総司令 第参拾壱話

第13使徒、バルディエル

復讐、報復。
目には目を、歯には歯を。

さて、自ら作りしものが敵となる、その気分はどうだ?
やはり復讐は相手を同じ目に遭わせるのが一番だ。

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さて、その後日。

リツコは資料の束を抱えたマヤを伴い、会議室へと向かう。
参号機の受け入れを控えて、各部署の代表者と打ち合わせをするための緊急会議。
それには、シンジも参加する予定となっている。

ミサトが司令代行となって以来、これまで休暇となっていたシンジ。
その間、リツコはシンジと会っていない。
手を打たねば、と思いながらも目の前の作業に捕らわれ、どうしても後回しにせざるを得なかったのだ。
そして遂にそのシンジが、まるで「時、至れり」という宣言と共に、満を持して登場するかのような――。

そんな妙な緊張感をリツコは感じる。
それは何故だろう。あえて言うなら、シンジに対する「うしろめたさ」、だろうか。

長い廊下を歩き終えて会議室に入ろうとしたその時に、カツ、カツ、と遠方から響く足音。
シンジであった。
その姿を見たリツコは、ゾクリと得体の知れないものが背筋に走り抜けるのを感じた。

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シンジは父親の巨大な上着を肩に羽織っていた。
まるで、漆黒のマントのようにたなびかせて。
そしてぶら下げたままの両袖は、まるで悪魔の黒い羽根のよう。

そして何よりも、そのシンジの凍り付いたような表情。
目は生気がなく、まるで過去と未来を、生と死を見据えるかのような無我の光を放つ瞳。
その背後には、ぴったりと彼に付き従うレイの姿があった。
蒼い髪、紅い瞳を持つ人ならぬ少女の、その姿。

まるで、魔界から舞い降りた死神の一群が襲来したかのような。

「あ」
と、マヤは思わず声をあげた。

ふわりと、シンジが羽織っていた上着が肩から滑り落ちたのだ。
それをレイはかいがいしく拾い上げて、シンジの肩にかけ直す。
今度は落ちないようにと、バランスを整えて。

「ああ、ありがと。レイ」
そう優しくレイに声をかけるシンジ。

リツコはホッと心を和ませる。
その二人の仲睦まじい様子に、思わず顔がゆるむのを感じ取った。

お陰でリツコは、自然なふるまいでシンジに声をかけることが出来た。
「シンジ君、おひさしぶり。今日はご夫人と共にご出席?」
「ご夫人って、からかわないでくださいよ、リツコさん。レイも一緒で良いですか?」
「もちろん。パイロット本人も参加させるべきだと思ってたから」

シンジとの再会は非常に和やかなものとなった。
続いてマヤも、元気だった? と、声をかける。
それに対して軽く受けあうシンジ。いや、彼は快調のようだ。
少し、頬が痩けたようにも見えるのだが。

「それじゃ入ろうよ、レイ。えーっと、席は何処かな……」

リツコは、ふと気が付いた。
ミサトが居なくなったことに関心が無いの?
まさしく彼女は彼の相談役の筈、開口一番で自分に聞くべきなのでは……。

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「四号機の事故発生の経緯。当時、開発途中であるS2機関の起動と同時に、半径89キロ以内の全ての施設が――」

緊急会議が開催された。
まず四号機の事故の経緯が説明され、その対策を踏まえた上での起動試験の詳細について。
それらがひとしきり説明されて、各自は手持ちの資料の把握に掛かる。

シンジもまた、分厚い資料を読みふける。
それをレイもまた横から覗き込むが、理解不可能なのかすぐに視線をそらしてしまった。
「レイ、眠くなったら寝てて良いからね」
と、シンジがレイにそっと語りかけるその様子。

リツコは、思い込みが過ぎていたか、と考える。リツコは不安であったのだ。
シンジがレイを見捨てる、あるいは、もはや人としてではなく使い捨ての人形のように扱うのでは、と。
そう考えても不思議ではない。なにしろ、人の犠牲を経て生きていることを知ってしまったのだ。
レイを生かしておく訳にはいかないと、そう考えても不思議ではないのだが。
あるいは、それを知っている上で、彼が何も感じていないのか。

それについて、考えられることが一つ。
シンジはアスカがもたらした情報を信じていない。
あるいは、信じてもどうしようもないという考えに至った。
あるいは――?

「えーっと、参号機が暴走の折には、上下肢を切り離し……あの、上下肢ってなんです?」
手近にいる者に尋ねるシンジの姿。
実に職務に熱心だ。
シンジは一体、何を考えているのか、何も考えていないのか。

リツコには、どうにもシンジの真意が読みかねる様子であった。
それに対して、どのように働きかければ良いものか。
何しろ、シンジがレイの注射について知ったことを、リツコは知らないことになっているのだ。

それを自分に確かめに来ない理由は何か。
単に考えたくないと思っているのか、あるいは――?

「では最後に、何か意見のある方は」
「はい」
「これは司令。なんでしょう」

最後の最後で、シンジは起立して発言する。

「起動試験にはダミープラグを使用していただけませんか? まだ、参号機は起動すら成功していないんですよね」
「ダミープラグ? ああ、あれは確か開発途中で……」
「以前に使徒殲滅の作戦に使われた方法があるはずです。レイ本人を乗せる前に、それで試していただけないでしょうか」
「成る程、司令の発案はごもっともです。赤木博士?」

ふいに問いかけられて、リツコは我に返った。
「あ、ああ……そうね。起動するまでなら、それが一番かも知れないわね」

シンジの言うダミープラグとは。
まだ水槽に浮かんでいる「魂の入っていないレイ」をプラグに詰め込んで起動させる、ダミープラグの原型とも言える手法。
確かに、すでに起こしているレイを使うよりはマシだ。

その立案を聞く限り、まるでシンジはレイを出し惜しみしているようにも見える。
やはりシンジにとってレイは大事な存在。
シンジの振る舞いや言動からして、そうとしか見えなかった。

「了解です。すぐに試験手順を変更しましょう。二度に分けて試験作業を行うことになりますが」
「それでは各部署、早急に手筈を」
「手順書の修正は大至急で」

会議の参加者は頷きあい、立ち上がる。
もちろん、マヤも。

「先輩、では」
「ええ、急いでね。マヤ」

さっそくダミープラグの用意をしなければ。
薬品ごと「レイの素体」をプラグに詰め込む、その作業を。

シンジといえば。
「では、部屋に戻って休みます。何かあったら連絡を」
そう言って、レイを伴い去っていった。

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その後、アスカは再びシンジの元に赴いた。
もちろん、参号機のパイロットについてだ。

「ちょっと、パイロットはあの子に決めたんですって?」
「僕一人が決めたんじゃない」
「あんた、アタシの言うことが信用できないの?」
「それは関係ないだろ? パイロットを誰にするかどうかと」
「あの子にエヴァを3台も与えてどうするのよ」
「知らないよ。作戦に合わせて着替えろってことじゃないかな」
「だから! あの子の存在自体が許せないのよ、アタシは!」
「許せないなら、どうするのさ」

激しい言い合いの末に、舌打ちして去っていくアスカ。
リツコは、今度ばかりはリアルタイムで傍受に成功。

しかし、役に立つ話は何もない。
これだから、盗聴という作業はくたびれる。

「先輩?」
「ああ、そうね。松代に向かうメンバーの選定を……」

リツコは耳にイヤホンを付けたまま仕事に戻る。
周囲の者はそれに対して何とも思わない。
みな、各部署からの連絡を受けるため、と思っている。

忙しい身の上だ。
葛城作戦部長と冬月副司令。
その代表者2名が不在の折、いつ何時でも連絡に答えて貰わなければ困るのだから。

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そして、起動試験開始。

場所は松代。本部から遠く離れたところ。
そこに直接、アメリカから巨大輸送機で参号機がやってくるという。

リツコの率いる技術部一同、到着した参号機を取り囲み、すぐに作業に取りかかる。
用意された「ダミープラグ」を挿入し、万一に備えて参号機を厳重に固定。
作業を終えればすぐに待避。

何しろ、四号機はその周囲一体を全て消滅させてしまったのだ。
微生物すら残さない完全な消滅。
正にサードインパクトが発生したかのような有様だったとか。
だからこそ、今回の作業はほぼ無人で行われる。
NERVの内輪の話としても、表だって人の犠牲を投じるわけにもいかない。

その様子を、シンジは司令塔の巨大な司令席で見守っていた。
相変わらず、肩に父親の上着を引っかけて。
その斜め後ろにはレイが座っていた。
もう片時も離すものかと、そんな彼の決意が伺えるかのように。
あるいは、彼女無しには動くことが出来ないような、まるでレイそのもののように。

「どうしたの?」
シンジは尋ねる。

参号機の様子がおかしい。
やはり起動試験は失敗か。

――ビーッ! ビーッ! ビーッ! ビーッ! 

スーパーコンピュータMAGIが、起動試験の上では有り得ないアラームを発令する。
まさか、と振り返るオペレーターの日向。

しかし、現実だ。
現実にMAGIが判断を下したのだ。

参号機が放つ反応、それは使徒であるとMAGIは判断を下したのだ。

「おい、誤認じゃないのか。エヴァは使徒アダムのコピーの筈だ」
「いや、間違いない。反応が二つあるんだ。それは使徒アダムと、もう一つ」
「今、松代は無人だろ? 確認を……」

ざわつくスタッフ達。
所詮、彼らは自分の役割に終始するだけの烏合の衆。
そんな彼らを静かに諫める者。

「総員、第一種戦闘配置」
シンジであった。

両手を口元で組み合わせた、その姿。
誰かが気付いただろうか。それは父親の仕草にそっくり同じであることを。
しかし、そのポーズには実は理由がある。
覚えていないはずの父親から譲り受けられる筈がない。

「これより参号機は使徒と認定。早急に破棄を要請します。
 弐号機の出撃によって対処を。レイと初号機、零号機は本部にて待機」

そう言いながら、両手で隠したシンジの口元が微かにゆるむ。何かを思いついたのだ。
その口だけを歪めてニヤリと浮かべた笑みを隠すため、そのために両手を組み合わせて隠しているのだ。

日向はシンジの指令に頷く。
それしかないだろう。レイは本部の最大の武器、ポジトロンライフルの射撃手である。
既に前例のある、使徒の複数同時進行の可能性は無視できない。

NERVの総員は一斉に動き出す。
総司令、碇シンジの指揮の下に。









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最終更新:2009年06月08日 22:29
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