総司令 第弐拾五話

NERV本部のシンジの自室にて。

「シンジ君、ごめんね? 夜の遅くに」
「いえ、いいんですけどなんですか? 見せたいものって」

そう答えたものの、本当に時間が遅すぎる。
しかもパソコン片手で。
それならメールで送ってくれればいいのに。

でも、得意満面のマヤさんが開いた動画を見て、僕の頭が吹っ飛んだ。
これは……これってまさか?

「そう、レイの記憶」
「ええ!?」

(ねえ、きみ? こんなところでなにしてるの? きみ、とじこめられてるの?)
(……)
(びょうきなの? くるしいの?)
(……)

まさか、この小さな男の子は……僕!?

(ほら、おいでよ。あそびにいこうよ)
(……)
(あ、だれかきた! にげろー!)

淡い画質、聞き取りにくい音声、ハッキリとしない着色。
なんだか自分が見た夢を見せられているかのような、そんな映像。
それは間違いなく、人の記憶。
脳裏に描く思い出をそのまま録画したかのような、これぞ紛れもない人の記憶。

「ね? シンジ君はレイを出会っていたの。ちゃんとレイとのなれそめが有ったのよ!」
「……」
「あーもう、ちっちゃい頃のシンジ君がホントに可愛いなぁ。
 でもこれレイの記憶だから、小さい時のレイが見れないのが残念……」
「あの、マヤさん」

思わず、僕の声が震える。

「マヤさん、止めてください」
「ど、どうしたの? シンジ君」
「見るんじゃなかった。こんなの」
「……どうしたの? ね、言って。どうしたの?」

マヤさんは、なんで判らないんだろう。
こういうことなら、マヤさんの方が詳しいじゃないか。

「マヤさん、これをコピーされたものがレイなんですよね」
「そ、そうだけど」
「もし、この映像を他の人に書き換えれば、レイはその人のものになるんですか?」
「え、あ……」
「ねえ、マヤさん。パソコンのソフトを入れ替えるように記憶の書き換えが可能なら、
 レイはどんなふうにでも操れるってことですよね? そうなんですよね?」

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マヤさんは、何も言わない。

いや、言ってよ。
今すぐ、僕の気持ちをなんとかしてよ。

「マヤさん、今の記憶は本当に事実なんですか? 僕は何も覚えてないんです」
「あ、あの、それは、小さい頃の記憶って薄れやすいから……」
「僕がここに居る理由、ここで司令をやってるのは、レイと結びつけられたからです。その原因はそれですか?
 そのムービーが僕が居る理由ですか? それだけなんですか?」
「いや、あのねシンジ君」
「なら、誰でも良いじゃないですか!
 誰でも適当な人にすげ替えて、その人にレイの世話をさせればよかったんじゃないですか!」
「……」
「僕が……僕が、どんなに……」

僕がレイのために、どんなに辛い思いをしたのか。
マヤさんが知らない筈は……ああ、もういいや。

「マヤさん、帰ってください」
「シンジ君、ごめんなさい。私はそんなつもりは」
「いいから」
「……ごめんなさい」

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大声を出して、怒鳴り散らして、マヤさんを閉め出した。
そして、そのドアの前に立っていた。
しばらく、そこから動けずに。

ふと、何かが僕の肩に触れる。
ふりかえると、レイがビクリと驚いて伸ばした手を引っ込めた。
そして、手を口元に当てて震えている。
怒っている僕のことが、怖くて。

そして、言葉にならない声。
「う、あ……あの……」
「いや、いいんだよ。ごめんね、レイ」
「う……」
「ごめん。大きな声を出して、怒ったりしてごめんね」

レイは後ずさりする。
ああ、そうか。
さっきの僕の言うことを聞いてたんだ。
まるで、僕がレイと居ることを嫌がっているかのような。

「いや、レイ。違うんだ。お願い、お願いだから僕から逃げないで」
「……」

僕がそういうと、おずおずと側まで来て僕の体に手を回す。
そして、体をピタリと寄せる。
そうして、レイは自分が側にいても良いことを確かめる。

そう、そうだよ。
僕の側に居て良いんだ、レイ。

「そうだ。マヤさんにも謝ろう。うん、明日の朝、一番に」
「……?」
「いや、いいんだ。何も判らなくてもいいんだよ、レイ。僕の側にさえ居てくれれば」
「……うん」

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少し涙を滲ませて、シンジとの顛末を話す伊吹マヤ。
一通り聞き終えてから、赤木リツコはそっと呟く。

「そうね。それは見せない方が良かったかも知れないわね」
「……」

夜の遅い時間であったのだが、リツコは独り本部に残り、自分の作業を続けていた。
マヤはシンジの自室から出てから、たまたま其処に通りかかったのだ。

相当な落ち込みようを見せているマヤを横目に、リツコはタバコに火を付ける。
「でもね、マヤ。もっと辛いことをシンジ君は知らなければならないの。この戦いを終えればレイとはお別れ」
「……え?」
「レイの体が維持できるのはNERVあってこそ。あの注射はNERVの力無しでは手に入らない」
「やっぱり、そうだったんですか」
「まだ、それをシンジ君は知らない方が良い。最後の使徒を倒される、その日がまだ遠すぎる」

マヤはうつむき、そして思わず拳を握りしめる。
「そんな、どれだけシンジ君を……」
「そうね。私はひどいことをしてるわね」

マヤはハッと顔を上げて、リツコの顔を見た。

「前にもお聞きしました。先輩はなぜ、シンジ君のお父さんを……」
「それはね」

リツコは立ち上がり、ガラスの前に立つ。
そのガラスの向こう側にはエヴァンゲリオン初号機の姿があった。

「この使徒との戦い。それは、ある計画のためだということを知っていたから」
「そ、それは……」
「執務室に行ってご覧なさい。司令が地球防衛軍のリーダーではないことが判るはず……賢いマヤならね」
「……」

マヤは少し、息を飲む。
司令を殺害したからといって、リツコを法廷に突き出すような真似をする筈もない。
何か理由があってのこと。その理由をまず知りたい。
マヤはそう考えるはず。

だからこそ、その計画が本物であることをマヤに信じさせることはたやすい。
何しろ、人一人を殺しているのだから。
殺したことよりもその理由の存在に着眼するはず。
マヤの信頼は、今だ強い筈だから。

リツコはタバコを揉み消しながら、薄い笑みを浮かべる。
「そして、シンジ君もね。彼、本当に賢くて物わかりの良い子だから。悲しいくらいにね」

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総司令執務室。

次の日の朝一番、僕はマヤさんの所に謝りに行こうとしたら、マヤさんの方から来てくれた。
何だか悪い気がするな。

「マヤさん、昨日はすみませんでした。その、大声出したりして」
「そんな、私の方こそこうして謝りに来た側なのに」
「いえ……また、アレを見せて貰えませんか。僕の数少ない思い出だから」
「ええ。そう言って貰えると、私も気が楽になるわ」

そう言いながらも、この部屋の作りに驚いているみたい。
そりゃそうだ。僕もびっくりした。

「アハハ、なんか凄い部屋でしょ。ここ」
「そうね。シンジ君のお父さんがデザインしたのかな」
「何でも、思考を遮らないために壁を無くしちゃった、とか」
「……生命の樹」
「え?」

床や天井の模様を眺めながら、マヤさんはそう言った。
生命の……何?

(ビーッ! ビーッ! ビーッ!)

思わず、マヤさんと顔を見合わせる。
使徒だ。

「マヤさん!」
「はい! 行きましょう、司令」
「え、あ、はい!」

改めて司令と呼ばれると、なんか照れるような変な気分。
いや、そんなこと考えている場合じゃない。

さっそくマヤさんと階下に降りる。
マヤさんは司令塔に、僕は自室へレイを呼びに戻ってから。

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そして、司令塔。

「正体不明の物体、形状は真球、直径は約600メートル。現在、第三新東京市の中心部へと移動中」
青葉さんからのアナウンスを聴きながら、僕らはモニタに映る物体を見る。
確かに完全な球体で不気味な黒と白の縞模様。
なんだろう、いったいアレは。
今度の使徒は何をするつもりなんだ。

そして、ミサトさんが慎重な口調で発令する。
「レイ、アスカ、両名出撃。シンジ君、今回はレイを初号機に乗せて」
「またライフルでズドンで済ませればいいんでしょ」
と、そのミサトさんの指示を茶化すかのようなアスカの声。

見れば、プラグスーツにも着替えずにふらりと司令塔にやってきたアスカ。
なんだ、すねてるのかな。

ミサトさんはそんなアスカをたしなめる。
「アスカ、警報を聞いたのなら着替えてきなさい」
「どうして? 優等生のその子がいるのに?」
「アスカ、なら良いわ。したくないならレイ一人にやらせるから」

ミサトさん、アスカをそんなに簡単に切り捨てられても困るんだけど。
銃撃しかできないレイじゃ、どうにもならないことが多すぎる。

と、そこにリツコさんが口添えする。
「アスカ。今回ほど、あなた向きの出番は無いのよ?」
「なんでよ。ライフル一発で済ませりゃ簡単じゃない」
「いいえ。あれには使徒の反応が無いのよ」
「え……?」

どういうことだろう。
いや、変なものが現れたら何でも使徒と考えるのもおかしい。
可能性は高いけど。

僕の真横に立つ冬月さんが重く呟く。
「様々な可能性がある。あれが使徒か、そうでないか。
 あるいは、こちらが仕掛けてくるのを待っているのか。単なる使徒が現れる前兆か。
 あるいは囮、罠……いずれにせよ、こうしていては判らない」
「そう、それを確かめなければ私達は攻めに転ずることは出来ない」
と、ミサトさんが引き継ぐ。

「アスカ。この戦いでは瞬時の反応と判断力が問われる戦いになる。
 あの物体に近づきつつ反応を見て、その正体を明かさなければ使徒の殲滅は出来ない。
 指示を受けなければ動けないレイでは無理。しかし」
「……」
「死を賭した戦いを命じることは出来ない。あなたの意志で行きなさい。嫌なら良い」

その言葉にアスカはカチンと来たらしい。

「それじゃ、その子には拒否権は無いって言うの? 確かめなさいよ、シンジ!」
「……」

無理だ、そんなの。
レイなら死ねといえば本当に死んじゃいそうだ。

そのことを知っててそう言ったのか、僕の返事を待たずにアスカはこう言い放った。
「いいわよ! アタシも出てあげる! ただし、その子と条件はフィフティーよ! 判った?」

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作戦、開始。

ズシン、ズシンと初号機と弐号機は丸い物体を目指して進む。
もう既に街の住人は避難を終えている。
といっても、この第三新東京市の中心部にはほとんど人なんて居ない。
もう誰も彼も疎開してるし、ビルのほとんどは使徒に対する防衛施設。
もはや砲座と武器弾薬庫が立ち並んでいると言ってもいい。

ミサトさんは皆に言い渡す。
「その物体に近づき、ATフィールド中和と同時に一斉射撃。当面はその手筈で行くわ」
司令塔のスタッフ達は無言で頷く。
しかし、只一人。
「そうね。あれが使徒なら」
と、リツコさん。

「あの物体は質量がゼロ。レーダーが測定可能な範囲では」
「どういうこと?」
と尋ね返すミサトさんに、リツコさんは渋い顔。
「使徒ではない。そう思った方が良いかもしれないわ」
「うかつに手は出せない、か」

僕はそんなやり取りを聞きながら、レイに指示を出す。
「レイ、そこでストップ。アンビリカルケーブルを差し替えて」
『こう?』
「そう、それでいいんだ。それじゃ、ゆっくり……」
『なに、チンタラしてんの? その子、さっさと前に出しなさいよ』

やれやれ。
アスカ、そんなに焦らないでよ。

『条件はフィフティーって言ったでしょ? アタシばっかりに危険な目に遭わせる気?』
「なら少し待機しててよ、アスカ」
『フン』

イライラしないで、お願いだから。
とは言っても、アスカも本当の命懸けなんだし僕が言えることじゃない、か。

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そして、ジリジリと作戦は続く。
もうどれくらいそうしているだろう。

ミサトさんは周囲の状況を慎重に確認しながら、エヴァを少しずつ進ませる。
まるでパズルの升を一つ一つ埋めていくかのように。

「アスカ、そこから10メートル微速前進」
『って、日が暮れちゃうわよ!』
「焦っては駄目よ、アスカ。一歩ずつ相手の反応を確かめないと」
『う、うう……』

確かにアスカにしてみれば、たまったものではないだろう。
いつ、使徒がドスンと攻撃を仕掛けないとも限らない。
そんなハラハラする状態がずっと続いているんだ。

「反応は?」
「変わらず。各種レーダー、反応がありません」

何も反応しない物体、か。
ん?

僕はモニタに映る映像の一つに目を見張る。
高いヘリからの真上からのカメラ。

「ねえ、リツコさん。なんか、変じゃないですか?」
「そうね。シンジ君も気が付いたのね」
「影が無いって……光を遮らないのかな」

いや、それはおかしい。
光を遮らないなら、向こう側が見えるはず。

リツコさんは、その答えを出した。
「あれが影なのよ。影を生まないもの、それは影自身」
「……?」
「つまり、その本体は別にいる。しかし、何処を見渡しても何もない……とすると?」
リツコさんがそう言いながら目を閉じて考えていた、その時だった。

――タタタタタッ!

銃声!?
アスカが攻撃を開始した?

「アスカ、止めなさい!」
制止しようとするミサトさん。

アスカは指示を待たずライフルを構え、球体を目掛けて射撃を開始した。
もう、我慢が出来なくなったのだ。

『あ……』

消えた?
丸い物体が消えた! いったい、何がどうなってるんだ!?

「下よ!」
リツコさんの叫び声、それにアスカは即座に反応する。
すぐさまプログナイフを装備して、それでビルに突き立ててよじ登り始めた。
そうだ、レイだ。

「レイ、ビルに登って! 早く!」
『……のぼる?』
「ちょっと、 レイ、早く……」

その時だった。

――ドンッ!

地表に広がる、黒い闇。

「レイ!」

そこに、レイは飲み込まれていく。
まるで底なし沼のようにズブズブと。

「レイ! お願いだから返事をして! レイ!」

そう叫んだ頃には、完全に初号機の姿が消えていた。
初号機に接続されていたアンビリカルケーブルもまた、続いて引きずれ込まれていく。

そして、それはピタリと停まった。
ケーブルが切断されてしまったのだ。

「レイ……」

レイを乗せていた初号機は、完全に黒い闇に飲み込まれてしまった。

「登る」という意味を知らないがために。

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「ねえ、何か言いなさいよ。アタシを攻めたらどうなのよ」
弐号機は無事に収容され、降りてきたアスカが僕に言う。

「アタシの焦った攻撃のせいでこうなったんでしょ? ねえ!」
「黙っててよ、アスカ。お願いだから」
「……フン」

自分を責めない僕やスタッフ達に業を煮やしたらしい。
しかし、誰も何も言わない。
初号機の行く末を案じて、その場の空気が重度を増す。
そして僕もしゃがみこんだまま、顔を上げることすら出来ない。

「リツコさん」
僕は側に誰か来たのを感じて、声をかける。
チラリといつもの白衣が見えたので、それで判った。

「レイにはスリープモードを教えてあります。通信が途絶えたら、それで眠れ、と」
「……」
「だから大丈夫ですよね。レイはきっと無事ですよね? ケーブルが断線してるけど、バッテリーで20時間は」
「あなた……今日、私の所に注射を受けに来なかったわね」
「え?」

僕は思わずリツコさんを見上げた。
「あ、あの……」
「そう簡単には効果は切れないと思うけど、こんな状況でもあることだし」
「あの、リツコさん、あの、それを、それを知っていて」
「いいえ。私も暇が取れたら、こちらから声をかけるつもりだった。信じられないかもしれないけど」
「……そんな、そんな」

もう言葉らしい言葉も言えない。
そんな僕の側から離れて、リツコさんはスタスタと歩いていく。
そして、眺めている先は使徒の深い闇。

ミサトさんが、その側による。
「リツコ、手はあるの?」
「……」
「リツコ?」
「え、ああ、あるわよ」

少し鈍い反応の後で、リツコさんはサラサラと用意されたホワイトボードに何かを描き始める。
「使徒の反応を確認、それから判断するに使徒本体の形状は僅か1cm程度の極薄の空間。
 そこに初号機がディラックの海と呼ばれる……」
何か解説をしようとして、それをふいに途中で止めて、カラリとペンを投げ捨てる。

「……リツコ?」
「まあ、どうでもいいわ。作戦は弐号機で使徒のATフィールドに干渉、そこに航空隊のN2爆雷を大量投下」
「何よ、その投げやりな作戦」
「作戦は私が良いと言ってから。私が言えるのは、これだけ」
「……ちょっと、待ちなさいよ。それじゃ初号機が、レイがどうなるか……リツコ!」

今までのリツコさんにしては、信じられないほどの好い加減なその態度。
それは、そうだろう。どんな結果になるか、それは僕でもよく判ってるから。
リツコさんは発動することのない作戦を適当に言っただけだ。
これから何が起こるか、リツコさんはよく知っているから。

「シンジ君、何とか言いなさい。このままだと、レイはリツコに殺されるわよ?」
ミサトさんは僕に食ってかかるけど、僕は何も言えない。
何より、僕の責任だ。
僕が注射を忘れた、そのせいで。

リツコさんは言う。
「自分を責めないで。こうなっては、仕方がない」
「……」
「シンジ君は地下に戻って、新しいレイを起こしなさい」

それは、正にレイに対する死刑宣告だった。

「それは、待ってください」
僕はうなるように呟いた。

「リツコさん、お願いです。人一人が死んだんです……僕にとって、レイは僕にとって……」

リツコさんは何も言わない。
その代わりに、聞こえてくる巨大な呻き声。

「使徒の球体! 状態が変化していきます!」
「激しい振動を開始! ああっ! 割れます!」

ブルブルと震える、不気味な球体。
そして、質量のない筈の影がメリメリと割れ始めたのだ。

「しょ、初号機が球体から!」
「いったい、いったい何がどうなってるんだ。使徒の内部の空間が、あの球体に繋がって?」
「そんなことどうでもいい! 回収作業に入るぞ! 医務班、出動準備!」

僕は震えながらリツコさんに訴える。

「リツコさん、お願いです。少しだけ、レイのために……」
「……」

初号機が爪を立て、球体に走るヒビをこじ開け、そして牙を剥いて猛り狂う。
完全なる、暴走状態。

そして、一斉に走り出すスタッフ達の足音。
「初号機、損壊無し!」
「パイロットの救出にかかれ! 最優先!」
「綾波レイ、生きています。至急、集中治療室へ」

その報告。
無論、裏の意味が隠されている。

「シンジ君、聞いたわね? パイロットと呼称をせずに名前で呼んだ、その場合……」
「判ってます。判ってますから……リツコさん、お願いだから……」
「早くしなさい。レイの無事な姿が無ければ、みんなが怪しむわ」

冷たく突き刺さるリツコさんの、その言葉。
僕は取り憑かれたように走り出す。
医務班の元へ、「無事だったレイを確認する」、その演技をするために。








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最終更新:2009年02月21日 01:07
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