総司令 第参拾六話

第15使徒、アラエル

もはや、戦いは終わった。
互いに傷つき、疲弊し合い、もはや我らの力は尽きた。

しかし、一度でも良い。
我らと戦ったその相手と言葉を交わしてみたい。
我らが消え去る、その前に。

互いに死力を尽くした戦いであったのだから。

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暗い部屋の中、男達の会話が響く。

「聞かぬ、というのか」
「当たり前だ。アレを起こした連中を、私は許すつもりはない」
「死ぬぞ?」
「構わん。貴様らの計画は知っている。どうせ、同じ事だ」

部屋の中心に、縛られている一人の男。
その彼の頭に銃が突き付けられる。
そして、引き金が引かれようとした、その時。

「待て」
縛られている男は止める。

「気が変わったか。命が惜しくなったか」
「違う。どうせなら、あれで」
「ああ」

銃を持っていた男は懐を探り、一つのアンプルを取り出した。
「いいのか?」
「構わん」
「では」

そして別の者が、異様に針の長い注射器を取り出した。
それを手早く後頭部から相手に突き立てる。
手慣れているようだ。仕事はすぐに終わった。

がくりと、縛られた男は事切れた。
注射器で採取されたそれをアンプルに納め、部下に手渡そうとした、その時。
「いや、それでは彼も空しいだろう。せめて――」
ペンを取り出して、アンプルに相手の名前を記した。

それは武士の情けか、あるいは皮肉か。

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NERV本部司令塔。

葛城ミサトはコーヒー片手でモニタの前に座りながら、物思いにふける。
もはや、何かをしようという気にもなれない。
今後の使徒に対する対応策、本部の改修、エヴァの戦力増強。
そんな計画の立案をする気も、もはや無い。

いや、本当はすべき筈なのに。
今、この瞬間に使徒が来ればどうなるのか。
戦自に時間稼ぎをさせて、指図の出来ないレイを無理矢理にエントリープラグに押し込み、エヴァを射出。
勝てるのか? そんなことで。

これまでの使徒の傾向。
使徒は新たに現れる度に、十分に我々に対する戦術を考慮して、あの手この手で襲いかかってきた。
次の使徒はどんな恐ろしい姿で現れることだろう。誰にも想像が付かないことだ。

他のオペレーター達も気の抜けたような顔でモニタを眺めている。
流石に読書やゲームなどで暇を潰すような不埒者は居なかったのだが。

ミサトは空座の司令席を振り返っては溜息をついた。

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エヴァ格納庫。

零号機が失われ、弐号機の乗り手は再起不能。
残された戦力は、初号機のみ。

整備士達はしずしずとその初号機の整備を続ける。
初号機は完全な機械ではない。使徒アダムの肉体に、様々な装置を取り付けたもの。
だからこそ定期検診とも言うべきチェックを怠ることなど出来ない。
といって、大した変化は無いのだが。

いや、そうでもなかった。
「動力値は常に最大の状態……あれから24時間、まったく減少する気配がありません」
「やはり本当だったか。使徒の捕食によって、S2機関が初号機に宿ったというのは」
整備士達はそう囁きあい、やがて技術部の学者レベルが呼び集められ、討議し続ける。
初号機が胸に抱く赤いコア。それは間違いなく変化を遂げていた。

さて、第14使徒との戦いについて。

シンジが自害を遂げたその後、初号機は期待通りに暴走。
目の前にいる使徒に突進し、完膚無きまでに打ちのめす。

そして、あろうことか。
その使徒を生きたままその肉を食らいつくすことで、殲滅は完了した。
そして、初号機のコアに宿る無限の力――。

ミサトは言う。
「これから先の戦いで期待できるとすれば、それだけね」
「少し稼働試験で試しておきたいところですが――」
と、日向は相づちを打つのだが。

ミサトは首を横に振る。
「駄目よ。念のために何度もレイに声を掛けてみたんだけど、返事は愚か私の存在すら判らないみたい」
「そうですか。彼女、かなり成長したからそろそろ、と思ったんだけど。マヤちゃんは?」
「私も駄目なんです。本当にシンジ君に夢中で」

一同、溜息。
これで本当に使徒との戦いが可能なのだろうか。
レイは「育児」に忙しくめったに部屋から出てこない、この状況で。

もはや、その対応策も図ることの出来ないNERV首脳陣。
その彼らから今後の指示が出ることもなく、技術部や整備担当は淡々と日々のメニューをこなすだけ。
そんな緩慢な日々が続く中。

カツ、カツ、カツ……。

格納庫内に響く、複数の足音。

「あれ?」
「そう、あれにママが乗って、シトと戦うの」

彼ら整備担当はその声を聞いて振り返る。
レイと「シンジ」であった。

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「シンジ」はレイに手を引かれ、本部内の案内を受けているようだ。
まるで、かつての二人と立場が逆転したかのような――いや、今の「シンジ」は別人なのだが。

「シンジ」は首をかしげる。
「どうして、たたかうの? ママ」
「それは……」
「たたかうなんて、いやだよ。ママがしんじゃうよ」

レイには答えられない。
当のシンジに命じられて戦っていたからだ。
その「シンジ」に聞かれてなんと答えて良いものか。

レイはシンジの言葉を思い出す。
何故、自分は戦うのか。

その周囲によるスタッフ達は、作業の手を止めて二人のやり取りを聞き入っていた。
そう、このレイが戦う理由とはなんだろう。

「シンジ、それはね。シトと戦えるのは私だけ。シトを倒さなければ、シンジが死んでしまうから」
「ふーん……でも、ママがしんじゃったら、どうするの?」
「だいじょうぶ。私は、死なない」

レイはそっと初号機のボディーに手を触れ、「シンジ」に告げる。
「私は、死なないように出来ている。私は、死なない」

レイは自覚している。
自分が死んでも、代わりが幾らでも居ることを。
レイは次の自分自身に後を託して、死を顧みずに戦うつもりだ。

彼女は気が付いていないのだろうか。
目の前にいるのが、かつてのシンジではないことを。

「シンジ、次は執務室に行ってみましょうか」
「しむつしつ? なあに、それ」

そこにいるスタッフ全ての者は、そんな二人の後ろ姿に敬礼した。
このNERVにおいて、唯一戦意を損なわないレイに敬意を表して。

そうだ。我々の戦いはまだ終わっていない。

「おい、整備を続けるぞ」
「はい――」

ささやかながら、ほんの少しだけ上向き加減で立ち上がるスタッフ達。
彼らを中心にNERVが元気を取り戻してくれれば良いのだが――。

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どん――と、マヤは研究所の一室でトランクを机に置く。
それを取り囲むのは、彼女が信頼している同僚の女性スタッフ達。
そのトランクの中身。リツコから受け継いだ「レイの注射」のアンプルである。

「それが無くなれば、あの子達は……終わり?」
「そう。問題はね? どうやって注射を施行するか」
「以前はシンジ司令が腕をこう、押さえて――そうよね、マヤ?」
「……レイ、注射させてくれるかな」

一同、「はあ……」と溜息。

「こうなりゃ襲う? みんなで総掛かり」
「駄目よ、そんなこと。あのシンジ君を押さえつけたら泣いちゃうから」
「うーん、それじゃ部屋にクスリを蒔いて」
「毎週、それやるの? ちょっと、そんなの大変すぎる」
「単純に寝込みを襲えば……」

マヤは、ふと気付く。
一番最後に置かれたアンプル。
それには名前が記されていた。

冬月、と。

だが、マヤにはなぜ冬月の名前が書かれているのか判らない。
知れば悲しむだろう。しかし、彼の死も浮かばれたかも知れない。
冬月はいったいどちらを選んだだろうか。

しかし、そんな悲しくも穏やかな日々は、いつまでも続くものではない。
律儀にも使徒はやってくる。

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――ビーッ! ビーッ! ビーッ! ビーッ!

容赦なく、MAGIコンピューターは使徒の襲来を告げる。

「使徒出現、位置は大気圏外! 総員、直ちに第一種戦闘配置!」
日向の発令によって、直ちにスタッフは立ち上がる。
いくら意気消沈していても、体に染みついた訓練は彼らを決して休ませようとはしない。

しかし、どうするのか。
レイに指示できる者は誰も居ない。出来なければ初号機の出動は無理。
それ以外の兵器は戦自の通常戦力と、僅かに残る都市施設の防衛システム。

こうなれば、仕方がない。
ミサトは命じる。
「マヤ、それから其処の3人、着いてきて。無理にでもレイをプラグに押し込むわよ」
「葛城さん、そんなことをしてレイが戦ってくれると思うんですか?」
「仕方が無いじゃないの。初号機を出す以外に使徒を殲滅する方法は……」
「――ほら、シンジ」

スタッフとのやり取りの中に、異質の声が混じっていた。
「ここに座りなさい。ここなら私と一緒にいられるから」
「ママ、ぼくをおいてどこにいくの?」
「大丈夫、すぐに戻ってくるから」

レイと「シンジ」であった。
「シンジ」の手を引いて現れたレイは、既にプラグスーツを着用を済ませて出撃体制は万全。
「その子」を総司令席に押しとどめて、自分はエヴァの格納庫へと向かう。

スタッフは大慌てでレイの邪魔をしないように道を空け、その様子を見守った。
誰の指示にも従わない筈のレイは、警報を聞きつけて出撃するために現れたのだ。

そんな様子を見ながら、ミサトは言う。
「頼むわ、レイ」

しかし、レイにはその声が届かない。
振り返ることもなく、格納庫へと降りていく。
これまでシンジの指示の元、彼女がそうして来たように。

「みんな、レイの邪魔を絶対にしちゃ駄目。彼女の動きに合わせて上手く動くのよ」
そう、もはやレイを信じる他はない。

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そして、初号機は地上へと射出される。
射出からリフトオフまでの操作、その全てをレイ一人でプラグ内から行われた。
スタッフ達はそれを見守るだけだった。

司令席に座らされた「シンジ」はおろおろしながらも、言いつけを守ってジッと椅子に座っている。
やがてデスクのモニタに表示されるレイの顔。「シンジ」は彼女の姿を見て手を振った。
そんな様子をミサトは眺めて、ほっとした。
「シンジ」のしつけが良くて助かる、と。

しかし射出された初号機の姿を見て、スタッフ一同は騒然とする。
「おい、初号機は何を持っている?」
「あれって……あれはロンギヌスの槍!」
「あれを使うというのか?」
「いや……レイは正しい。他に倒すための方法は無い」

その通り。今回の使徒は大気圏外から動かないのだ。
そんな敵を相手に通常兵器では勝ち目はない。単純に届かないからだ。
ポジトロンライフルも既に失われている。
しかし、その槍もどれほどの威力を持っているのか、それを知るものは誰も居ない。

「今、ここで使ってしまって良いのか? あれを入れて残る使徒は3体」
「今回をあれでしのいでも、後が続かなければ……ん、おい!」
「あれはなんだ! 使徒の攻撃か!」
「使徒から可視光線照射! 標的は第三新東京市のほぼ中心!」

天空から放たれた、目も眩むような光。
間違いなく、それは使徒から放たれたもの。
その光は第三新東京市を照らし、それがやがて初号機へと集約される。

「……物理的影響ありません。初号機、損壊無し」
「パイロットへの影響は?」
「ありません。むしろ、精神パターンは普段より落ち着いています」

ミサトはハッと気が付く。
「レイに槍の投げ方が判るの?」

スタッフ一同、騒然とする。
そうだ。これまで銃の引き金を引くこと以外の仕事をしてないじゃないか。

「マヤ! すぐに投擲のモーションを!」
「は、はい!」

情けない限りだ、とミサトは考える。
これでは宿題やテスト勉強を忘れて当日に慌てる学生ではないか。

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プラグ内の操縦席で、モニタに映る「シンジ」の顔を見てほっとするレイ。
さて、自分の仕事に取りかからなければならない。
使徒殲滅という、その自分の使命を果たさなければ。

初号機を通してレイは天空を見上げる。
その巨大な羽根を広げた姿。あれが今回の目標だ。
それを倒す方法は? レイは格納庫の片隅に立てかけられていた槍を選択した。

何故、これを使うべきだと思ったのだろう。
答えは簡単、そう言われたからだ。
それは誰に?

『ちゃんと持ってきたようですね』

レイはその声を聞いて、改めて天を仰ぐ。
そう、その声は使徒の物であることを理解した。

『あなたは考えるだけで良いのです。それで私に伝わります』
静かな声がレイの頭の中に響く。

『少し話をしませんか。それで私を消す前に』

使徒が自分に話をしようとしているのだ。
何故か、彼女はその声を聞くことが出来た。

なぜなら、使徒は彼女そのものに語りかけているのだから。

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(これでいい?)

『そう、それで良いのです。我々と戦う者と話をしておきたかった』

(何故?)

『あなた方は我々を消して、そして何を目指すのか。我々が消え去る前に、それを知っておきたいのです』

聞く相手を間違えている。そう言わざるを得ない。
つまるところ、全ては人類補完計画のため。
そのためだけに、使徒は誘い込まれて葬られていたというのが事の真相。

だが、NERVのスタッフ達や各国政府はサードインパクトを防ぐためと、そう考えているだろう。
そうして、ゼーレの手によって世界は踊らされていたのだ。
実はサードインパクトというべき事が、ゼーレの目指すところではあるのだが。

そんな事情をレイが知っているわけがない。
そういう事情があるのかどうかも判らない。
となれば、レイは自分の理由を答えるのみ。

(判らない。私は戦えと命じられたから。シンジに戦えと命じた相手と、私は戦う)

『ならば、もう戦う理由が無いはずです』

(どうして?)

『どうして、とは』

(どうして、そんなことをいうの?)

『それは、あなたに戦えと命じた者は、すでに死んでしまったからです』

レイの表情は凍り付く。

『あなたはそれをご存じないのですか? あなたのことは知っている。
 あなたが共に過ごして、あなたの世話をして、あなたに戦えと命じた者は既に無い』

(……)

『ならば、あなたが戦う理由は無いはずでは? 違いますか?』

レイの心は沈黙した。
事情を知っている者ならば、大いに慌てただろう。

もしレイがシンジの死を理解してしまったら。
「シンジ」は既に別人であることを知ってしまえば。
そう、レイの存在意義が失われ、その体が失われることになる。

この使徒の問いかけは偶然なのか。
それとも、そうと知った上での使徒の策略か。

『実を言うと、私が本当に知りたいことは、あなたに戦えと命じた者に尋ねなければ判らないことなのです。
 しかし、その者は既に消えてしまった。しかし、今はあなた自身に興味がある――何故ですか。
 既にあなたと共に居た彼が失われたその後も、我々と戦う理由はなんですか』

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レイは声に出して、使徒に答えた。

「シンジを守るため。そう、シンジを守るために私は戦う」

『いえ、そのシンジは既に居ないのですよ?』

「いいえ、シンジなら居る。この戦いを、私のことを今も見守っている」

『いいえ、そのシンジは違います。あなたと共にいたシンジとは別人――』

だが、レイは毅然と言い放つ。

「知っている!」

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むろん、司令部はそのレイの声を聞いていた。

ミサトは周囲に問う。
「レイは何を言っているの? あの子は誰と話をしているの?」
そして、司令席の「シンジ」を見た。しかし「その子」はキョトンとしている。
そしてモニタを見れば、どうみてもレイは「シンジ」を相手に話をしていないのが判る。
ならば?

「パイロットの精神パターン、激しさを増しています。いわゆる憤っている状態」
「初号機の稼働は?」
「問題ありません。むしろ良好、活性化――パイロットと共鳴している、とでもいうのでしょうか」

レイが戦う理由はシンジを守るため。
そして、何を知っている?

ミサトは、その意味をおぼろげながら理解した。
「レイは、それでも戦おうとしているの? シンジ君が既に死んだことを知っていて、あの子は……」

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レイは槍を構える。
体を限界まで引き絞り、天空の使徒めがけて狙いを定めたその紅い瞳は、凄まじい怒りに満ちていた。

「私は、以前の私は死んで、別人となった私をシンジは受け入れてくれた。だから、あの子も受け入れられる」

『おかえし、ですか。しかし別人であることに変わりはない』

「別人でもいい。あの子はシンジと同じ。この私が必要だと、シンジもあの子も訴えたのだ。だから、私はここにいる」

『存在理由ですか。しかし、あなたは利用されているのです。その子は、あなたが必要であるように仕組まれた子。
 母親を無くしたという意識を埋め込まれた人形――』

「私達を人形と呼ぶな!」

遂にレイは激怒する。
その怒りそのものが槍に伝わり、それは神の炎の如く、怪しくその姿を変え始めた。

そして、初号機は走り出す。
レイを、そして「シンジ」を侮辱した天空に浮かぶ使徒に目掛けて。

――ウオオオオオオオオォォォォォォ……ンンンンンンッ!!

レイは遂に使徒に向けて槍を放つ。
その槍はまるで彼女の絶叫を形にしたかのように、凄まじい勢いで使徒を貫いた。

あまりにも、あっけない使徒殲滅の顛末というべきか。
それとも、レイの怒りがそれだけ凄まじかったと、言うべきか。

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ミサトは問いかける。
「マヤ、手が止まっているわよ」
「え、あ……」
「ちなみに、投擲モーションは?」
「すみません、まだ……」
「本当に、あの子達のお陰でみんな泣き虫になっちゃったわね」
マヤは、あふれる涙を拭いながら、うつむいた。

そして、ミサトはマイクを握る。
「レイ、作戦終了よ。そして、よく言ったわ」

その声にも、レイは応じることはなかった。
ミサトは思わず、苦笑い。

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ズシン、ズシン、と初号機は帰投場所へと向かう。
「収納はA-8……いや、A-7を開いて」
初号機の動きに合わせてミサトは指示を下す。
そうしながらも、レイの言っていた言葉の意味を考える。

――私達を人形と呼ぶな。

(私達、その中には自分と「シンジ」、そしてリツコのことも含まれているのかも知れない)

(それは、言うなれば作られた存在であることの葛藤か)

(そうだ、アスカもそれ故に悩んでいた)

(もしかしたら、リツコの所業も、その苦しみの果てに心を歪めてしまった結果なのかも知れない)

(しかし、リツコの望みはなんだったのだろう……)

「……あれ?」
ミサトは何かに気付いて、首をかしげる。

「葛城さん、どうしましたか?」
「ううん、何でもないわ、マヤ」
「はあ……」

(そういえば、使徒と話をすることが出来たんだ。確かに、あの会話は使徒との会話としか思えない)

(レイの言葉しか私達には聞こえなかったけど、なぜ?……そうだ、使徒相手に言っていたではないか)

(そうだ。レイは自分自身に対して話しかけるものとしか接しない。自分自身を必要とする相手以外には)

(誰もが色眼鏡をかけてレイを見ている。エヴァのパイロット、シンジ君の母親のクローン、あるいは……)

(今の私もそうだ。人類の命運をかけた少女。でも、私は覚えている。確かにレイが私に答えたことがある)

ミサトは覚えていた。
シンジは、お洒落をしたレイに夢中で気が付いていない、と考えていたのだが。
しかし、彼女もそれほど愚かではない。

(あの、レイがスーツを着て現れたときのことだ。私は夢中になってて、その時は気が付かなかったけど)

(あれは嬉しい出来事だった。レイが女性らしい格好をしてて、私も何もかも忘れて有頂天になっていた)

(でも、不思議ね。碇ゲンドウが居たときのレイとは、ちゃんと私達とも話が出来たのに)

(今のレイも成長すれば出来るのだろうか。誰とでも普通の子のように接することが)

――ビーッ! ビーッ! ビーッ! ビーッ!

(また!?)

「使徒出現! 初号機の足下!」

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――ビシッ!!

何者かに足を捕らわれ、初号機は横転する。
慌てて起きあがろうとするが、しかし体が上手く動かないようだ。
見れば、初号機の足下には蛇のようなものが身をよじらせて、絡みつき――。

「!?」

レイはふり払おうとするが上手くいかない。
抵抗しようにも、藻掻けば藻掻くほどに使徒は絡みついて来るではないか。
いや、そればかりではない。

ずるっ……

「いッ――」

レイは思わず、その奇妙な感覚に悲鳴を上げる。
なんと、新たな使徒は初号機の体内へと体をめり込ませて来たのだ。

「レイ!」
ミサトは叫び、司令塔は騒然とする。

あっという間の出来事だった。
あるいは全ての者が天空の使徒に気を取られ、その出現を察知できなかったのか。

使徒は更に初号機の中へと侵入し、それはエントリープラグの、更に目指すはレイそのものへ……。

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『ごめんなさい。先の者が彼を人形と称したこと、謝るわ』

新たな使徒の声。
レイは目を見開いて、その使徒の声に振り向いた。

『さあ、話を続けましょうか……あなたの望みは何?』









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最終更新:2009年03月08日 00:42
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