総司令 第参拾弐話

※ ここまで読ませておいて、こんなことを申し上げるのはどうかと思いますが。

※ ここから先、かなりの鬱展開になると思います。
※ 読むと嫌な気分になってしまうかもしれません。ご了承下さい。

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松代。

参号機は起動に成功。
確かに起動は、成功した。

「起動正常。S2機関、問題なく作動しています」
「動力値、無限か。すごいな」
「神経接続、問題無し。暫定ダミープラグとのシンクロ率は……」

実験施設で腕組みをしながら見守るリツコ。
起動試験はすんなりクリアしたようだ。
シンジの取り越し苦労だったか。しかし、四号機が炸裂したのは起動した瞬間だ。
実は今の瞬間こそ、非常に危険な瞬間だったのだが。

この調子なら問題ないだろう。
さっそく本部に連絡し、いよいよ本物のパイロットで――。

「おい、どうした」
「う、動き始めました!」
「そんなはずはない! 暫定ダミーから動作信号が出るはずは……」
「拘束具が引きちぎられる! なんてパワーだ!」

それはそうだろう。
何しろ、S2機関搭載型なのだから。

――ウオオオオオオオォォォォォ……ンンンッ!!

咆哮を揚げ、猛り狂う参号機。
まさに、暴走状態。

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リツコを含む試験チームは、参号機からは距離を置いて作業を行っていた。
四号機の二の舞を恐れてのことだったが、その用心のお陰で参号機暴走の被害を逃れることが出来た。

しかし、見境無く破壊の限りを尽くす参号機。
既に拘束具から逃れて周辺施設を踏みつぶし、見るもの触れるものを全て打ち砕き始めたではないか。

「神経接続を切れ! 早く!」
「駄目です! 参号機、停まりません!」
「ワイヤーを張れ! なんとしても動きを止めろ!」
「了解!」

リツコは悩む。
スタッフ達は手を尽くそうとするが、どうにも思い切った手を打てずにいる。
なぜなら、参号機の走行を簡単に諦めることが出来ないからだ。
世界規模のプロジェクト、人類存亡を賭けた計画、とても参号機をポイッと投げ捨てるわけにも行かない。

しかたなく、リツコもまた順を追って対策の指示を下す。
「プラグの強制イジェクトを。それで参号機の内部から起動停止のプロセスに入るはず」
「……駄目です。信号は正常に受信しているようですが」
「なら、外部から過負荷を与えるしかないわね。待機中の戦自に連絡。攻撃を……」
「ま、待ってください! こっちに来ます!」
「ええ!?」

周囲全てを破壊し尽くした参号機。
その行動範囲を更に広げて、遠隔操作していた現場施設の方へと向かって来るではないか。

「まずい! 緊急避難! 総員、避難せよ!」
「赤木博士! 逃げてください!」
「し、しかし」
「こっちに来ます! 早く!」

その時だった。

ゴウッ――というジェット機の音が上空から。

リツコは窓から空を見上げる。
なんと、弐号機が空輸されてきたではないか。

そして、そのまま巨大輸送機から弐号機が投下され、リツコ達と参号機の間にズシンと降り立つ。
シンジの素早い対応が功を奏して、試験チームの救出に間に合ったようだ。

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弐号機が松代の地に到着。
リツコ達が参号機に使徒が取り憑いていることを知ったのは、その後だった。

参号機と対峙する弐号機。
参号機はこれまでの激しい動きをピタリと止めて、新手をジッと睨み据える。

アスカは、シンジの指示で動かなければならないことが気に食わないだろう。
しかし、なにしろ使徒の登場である。
自分の実績を上げなければ、自分のプライド、自分のアイデンティティーが確立できない。
とりあえず戦意は上々のようだが、しかし。

『ねえ、シンジ! ここって、例の参号機が試験してるところじゃないの?』

モニタを介してシンジに問いかけるアスカ。
取り急ぎ出撃したためか、まだ事情をよく判っていないようだ。

「そうだよ。ほら、あれが目標だ」
シンジはケロリとして、アスカに言う。

『あれ……あれって』

アスカは見た。
自分の目の前にある、その姿。
まさしく自分が乗っているエヴァと同じ姿。

「そうだよ。あれが使徒、目標だ」

ズシン、ズシン、と弐号機に近づく参号機。
どうやら、倒すべき相手の登場と見て、落ち着きを得たようだ。
やはり取り憑いている使徒のせいだろう。その挙動、普通の暴走状態とは違うようだ。
まるで舌なめずりをしながら、弐号機に迫りつつあるような。

『ちょっと、あれにはファーストが乗ってるんじゃないの? それをアタシに倒せっていうの?』
そんなアスカに、シンジは小首をかしげる。
何故、アスカがそれを言うのかな?
レイの存在が許せないんじゃないの?

しかし、シンジはあえてそれを口にしようとはしなかった。
代わりにこう言った。

「アスカ、レイならここにいるよ」
『え?』
「モニタに映っているかな。ほら、レイは僕の後ろにいる。今、参号機はダミープラグで動いて居るんだ」
『あ……ああ、そういうことね』

それでアスカは納得した。
『なら、いいのね。潰すわよ? 徹底的に』
「うん、頼むよ」
『ったく、アンタのケツをまた拭かなきゃならないなんて』
と、アスカの口調は明るさまで取り戻し始める。

どんな目に遭うかも知らないで。

しかし、使徒が取り憑いているとはいえ、最新型にしてS2機関搭載の参号機。
はたして、弐号機に対して勝ち目があるのか。

シンジはマヤの方を見て、命じる。
「参号機、上下肢切断」
「え?」
「ほら、手順書にあったでしょ? 早く」
「……はい」

ほんの少しためらいを見せたマヤ。
参号機をいきなり分解しては勿体ない? いや、違うだろう。

どうやら、その仕組みは使徒が取り憑かれていながらも維持していたようだ。
バキン、という凄まじい炸裂音と共に、参号機の両腕、両脚が切断される。
もはや、参号機は完全なダルマ状態。

シンジはアスカに指示をする。
「さあ、後は潰すだけ」
『……』

何とも言えない空気が漂う。
いや、特に意味はないのだが。

もはや身動きが取れなくなって、地面にうごめく参号機の胴体。
アスカはトドメを刺すだけ。
ただ、それだけ。

『……な、なによ。そんなことしなくても、アタシの腕前で倒して見せたのに』
アスカは一応、強がりを見せる。

『や、やるわよ』
「どうぞ」
シンジは即座に返答。

『……えいっ!』

――ドカッ! バキッ! グシャッ! ガシッ!

徐々に弐号機の攻撃は勢いを増し、やがて虐殺の行為へと変わっていく。
そうして、参号機を攻撃する内にアスカの中に芽生える残虐さ。
これまでのストレスもあるのだろう。
ものを壊す快感、それは例え平穏を愛する者にも持ちうる立派な快楽なのだ。

その有様を見ながら、マヤはなんだか苦い顔をする。
あのダミープラグには「レイの素体」が入っているのだ。
如何に今、シンジの側にいるレイとは別物とはいえ、これは――これでは、あんまりではないか?

マヤはシンジの方を見る。
しかし、口元で手を組み合わせているお陰で、その表情が掴みづらい。

やがて胸部の走行が弾け飛び、その姿を見せる参号機のコア。
『これって、使徒の……』
「使徒だからね。それを潰さなきゃ」

それこそ、S2機関の本体にして、もう一つの「レイの素体」が眠るコア。

――バキッ!

「参号機、活動停止」
「使徒、反応消失……」

そのスタッフ達のアナウンスを覆い被せるようにして、シンジは指示を続ける。

「それだ――アスカ、それが使徒の取り憑いた本体だ」

弐号機の手にはダミーであるエントリープラグが握りしめられていた。

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マヤは思わず席を立ってシンジを静止しようとする。

「シンジ君、待って! それは……」
「アスカ、早く」

『え? ああ、これもね』

パキン……ッ!!

アスカの手に、エヴァとのシンクロを通して嫌な感触が伝わった。
虫か何かを手で潰したかのような。

『え、何これ、ちょっとシンジ……? あれは、あれは……』

アスカはそれが何なのか、すぐには判らなかった。
だが、おぼろげに理解し始める。

モニタに映る弐号機の右手。
それが握られているもの。

『――ああっ! あああああああああああああああッッ!!』

それは正しく、血塗れの「レイの素体」であった。

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――ドスッ、ドスッ、ドスッ、ドスッ

凄まじい足音が本部内を駆けめぐる。
そして甲高い金切り声。

「シンジっ! どこよ、どこにいるのよ!」

アスカであった。
怒りに震えるアスカは本部に帰還してすぐ、シンジの姿を探し始める。
弐号機のエントリープラグから飛び出してすぐ、今だ血の味にも似たLCLの臭いを漂わせながら。

しかし、シンジはすぐ近くにいた。
そこはエヴァの格納庫。そこにある赤い扉を開けて、その中に入ろうとしていた。

「待ちなさい、シンジ!」
アスカもシンジを追って、扉の中へ。

シンジは落ち着いた様子でアスカに答えた。
「なに、怒っているのさ」
「よくも……よくも、このアタシにあんなことを……ダミーとかいって、やっぱりあの子が乗ってたんじゃないの!」

シンジは肩をすくめる。
「でもアスカ、君は言っていたじゃないか。レイの存在が許せないって」
「だからって、このアタシにさせることはないでしょ! それもあんなやり方で!」
「自分の手は汚したくないって?」
「あのね。そうはいってもファーストはかつての同僚、それなりの方法が……」
「アスカ、さっきモニタで見せたじゃないか」

アスカが扉の中に入ったのを見越して、シンジはボタンを操作して赤い扉を閉めた。
「あれはダミープラグだよって。レイは僕のすぐ近くに居たじゃないか」
「それじゃ、アタシが握りつぶしたのは何なのよ!」
「ダミーだよ。モニタでレイが僕の側に居るのが見えたでしょ?」

アスカにはシンジの言っている意味が判らない。
それはそうだろう。
レイとは何なのか、あのダミーとは何なのか、それをアスカは知らないのだ。

「……いったい、どういうことよ。アタシが潰したのは確かに」
「だから、これから見て貰うから」

そして、エレベーターは動き出す。
そう、シンジはアスカをエレベーターに誘い込んだのだ。
あの司令を含むごく一部の者しか乗る権限のないエレベーターに。

(怒ったり感情的になれば、かえって不利に陥るものだ。
 気迫を相手にぶつけて優勢に立っているように見えるが、逆に感情的になりやすい。
 そして、相手に操作されやすくなる)

どうやら、冬月は正しい教育をシンジに施していたようだ。
もはや、アスカはシンジに完全に乗せられている。

「こ、これ、どこに行くのよ。何を見せようって言うのよ」
「見てからの、お楽しみ」

そして。

――チン。

エレベーターの扉が、開く。

「え? 何あれ、ねえちょっと、シンジ? あれは、ファースト……い、い、い……いやああああッ!!」

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水槽の中に乱舞する「レイ達」。
それを見たアスカは、もはや発狂寸前。

シンジとアスカが部屋に入った瞬間、全ての素体が一斉に振り向いた。
そう、生きているのだ。
記憶も何もない空っぽの状態だが、水槽の外を認識して動くことも出来るのだ。

「ひぃっ!」
その有様を見てアスカは更に悲鳴を上げる。

いや、まだだ。
そうシンジは考えているらしい。
アスカの手を取り、ズルズルと水槽の前へと引きずっていく。

「ほら、アスカ。もっと近くで見てごらん? どれもみんなレイだよ」
「いや、止めてよ。お願い、止めて」
「いい、アスカ? エヴァのパイロットはね。こうして作られて保管されて居るんだ」
「え?」

それで、十分だった。
あとは効果を見ながら、高みの見物。

アスカはうろたえながらも、シンジに言い返そうとする。
「ねえ、シンジ。前に話したでしょ? アタシ、言ったわよね? アタシは優秀な遺伝子を掛け合わせた……」
「……」
「ちょっと、何か言いなさいよ。ねえ、嘘でしょ? こんなふうにアタシが作られた訳が無いじゃない!」
「……」
「ねえ、シンジ! ねえってば! ねえ……」

シンジは何も言わない。
アスカの言う話。実は正しい真実だった。
しかしアスカにとっては聞いただけの話。
そしてレイの水槽は目の前にある。

「いや……いや、いやよ……いや……」

シンジの仕掛けた罠。
それはジワジワと効いてくる、決して馬鹿には聞かない罠。

――もし自分がクローンだとしたら?

――もし自分がクローンだとしたら、はたして自分は本物の自分なんだろうか? 本物の自分はとうの昔に死んで……。


「いやああああああああああああああああああっっ!!!」

ドッペルゲンガーとは、確かドイツ神話であったはず。

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シンジはどさりとアスカの体を床に打ち捨てた。

「ふう、運ぶの大変。誰かお願い」
そう言って、周囲に居る者に声をかけた。

ひ弱なシンジには、アスカの体をここまで運ぶのが精一杯だったらしい。
大切な友人のアスカだが、まるで大きなゴミでもあるかのように床に捨てるしかなかったようだ。
どうやらアスカは気を失っているようだ。

その光景に、周囲のスタッフ達は一斉に引いた。
しかし、遠巻きに見ているわけにも行かない。
アスカの体を助け起こし、顔を平手で叩いて正気に返そうと試みる。

そして、アスカは意識を取り戻すと、
「いや、いやよ……いや、いや、いやだ、いや……」
よく判らないことを口走り始めた。

「おい、どうしたんだ」
「……医務を呼ぶんだ! 早く!」
「待て! と、取り押さえろ!」

スタッフの一人がアスカの手を取った瞬間、半狂乱で藻掻き始めた。
それを周りにいた者が総掛かりで押さえ込もうとする。

「いやあああ! いやあああああああああああああああッ!」

その光景を見ていたマヤは顔を蒼くした。
そしてシンジは、何の関心も無いかのように立ち去ろうとしている。
「レイ、お待たせ。行こうか」
そういって待っていたレイの肩を抱きながら。

その彼をマヤは呼び止めようとした。
「シンジ君! いったい何があったの? ねえ、アスカに何が――」

しかし、シンジには聞こえなかったらしい。
そのまま上階へと通ずるエレベーターの中へ。

幸か不幸か。
シンジがアスカを「レイの水槽」へと導くところは、誰も見ていなかったようだ。







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最終更新:2009年03月03日 16:57
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