総司令 第弐拾参話

第3使徒、サキエル。

なんということのない戦い。
ただ、彼らを狩り取るだけ。
ただそれだけの筈だった。

しかし予想外の苦戦、敗北する。
ありえない。信じられない。
しかし、この敗北は事実だ。


第4使徒、シャムシエル。

それならば、と再戦を挑む。
敗北の理由を知るために。
そして、より強く戦えるようにと十分に備えて赴いた。

だが、軽くあしらわれた。
まるで相手にされなかった。
戦うつもりすらなく、まるで寝首を掻くように倒された。


第5使徒、ラミエル。

それならば、こちらも戦うつもりはない。
誇りなど捨て、力で潰す。
我らの力、それは絶対である。
負ける道理など存在しない。

しかし、あろうことか。
彼らは、同じく力で我らに挑んで来た。
予想に反して、正面から戦いを挑まれたのだ。

そして、まさかの敗北。
彼らの強さ、認めざるを得ない結果となった。
そして彼らに勝たなければならない。


第6使徒、ガギエル。

これもまた、手痛い敗北となる。
急ぎすぎた。
我々は早まった。

しかし、行かせる訳にはいかなかったのだ。
足止めだけでも構わないからと、敗北覚悟で挑んだのだ。


第7使徒、イスラフェル。

そう、辿り着く前に。
辿り着いてしまえば、勝ち目はない。
そして、足止めは成功した。

よし、これならば勝てる。
我らの策は図に当たった。
これなら負ける筈はない。
あり得ない。

しかし、予測を遙かに超えていた。
我らの思惑通りに事が進んだはずだった。
しかし、その上で敗北した。

これぞ正しく、完膚無きまでの敗北だった。


第8使徒、サンダルフォン。

まさかの防戦。
ありえぬ。我々が後手を引くなど。

ならば、どうする。

そうだ。
今、先手を打てばいい。
この隙に、手に負えないような深い一手を打てばいい。


第9使徒、マトリエル。

そして、完全な先手を打った筈だった。
完全な筈だった。
だが、我々は標的を誤ったのだ。
力を奪えば、それで済むと思っていたのだ。

よし、それならば手段はある。


第11使徒、イロウル。

しかし、逆に手に載せられた。
いや、実は勝てる道理など無かったのだ。
なぜなら、そこは彼らの世界であるのだから。
彼らと同じ手法を用いて、彼らに勝てる筈など無い。

愚かだ。
あまりにも我々は愚かだったのだ。


小知恵の回る彼らが我々を破る力を持った。
それならば、彼らが勝つのは正しく道理。

最初は戦いになるなど考えても居なかった。
我々は彼らの上に立つ者、そう信じて疑わなかった。
我々が勝つことが当然だと、そう思っていたのだ。
しかし、今や狩られているのは我らの方だ。

ならば、どうするか。
いいだろう。戦いを続けよう。
遂に来たのだ。我々が死して消え去る時が。

しかし、それでどうなるのか。
解せぬ。戦いの末に待つものは?
それは死、あるのみではないか。

進化の行き着くところは死、そのもの。
それを彼ら自身が知っていたではないか。

いや、何も言うまい。
戦いを続けよう。
その結果に何が待つのか、それを知りながら戦うというのなら。

しかし、本当に良いのだろうか。
戦いの末には我々が消え去り、後には何も残らないというのに。

構わぬなら、その決意を見せてみよ。

相手をしよう。
我らの力の限り。

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「来た。これは……大きい!」

オペレーターの誰かが叫ぶ声。

「使徒か!?」
「全長は数キロに及びます! 位置は大気圏外!」
「映像、出ます!」

モニタに映る、その姿。
おお、というどよめきが司令塔に響き渡る。
スタッフ達全てが恐怖を抱く。

しかし、只一人。
挑戦的な笑みを浮かべる者。

「ついに来たわね! 格好の的が!」
それは葛城ミサトであった。

「さあ、さっそく使うわよ! ポジトロンスナイパーライフル、用意!
 シンジ君を呼び出して! 零号機、出撃準備!」
「し、しかし!」

その側近、日向が意義を唱える。
「しかし、発電システムがまだ揃っていません! 計画の70%までしか!」
「判っているわ。関東、中部地方の電力を拝借する。緊急プログラムの発動を政府に要請!」
「時間は?」
「5分よ。それで十分」

ミサトは得意の絶頂だった。
第5使徒、第9使徒との戦いを経て、大きすぎるほどに大きく改善された電力システムと、
そしてATフィールドの存在に関わらず使徒を打ち破れる兵器が完成した。
陽電子砲を強化したポジトロンスナイパーライフルが遂に完成したのだ。

もはや使徒など怖くはない。
目で見て狙い撃てる相手なら。

「照準システムは?」
「うーん、そうねえ……」
ミサトはむしろ楽しそうに頭をひねる。
そこに次々と入るアナウンス。

「使徒、落下を開始……ん、何かを落としました」
「太平洋沖合いに着弾! 続いて、第2射!」
「爆撃? いや違う。そうか、狙いを付けているんだ」
「徐々に近づいているのか? 来るぞ、ここに!」

自らの体を投下し、第三新東京市の全てを破壊する。
それが、使徒の狙い。
それを知り得た者はますます顔が青くなる。

「落下位置は予測は出来るか?」
「使徒の位置、ブレが激しい。現時点で数キロの誤差が生じる」
「これでは判らない。MAGIの予測と照準システムが追いつけるかどうか」
「電波、乱れます。これではレーダーが」

「チョッチ、やばいわね」
と、ミサトは少し目を閉じた。
だが、決意する。

「シンジ君、初弾はレイに任せる!」
そして、シンジを通じて指令を受けるレイの返答。

『了解』

何事もないかのような澄んだ声が、司令塔に静かに響き渡った。

その時だった。
「ミサト!」
それはアスカだった。

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惣流アスカ・ラングレー。
エヴァのパイロットとして選出されたセカンドチルドレン。

アスカは、パイロットにするためだけに生み出された少女。
優れた遺伝子を獲得するため、父親と母親はコンピューターによって選び出された。
生まれてすぐに、エヴァのパイロットになるべく教育され続けてきた。
自分はパイロット以外の何者でもない。
その言葉が彼女の子守歌だった。

そんな子供が大勢、集められた。
そして競わされた。エヴァの操縦が出来るだけでは、何の役にも立ちはしない。
勉学、スポーツ、格闘技、ありとあらゆる科学技術。
幼年にして、これでもかというほどに詰め込まれた。
何しろ、猶予は14年後に迫っていたのだから。

食堂で並んで座る友達はみなライバルだった。
協調性を示すために演技抜きで仲良くもした。
しかし、みんな敵だった。
そう、ここでパイロットに選ばれるのは一人だけだったのだ。

どんな課題でも誰よりも早く、確実に、そして優秀にこなさなければならない。
他の子に勝つにはどうやって?
最後に物を言うのは気迫だった。
負けるものか、という気迫が最後の勝負を決めた。

何事にも勝たなければならない。
他の子にも、むしろ教師にも。
指導する側にも採点時には食ってかかり、自分が勝利者であることを認めさせた。
その勝ち気な性格は、時には有害、時には有益であると評価された。

だから、負けるわけにはいかない。
ましてや、私は普通の人間ではないのだ。
エヴァのパイロット、それ以外の何者でもないのだから。
その意識を捨てたら、私は負け犬に落ちるから。

だからこそ、レイにも勝たなければならない。
既に使徒との戦いは始まっている。競争しても意味はない。
自らの口で、そう言った。
しかし、勝ちをゆずる訳にはいかない。
そこになんの利益が無くても。

自分は勝ち続けることを余儀なくされた。
私は誰が相手でも勝ち続けなければならない。
だから、レイにも勝たなければならない。
それだけが理由だった。

そう、理由はそれだけだった。

  • =- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=- -=-

「ミサト!」

司令塔に飛び込んできたアスカ。
プラグスーツに着替えておらず、使徒出現の一報を受けて駆けつけたのだ。
「ミサト、アタシにやらせて!」

そんなアスカをミサトはジロリと睨む。
「アスカ。この作戦ではレイが主体となるわ。あなたはプラグスーツを着て待機していて」
「そんな! このアタシだって」
「命令を聞きなさい、アスカ」

アスカは唇を噛み、うつむいて呟く。
「どうして、あの子ばかり……あの子なんて……」

(狙って撃つしか、能が無いじゃない!)

ゴゴゴ……という物音を聞いて、アスカは見上げる。
モニタに映る第三新東京市。
その中央が開き、巨大な銃座が現れる。

それこそがポジトロンスナイパーライフルの銃座であった。
そこで引き金を引くのは、余計な機能を全て削ぎ落として改良された零号機。
有る意味で、それこそがエヴァの最新型である。
まるで、その巨大なシステムはレイ一人のために作られたかのようだ。

無論、アスカは我慢がならない。
あんなの、誰でも良いじゃない。
むしろエヴァなんて不要、それをどうしてあの子が?

そして、何より。
自分は誰にも負けるわけにはいかないのだ。

「ミサト、何でも良いからアタシにやらせてよ!」
「あなた一人が戦っている訳じゃないのよ、アスカ!」
「でも!」

ミサトは呆れたように打ち捨てる。
「なら、いいわ。弐号機に乗って地上に出なさい、アスカ」
「何よ、それ」
「もし、レイが駄目なら素手で使徒を仕留めてみなさい。出来るならね」
「……ッ!」

アスカは夢中で、悔し紛れに格納庫へと走り出す。
いいわよ、素手でも何でもやってやるわ。
もし万が一、それでアタシが倒せたらどうするつもり?

日向は心配げにミサトに囁く。
「ミサトさん、いいんですか?」
「構わないわよ。レイが駄目で、MAGIも狙いを外したら、アスカに期待しましょ」
「……」
「あり得ないけどね、多分」

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いよいよ、である。
「出してあげて」という冷たいミサトの一言で、弐号機はリフトオフ。
それは、レイが座る銃座から幾らか離れたところに位置していた。

そして、天を見上げる。
悪天候のため、全天が雲で覆われていた。
その空が大きく揺らぎ始める。
分厚い積乱雲を掻き分けて、遂に姿を現したもの。

「うわ……使徒、上空7000!」
「て、停電開始! エネルギーの充填を開始せよ!」
「充填率20%、射撃可能まであと2分42秒!」

恐怖に歪むスタッフ達の声。
その使徒の姿を肉眼で確認し、全ての者は恐れをなした。
その姿とは、大きく広げられた両腕と、中央には巨大な目。
それだけだった。

人間の肉体をデタラメに繋ぎ合わせたような、狂気とも言うべきその姿。
不要な機能を一切捨てて、新たな使徒が選んだその姿。

自分の体を大きく見せるために広げられた両腕と、
絶対に狙いを外すものかと、取り付けられた眼球。
ただ、それだけの姿で自らを投げ落とす。
正に全てを捨てた使徒の攻撃であったのだ。

「う、うう……」

思わずアスカは嗚咽する。
そして恐怖のあまりに、使徒の姿をまともに見ることが出来なくなる。
それはNERVのスタッフ、そしてこの街に居る全ての者がそうだ。
だが。

『では、打ちます』

涼やかな、レイの声。

ファーストチルドレン、綾波レイ。
アスカと同様、パイロットとして生み出されたもう一人の少女。
だがレイは、アスカ以上にパイロット以外の何者でもなかった。
今も尚、何事にも捕らわれずに狙い撃つことしか考えは無い。
死の恐怖も、日々の生活も、将来の夢、不安すらも無い。
勝たなければ全ては終わる、そんなプレッシャーも彼女には無い。

正しく、彼女ほど人類存亡を賭けた戦いに適した者はいなかったのだ。
アスカが太刀打ちできる相手では無かったのだ。

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そして、引き金が引かれる。
使徒殲滅、完了。

レイが外せば、第2弾はMAGIの仕事となる筈だった。
正に、二の撃ち知らずであった。

「畜生……畜生……っ!」
アスカは使徒が炸裂する爆音を聞きながら、エントリープラグの内壁を叩く。

本当に素手で使徒を受け止めるつもりだったのか。
レイの失敗を願っていたのは、間違いなくアスカ只一人だけであった。

むしろ、生き残っている使徒ですらなく。








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最終更新:2009年02月16日 23:50
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