NERV本部のシンジの自室にて。
「シンジ君、ごめんね? 夜の遅くに」
「いえ、いいんですけどなんですか? 見せたいものって」
そう答えたものの、本当に時間が遅すぎる。
しかもパソコン片手で。
それならメールで送ってくれればいいのに。
でも、得意満面のマヤさんが開いた動画を見て、僕の頭が吹っ飛んだ。
これは……これってまさか?
「そう、レイの記憶」
「ええ!?」
(ねえ、きみ? こんなところでなにしてるの? きみ、とじこめられてるの?)
(……)
(びょうきなの? くるしいの?)
(……)
まさか、この小さな男の子は……僕!?
(ほら、おいでよ。あそびにいこうよ)
(……)
(あ、だれかきた! にげろー!)
淡い画質、聞き取りにくい音声、ハッキリとしない着色。
なんだか自分が見た夢を見せられているかのような、そんな映像。
それは間違いなく、人の記憶。
脳裏に描く思い出をそのまま録画したかのような、これぞ紛れもない人の記憶。
「ね? シンジ君はレイを出会っていたの。ちゃんとレイとのなれそめが有ったのよ!」
「……」
「あーもう、ちっちゃい頃のシンジ君がホントに可愛いなぁ。
でもこれレイの記憶だから、小さい時のレイが見れないのが残念……」
「あの、マヤさん」
思わず、僕の声が震える。
「マヤさん、止めてください」
「ど、どうしたの? シンジ君」
「見るんじゃなかった。こんなの」
「……どうしたの? ね、言って。どうしたの?」
マヤさんは、なんで判らないんだろう。
こういうことなら、マヤさんの方が詳しいじゃないか。
「マヤさん、これをコピーされたものがレイなんですよね」
「そ、そうだけど」
「もし、この映像を他の人に書き換えれば、レイはその人のものになるんですか?」
「え、あ……」
「ねえ、マヤさん。パソコンのソフトを入れ替えるように記憶の書き換えが可能なら、
レイはどんなふうにでも操れるってことですよね? そうなんですよね?」
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マヤさんは、何も言わない。
いや、言ってよ。
今すぐ、僕の気持ちをなんとかしてよ。
「マヤさん、今の記憶は本当に事実なんですか? 僕は何も覚えてないんです」
「あ、あの、それは、小さい頃の記憶って薄れやすいから……」
「僕がここに居る理由、ここで司令をやってるのは、レイと結びつけられたからです。その原因はそれですか?
そのムービーが僕が居る理由ですか? それだけなんですか?」
「いや、あのねシンジ君」
「なら、誰でも良いじゃないですか!
誰でも適当な人にすげ替えて、その人にレイの世話をさせればよかったんじゃないですか!」
「……」
「僕が……僕が、どんなに……」
僕がレイのために、どんなに辛い思いをしたのか。
マヤさんが知らない筈は……ああ、もういいや。
「マヤさん、帰ってください」
「シンジ君、ごめんなさい。私はそんなつもりは」
「いいから」
「……ごめんなさい」
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大声を出して、怒鳴り散らして、マヤさんを閉め出した。
そして、そのドアの前に立っていた。
しばらく、そこから動けずに。
ふと、何かが僕の肩に触れる。
ふりかえると、レイがビクリと驚いて伸ばした手を引っ込めた。
そして、手を口元に当てて震えている。
怒っている僕のことが、怖くて。
そして、言葉にならない声。
「う、あ……あの……」
「いや、いいんだよ。ごめんね、レイ」
「う……」
「ごめん。大きな声を出して、怒ったりしてごめんね」
レイは後ずさりする。
ああ、そうか。
さっきの僕の言うことを聞いてたんだ。
まるで、僕がレイと居ることを嫌がっているかのような。
「いや、レイ。違うんだ。お願い、お願いだから僕から逃げないで」
「……」
僕がそういうと、おずおずと側まで来て僕の体に手を回す。
そして、体をピタリと寄せる。
そうして、レイは自分が側にいても良いことを確かめる。
そう、そうだよ。
僕の側に居て良いんだ、レイ。
「そうだ。マヤさんにも謝ろう。うん、明日の朝、一番に」
「……?」
「いや、いいんだ。何も判らなくてもいいんだよ、レイ。僕の側にさえ居てくれれば」
「……うん」
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少し涙を滲ませて、シンジとの顛末を話す伊吹マヤ。
一通り聞き終えてから、赤木リツコはそっと呟く。
「そうね。それは見せない方が良かったかも知れないわね」
「……」
夜の遅い時間であったのだが、リツコは独り本部に残り、自分の作業を続けていた。
マヤはシンジの自室から出てから、たまたま其処に通りかかったのだ。
相当な落ち込みようを見せているマヤを横目に、リツコはタバコに火を付ける。
「でもね、マヤ。もっと辛いことをシンジ君は知らなければならないの。この戦いを終えればレイとはお別れ」
「……え?」
「レイの体が維持できるのはNERVあってこそ。あの注射はNERVの力無しでは手に入らない」
「やっぱり、そうだったんですか」
「まだ、それをシンジ君は知らない方が良い。最後の使徒を倒される、その日がまだ遠すぎる」
マヤはうつむき、そして思わず拳を握りしめる。
「そんな、どれだけシンジ君を……」
「そうね。私はひどいことをしてるわね」
マヤはハッと顔を上げて、リツコの顔を見た。
「前にもお聞きしました。先輩はなぜ、シンジ君のお父さんを……」
「それはね」
リツコは立ち上がり、ガラスの前に立つ。
そのガラスの向こう側にはエヴァンゲリオン初号機の姿があった。
「この使徒との戦い。それは、ある計画のためだということを知っていたから」
「そ、それは……」
「執務室に行ってご覧なさい。司令が地球防衛軍のリーダーではないことが判るはず……賢いマヤならね」
「……」
マヤは少し、息を飲む。
司令を殺害したからといって、リツコを法廷に突き出すような真似をする筈もない。
何か理由があってのこと。その理由をまず知りたい。
マヤはそう考えるはず。
だからこそ、その計画が本物であることをマヤに信じさせることはたやすい。
何しろ、人一人を殺しているのだから。
殺したことよりもその理由の存在に着眼するはず。
マヤの信頼は、今だ強い筈だから。
リツコはタバコを揉み消しながら、薄い笑みを浮かべる。
「そして、シンジ君もね。彼、本当に賢くて物わかりの良い子だから。悲しいくらいにね」
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総司令執務室。
次の日の朝一番、僕はマヤさんの所に謝りに行こうとしたら、マヤさんの方から来てくれた。
何だか悪い気がするな。
「マヤさん、昨日はすみませんでした。その、大声出したりして」
「そんな、私の方こそこうして謝りに来た側なのに」
「いえ……また、アレを見せて貰えませんか。僕の数少ない思い出だから」
「ええ。そう言って貰えると、私も気が楽になるわ」
そう言いながらも、この部屋の作りに驚いているみたい。
そりゃそうだ。僕もびっくりした。
「アハハ、なんか凄い部屋でしょ。ここ」
「そうね。シンジ君のお父さんがデザインしたのかな」
「何でも、思考を遮らないために壁を無くしちゃった、とか」
「……生命の樹」
「え?」
床や天井の模様を眺めながら、マヤさんはそう言った。
生命の……何?
(ビーッ! ビーッ! ビーッ!)
思わず、マヤさんと顔を見合わせる。
使徒だ。
「マヤさん!」
「はい! 行きましょう、司令」
「え、あ、はい!」
改めて司令と呼ばれると、なんか照れるような変な気分。
いや、そんなこと考えている場合じゃない。
さっそくマヤさんと階下に降りる。
マヤさんは司令塔に、僕は自室へレイを呼びに戻ってから。
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そして、司令塔。
「正体不明の物体、形状は真球、直径は約600メートル。現在、第三新東京市の中心部へと移動中」
青葉さんからのアナウンスを聴きながら、僕らはモニタに映る物体を見る。
確かに完全な球体で不気味な黒と白の縞模様。
なんだろう、いったいアレは。
今度の使徒は何をするつもりなんだ。
そして、ミサトさんが慎重な口調で発令する。
「レイ、アスカ、両名出撃。シンジ君、今回はレイを初号機に乗せて」
「またライフルでズドンで済ませればいいんでしょ」
と、そのミサトさんの指示を茶化すかのようなアスカの声。
見れば、プラグスーツにも着替えずにふらりと司令塔にやってきたアスカ。
なんだ、すねてるのかな。
ミサトさんはそんなアスカをたしなめる。
「アスカ、警報を聞いたのなら着替えてきなさい」
「どうして? 優等生のその子がいるのに?」
「アスカ、なら良いわ。したくないならレイ一人にやらせるから」
ミサトさん、アスカをそんなに簡単に切り捨てられても困るんだけど。
銃撃しかできないレイじゃ、どうにもならないことが多すぎる。
と、そこにリツコさんが口添えする。
「アスカ。今回ほど、あなた向きの出番は無いのよ?」
「なんでよ。ライフル一発で済ませりゃ簡単じゃない」
「いいえ。あれには使徒の反応が無いのよ」
「え……?」
どういうことだろう。
いや、変なものが現れたら何でも使徒と考えるのもおかしい。
可能性は高いけど。
僕の真横に立つ冬月さんが重く呟く。
「様々な可能性がある。あれが使徒か、そうでないか。
あるいは、こちらが仕掛けてくるのを待っているのか。単なる使徒が現れる前兆か。
あるいは囮、罠……いずれにせよ、こうしていては判らない」
「そう、それを確かめなければ私達は攻めに転ずることは出来ない」
と、ミサトさんが引き継ぐ。
「アスカ。この戦いでは瞬時の反応と判断力が問われる戦いになる。
あの物体に近づきつつ反応を見て、その正体を明かさなければ使徒の殲滅は出来ない。
指示を受けなければ動けないレイでは無理。しかし」
「……」
「死を賭した戦いを命じることは出来ない。あなたの意志で行きなさい。嫌なら良い」
その言葉にアスカはカチンと来たらしい。
「それじゃ、その子には拒否権は無いって言うの? 確かめなさいよ、シンジ!」
「……」
無理だ、そんなの。
レイなら死ねといえば本当に死んじゃいそうだ。
そのことを知っててそう言ったのか、僕の返事を待たずにアスカはこう言い放った。
「いいわよ! アタシも出てあげる! ただし、その子と条件はフィフティーよ! 判った?」
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作戦、開始。
ズシン、ズシンと初号機と弐号機は丸い物体を目指して進む。
もう既に街の住人は避難を終えている。
といっても、この第三新東京市の中心部にはほとんど人なんて居ない。
もう誰も彼も疎開してるし、ビルのほとんどは使徒に対する防衛施設。
もはや砲座と武器弾薬庫が立ち並んでいると言ってもいい。
ミサトさんは皆に言い渡す。
「その物体に近づき、ATフィールド中和と同時に一斉射撃。当面はその手筈で行くわ」
司令塔のスタッフ達は無言で頷く。
しかし、只一人。
「そうね。あれが使徒なら」
と、リツコさん。
「あの物体は質量がゼロ。レーダーが測定可能な範囲では」
「どういうこと?」
と尋ね返すミサトさんに、リツコさんは渋い顔。
「使徒ではない。そう思った方が良いかもしれないわ」
「うかつに手は出せない、か」
僕はそんなやり取りを聞きながら、レイに指示を出す。
「レイ、そこでストップ。アンビリカルケーブルを差し替えて」
『こう?』
「そう、それでいいんだ。それじゃ、ゆっくり……」
『なに、チンタラしてんの? その子、さっさと前に出しなさいよ』
やれやれ。
アスカ、そんなに焦らないでよ。
『条件はフィフティーって言ったでしょ? アタシばっかりに危険な目に遭わせる気?』
「なら少し待機しててよ、アスカ」
『フン』
イライラしないで、お願いだから。
とは言っても、アスカも本当の命懸けなんだし僕が言えることじゃない、か。
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そして、ジリジリと作戦は続く。
もうどれくらいそうしているだろう。
ミサトさんは周囲の状況を慎重に確認しながら、エヴァを少しずつ進ませる。
まるでパズルの升を一つ一つ埋めていくかのように。
「アスカ、そこから10メートル微速前進」
『って、日が暮れちゃうわよ!』
「焦っては駄目よ、アスカ。一歩ずつ相手の反応を確かめないと」
『う、うう……』
確かにアスカにしてみれば、たまったものではないだろう。
いつ、使徒がドスンと攻撃を仕掛けないとも限らない。
そんなハラハラする状態がずっと続いているんだ。
「反応は?」
「変わらず。各種レーダー、反応がありません」
何も反応しない物体、か。
ん?
僕はモニタに映る映像の一つに目を見張る。
高いヘリからの真上からのカメラ。
「ねえ、リツコさん。なんか、変じゃないですか?」
「そうね。シンジ君も気が付いたのね」
「影が無いって……光を遮らないのかな」
いや、それはおかしい。
光を遮らないなら、向こう側が見えるはず。
リツコさんは、その答えを出した。
「あれが影なのよ。影を生まないもの、それは影自身」
「……?」
「つまり、その本体は別にいる。しかし、何処を見渡しても何もない……とすると?」
リツコさんがそう言いながら目を閉じて考えていた、その時だった。
――タタタタタッ!
銃声!?
アスカが攻撃を開始した?
「アスカ、止めなさい!」
制止しようとするミサトさん。
アスカは指示を待たずライフルを構え、球体を目掛けて射撃を開始した。
もう、我慢が出来なくなったのだ。
『あ……』
消えた?
丸い物体が消えた! いったい、何がどうなってるんだ!?
「下よ!」
リツコさんの叫び声、それにアスカは即座に反応する。
すぐさまプログナイフを装備して、それでビルに突き立ててよじ登り始めた。
そうだ、レイだ。
「レイ、ビルに登って! 早く!」
『……のぼる?』
「ちょっと、 レイ、早く……」
その時だった。
――ドンッ!
地表に広がる、黒い闇。
「レイ!」
そこに、レイは飲み込まれていく。
まるで底なし沼のようにズブズブと。
「レイ! お願いだから返事をして! レイ!」
そう叫んだ頃には、完全に初号機の姿が消えていた。
初号機に接続されていたアンビリカルケーブルもまた、続いて引きずれ込まれていく。
そして、それはピタリと停まった。
ケーブルが切断されてしまったのだ。
「レイ……」
レイを乗せていた初号機は、完全に黒い闇に飲み込まれてしまった。
「登る」という意味を知らないがために。
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「ねえ、何か言いなさいよ。アタシを攻めたらどうなのよ」
弐号機は無事に収容され、降りてきたアスカが僕に言う。
「アタシの焦った攻撃のせいでこうなったんでしょ? ねえ!」
「黙っててよ、アスカ。お願いだから」
「……フン」
自分を責めない僕やスタッフ達に業を煮やしたらしい。
しかし、誰も何も言わない。
初号機の行く末を案じて、その場の空気が重度を増す。
そして僕もしゃがみこんだまま、顔を上げることすら出来ない。
「リツコさん」
僕は側に誰か来たのを感じて、声をかける。
チラリといつもの白衣が見えたので、それで判った。
「レイにはスリープモードを教えてあります。通信が途絶えたら、それで眠れ、と」
「……」
「だから大丈夫ですよね。レイはきっと無事ですよね? ケーブルが断線してるけど、バッテリーで20時間は」
「あなた……今日、私の所に注射を受けに来なかったわね」
「え?」
僕は思わずリツコさんを見上げた。
「あ、あの……」
「そう簡単には効果は切れないと思うけど、こんな状況でもあることだし」
「あの、リツコさん、あの、それを、それを知っていて」
「いいえ。私も暇が取れたら、こちらから声をかけるつもりだった。信じられないかもしれないけど」
「……そんな、そんな」
もう言葉らしい言葉も言えない。
そんな僕の側から離れて、リツコさんはスタスタと歩いていく。
そして、眺めている先は使徒の深い闇。
ミサトさんが、その側による。
「リツコ、手はあるの?」
「……」
「リツコ?」
「え、ああ、あるわよ」
少し鈍い反応の後で、リツコさんはサラサラと用意されたホワイトボードに何かを描き始める。
「使徒の反応を確認、それから判断するに使徒本体の形状は僅か1cm程度の極薄の空間。
そこに初号機がディラックの海と呼ばれる……」
何か解説をしようとして、それをふいに途中で止めて、カラリとペンを投げ捨てる。
「……リツコ?」
「まあ、どうでもいいわ。作戦は弐号機で使徒のATフィールドに干渉、そこに航空隊のN2爆雷を大量投下」
「何よ、その投げやりな作戦」
「作戦は私が良いと言ってから。私が言えるのは、これだけ」
「……ちょっと、待ちなさいよ。それじゃ初号機が、レイがどうなるか……リツコ!」
今までのリツコさんにしては、信じられないほどの好い加減なその態度。
それは、そうだろう。どんな結果になるか、それは僕でもよく判ってるから。
リツコさんは発動することのない作戦を適当に言っただけだ。
これから何が起こるか、リツコさんはよく知っているから。
「シンジ君、何とか言いなさい。このままだと、レイはリツコに殺されるわよ?」
ミサトさんは僕に食ってかかるけど、僕は何も言えない。
何より、僕の責任だ。
僕が注射を忘れた、そのせいで。
リツコさんは言う。
「自分を責めないで。こうなっては、仕方がない」
「……」
「シンジ君は地下に戻って、新しいレイを起こしなさい」
それは、正にレイに対する死刑宣告だった。
「それは、待ってください」
僕はうなるように呟いた。
「リツコさん、お願いです。人一人が死んだんです……僕にとって、レイは僕にとって……」
リツコさんは何も言わない。
その代わりに、聞こえてくる巨大な呻き声。
「使徒の球体! 状態が変化していきます!」
「激しい振動を開始! ああっ! 割れます!」
ブルブルと震える、不気味な球体。
そして、質量のない筈の影がメリメリと割れ始めたのだ。
「しょ、初号機が球体から!」
「いったい、いったい何がどうなってるんだ。使徒の内部の空間が、あの球体に繋がって?」
「そんなことどうでもいい! 回収作業に入るぞ! 医務班、出動準備!」
僕は震えながらリツコさんに訴える。
「リツコさん、お願いです。少しだけ、レイのために……」
「……」
初号機が爪を立て、球体に走るヒビをこじ開け、そして牙を剥いて猛り狂う。
完全なる、暴走状態。
そして、一斉に走り出すスタッフ達の足音。
「初号機、損壊無し!」
「パイロットの救出にかかれ! 最優先!」
「綾波レイ、生きています。至急、集中治療室へ」
その報告。
無論、裏の意味が隠されている。
「シンジ君、聞いたわね? パイロットと呼称をせずに名前で呼んだ、その場合……」
「判ってます。判ってますから……リツコさん、お願いだから……」
「早くしなさい。レイの無事な姿が無ければ、みんなが怪しむわ」
冷たく突き刺さるリツコさんの、その言葉。
僕は取り憑かれたように走り出す。
医務班の元へ、「無事だったレイを確認する」、その演技をするために。
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最終更新:2009年02月21日 01:07