総司令 第弐拾六話

第12使徒、レリエル。

その身を挺した戦いも、完敗に終わる。
しかも、彼を破ったのは正しく我々の力。

やはり、これは許されぬことだ。
我らが誇りを傷つけた彼らの罪は重すぎる。
ならば、今に見ていよ。

今一度、復讐を彼らに。

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――ぎゃああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ……。

凄まじい断末魔が響き渡り、使徒の影とおぼしき球体から鮮血が溢れ出す。

「何、あれ……」
セカンドチルドレン、惣流アスカ・ラングレーは目を見張る。

「ねえ、何よアレ! あれが初号機? あれが初号機の力だというの?」
アスカにとって、暴走するエヴァを見るのは初めてのことだった。
見境無く手近にいるスタッフに問いかけたが、しかし誰も答えられるものは無い。

いや、一人。
「……同じだ。最初の使徒を倒した時と」
そして、また一人。
「いや、エヴァがああいう状態に陥ることが度々あったんですよ。実験中の零号機が」
と、スタッフの中でも、比較的年期の入った者が言う。

「無かったわ。アタシの弐号機には、あんなこと」
そう呟くアスカ。
それはそうだろう。不安定な零号機、そして初号機を経て製造された機体なのだから。

――ウオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォ……ンンンン……。

そんな野獣の雄叫びを上げる初号機。
それをジッと眺めるアスカの胸中に何があるのか。

「それとも、あの子だから? まさか、あれがあの子の本当の力、なんてね」

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病室。

僕は眠る「レイ」をベッドの横でジッと眺めていた。
まるで別人には、思えない。

「シンジ!」

信じられないほどに、寸分変わらないレイの姿。
いや、多少の傷の有無とか、そういう違いがあるかもしれない。
でも、こうして見る限りまったく同じだ。

「ねえ、シンジ! 聞こえてるの! 返事しなさいよ!」
「え、ああ、アスカ」
「ナニよ、もう。ボーッとしちゃって――よかったじゃないの、その子が無事で」

ああ、アスカか。
アスカも元気そうでなによりだ。

そう言おうとしたけど、声が出ない。
なんでかな。

「ねえ、シンジ。以前にもああいうことが有ったんだって?」
「……え?」
「初号機よ。その子があんなふうに暴れるなんて無理でしょ?」
「ああ、そうだね」
「何かバーサーカーモードでも付いてるわけ? スイッチ一つで大暴れするとか」

何が聞きたいんだろう、アスカは。
聞かないでよ、そんなこと。

「バーサーカー?」
「言ってみりゃ、見境を無くした狂戦士のことよ」
「ドイツ語? それ」
「違うけど、近いのかな。北欧神話とか」

どうでもいいよ、そんなこと。
もう会話なんか、したくない。
それに、そんなこと答えられる訳が無いじゃないか。

操縦しているパイロットが死んだら起こるだなんて、答えられる筈が無いじゃないか。
生きている「レイ」を目の前にして。

その願いが通じたのか。
アスカは話を続けようとはせずに、ぷいっと外に出て行った。

「……?」
ん、「レイ」が目を覚ました。

そうだね。
「レイが無事だった」から、部屋に連れて行かなくちゃ。
レイと過ごした、あの部屋に。

「レイ、行こうか。記憶の保存も終わったことだし」
「……うん」

そう、この「レイ」の記憶はその時点までしか無い。

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「それじゃ、行ってくるから」
「はい」
「部屋で休んでて。いいね」
「はい」
そう言って、僕は「レイ」を置いて部屋を出る。

なんだか、彼女の顔を見ることが出来なくて。
死んでしまったレイと寸分変わらないのが、腹立たしくて。
もう、あのレイとは別人だということを、そのことを忘れていまいそうな自分が、自分自身が腹立たしくて。

いや、今更なにを言ってるんだろう。
最初のレイから数えて3人目じゃないか。

「くそッ!」

思わず、手近な壁を拳で叩く。
僕にとって、2人目のレイが全てだった。
どれだけ苦労して、いろんなことを教えて、そして人間らしく育てようと努力を重ねてきたことか。
それを今の「レイ」は全て奪い取って、僕達が過ごした部屋で胡座をかいている。
僕達が過ごした貴重な時間を、簡単にコピーしてしまったあの「レイ」は。

もうあの部屋に帰りたくない。
あの「レイ」に恨みを抱いてしまいそうな自分が嫌だから。

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「司令、お早うございます」
「今朝はお早いですね。もっと休んでおられればいいのに」
「会議の時間にはまだ早いですよ?」

口々に挨拶するスタッフ達。
けど、なんだか耳に入らない。

無理だ。
僕には「レイが無事だった」という演技をするなんて、僕には無理だ。
いや、平気でそれを出来てしまう自分になんか、なりたくない。

その気持ちの方が強い。
部屋に戻って、あの「レイ」と過ごせば何もかも忘れてしまいそうになる。
そんな、あやふやな自分になってしまうのが……。

「シンジ君?」
「え、あ……」
「今回の一件について、何か一言」

ああ、そうか。
もう今は会議中だったんだ。
えーっと……。

「レイが無事で何よりでした。僕から言えるのは、それだけです」

なんだろう。この他人行儀な言い方。
まあいいや。これで役割は果たした。

次はなんだっけ。
ああそう、ゼーレのキール議長とお話ししなくちゃ。

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街の薬局。
アスカは一枚のメモ書きを片手に、その店に訪れた。

「んーと、これは……ああ、このホルモン剤ですね。4,980円です」
「……あらそう、高いじゃないの」
「お買いになりますか?」
「いえ、結構」

そう言って、店を出る。
なんだ。あのレイの注射、入手するのは簡単じゃないか。

「えーと、週に一回だから、月々……」
と、計算しようとして、止めた。
何か、釈然としない。

「ンな訳が無いじゃないの。ドイツ出身のこのアタシをなめるんじゃないわよ」

アスカにとって、それは単なるお節介のつもりだったのだが。

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総司令執務室。

(ぴーっ ぴーっ)

内線がなってる。
どうしよう、出なくちゃいけないかな。

(ぴーっ ぴーっ)

うん、こういうときには電話に出るんだ。

そうだ。
電話に出よう。

「もしもし」
『シンジ君?』

ああ、ミサトさんか。

「何ですか?」
『そっちに行ってもいい?』
「え、あの、もうすぐゼーレの人と」
『何いってるの? その予定、夜だっていってたじゃないの』
「ああ、そうでしたっけ」

うん、やっぱりミサトさんだ。
今の時間は?
ああ、お昼の1時。

いいじゃないか、別に。
このまま、待っていたって……あ。

「シンジ君」
気が付くと、ミサトさんは目の前にいた。

「どうしたの。あなた、変よ?」
「いえ、大丈夫です。風邪かな?」
「……何があったの?」

言わないで、ミサトさん。
聞かないで。

「いえ、別に、何も」
「そんなわけがないでしょ。使徒殲滅後のあなたは変よ?」
「いえ、大丈夫です」
「それなら、使徒を倒して、初号機も損壊無く、レイも無事に戻って、なんであなたはそんな顔をしてるのよ」

聞かないで。
お願いだから。
そんなこと、聞かれたら僕は。

「ミサトさん、僕は……僕は……」
「ん?」

ミサトさんは目の前にひざまずき、僕の顔を覗き込む。
てっきり僕を問いつめるかと思っていた。

でも、でも。

でも、普段から厳しい顔ばかりしているミサトさんに、そんな優しい顔をされたら、僕は。

「僕は……僕は――」

もう、あふれる涙を止めることが出来なかった。

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「思っても見なかった……まさか、これほどのものだったなんて」

ミサトさんの声が震える。
無理もない。
巨大な水槽に乱舞する「レイ達」を見せられては。

僕は以前に、レイが別人に入れ替わっていることを打ち明けていた。
僕が出会ってからのレイは、ミサトさんが知っているレイでは無いことを。
でも。

「クローン――そう、そんなことだろうと思ってたわ。それはエヴァ製造技術の基礎でもある。
 しかし、これは……これは!」

――ガチャッ!

今の音、銃弾を装填する音だ。

「駄目です。ミサトさん、それは」
「離しなさい、シンジ君」
「でもそんな」
「私の考えが甘かった。レイが実はクローンではないかと、人の手で作られたパイロットではないかと思ってた。
 でも、使徒殲滅にかまけて、その謎を放置していた私の考えがあまりに甘すぎた」
「でも、でも――」
「シンジ君、あなた平気なの!?」

ミサトさんは激怒する。

「これは冒涜、人間に対する侮辱よ!
 クローンがなんたるものか、私の考えはあまりにも甘かった――いえ、違うわ。
 クローンというものを、人間そのものを愚弄した結果がこの悪趣味な水槽よ!」
「ミサトさん……」
「リツコが許せない。何より、これほどのことを放置していた自分が許せない。
 これほどのことを、あなたに押しつけたリツコが絶対に許せない。私は――」
「でも、でも、駄目なんです」

僕は思わず、ミサトさんにしがみつく。

「ミサトさん、レイは、レイは……」
「レイ……?」
「レイが死んでしまう。レイは、僕が居ないと死んでしまう。レイは……」
「……あの、シンジ君?」
「駄目だ、レイが死んでしまう。
 ミサトさんがそんなことをしたら、リツコさんが死んでしまったら、もうNERVがめちゃくちゃになってしまう。
 そしたら僕は、僕は、レイの側にいられなくなってしまう。僕は、僕は……」

もう、僕は何を言ってるのか判らない。
まるで会話が噛み合ってない。
ミサトさんがリツコさんを殺すこと、それとレイの生死になんの関係もないじゃないか。

でも、止めなくちゃ。
でも、ミサトさんがリツコさんを射殺なんてしてしまったら。

いや、リツコさんを殺しても何もなりやしない。
そうだ。そんなことをして、いったい何がどうなるというのだろう。
それに――。

「僕はもう、レイ無しには、生きていけないんです」
「シンジ君……」

ミサトさんは、銃を構えていた右腕をダラリと下ろす。
「私、許せないのよ。リツコは親友なの。私の数少ない、親友なのよ」
「ミサトさん……」
「大学の時、加持も一緒にずっと釣るんで遊んでた。
 お昼も一緒に食べて、いろんなことを語り明かした。
 そのリツコが、こんな……」
「ミサトさん……」

そして、ミサトさんは泣き出した。
僕にしがみついて、号泣した。

僕はただ、そんなミサトさんにしがみつくばかりだった。

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「シンジ君。やっぱり私、今からリツコの所に行く」
「え?」
ミサトさんは銃を再び手にして、そう言った。

「これから、私はリツコに会いに行く。相変わらず一人で仕事に没頭しているはず」
「ミサトさん、あの」
「そして決着をつけなければ、今後もリツコと一緒にNERVの任務遂行なんて出来るものじゃない」
「……」
「もしかしたら、私はリツコを撃つかも知れない。それはリツコの出方次第……でも」

ミサトさんは僕の手を握る。

「理由がどうであれ、リツコの命乞いをしてくれてありがとう、シンジ君。
 お陰で、リツコの顔を見た瞬間に撃ち殺したりせずに済むわ」
「……」
「引き留めてくれたあなたが、私の最後の理性となってくれる。でも」
「え?」

ミサトさんの目がスッと鋭い光を放つ。
「そうして欲しければ、いつでも言って。シンジ君」
「……」
「私は、あなたをこんなにしたリツコを許しはしない。そして、なにより人間そのものの在り方を侮辱したのよ」
「……侮辱」
「そう。あの水槽、ただ単にクローンを作るというだけじゃない。
 あんな悪趣味な構造を作ったその人の、クローンに対する捻れた心が見える。
 あれは、人間の在り方を侮辱するために作ったものとしか思えない。
 でなければ、他の作りようがあったはず」

侮辱――そう、確かに侮辱とも言える。

「今は仕方がない。でも、使徒との戦いが終われば、その時は」
「ミサトさん……」
「必ず、リツコにはこの償いをさせるわ。必ず」
「……あの、ミサトさん」
「うん?」

やっぱり、僕はリツコさんをどうこうするつもりなんて、まったくない。
判らない。何故だろう。
僕にはリツコさんが全ての元凶とは思えないのだ。
今の僕の気持ちは、別のことに支配されている。

「ミサトさん、僕はどうしたらいいんですか。僕は……僕には、レイが……」

ミサトさんは、僕の言うことにゆっくりと耳を傾ける。
そんなミサトさんに、僕はすがりつく他はなかった。

「今のレイの顔が見れない。今まで一緒に居たレイとは別人なんです。僕は……」
「シンジ君……」

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僕は、ミサトさんにうながされて部屋へ戻る。

(事実からは、逃げられない。真実から誰も逃れられない。ましてや、その真実を知ってしまった、あなたには)

僕は、そのミサトさんの言葉を胸に、部屋の扉を開ける。

(レイは死んだ。それは紛れもない事実。あなたの言う通り、今まであなた達が過ごした部屋にいるのは別人のレイ)

(その事実からは決して逃れることは出来ない。ならば)

(ならば、そのレイは新しいレイとして受け入れなさい。そのレイもまた、あなたを必要としているはず)

(そのレイと再び時を積み重ねる他はない。あなたと過ごしたレイとは別人なんだと理解しながら)

(でもね、シンジ君。あなたはただ、そのレイに甘えるだけでいいの。あなたの傷を癒すのは、そのレイだけ)

駄目だよ、ミサトさん。
以前のレイを忘れるために、今のレイと一緒にいるなんて僕には出来ない。
以前のレイが、どう思うか――いや。

今はもう、以前のレイは何処にも居ない。

僕は扉を開けて、部屋の電灯を点ける。
なんだかその部屋にはレイの姿をした怪物が眠っているような気がした。

そう、レイになりすました、別の何かが。







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最終更新:2009年02月22日 23:14
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