総司令 第弐拾八話

緊急会議。
その中心に立つ、葛城ミサト。

「総司令、碇シンジ君は欠席です。ただいま、精神的な疲労のために自室で休んで頂いてます。
 その彼より職務を託され、私が当面の司令代行を勤めます。これがその辞令。意義は?」

意義はもちろん上がる。
それは冬月副司令から。

「もしや、君の独断かね?」
「そう受け取って頂いても構いません。司令より相談を受けた上で、自分から進言しました」
「しかし、ゼーレが黙って居るまい」
「ならば、ゼーレの方に決めて頂きましょう。あくまで当面の代行です。あるいは副司令がなさいますか?」

しかし、それに対して更に挙手する者が一人。
「いいえ。シンジ君が託したのならそれに従いましょう。私も葛城三佐を推薦します」
それはリツコだった。

「副司令、やはり司令としての采配をおふるいになりたい?」
「いや、赤木博士。副司令としての立場でも悪くはないが」
「副司令不在、というのも不安があります。首脳陣は厚みがあった方が」
「ふむ。君も推薦する、というのなら私は構わんよ」

そして、会議は終結。

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赤木リツコ。
普段はオペレーター室、あるいは本部内の自室で作業に没頭する。
場所を変えても、パソコンのキーボードを叩き続けるその姿は変わらない。
今日は気分を変えて、少し洒落たテラスでコーヒー片手。
NERV本部にはそんな場所もある。

そんな風情に似合わぬ顔つきで、彼女の元にやってきた者が一人。
葛城ミサトであった。
その目付きは、まるで薄気味悪いものを見つけてしまったかのような。

「リツコ」
「あら、ミサト。ずいぶんじゃない? 副司令を差し置いて自分が司令代行だなんて」
「私が頼まれたから請け負っただけよ。それに、真っ先に同意したあんたがそれをいうの?」
「フフ、良い友達を持って幸せでしょ、ミサト?」

リツコは、ミサトの憤慨に対して優しい笑顔で受けあう。
何事もなかったかのように。

「シンジ君達を引っ込めるのはいいけど、レイ抜きで使徒と戦うつもり?」
「アスカが居るわ。あの子だって捨てたもんじゃない」
「レイをどうするの? 私の治療抜きじゃ体がもたないのよ?」
「……なんの治療かしら?」

ミサトは更に鋭い目付きでリツコを睨む。
しかし、リツコは微笑むばかりで何も答えない。

言わないつもりなら仕方がない。
そんな素振りでリツコの斜め向かいにドカッと座り、言い捨てる。

「なら、その時は私に言って。必ず立ち会うから」
「忙しいのに? 大変ね」
「リツコ、私をバカにするつもり?」
「それだけじゃないわ」

リツコはぴらりと一枚の資料をミサトに示す。

「来るわよ。参号機が」
「……」

ミサトは資料を見た。
その仕様は素手でも戦闘可能な格闘重視。
いや、他にも大きな特徴があった。

「S2機関内蔵?」
「そう、弐号機以前のバッテリー稼働時間5分から遂に解放されるわね」
「その制約にこれまでの作戦で縛られたことは大して無かったけど」

ミサトの心は少しだけリツコ、あるいはシンジやレイのことから外れる。
作戦部長としての、職務のために。

そして、リツコは付け加える。
「更に四号機を経て、エヴァシリーズの仕上げにかかるそうよ。ゼーレのとっておきのプロジェクト」
「無限稼働の戦闘ロボットを、そんなに作って何をする気?」
「さあ、それを進めているのは私じゃないもの」
「あんた達、何考えてるのよ。それに」

改めて、ミサトに怒りがこみ上げる。
「あんた、平気なの? あんたは彼らに利用……」
「とりあえず、パイロットはどうしようかしら」

リツコはミサトの憤りなど構ってはいない。
「レイを乗せるならシンジ君の許可が必要よ。レイの生死には保護者の意志を尊重しなきゃ」
「改めて聞きたいわ。どうしてシンジ君なのよ」
「レイが駄目なら、他の子にする。それもシンジ君に判断を委ねましょうか」
「どうしてよ! 何故、それほどシンジ君を――」

リツコは更に資料をもう一枚。
「鈴原トウジ君、14歳。シンジ君にとって、ほんの一日だけだったけどクラスメートだから」
「……」
「事情をよく知ってるシンジ君に内緒でこの世界に引き込むのは……ね? かわいそうだと思わない?」

ミサトはしばしの沈黙の後、改めて尋ねる。
「リツコ、あなたは何をたくらんでいるの?」

リツコは余裕たっぷりにこう応えた。
「さあね。でもミサト、良い線いってるわよ? ほんのちょっとだけ」

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「レイ、それは僕がするからいいよ」
「ううん……私がする」
「ほら、届かないから」
「だいじょうぶ」

ミサトさんの指示で当面はレイの接続試験や訓練はお休み。
することもなく、僕は部屋でぼーっとしてるけど、レイは炊事洗濯に没頭。
なんか一生懸命だ。

なんだか、心地良い。
里親の所でも、まず味わったことがない感覚。
僕のために、なにくれと世話をしてくれるレイ。
その存在が、たまらなく暖かい。

(ぴんぽーん)

誰か来た。
ミサトさんかな。

僕はどうしたのかと小首をかしげるレイをとどめて、玄関へ。
「ああ、冬月さん」
「だいぶ元気そうじゃないか、シンジ君」

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「いや、少し頬がこけたか。でも、だいぶ楽にはなったようだね」
「僕、そんなにひどかったですか」
「そうだな。あの使徒との戦いの後で、君の様子にスタッフはみな騒然としていたよ」
そうだったのか。その時は周囲のことなんてまるで見えていなかった。

冬月さんは僕に向かい合わせで座り、ゆったりと微笑む。
「葛城三佐からは聞いている。彼女が君の肩代わりをするそうだね。良い機会だし、しばらくは骨休みをしたまえ」
「はあ……でも、いいんですか。僕、この部屋で遊んでいても」
「なに、かまわんさ。復帰の見込みがなくともな。それに、私はあの時の事情を知っている者の一人だ」
「え?ああ……」

そうだった。
レイがクローンであること、そして初号機暴走の意味。
それを知っているのは、ごく限られているけど冬月さんもその一人。

「君もショックだっただろう。14歳の少年には、あまりにも残酷な真実だからね」
「……」
「上手くいっているのかね? レイ君とは」

そう、新しいレイとは、という意味だ。
このレイが以前のレイではないことも、冬月さんは知っている筈。

そして冬月さんはレイを見る。
洗濯物を慎重な顔つきで畳んでいる、そのかいがいしいレイの姿を。
なんというか、そうだな。
孫娘を愛でるような、そんな目付きで……いや、別に嫌な気分はしないけど。

「シンジ君、レイをどう思う」
「どう思うって……その、なんていうかな」
「ここに来たばかりの君とは、だいぶ変わったな」

どう思うって、どういう意味で聞いてるのだろうかと思ったけど。
僕が変わったって、どういうことだろう。

「いや、シンジ君。なんというかな、来たばかりの君はかなり険のある少年だった。
 自分の周りにあるもの全てに不快を感じてばかりいるかのような」
「そ、そんなでしたか? 僕って」
「そして、怖い者知らずで周りに噛みつく……父親譲りで度胸がある、とも思ったが。でも、彼女の存在が君を変えた」
「そうですね……そうかも、しれません」

冬月さんは目を閉じて何かを思い出すかのように腕を組む。

「私がね? 君の母……」

(ぴぴぴぴ……)

あれ、僕の携帯じゃない。
冬月さんのかな。

「シンジ君、すまんね。もしもし――」

ああ、やっぱり冬月さんの携帯電話か。
そして電話を終えるとすぐに立ち上がった。

「やれやれ、この部屋でしばらくのんびりさせて貰おうと思ったが、下がだいぶ立て込んできたようだ」
「すみません。忙しいところを来ていただいて」
「いや、君の顔を見て少し安心したよ。それじゃ」

と、もう一度だけレイの方を見てから、玄関を出て行った。

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NERV本部の最深。
巨人の居るセントラルドグマの内部にて。

「副司令」

そこで彼を出迎えたのは、赤木リツコだった。

「君かね。どうしたんだ」
「先程の電話は嘘です」
「ん? どういうことだ」
「副司令を口止めするために、お呼びしました」

リツコは、ゆっくりと牙を剥く野獣のように本性を見せ始める。
「副司令、あなたはレイのオリジナルが誰なのか、初号機の中には誰が居るのか、シンジ君に教えるつもりですね?」

セントラルドグマ。
ここに入ることの出来るスタッフはごく僅か。
総司令執務室に並んで密談には実に適した場所だった。

冬月は、やれやれ、といった調子で溜息をつく。
「今度は開き直って、力尽くの口止いう訳か。何故かね?
 レイが彼の母親のクローンであることを告げれば、彼にとって良い結果をもたらすのでは、と思ったがね」
「いえ、副司令。例の計画を碇ゲンドウは私的に利用するつもりであったことをご存じですか?」
「知らぬはずはないだろう……そうか」

冬月は目を細めてリツコを睨む。
「君は組織側に付くという訳か。本気かね?」
「いえ、副司令。当面は使徒殲滅が私の宿願」
「今の話の上では、とてもそうは思えぬ」
「当面と申しました。碇ゲンドウがそれを企んでいたことは、既に組織の知るところでもあります。
 だからこそ、シンジ君が父親と同じ願望を持つことを避けなければならない、というのが組織の意志」
「なら、なぜ組織はシンジ君の司令就任を認めたのかね?」

リツコは微笑む。
「さあ。私は組織側についた覚えはありませんので」
「信用ならんな」
「なら、こう考えては如何でしょう。碇ゲンドウと同じ願望を持ちかねない副司令よりはマシだ、と」
「……成る程」

冬月はリツコに背を向ける。
「話は判った。シンジ君に利用価値は無いとして、組織がレイもろとも見捨ててしまうことを避ける、という点ではな」
「ご理解頂き、感謝します」
「なあに」

冬月は一度だけ振り返る。
「いつか、出し抜いてやるさ」

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リツコはそのまま、セントラルドグマに一人残る。
そして、冬月が去った後、静かに携帯電話を開いた。

「キール議長」
『君か。どうかね? 冬月は』

「やはり、碇ゲンドウと同じ願望を持っているようです。とりあえずは口止めを」
『もし邪魔なら始末させるが』
「いえ結構。使徒を全て殲滅してからにしてください。彼もまた、NERVには欠かせない存在」
『だが、殲滅を果たしてから、大儀を誤るようでは困る』

リツコは悠然と微笑む。
「いえ、ご安心を。シンジ君の状態を見る限り、そのようなことは」
『彼自身がそれを望むようでは困るのだ。彼はどうしているのか? 最近、私の前に姿を見せないが』
「綾波レイの二人目の死が堪えたようです。今しばらく、休息を」

リツコはタバコに火を点ける。
幾ばくかの落ち着きを得るために。

『彼自身が気付くことはありえないのか。その可能性は無視できまい』
「いえ、過去の出来事に縛られ、思い出せないようです」
『やはり、不安定要素があっては困る。外すか? この計画から』
「いま、しばらく」

キールにそう詰め寄られても、リツコの表情には余裕があるようだ。

「議長。もはやレイと、そしてシンジ君を抜きにして使徒殲滅は叶わぬかと」
『成る程。ならば仕方があるまい』

議長は納得したようだ。
しかし。

『ダミープラグの開発を急げ。それが果たせば、その二人は不要になろう』
「はい……」
『なにより、綾波レイの維持には金以上の手間が掛かっているのだからな』

リツコの顔から笑顔が消えた。

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(そうね。シンジ君が自分で気が付く可能性は高い)

リツコは独り考えにふける。
普段なら休み無くキーボードを叩くその指を、ピタリと止めて。

(シンジ君が覚えていないわけがない。自分を可愛がってくれた母親のことを)

(今にシンジ君とレイの立場は逆転する。レイがシンジ君の世話を出来るようになれば)

(その時には流石のシンジ君も思い出すだろう。母親を失った時のショックを乗り越えて)

(おそらく副司令は、それを知り得たシンジ君が母親の復活を願うように仕向ける筈)

(副司令、どうやら碇ユイに懸想していたらしいから。だからこそ碇ゲンドウの参謀をも務めていた)

再び、リツコはタバコに火を点ける。

(鍵は二つ)

(ひとつ、レイが母親のクローンであること)

(ふたつめ、レイがNERV抜きには生きられないこと)

(シンジ君がそのどちらを知ることになるか。それで決着がついてしまう)

リツコは僅かに苦い顔をする。
彼女にしては珍しく、咥えタバコで灰が落ちるのも構わず静止したまま思案に没頭していた。

(使徒殲滅を終えた後、シンジ君がレイ抜きにして、果たして生きていけるかどうか)

(人類存亡のために生死を繰り返すことを余儀なくされたレイ)

(そのレイが勤めを果たしたその後、生きてはおられぬことをシンジ君が知れば?)

(シンジ君は、NERVがレイに、世界がレイに与えた仕打ちを決して許しはしないだろう)

(それはゼーレにおいて、もっとも有益な種子をNERVに植え付けることとなる)

(例え14歳といえど、その子が総司令であるならば)

ふと、リツコは周囲の声に耳を傾ける。

「あ、カードから新しい社員認証に変わるんですか?」
「生体認証? それじゃ手ぶらで出入りできるんですね」
「普通、機密保持を厳格にすると面倒になるんだけど、そうなったらかえって楽だよな」

他の若いスタッフ達の会話。
何気ないシステム変更のようで、あれは正しくゼーレの指示。

(いうなればシンジ君が、敵軍を侵入させるための間者の役割を果たす)

(そう、まるで頑丈に隠すようにして、かえってタネを仕込む隙を作ってしまう手品のように)

(やはり、ゼーレがシンジ君を司令と認めた理由はそれ?)

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「ミサト! なんなのよ、その参号機って!」
どうやら情報が各部署に伝わり始めて、アスカの耳にも入ったらしい。

「新型のエヴァよ。アメリカから輸送されて、こちらで稼働試験を行うの」
「それ、パイロットは誰なの? まさか、あの子が?」
「まだ、決まってないわ。会議で決定される」

どうやら、アスカは気が気ではないようだ。
後継機が登場すれば、弐号機が最新であるというプライドの一つを失ってしまう。
そうでなくても、新生零号機とポジトロンライフルの新システムに出し抜かれているのだ。

「ねえ、ミサト。まさか、アイツが決めるんじゃないでしょうね? あのバカシンジが」
「バカは余計よ。でも確かに、決議に彼の意見も組み入れることになるけど」
「私も入れなさいよ。その決議に」
「どうして? 弐号機専属パイロットのあなたには関係ないわ」

そう言い捨てて背を向けるミサトを、アスカは暗い眼差しでジッと睨み付けていた。

(冗談じゃない。もう、アタシはあの子を似たもの同士で仲良し子良しなんて出来ないのよ)

(あの子は、あの子の体は……)

(駄目。あの子の体、その存在はとても許せるものじゃないわ。罪深いにもほどがある)

それはアスカの正義への目覚めか、それとも単なる嫉妬心か。









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最終更新:2009年02月28日 22:59
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