第八話

(本当にハーレムだな。こりゃまいった。)
NERV本部の中をシンジと共に談笑しながら歩く加持。
どうにも軟派な笑顔が鼻につく男であったが、シンジにはなかなか好印象であるらしい。
「へえ……ミサトさんの知り合いなんですか。」
「ああ、実はね……どう?葛城の寝相の悪さは治ってる?」
「え?いや、ミサトさんの寝ているところは見たこと無いので……」
(成る程、ミサトはおろか誰とも寝たりしてないんだろうな。)
「では、起動試験が有りますので。」
そう言って初号機に向かうシンジを見送る加持リョウジ。
そんな彼に後ろからずっと睨んでいたミサトが声をかける。

「この紫禁城に男のあんたが入れるなんて……ちゃんとチンチン切り落として来たんでしょうね?」
「お、恐ろしいことを言うなぁ、葛城は……ほら、シンジ君の父上に貰った正式な辞令だよ。」
「……何しに来たのよ。」
「君の補佐。そしてシンジ君の相談役と監視役。好みを調べて必要なら背中を押せってさ。」
「あのね。下手にシンジ様を刺激して貰っては困るの。あの方、すごく壊れやすくて。」
「しかも内気で純粋で経験不足のウブな少年……おいおい。」
「こら、銃を下ろしなさい……ここでシンジ様を侮辱したら死ぬわよ?」
銃を引き抜いた後ろの部下をたしなめながらも、ミサトは加持に向かってすごむ。
「おお、怖い……」(ちょっと内緒話がある。ちょっとこっちへ。)


(何よ、いったい……)
(もっと組織作りは慎重に。俺が止めなきゃメイド達は総入れ替えされているところだ。)
(……!?)
(大丈夫、その手の情報は流さないようにしてるよ。ずいぶん前から君たちを監視しているのは俺だ。)
(いったい、あんたたちの狙いはなんなのよ?シンジ様をどう……)
(シンジ様、ね。君たちへの教育は完璧な訳だな。)
(私達をここの売女どもと一緒にしないで。)
(実は俺にもよく判ってないんだよ。ただ……)
(ただ?)
(シンジ君をここの奴らにおぼれさせるな。狙いは判らんが、とにかく連中は彼が墜ちるのを待っている。)
(……)
(見たところ、まるで親父向けの週刊誌のような下品なハーレムに目がくらんでいないみたいだけどね。)
(……でも)
(そうだな。確かにこのままでは時間の問題だ。シンジ君はどうも孤独に悩まされているようだし。)
(孤独?)
(ああ……多分、本人も気付いてないんじゃないかな。それじゃ……)
「あ……」
そこまで言い終えて、加持はミサトの元を離れていった。


果たして信用して言いものかどうか。
でも、言っていることは腑に落ちることばかりだ。
孤独。これだけの人々に崇め祭られ従えている彼には意外に聞こえる言葉だが、
対等に向き合う人間が一人も居ないのが実情である。
何気ない会話をミサトやメイド達と交わすことは出来ても、
本心から気持ちを伝えられる相手が居なくては、孤独を感じるのも無理はない。
もしかしたら、加持がそうした相手となり得るかもしれないのだが……
しかし、制約された中でもシンジのために心を砕いてきたミサトにとって、
シンジが孤独に落ちているという結果が、そして自分のふがいなさが呪わしいばかりであった。


話は変わって、碇シンジの朝。
シンジ邸の朝は早い。シンジは午前5時に目覚め、洗顔の後に特設のアスレチックルームに向かう。
悶々とした股間を抱えたまま、腕立て伏せやスクワット、腹筋などの朝の軽いメニューをこなすシンジ。
もやもやした感情を沈めるために始めた筋トレだが、どうやら最近では逆に利用しているらしい。
それが終わればシャワーを浴びつつ、そこでやっと自己処理を済ませるのが日課だ。
そのとき、何を脳裏に描きつつ自分を慰めているのか、それを知るものは誰もいない。
その後、柔らかいバスローブに身を包み食卓に向かえば、
タイミングよく朝食の準備を終えたメイド達が一斉に挨拶する、という訳だ。


シンジが朝食をしたためていると、既に制服を着込んだミサトが現れる。
その様子はまるで、参謀長官が朝の挨拶に伺う大統領の食卓のようだ。
「お早うございます、シンジ様。」
「ミサトさん、お早う……あれ?ミサトさん、綾波が何でここにいるの?」
「実は、今日からここにお預かりすることをシンジ様にお願いに上がったのです。レイ?ご挨拶を。」
「……お早うごさいます。」
「あ、あのね?レイ。なんていうかその……もっと、ハキハキとした……」
「ああ、いいんだよミサトさん。でも、今まで住んでいた所はどうしたの?」
「同じエヴァパイロットですし、一人で住むよりもこちらで面倒を見た方がよろしいかと。」
「う、うん……空いてる部屋は幾らでもあるし、みんなの手間じゃないんなら……」
「よろしいのですか?ありがとうございます。ほら、レイもお礼を。」
「……ありがとう。」
「あのねぇ……レイ……」
「いや、いいんだってば……ごちそうさま。ん?何かな?」
シンジが食事を終えた所を見計らい、メイドの一人が割り込んできた。
「シンジ様、レイ様、お話の所を失礼いたします。シンジ様?そろそろ足の爪を切らなくては……」
「ああ、いいよ。自分でやるから……え?ちょっと、綾波?」
「メイドさん……私にやらせて……」
「いや、いいんだってば……あ。」
「ここに足を乗せて……」


シンジの足からスリッパを脱がせて、レイは自分の膝に乗せる。
「あの……綾波……その……」
思わずうめき声を上げるシンジ。しかし、レイは構わず爪を切りヤスリをかける。
そして、レイがその仕事を終えるのが早いか、シンジはいそいそと立ち上がる。
「あ、ありがと……ちょっとごめんね。トイレに……」
「はい。」
そんな彼を笑顔で見送ったミサトは、思わず声を潜めてメイドにささやく。
(意外とツボだったみたいね。)
(ですね……シンジ様、朝は必ずお抜きになるのに、二度目とは……)
(本当ね。もし、膝枕で耳かきなんかやったら大変なことになってしまうのかな。)
(あたし、それ狙ってたんですが……駄目ですか?やっぱり。)
(止めた方が良いわね。片方の耳が終わらないうちにシンジ様が暴発しても知らないから。)
(そ、そうですか……不思議ですね。本部であれほど刺激を受けておいでなのに。)
(フェチズムは難しいわよ?単なる素っ裸だけじゃ面白みが……)「何?騒がしいわね。」
「はッ!本部の伊吹マヤが緊急につき、今すぐシンジ様にお伺いしたいとのことです。」
「こら、あんたは今はメイドよ?軍隊口調は止めなさい……すぐ、お通しして。」
「はッ!……じゃなくて、えーと、かしこまり……」
「失礼します!伊吹です!ああ、ミサトさん、シンジ様は?」
「マヤも皆も静かにして。今、シンジ様はオナニー中よ?」
「え?え?あの、その……」


聞き慣れない言葉を聞いて、顔を真っ赤にしながら謝罪するマヤ。
そんな彼女を横目にメイドの一人がさらりと言う。
「シンジ様が達するまで、あと2、3分というところです、ミサト様。」
「そう……二度目だからそんなところね。で、マヤ。いったいどうしたの?」
「はい、あの……使徒が現れたのです。発見は午前4時なのですが。」
「えー?今まで、こっちに連絡もしないで何やってたのよ。」
「それが、本部だけでなく第三東京市で全面的な停電が発生して……」
「ああ、ここは自家発電だから判らなかったのね。」
「で、アスカさんを叩き起こして現在交戦中ですが、かなり手こずっているという次第でして。」
「当然よ。今までの経緯からシンジ様じゃないと倒せないことぐらい判ってるはずよ?」
「はい、そう言うわけで初号機をここまで持ってきました。弐号機がもうすぐここに引きつけて……」
「だからぁ、シンジ様はお忙しいっていってるでしょ?まったく……アスカと通信できる?」
「はい、これで……あの、ちょっと……」
(ガガッ)「アスカ、聞こえる?ちょっと時間を稼いでくれないかしら。」
「ちょ、ちょっとミサトさん。それは無茶……」
(ガガッ)「ほら、ゴチャゴチャ言ってないで、浅間山にデンしてから戻ってきて。それじゃ。」(ブチッ)
「ミサトさん、無茶ですよ……バッテリーがそこまで持ちません……」
「なーに言ってるの。使徒なんかにシンジ様のオナニーの邪魔をさせてたまるもんですか!」
「ちょ、ちょっとミサトさんの方が声が大きい……ああッ!来ますッ!」
「こっちに来るの?この屋敷を壊すつもりじゃ……」


しばらくして、遠方から物凄い絶叫が聞こえてきた。

「…………ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああッ!!」

弐号機の内部から響き渡るほどにすさまじい悲鳴。
その雄叫びから如何にアスカが大変な目に遭っているかがよく判る。それもそのはずである。
その弐号機の上を、使徒がボタボタと溶解液をまき散らしながら凄まじい勢いで追いかけて来たのだ。
弐号機はシンジ邸をややかすめるほどの距離を通り過ぎたのだが、
やけに足の長い巨大な使徒は、まるで「シンジ邸を踏まないように」走っているかのようだ。

「ああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」

一応、ミサトの命令を守っているらしく、ドップラー効果を加えながら弐号機は去っていく。

さて、事を済ませたシンジが使徒の出現を聞いたのはそれから10分後。
彼が朝食後の軽い運動として使徒を打ち抜いた時には、
せっせと使徒が溶解液を注ぐ中で、すでに機能停止した弐号機が半壊状態になっている所であった。
危うく死にかけるほどに戦ったアスカの労をねぎらいながらも、
近いというのに絶対にシンジ邸に招き休ませようとはしないミサトであった。
最終更新:2007年02月21日 22:35
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