総司令 第参拾四話

第14使徒、ゼルエル。

これが、我らに残された最後の切り札。

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ゼーレ委員会。

キール議長の元に集う、世界中の有力者達で構成された影の支配者。
その彼らが満を持して発動する「人類補完計画」。
シンジが不在の正式な会議が今ここに開催されようとしている。

『如何かな、方々』
と、キール議長は評価を求める。

それを受けて次々と浮かび上がる委員の面々。
これまで議長一人が引き受けていたため、シンジと同席することがなかった者達。
いや、一度だけ出会っている。
シンジが会議に参加したその初回で、子供が何故、と憤慨していた者達だ。

しかし、その評価は一変していた。
『ふむ、悪くはない』
『碇シンジ、その心根は正しく計画の意義に添うようだな。良い仕上がりだ』
『流石、議長の手並みは見事という他はない』

議長は謙遜する。
『いや、私は指示を下したのみ。全ては赤木リツコの手際によるもの』
『まだ利用できるか、あの女』
『人は利益なく動くことはない。ましてや』
『そうだ。ましてやあの女は、人にあらず』
『左様、あれは碇ゲンドウに仕込まれているはず』
『だが、ゲンドウを消したのもまた、あの女……』

会議室はざわめく。
むろん、それを納めるのも議長の役目。

『いや、碇シンジの仕上がり次第では、彼女も不要』
『ですな。ならば早い内に』
『そうだ。あの女は参号機をも失い、みすみすセカンドチルドレンが落ちる様を見過ごしたのだ』
『これでは弐号機の存在も無駄。どれほどの損害となったことやら』
『ならば』

議長はよりいっそう語気に力を込める。
『NERV首脳陣も四散し、戦力も減衰しつつある現状。今一度、方々の助力を願わねば』
『左様、肝心の使徒殲滅が成し遂げて居ない内は』
『そうだ。まさしく、それが急務』

各委員の同意を受けて、議長は続ける。
『では、彼を。パイロットの不足はこの少年に補わせる』

その会議室の中心に映し出された映像。
それは一人の少年だった。
その映像を見るに、どうやら招待された居間でくつろいでいる様子であった。

『名は渚カヲル。フィフスチルドレンにして第17使徒、タブリス』

会議室は一斉にどよめく。
エヴァのパイロットにして、使徒であるという驚異の存在。
いったい、どのようにしてその彼を捉えたのか。

『彼こそが我々の切り札となる。彼に使徒殲滅を遂行させ、彼自身もまた消えて貰う。
 それにより、いよいよ人類補完計画は発動可能となるだろう』

その渚カヲルという少年。
自分のことをそのように語られていることを知ってか知らずか。
豪華な居間のテーブルに飾られた果物を摘みながら、陽気に鼻歌でも口ずさんでいるようであった。

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スタッフの一人がリツコを呼び止める。
それこそがリツコに好機の到来を告げるサインであった。

「ああ、赤木博士。総司令がお呼びです。大至急、執務室にお越し下さるようにと」
「シンジ君が? 判ったわ。すぐに行くから」
リツコは急ぎ足で執務室に通じるエレベーターへと向かう。

ついにリツコにチャンスが訪れたのだ。
しかも、シンジの方から声が掛かるとは思っても見なかった。

(シンジ君にとって次の標的は恐らく私。アスカに向けられた仕打ちは、私がシンジ君にしたことに似ている。
 それにしても、こんなふうに直接、私と相対することを選ぶとは思っても見なかった)

リツコははやる気持ちを抑えながら頭の中を整理する。
(話をしてしまえばこちらのもの、という訳ではないけれど――いや、勝負などという考えは捨てよう。
 しかし、急がないと。シンジ君はいつ何処の誰から、どんな働きかけを受けるか知れたものではない)

何しろ、14歳の少年だ。
大人の手管に掛かれば、あっという間に腕をひねり上げられてしまうだろう。
だからこそ、自分が誰よりも早くシンジと接触しなければ。

そんな考えを胸に抱きつつ、リツコが執務室へと上がったその直後。

「ん、この反応はまさか――」
MAGIオペレーターの一人が、モニタに目を見張った。

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シンジはレイを自分の傍らに置いて、執務室の仕組みを探っている。
「えーと、入退室許可の設定は……と。これでいいのかな?」
そんなふうに、ピッ、ピッ、とデスクのコンピューターを操作する。
その様子をレイは覗き込もうとするが、しかし彼女にはさっぱり判らない。

そして、シンジは満足したらしい。
「出来上がり。さあ、後は……チャンスを待つだけ」
果たして来るのだろうか。
自分に望ましいチャンスというものが、本当に訪れるのだろうか。

シンジはコンピューターの広域マップを広げて、じっと眺める。
執務室では、司令塔のシステムに匹敵するほどに、あらゆる情報を閲覧することが可能だ。
シンジは暇な時にやってきては、その詳細まで調べ上げていた。
何しろ、学校も通い勉強に費やすはずの時間が有り余っていたのだから。

そして、諦めた。
いつ変化するかどうかも判らないものとにらめっこなんて、よほどの暇人でなければ出来る訳がない。

シンジは、ふうっと溜息をついて席を立つ。
「レイ、画面がなんか変わったら僕に教えてね。ちょっと食べ物を取ってくる」
「……これ?」
「え? これって……あ」

地図上、太平洋の沖合いに、ふわりと何かが浮かび上がる。
エネルギー質量の変化を示す、その兆し。

「……そうだ。間違いない。使徒だ」

シンジはそう呟いた。
この使徒襲来の発見はNERVスタッフの誰よりも早かっただろう。
MAGIコンピューターによる判断はまだ出てないが、それよりも早く兆しを見つけることが出来たのは非常に幸運だった。

シンジの声が思わず震える。
「……レイ?」
「はい」
「覚悟は、いいね?」
「はい」
シンジの緊張も無理もない。いよいよ来たのだ。

自分の切り札を投じる、その瞬間が。

そして、シンジは内線を手にする。
「あの、赤木博士に伝えて頂けませんか。すぐに執務室に……」

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リツコは気を静めて、エレベーターのステップを踏む。
そしてボタンを操作すると、せり上がり式のそれは彼女を執務室へと運んでいく。
そして執務室の一見なにも無いように見える場所にリツコが登場する。
いっさい壁で仕切らないという、シンジの父、碇ゲンドウのこだわりだ。

そして、到着したのだが……?

「――シンジ君?」
リツコは広大な部屋を見渡す。確かに誰も居ない。
巨大なデスクの影? いや、居ない。

しかし、リツコはある程度だが執務室の構造を知っている。
エレベーターは複数存在するはず。
どうやら、シンジは自分と入れ違いで階下に降りていったのだ。

鬼ごっこ? あるいはかくれんぼかな。
こういう子供じみた手では自分には不利だ。

「やれやれ……」
リツコは思わずそう呟いて、盗聴の傍受のためのイヤホンを耳に付け直す。
いや待て。執務室では電波が届かないではないか。

しかし、なんのことはない。自分も階下に降りればいい。
そう考えてエレベーターを操作するが、しかし。

「動かない? そんなことが」
リツコは慌ててデスクに向かう。
そうか。シンジはセキュリティーの設定を変えてしまったのだ。
シンジ以外の者では出られなくなるように。
もはや、そこは完全な牢獄と化してしまったのだ。

ならばと、デスクのコンピューターに触れる。
操作不可能。
そこまでシンジは間抜けではない。
内線すら繋がらない。

「やられた……」

リツコは完全に閉じこめられてしまったのだ。
逆に外から入ることは可能かも知れないが、しかしミイラ取りがミイラになるだけのこと。
それに、シンジが外に出た後で誰がここに来るというのだろう……。

その時だった。

――ズガアアアアアアアッ!!

凄まじい轟音。強固に作られているはずの本部が、その衝撃で身震いをする。
思わずリツコは立ち眩むが、なんとか転倒せずに耐えしのいだ。
そしてリツコは遙かに遠くの窓から外を見た。

なんということだ。
このジオフロントの天井が破られ、その内へと使徒が侵入してきたではないか。

いや、もっと大変なことが始まろうとしている。
リツコは広大な執務室の窓へと駆け寄り、下を見下ろして顔を蒼くした。

「エヴァが2体! 何故!?」

何度見直しても、確かに2台。初号機と、零号機。
いずれもレイが専属パイロットの機体。

判らない。どういうことだ。
パイロットはもはやレイ一人。また暫定ダミープラグを?
考えられることはそれぐらいだが、どうにも嫌な予感がする。
もしや……?

「くッ!」

リツコは銃を抜いた。
そしてデスクへと駆け戻り、その狙い目を探り始める。
手にある物で何としてでもセキュリティーを突破し、脱出は無理でもせめて連絡を取らなければ。

(急げ、リツコ。この嫌な予感は間違いない。私にとって最悪の事態が起きようとしている)

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「第1から18番装甲まで融解!」
「ポジトロンライフルシステム、完全に破壊されました!」
「そんな、我々の切り札が……」

突然の使徒襲来、それと同時に強力な攻撃を受けて、司令塔はパニックを起こす。
「総員、第一種戦闘配置! 死守せよ! なんとしてでも!」
誰かが叫ぶ。しかしどうやって?
それを指示できる者は誰も居ない。

作戦部所属の日向は思わず唇を噛む。
冬月もミサトも、そしてリツコも不在。
後の頼りの綱は?
いや、自分こそがNERV作戦部の筆頭ではないか。

しかし、これでどうしろというのか。
もはやアスカは出撃不可能。
そしてレイはシンジと執務室に閉じこもりきり。
切り札のポジトロンライフルも真っ先に潰された。
いったいどうやってこの場をしのげば……。

『日向さん、出るよ』
デスクのモニタから自分を呼ぶ声。
シンジだった。
どうやら、彼はエヴァの格納庫へと来ているようだ。

「あ、ああ、シンジ君、レイの出撃準備をしていてくれたんだね。いや、しかし」
『何?』
「我々に残されているのは、パレットライフルに近接戦闘用の武器だけ。しかも出撃可能なのはレイ一人。これでは……」
『僕も出るよ』
「え?」

その声に日向だけでなく司令塔全ての者が衝撃を受ける。

『僕も出る。多分、初号機なら僕でも操縦可能のようだから。大丈夫、囮くらいにはなるよ』

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エヴァ格納庫。

「えっと、こうかな? あれ……ああ、ありがとう」
プラグスーツの着用に相変わらず慣れない様子のシンジ。
そんな彼にそっと手を添えるレイ。

いったいどちらがどちらの世話をしているのか判らない、あいかわらずの二人。

「レイ、いよいよだね」
「はい」

そしてシンジはレイと抱擁を交わす。
仲睦まじいようにも見えるその二人だが、果たして恋人同志としてのやり取りをしただろうか。

出会ってから沢山の時間があった。
その間、彼は一度でもレイと口づけをかわしただろうか。
あるいは、レイを抱いたことがあるのだろうか。

(男の子であればシンジ、女の子ならレイと名付けよう)

シンジと、レイの名前の由来。
妻、碇ユイに告げたその言葉。
むろん、シンジがそれを伝え聞いたことなど無かったのだが。

シンジは思う。
レイは僕にとって何だったのだろうかと。
まるで妹のような、あるいは母であるような。
あるいは、生涯の伴侶とも。

しかし、今となっては。

「レイ、あそこに円い筒のような物があるよね」
「はい」
「あれを持って行こう。零号機に乗り7番リフトまで歩いていく途中で、忘れずに取るんだよ」
「はい」

そして、シンジは少し言いづらそうにする。
思わずレイの顔から視線を外しながら。

「後、何をするかは……」
「判っています。シンジ」

レイは静かに、シンジに頷き駆ける。

「シンジ、もう何も言わなくても良い。私にはもう伝わりました」
「……」

今一度、レイを抱きしめたかった。
このレイの成長ぶりはどうだろう。
しかも、それは冷たい知性の印ではない。
自分に対する優しさの証。

これほどに成長を遂げたのだ。
レイが生き続けることが出来たなら、どこまでも……。

しかし、時が移る。
もはや別れを惜しむ時間など無い。

「レイ、行くんだ」
「はい」

そして二人は搭乗する。
レイは零号機、シンジは初号機へ。

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そして、射出される零号機と初号機。
その前方には使徒の巨体。
2体のエヴァにはパレットライフルなどの、ささやかな装備のみ。

いよいよ、戦闘開始。

シンジは操縦席に指示を出す。
「初号機……起動開始」
シンジはかつて、レイを指導するため散々頭に叩き込んだ操縦方法。
それは今だに頭にこびりついている。
初めてのエヴァの操縦だが、しかし何をどうすればいいのか熟知している。
それを今度は自分がするだけだ。

シンジの音声により起動開始。
それと同時にエントリープラグの内壁が変色し、やがて全方向モニタが展開される。
初号機の周囲全てが表示され、まるで自分がエヴァそのものになったかのよう。
続いて計器類が表示され、様々な情報が中空に踊る。

シンジはレバーを握る。
そして念じる。かつて、レイにそう指導した通りに。

「動け……動け……動け……動け……」

実を言うと、動かなくても別に構わないのだ。
そう考えながら、シンジは苦笑い。
でも、ここで動かないと――。

「そんなの、面白くないじゃないか」

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「駄目だわ、シンジ君……やっぱり、シンクロ率が上がらない」

司令塔のモニタからシンジとやり取りをしていたマヤであったが、どうにも上手くいかないらしい。
シンジの主張でぶっつけ本番の初号機搭乗を試みたものの、やはりシンジには資格が無かったようだ。
当たり前だと、マヤはこっそり溜息をつく。シンジが動かせる道理は無い筈だ、と。
しかし、それでは以前のアレはなんだったのだろう。

「……おい、見ろ」
「おお、歩き出したぞ」

少しずつ、少しずつではあるのだが、初号機がゆっくりと歩き始めたではないか。
しかし、おかしい。シンクロ率はいっこうに上がらない。
これで動くわけがない。暴走? いや、違う。

マヤは小首をかしげていたその時、彼女の携帯電話が鳴り響く。
こんな時に、と切ろうとするが、慌ててその電話に応じた。
リツコからだ。
とりあえず、彼女がどうやってセキュリティーの突破出来たのかは、さておくとして。

「せ、先輩!? 今、どちらに」
『そんなこといいから、エヴァに乗っているのは誰!?』
「はい、それがなんとシンジ君なんです」
『なんですって……そんな馬鹿な!』
「それが、嘘じゃないんです。あの、以前に……」

マヤは口早に説明した。
かつて、シンジがレイと二人乗りで使徒殲滅の作戦に出撃したこと。
その後、シンジが初号機のダメージを痛みとして感じたことを。

「それでさっきシンジ君から、もしかしたら出来るかも知れないって……あの、先輩?」
『マヤ! どうしてそれをもっと早く言わなかったのよ!』
電話を通して、ビリビリと伝わってくるリツコの怒り。

「え、あの……」
『もういいから止めて! 大至急、シンジ君の走行を止めなさい! 早く!』

リツコにはもう判っていた。
シンジが何をしようとしているのか。

自分の半身とも言うべきレイはNERV無しには生きられない。
そのことで世界全てに恨みを抱くシンジ。
しかも、その自分がエヴァの操縦が出来ることを自覚している。

これらのフラグが並んだ、その結果は?
答えは簡単だ。なにしろ、自分がシンジにやってみせたことだから。

『早く! マヤ、今すぐに!』

マヤはリツコの叱責を受けて、慌てて初号機強制停止の操作を始めようとする。
しかし、そんなことが出来る訳がない。
操縦方法を熟知しているシンジが、外部からの制御を切り忘れることなど、ありえないではないか。

「せ、先輩、制御が切られています。どうすれば……」
『ならば、LCL圧縮濃度を――』

その時だった。

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「零号機が使徒に向かいます!」
「おい、何をする気だ。右手に持っている物はなんだ?」
「N2爆雷!? 自爆する気か!」
「おい、止めろ! 早く!」

口々にスタッフは叫ぶ。
マヤもシンジは後回しとして、マイクを零号機へと切り替える。
「レイ、お願い止めて! レイ! 聞こえてるの!」

聞くわけがない。
これまで、マヤの声に応じたことなど無いはずなのに。
ならばシンジを? もう遅い。
シンジは初号機の起動が成功したことを見て取り、モニタのスイッチまで切っていた。
もう、間に合わない。

「ぜ、零号機の起動停止を――」
その操作を開始しようとしたが、時すでに遅し。

――ズガアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!

ジオフロント全てを振るわせて、炸裂するN2爆雷。
立ち上る巨大なキノコ雲。それは地上までも届いて、第三新東京市をも揺るがした。

状況が判るまで時間が掛かった。
計器類が全て悲鳴を上げ、モニタは目眩ましとなり、スタッフ達は目を伏せ耳を塞ぐ他はない。

その結果。
零号機は四散。
そして、使徒は健在。

「ああ……」
「無傷か!? 使徒は無傷なのか?」
「馬鹿な、零号機はATフィールドの中和を行っていたはずだ」
「無駄死になのか? ファーストチルドレンは……」

いや、無駄ではなかった。
レイの死は、シンジにとって格好の時間稼ぎとなったのだ。

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リツコは執務室の窓から、シンジの最後の瞬間を見守っていた。

「そうか、シンジ君。ここに私を閉じこめたのは、ここから見ていろっていうことだったのね」

しかし、シンジがここまで上手く仕込める筈は無い。
シンジがこの結果に至るまで、運が大きく左右していた。
もし少しでも使徒出現のタイミングが違っていたら、異なる結果に行き着いただろう。

リツコはタバコに火を点ける。
そして、中空に舞う紫煙を眺めながら感じていた。
まさしく自分は因果応報の理において、シンジにしたのと同じ目に遭わされているのだ、と。

「やはり神々は全てを見ていた。そして、この私にその御手を下されたのだ」

世界的な権威を有する科学者の心は、そんな呟きと共に天に向かい、ひれ伏した。

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「レイ、ごめんね。無事にあの世にいけたかな」

シンジはそのレイの最後を見届け、呟いた。
まるで、レイの死について何も感じていないかのように。

それは無理もない。レイの死が遠くないことをよく判っているからだ。
だからこそ、自ら命じてその死を見守ることを選んだのだから。

「死ぬってどういうことだろう。爆発に巻き込まれて、レイは熱くなかっただろうか」

「一瞬だったし、考えるまもなく死ねたのかな」

「あるいは、ジワジワと自分の体が焼かれて……」

「ごめんね、レイ。やはり、僕がとどめを刺してあげるべきだっただろうね」

「でも、こうする他はなかった。僕に勇気が無いために」

シンジはゆっくりと初号機を歩かせる。
一歩ずつ、一歩ずつ。
動いている。確かに自分が操縦している。
その感触を確かめながら、初号機を一歩ずつ歩かせる。

しかし、シンクロ率はゼロのまま。
どういうことだろう。

「きっと、リツコさんは細工をしていたんだな。僕が初号機に乗らないように」

「何故だろう。やっぱり、最初から判ってたんだ。僕がこうすることを」

「でも遅かったね、リツコさん。僕の勝ちだ。いや、勝った人なんているのかな」

「さあ使徒よ。そしてリツコさん、そして世界中の皆――」

シンジはそう言いながら、ごつんと何かを自分のこめかみに押しつけた。
それはどうやって入手したのか、手には一丁の短銃が握られていた。

「これが僕の切り札だ」


タンッ……。


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シンジは感じる。
死の瞬間を。

凄まじい衝撃が自分の頭蓋を砕き、自分の思考をも弾け飛ぶる様を。
高熱の銃弾が脳細胞を焼き、もはや愛おしい誰かのことも思い出せない。
しかしそれでも、自分の思考が停まらない。

まだか。まだ自分は生きている。
まだ、自分はまだ……。

それが徐々におぼろげとなり、暗闇が自分を支配する。
そして、虚無へと帰る。
シンジが幼い頃から味わった孤独という名の虚無はなく、死という名の本物の虚無へと。


こうして碇シンジの思考は、完全に沈黙。

後、

初号機、暴走。


再び使徒アダムの意識が戻り、彼の嘆きが蘇る。








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最終更新:2009年03月06日 19:03
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