僕達に対して何か言おうとはしなかった。

ただ、
「そうよ、次はアタシが倒す。その次もアタシがこの手で倒す。ファーストになんか……」
そんな独り言だけが後ろから聞こえてきた。

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ファーストになんか負けない? そうアスカは考えてるのだろう。

アスカはエヴァのパイロットにするため、生み出された。
だからエヴァで使徒に勝たなきゃ存在する意味はない。

なら僕は?
司令の息子だから、司令をしてる?
レイが可愛いから、ここにいるだけ?
なんていうかアスカ以上に理由が薄い。

でもアスカなら、エヴァのパイロット以外にも出来ることは沢山有るじゃないか。
そりゃあもう、出来すぎるぐらいに。
僕だってそうだろう。

本当にエヴァのパイロット以外の何者でも無いのはレイぐらいだ。
純血種のパイロットであるレイに太刀打ち出来なくても不思議は無いじゃないか。
この使徒との戦いで競争なんかしてる場合じゃないと思うんだけど。

「レイ、おいしい?」
「……うん」

夢中でサンドイッチをパクついてるレイ。
あ、「はい」と「うん」の使い分けが出来るようになった。
そうだね、レイ。今の返答は「うん」で正しい。

食事を済ませたらエヴァの所に行って、起動の準備をしておこう。
いつなんどき、エヴァで出撃しなきゃならないとも……。

「シンちゃん、終わったわよ」
「あ、ミサトさん」

ひょっこり地上に上がって来たミサトさん。
よかった。どうやら勝利報告みたい。

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司令塔に戻ってきてみれば、マヤさんや日向さん、青葉さんを筆頭とするオペレーター達はぐったり。
そんな彼らを見下ろし、モニタに映るリツコさんはコーヒー片手で涼しい顔。
『お疲れ様』
と、ニッコリ微笑んだ。

「いい気なものね、リツコ。遠く離れて操作してるだけなんだから、自爆に巻き込まれる恐れも無かったし」
と、ミサトさんは悪態を付くけどリツコさんにはどこ吹く風。
『使徒殲滅で活躍できて嬉しいだけよ。みんな、当面は使徒の進行は無いと思うから、ゆっくり休んでね』
「そうさせて貰うわ。もう祝杯を上げる気力もないわよ」
でも、ビールを飲む元気は有る癖に。

理屈はよく判らないけど、使徒の進化を加速させて自滅に追い込むことに成功したらしい。
進化の行き着く先は死、そのものとか。
本当にどういうことなんだろう。

それにしても、アスカはどこにいったんだろう。
どうにも反りが合わなくなってしまった感じになっちゃったけど。

このままでいいのだろうか。
良いわけ無いよな。やれやれ……。

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冬月副司令が氷海を眺めながら艦内の休憩室に訪れると、そこではリツコがひとり座っていた。
彼女もまた息抜きというわけだろうか。

「ん? 注射かね」
「ええ。栄養剤なんですが、注射で済ましてしまうのが癖になってしまって」
「あまり、良い傾向には見えないが」
「ですが、飲むか打つかの違いだけですよ? むしろ血管に直接入れる方が効果的です」
「しかし、見ている分にはかなわん。こちらまで痛くなってくる」

そんな冬月の言葉にリツコはクスクス笑う。
「おや、注射はお嫌いですか。確かお医者もなさっておいでだと聞いてますが、教授?」
「よしてくれ。その教授もな。打つのと打たれるのでは、まったく話は別だよ」
冬月は苦笑いでリツコの隣に座る。

窓から見える赤い海。
なぜ、赤いのか。それはセカンドインパクトのなごりとも言われている。
そう、そこから全てが始まった。
あるいは、全ての中のほんの一つの出来事でしかない、とも言える。

そんな海を見ながら、リツコはしみじみと問いかける。
「そういえば、大学教授をなさっていた副司令が何故NERVに?」
「きっかけを言えば、碇、いや六分儀ゲンドウとの出会いから始まったのだがな」
「それから流れ流れて、今やNERVの副司令。では、続ける理由はお有りにならない?」
「碇亡き今となっては、か? しかし、今から立場と責任を放り出す訳にもいかないだろう」
「そうですね」
「では、君はどうなのだ」

逆に冬月に問いかけられ、リツコは少し意外そうに目を見開いた。
「私ですか? 元を正せば、亡くなった母さんの研究の後を継いでくれと頼まれたのが始まり」
「なら、君こそなぜNERVにいて職務を続けている」
「目的が無ければ駄目ですか? この仕事、とってもお給料が良いんです」
「実入りのためか。それも立派な理由だな」
「嫁入り前ですもの。しっかり貯めておかないと」

そんなことを良いながら笑い合う二人。
つまり、そんな理由などジョークでしかない、という意味の裏返し。
二人ほどの人物となれば、賃金で働く労働者で収まる筈もない。
理由もなく与えられた職務を全うするだけの人間でもない。

「その全ては……」
「そうですね。人類存亡を賭けた戦いだから」
「フフ、そうだな」

と、二人は再び笑い合う。
今度は少し皮肉げに。

冬月は甲板を見下ろしながら呟いた。
「これぞ、人類補完計画の要、か」
「そうですね。どこに捨ててしまいましょうか」
「アハハ、さあどうしようか」

空母の巨体に積み込まれた巨大な「それ」。
「それ」こそ、正しく「ロンギヌスの槍」であった。









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最終更新:2009年02月14日 07:44
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