第3使徒、サキエル。
なんということのない戦い。
ただ、彼らを狩り取るだけ。
ただそれだけの筈だった。
しかし予想外の苦戦、敗北する。
ありえない。信じられない。
しかし、この敗北は事実だ。
第4使徒、シャムシエル。
それならば、と再戦を挑む。
敗北の理由を知るために。
そして、より強く戦えるようにと十分に備えて赴いた。
だが、軽くあしらわれた。
まるで相手にされなかった。
戦うつもりすらなく、まるで寝首を掻くように倒された。
第5使徒、ラミエル。
それならば、こちらも戦うつもりはない。
誇りなど捨て、力で潰す。
我らの力、それは絶対である。
負ける道理など存在しない。
しかし、あろうことか。
彼らは、同じく力で我らに挑んで来た。
予想に反して、正面から戦いを挑まれたのだ。
そして、まさかの敗北。
彼らの強さ、認めざるを得ない結果となった。
そして彼らに勝たなければならない。
第6使徒、ガギエル。
これもまた、手痛い敗北となる。
急ぎすぎた。
我々は早まった。
しかし、行かせる訳にはいかなかったのだ。
足止めだけでも構わないからと、敗北覚悟で挑んだのだ。
第7使徒、イスラフェル。
そう、辿り着く前に。
辿り着いてしまえば、勝ち目はない。
そして、足止めは成功した。
よし、これならば勝てる。
我らの策は図に当たった。
これなら負ける筈はない。
あり得ない。
しかし、予測を遙かに超えていた。
我らの思惑通りに事が進んだはずだった。
しかし、その上で敗北した。
これぞ正しく、完膚無きまでの敗北だった。
第8使徒、サンダルフォン。
まさかの防戦。
ありえぬ。我々が後手を引くなど。
ならば、どうする。
そうだ。
今、先手を打てばいい。
この隙に、手に負えないような深い一手を打てばいい。
第9使徒、マトリエル。
そして、完全な先手を打った筈だった。
完全な筈だった。
だが、我々は標的を誤ったのだ。
力を奪えば、それで済むと思っていたのだ。
よし、それならば手段はある。
第11使徒、イロウル。
しかし、逆に手に載せられた。
いや、実は勝てる道理など無かったのだ。
なぜなら、そこは彼らの世界であるのだから。
彼らと同じ手法を用いて、彼らに勝てる筈など無い。
愚かだ。
あまりにも我々は愚かだったのだ。
小知恵の回る彼らが我々を破る力を持った。
それならば、彼らが勝つのは正しく道理。
最初は戦いになるなど考えても居なかった。
我々は彼らの上に立つ者、そう信じて疑わなかった。
我々が勝つことが当然だと、そう思っていたのだ。
しかし、今や狩られているのは我らの方だ。
ならば、どうするか。
いいだろう。戦いを続けよう。
遂に来たのだ。我々が死して消え去る時が。
しかし、それでどうなるのか。
解せぬ。戦いの末に待つものは?
それは死、あるのみではないか。
進化の行き着くところは死、そのもの。
それを彼ら自身が知っていたではないか。
いや、何も言うまい。
戦いを続けよう。
その結果に何が待つのか、それを知りながら戦うというのなら。
しかし、本当に良いのだろうか。
戦いの末には我々が消え去り、後には何も残らないというのに。
構わぬなら、その決意を見せてみよ。
相手をしよう。
我らの力の限り。
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「来た。これは……大きい!」
オペレーターの誰かが叫ぶ声。
「使徒か!?」
「全長は数キロに及びます! 位置は大気圏外!」
「映像、出ます!」
モニタに映る、その姿。
おお、というどよめきが司令塔に響き渡る。
スタッフ達全てが恐怖を抱く。
しかし、只一人。
挑戦的な笑みを浮かべる者。
「ついに来たわね! 格好の的が!」
それは葛城ミサトであった。
「さあ、さっそく使うわよ! ポジトロンスナイパーライフル、用意!
シンジ君を呼び出して! 零号機、出撃準備!」
「し、しかし!」
その側近、日向が意義を唱える。
「しかし、発電システムがまだ揃っていません! 計画の70%までしか!」
「判っているわ。関東、中部地方の電力を拝借する。緊急プログラムの発動を政府に要請!」
「時間は?」
「5分よ。それで十分」
ミサトは得意の絶頂だった。
第5使徒、第9使徒との戦いを経て、大きすぎるほどに大きく改善された電力システムと、
そしてATフィールドの存在に関わらず使徒を打ち破れる兵器が完成した。
陽電子砲を強化したポジトロンスナイパーライフルが遂に完成したのだ。
もはや使徒など怖くはない。
目で見て狙い撃てる相手なら。
「照準システムは?」
「うーん、そうねえ……」
ミサトはむしろ楽しそうに頭をひねる。
そこに次々と入るアナウンス。
「使徒、落下を開始……ん、何かを落としました」
「太平洋沖合いに着弾! 続いて、第2射!」
「爆撃? いや違う。そうか、狙いを付けているんだ」
「徐々に近づいているのか? 来るぞ、ここに!」
自らの体を投下し、第三新東京市の全てを破壊する。
それが、使徒の狙い。
それを知り得た者はますます顔が青くなる。
「落下位置は予測は出来るか?」
「使徒の位置、ブレが激しい。現時点で数キロの誤差が生じる」
「これでは判らない。MAGIの予測と照準システムが追いつけるかどうか」
「電波、乱れます。これではレーダーが」
「チョッチ、やばいわね」
と、ミサトは少し目を閉じた。
だが、決意する。
「シンジ君、初弾はレイに任せる!」
そして、シンジを通じて指令を受けるレイの返答。
『了解』
何事もないかのような澄んだ声が、司令塔に静かに響き渡った。
その時だった。
「ミサト!」
それはアスカだった。
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惣流アスカ・ラングレー。
エヴァのパイロットとして選出されたセカンドチルドレン。
アスカは、パイロットにするためだけに生み出された少女。
優れた遺伝子を獲得するため、父親と母親はコンピューターによって選び出された。
生まれてすぐに、エヴァのパイロットになるべく教育され続けてきた。
自分はパイロット以外の何者でもない。
その言葉が彼女の子守歌だった。
そんな子供が大勢、集められた。
そして競わされた。エヴァの操縦が出来るだけでは、何の役にも立ちはしない。
勉学、スポーツ、格闘技、ありとあらゆる科学技術。
幼年にして、これでもかというほどに詰め込まれた。
何しろ、猶予は14年後に迫っていたのだから。
食堂で並んで座る友達はみなライバルだった。
協調性を示すために演技抜きで仲良くもした。
しかし、みんな敵だった。
そう、ここでパイロットに選ばれるのは一人だけだったのだ。
どんな課題でも誰よりも早く、確実に、そして優秀にこなさなければならない。
他の子に勝つにはどうやって?
最後に物を言うのは気迫だった。
負けるものか、という気迫が最後の勝負を決めた。
何事にも勝たなければならない。
他の子にも、むしろ教師にも。
指導する側にも採点時には食ってかかり、自分が勝利者であることを認めさせた。
その勝ち気な性格は、時には有害、時には有益であると評価された。
だから、負けるわけにはいかない。
ましてや、私は普通の人間ではないのだ。
エヴァのパイロット、それ以外の何者でもないのだから。
その意識を捨てたら、私は負け犬に落ちるから。
だからこそ、レイにも勝たなければならない。
既に使徒との戦いは始まっている。競争しても意味はない。
自らの口で、そう言った。
しかし、勝ちをゆずる訳にはいかない。
そこになんの利益が無くても。
自分は勝ち続けることを余儀なくされた。
私は誰が相手でも勝ち続けなければならない。
だから、レイにも勝たなければならない。
それだけが理由だった。
そう、理由はそれだけだった。
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「ミサト!」
司令塔に飛び込んできたアスカ。
プラグスーツに着替えておらず、使徒出現の一報を受けて駆けつけたのだ。
「ミサト、アタシにやらせて!」
そんなアスカをミサトはジロリと睨む。
「アスカ。この作戦ではレイが主体となるわ。あなたはプラグスーツを着て待機していて」
「そんな! このアタシだって」
「命令を聞きなさい、アスカ」
アスカは唇を噛み、うつむいて呟く。
「どうして、あの子ばかり……あの子なんて……」
(狙って撃つしか、能が無いじゃない!)
ゴゴゴ……という物音を聞いて、アスカは見上げる。
モニタに映る第三新東京市。
その中央が開き、巨大な銃座が現れる。
それこそがポジトロンスナイパーライフルの銃座であった。
そこで引き金を引くのは、余計な機能を全て削ぎ落として改良された零号機。
有る意味で、それこそがエヴァの最新型である。
まるで、その巨大なシステムはレイ一人のために作られたかのようだ。
無論、アスカは我慢がならない。
あんなの、誰でも良いじゃない。
むしろエヴァなんて不要、それをどうしてあの子が?
そして、何より。
自分は誰にも負けるわけにはいかないのだ。
「ミサト、何でも良いからアタシにやらせてよ!」
「あなた一人が戦っている訳じゃないのよ、アスカ!」
「でも!」
ミサトは呆れたように打ち捨てる。
「なら、いいわ。弐号機に乗って地上に出なさい、アスカ」
「何よ、それ」
「もし、レイが駄目なら素手で使徒を仕留めてみなさい。出来るならね」
「……ッ!」
アスカは夢中で、悔し紛れに格納庫へと走り出す。
いいわよ、素手でも何でもやってやるわ。
もし万が一、それでアタシが倒せたらどうするつもり?
日向は心配げにミサトに囁く。
「ミサトさん、いいんですか?」
「構わないわよ。レイが駄目で、MAGIも狙いを外したら、アスカに期待しましょ」
「……」
「あり得ないけどね、多分」
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いよいよ、である。
「出してあげて」という冷たいミサトの一言で、弐号機はリフトオフ。
それは、レイが座る銃座から幾らか離れたところに位置していた。
そして、天を見上げる。
悪天候のため、全天が雲で覆われていた。
その空が大きく揺らぎ始める。
分厚い積乱雲を掻き分けて、遂に姿を現したもの。
「うわ……使徒、上空7000!」
「て、停電開始! エネルギーの充填を開始せよ!」
「充填率20%、射撃可能まであと2分42秒!」
恐怖に歪むスタッフ達の声。
その使徒の姿を肉眼で確認し、全ての者は恐れをなした。
その姿とは、大きく広げられた両腕と、中央には巨大な目。
それだけだった。
人間の肉体をデタラメに繋ぎ合わせたような、狂気とも言うべきその姿。
不要な機能を一切捨てて、新たな使徒が選んだその姿。
自分の体を大きく見せるために広げられた両腕と、
絶対に狙いを外すものかと、取り付けられた眼球。
ただ、それだけの姿で自らを投げ落とす。
正に全てを捨てた使徒の攻撃であったのだ。
「う、うう……」
思わずアスカは嗚咽する。
そして恐怖のあまりに、使徒の姿をまともに見ることが出来なくなる。
それはNERVのスタッフ、そしてこの街に居る全ての者がそうだ。
だが。
『では、打ちます』
涼やかな、レイの声。
ファーストチルドレン、綾波レイ。
アスカと同様、パイロットとして生み出されたもう一人の少女。
だがレイは、アスカ以上にパイロット以外の何者でもなかった。
今も尚、何事にも捕らわれずに狙い撃つことしか考えは無い。
死の恐怖も、日々の生活も、将来の夢、不安すらも無い。
勝たなければ全ては終わる、そんなプレッシャーも彼女には無い。
正しく、彼女ほど人類存亡を賭けた戦いに適した者はいなかったのだ。
アスカが太刀打ちできる相手では無かったのだ。
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そして、引き金が引かれる。
使徒殲滅、完了。
レイが外せば、第2弾はMAGIの仕事となる筈だった。
正に、二の撃ち知らずであった。
「畜生……畜生……っ!」
アスカは使徒が炸裂する爆音を聞きながら、エントリープラグの内壁を叩く。
本当に素手で使徒を受け止めるつもりだったのか。
レイの失敗を願っていたのは、間違いなくアスカ只一人だけであった。
むしろ、生き残っている使徒ですらなく。
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最終更新:2009年02月16日 23:50