総司令 第四拾話

第18使徒、リリン。

復活。

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ゼーレ最高幹部会議。
NERVの背後にある、世界の頂点に立つ者共の組織。
NERV設立は正しく彼らの意志に他ならない。
そして、その目的は達成しつつある。

会議に集う面々は口々に言う。
『ついに我らの願いが叶う』
『使徒は全て滅した』
『もはや、我らを阻む者はない。今こそ、我らが宿願を果たす時』
『いざ、贖罪の儀を』
『して、よりしろは』
『むろん、エヴァンゲリオン初号機。忌むべき存在』
『ならば、彼らに本部の明け渡しを』

しかし、キール議長は焦れた。
『時が移る。彼らには、もはや抵抗する力など無い』

委員の面々は議長に同調する。
『そうだ。力で一気に押しつぶせ』
『回りくどいことは抜きだ。一刻も早く、我らが念願成就を』
『あの碇ゲンドウのことだ。誰に何を託したか知れたものではない』
『そうだ、漁夫の利を決め込む輩が必ず出てくる』

実を言うと、これが彼らの敗因の一つではあるのだが。
穏やかに、NERVの面々にはお疲れ様と言えば良いものを。
失意の彼らならば必ずそれに応じただろうに。

しかし、碇ゲンドウ、シンジ、冬月、リツコ等々。
これまで認識していた敵対する者が存在しないという状態こそ、彼らを誤らせてしまったのだ。
まだ我々に楯突く者が必ず居るはず。しかし、誰かは判らない。
そんな恐れを抱いたが為に、彼らは強攻策を選ばざるを得なかった。

そして、キール議長は命ずる。
『では、彼らに死を』
面々は頷いた。

『軍をもって、NERVを占拠せよ』
『MAGIを占拠し、城門を解き放て』
『誰も生かして出すな。決して禍根を残すな』
『ダミープラグをもって、エヴァンゲリオン初号機を我らが手に』
『エヴァシリーズの出撃、急げ』

キール議長は手を重ねて、祈りを捧げる。
『そして我らは神の御許へ』

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――ドンドン、ドンドン。

マヤは水槽の中の全てのレイを処分しようとして、それを慌てて中断した。
何事だ? 水槽を叩く音がする。

しかし、この部屋には自分以外に誰も居ない。なんだろう――。

「あ、あ、あ……」
思わず、マヤはその有様を見て、たじろいだ。

水槽の中から、「レイ」の一体がガラスを叩いているではないか。

マヤは慌てて水槽からそのレイをすくい上げ、ベッドに横たえる。
で、どうしよう。やはり、記憶のインストールをしてみようか?
そう考えて、端子をレイの体に接続し始めるが……。

レイは自分で、取り付けられたばかりのそれを外して、体を起こした。
そうか。以前に不埒者が記憶を入れてしまった一体があった。ではこのレイが?
しかし、ありえない。シンジ抜きにして、このレイが起きるわけが――。

「マヤ、さん」

レイが口をきいた。
マヤは思わずひっくり返りそうになるが、しかしどうにか体勢を立て直す。
まさか、彼女は自分に話しかけている?
しかし、レイはまっすぐに前を見たまま、自分の方を見ようともしない。

「プラグスーツの用意、お願いします」
「あ、あの、レイ? それ、私に言ってるの?」

しばらく、間を空けて。

「はい、そうです。お願いします」
「れ、レイ? あの、プラグスーツって、あの」

「エヴァの発進準備、お願いします」
「えええ!?」

マヤはもう、何が何だか判らない。
プラグスーツ? エヴァ発進?
なんだ、何がどういうことなんだ。

しかし、レイは戸惑っているマヤをほっといて立ち上がり、スタスタと部屋を出て行こうとするではないか。
レイの行く先、それはシャワールーム。
水槽を出た後はシャワーを浴びると決まっているからだ。

マヤは大慌てで駆け出した。
プラグスーツ? えーっと、どこにあったかな。
そうだ、これだ。イヤ違う、この赤いのはアスカのものだ……。

ようやくスーツ片手で、ぜいぜいと息を切らせながらシャワールームに戻ってきた、その時。

「レイ、スーツ持ってき……」
「タオル、お願いします」
シャワーのボックスからレイの声。

ああ、そうだ。
先に濡れた体を拭かなきゃいけないじゃないか。
落ち着け。落ち着け、自分。

マヤはタオルを棚から取り出しながら、震えるその手で携帯電話を開いた。
「葛城さんですか! レイが、レイが起きたんです! ひとりでに起きたんです!
 う、ウソじゃありません! ホントなんです!」

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もう死に体と化していた司令塔。

既に使徒殲滅は完了し、残る仕事は後片付けだけ。
そんな彼らは、マヤを遙かに上回る仰天振りを見せてくれた。

「何故だ! どうやってレイが意識を取り戻したんだ?」
「シンジ君を抜きにして、どうやって?」

しかし、こんな声も聞かれる。
今更、レイを起こしてどうなるんだと。

そんな彼らのざわめきの中、レイは一人で司令席へと上がっていく。
何をするつもりか、そんな彼女の様子に一同はシンと静まりかえる。

レイは司令席のデスクを操作し、館内放送のマイクをオンにする。
そして少しずつ、少しずつ、言葉を句切りながら彼らに言い渡した。
NERV本部にレイの静かな声が響き渡る。

「皆さん、戦略自衛隊が出撃準備をしています」

「空軍、そして陸軍が動き出しています」

「それが、どういうことかお判りでしょうか」

「目標はここです。彼らの目標はここなんです」

「彼らはエヴァを奪いに、ここを襲撃しようとしています」

「すぐに戦闘準備を。第一種――」

「戦闘配置をお願いします」

スタッフ達は顔を見合わせる。
本当だろうか。信用しても良いのだろうか。
今、レイは起きてきたばかりの筈だ。いったい何が判るというのだ。

スタッフ達は異口同音にそれを言い合う。
レイは、その様子をしばらく見守った後、こう告げた。
「ミサトさんをお願いします。ここに呼んでくださ……」
と、言ったその瞬間。

「来たわ!」
当の本人が息を切らせながら返答した。
マヤの連絡を受けて、すぐさま飛ぶようにやってきたのだ。
そうでなくても、一人でレイが起きあがってきたこの事態。
ただ事である筈がない。

何かが――そう、何かが起ころうとしている。

「諜報部、すぐさま戦自の各部隊を探らせて。もしそれが本当なら……」
ミサトは思わず、唇を噛む。
「私達は使徒以上に恐ろしい相手を敵に回すことになる。彼らは人殺しのプロよ?」

一同、顔面蒼白。

「十分、考えられることだった。使徒を全て倒した後、私達とエヴァをどうするつもりなのか。
 あんな巨大兵器を抱えている私達を世界が放っておく訳がない。となれば――」

そこに入る、諜報部の第一報。
流石に仕事が速い。

「陸軍が人員と弾薬、車両の燃料を点検中。それは定時のものではありません」
「キマリね。さて、どうするか」

司令部の一人が声を上げる。
「政府に連絡を入れましょう。ここを明け渡して――」
「論外」
ミサトは簡単に切り捨てた。

「ど、どうして」
「エヴァを連中に引き渡した後、私達はどうなると思うの?
 彼らは軍から先に動かしている。どうやら、私達を殺してでもと、そう考えてるのよ」
「いや、ですから、ここは穏便に――」
「これは何かある。何故、彼らは私達に牙をむこうとしているの?
 力尽くで無ければならないと、彼らが考える理由は何?」

ミサトは人類補完計画の詳細は知らないが、彼女なりに考えを巡らせようとする。
それを見越したのだろうか。レイの口から答えが出てくる。
「彼らには計画がある。私達が受け渡しを拒否すると考えている」

ミサトは頷いた。
「そうね。恐らく、それを実行させてはならない。
 そうだ。リツコは何かを企んでいた。いったい、それは何のため?
 彼らは力尽くでもここを奪おうとしている。私達が拒否すると、そう考えてるのよ」

で、どうするか。

「籠城を」
と、レイは言う。
「耐える他はありません。私達が世界を滅ぼす訳にはいきません」

ミサトは同意。
「その通りよ、レイ。ここはジッと堪えて、世界を説得する時間を稼がなければ。
 ここは諜報部と広報に頑張って貰うしかないわね。世界中で誰が敵となり、誰が味方となるのか。
 それを見極め、私達は生存の道を探り当てる他はない」

心は決まった。
力強くマイクを握るミサトの瞳には、久しく閉ざされていた輝きが蘇った。

「さあNERV本部総員、キリキリ動くのよ!
 諜報部に技術部、作戦本部に総務から福利厚生、食堂のおばちゃんもね!
 食料、燃料、水の備蓄、武器弾薬の数と、携帯電話のバッテリーも気をつけなさい!
 私達は辛くて長い籠城戦を始めるのよ!」

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「でも、具体的には?」
誰かが問う。

そうだ。NERVの主戦力と言えば第三新東京市の防衛システム、それも使徒対策向けのもの。
そして発進可能なのはエヴァンゲリオン初号機のみ。弐号機パイロットは、もはや不在。
まさかの復活を遂げたレイだけがNERVに残る唯一の戦力なのだ。

「そうね……」
ミサトは頭をひねる。そして、思いつく。
「まず、白兵戦は論外。彼らはプロよ? 私達が銃を構えたって勝てる相手ではない。
 本部の最下層に硬化ベークライドを流して埋め尽くしてしまいなさい。
 それだけで外部進行は不可能。歩兵で使用できる火器では破壊できない」
「それならば――」

そこから日向が引き継ぐ。
「あとは大型兵器のみ。それなら、エヴァの敵ではない。
 S2機関を宿した初号機ならば、決して通常の軍隊では敗れません」
「し、しかし」

更に別の者。技術部の一人。
「硬化ベークライドを最下層に流してしまえば、格納庫のエヴァをも固めてしまうことになります。
 ならば、流すのはエヴァ発進の後。その後、エヴァの収納やメンテナンスが出来なくなることに――」

しばらく、間をおいて。
「マヤ」
ミサトは言う。

「あんたは外に出なさい」
「ええ?」
「あんたは外で私達と共に連絡を取り合いながら、戦闘終了を待ちなさい。
 そして、和解が成立した後にレイを救出――あんたの役目はそれだけじゃない。
 各国の情勢を把握して伝達、あるいは国連との交渉役、等々……あんたが一番、忙しくなるわよ?
 諜報部をひきつれて、手足のように使いなさい。
 この戦いではあんたがキーとなる。もちろん、私が指示をするけどね。
 ここに立て篭もる私達にとって、目となり耳となり口となって貰うわ」

マヤは、震えながらも勇み立つ。
「は、はいッ! お任せ下さい!」
「なら、急いで。絶対に忘れ物はしないでよ? レイの注射とか、現ナマとか。カードを使用不能にされても良いように。
 諜報部、しっかりマヤをフォローすんのよ。自分達のお姫様だと思って、しっかり守るのよ? いいわね!」

そこに数名のみ集まっていた黒尽くめの男達。
礼儀を示すためにサングラスを外して、丁寧な敬礼をする。
その彼らこそ、かつてのシンジを見守っていた諜報部の連中であった。
そして今、マヤの元に集う。
「では、いきましょう。まずはここを出て、可能な限り遠くへ」
「はい!」

「待って」
引き留める者が一人。
レイであった。

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レイは正面のモニタの方をまっすぐに見つめながら、すれ違い様のマヤに背を向けたままに声を掛けた。

「私の部屋にある携帯電話を、持って行ってください」
「携帯電話?」
「そこに、鈴原トウジのメールアドレスが、登録されている」
「……?」

レイは続ける。
「世界の国家は当てにならない。これまで情報規制を敷いていた」
「で、でも、そのトウジ君に、何を?」
「彼に頼って、世界にこのことを知らせるように。NERVが世界に殺される、と」
「つまり、民間の情報システムに働きかけよ、と?」
「そう。それには碇シンジの名前を使ってください。彼は、友人の危機を見過ごしはしない」

マヤは凍り付いた。
そして、理解した。
理解したと、そう思った。

「判った――判ったわ。レイ」

諜報部の一人が、空気を読んで司令専用の居室へと向かう。
シンジの携帯を取りにいったのだ。
「さあ」と、再び諜報部にうながされ、マヤは走り出す。

「ありがとう。ありがとう、レイ。そして――ありがとう」

レイもまた、彼女の背に向かって言い返す。
「マヤさん、たのみます」

しかし、レイはマヤのことを一度も見ようとはしなかった。
ずっと正面を向いたまま、駆けていく彼女のことを見送ろうとはしなかった。

さて、司令塔のいつもの場所にミサトは立つ。
マイクを握りしめ、これまでの使徒殲滅において指揮を執っていたように。
一度だけミサトは振り返る。空座の総司令席を。

目を閉じ、祈る。
そしてマイクを握った。

「さあ行くわよ、みんな。私達は人形じゃない――私達は決して、弄ばれて捨てられる人形じゃない!」

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そして、NERVは一つの生き物となる。

最下層に勤める者は、可能な限りの機材を上層に運搬。
生活維持のための物資を確認、籠城ゆえの分配体勢の整備。
外部に出た諜報部からの情報を整理し、情報局はそれをまとめ上げてアナウンスし、作戦部がそれを練る。
技術部はエヴァの最終整備と装備を確認。レイが十分に戦えるように。
こうして、彼女の最後の出撃準備が着々と進められていく。

そして司令塔に響くアナウンスが、いよいよ軍の接近を示す兆候を伝え始めた。
「現在の所、各拠点から出撃したのは歩兵車両ならびに重戦車のみ」
「じわじわと第三新東京市に接近中。そのまま包囲する形を取る模様」
「空軍、動き出しました。現在、燃料とミサイル各種を積載中」

そうと見なければ判らない兆候。
もしレイの号令がかからなければ、誰も気が付かなかっただろう。
NERVは危うく、寝首を掻かれることだけは免れたのだ。

ミサトはぺろりと唇を嘗めた。
「こっちは既に準備万端――N2爆雷の投下には?」

日向を初めとする作戦部の面々が回答を模索。
「それを本部に使う可能性は低いですね。ここの占拠が目的でしょう?」
「ただし初号機が耐えられるかどうか。使徒同様に殲滅される恐れがあります」

しかし、ミサトは言う。
「そこは、S2機関を宿した新生初号機に頑張って貰うしかないわね。でも――」
「そうですね。ですが恐らくアレが来るでしょう。完成したというエヴァシリーズが」
「勝てるかしら。今の初号機にはロクな飛び道具は無いし、レイに格闘戦なんて無理」

一同、少し意気消沈。

しかし、やるしかない。
勝たなければ、未来は無い。

「レイ、オーケイ?」
『……』
「レイ?」
『――オーケイ』

反応の鈍いレイ。
ま、仕方がない。返事があっただけでも上等。

「……さあ、どっからくる?」

――ビーッ! ビーッ! ビーッ! ビーッ!

「MAGI、ハッキングを受けています――世界7ヶ国のMAGIタイプから!」
「7対1? くそ、分が悪いぞ!」

しかし、日向は笑って彼らに振り返った。
「大丈夫、手はあるよ」
「何だ?」
「赤木博士が生前の折に組み上げたBダナン型プロテクト。
 それを起動してしまえば、62時間は外部からのサイバー攻撃は不可能」

それを聞いたミサトもまた、ニヤリと笑う。
「やるわね、リツコ。ただし――」
「なんです、葛城さん」
「みんな、覚悟は良いわね。その防壁を作動させたが最後、私達が戦いに備えていることがバレる」

一同、息を飲む。
自らゴングを鳴らす緊張感。
いよいよ、戦いの火ぶたが切って落とされるのだ。

モニタを見れば、徐々に制圧されつつあるMAGIの様子が見える。
バルタザール、メルキール、続いて、カスパーが……。

ミサトは少し目を閉じてから、そして命じた。
「日向君!」
「はっ! では、防壁を展開します!」

そして日向はコマンドをタイプし、力強くエンターキーを押下。
「では頼みますよ、赤木博士――Bダナン型防壁、展開!」

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とある寂れた住宅街。

道ばたで、数匹の猫に餌付けをしている中年女性が一人。
ごく普通の買い物帰りのおばさんだ。
ただし、耳に付けたイヤホンに違和感を感じるのだが。

その猫達の頭を撫でながら、ふと顔を上げた。
「始まった」
そう、女性には似合わない口調で呟いた。

その彼女の元に、一台の車が到着する。
黒く大型の車両。そう、NERVのものだ。
そこから降りたのは荷物を抱えたマヤと、諜報部の面々。

その中年女性はマヤに言う。
「さあ、始まったよ。ここから先は車を代えるんだ」
「は、はい」
「いいかい? しばらくは、本部の戦いに構っちゃいけない。もう、部外者になったと思って動いて貰う。
 あんたはこれから、お友達とロープウェイに乗って遊びに行くんだ」
「……え?」

その時、プップッ、とクラクションが聞こえてきた。
赤ん坊を抱いた一人の女性がワゴン車の側に立ち、マヤに手を振っている。

「情報封鎖だよ。しばらく耳だけはしっかりと働かせながら、NERVのことは忘れるんだ。
 あたしが良いと言うまで、あんたは何も情報を出しちゃいけない。いいね?」
「はい……」
「諜報の世界はハンパじゃないよ? 逃げるときは徹底的にね」
「はい!」

目が回りそうになりながらも、マヤは「お友達」という女性の方へと向かう。
「ひさしぶり。この子の名前はマユミっていうの。それでね……」

そんな切り出しで楽しいドライブが始まった。
手にはしっかりと、MAGIと接続されたコンピューターを手にしながら。

「こんな時にも仕事? OLさんって大変ねぇ……」

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また、話を本部に戻して。

遂に戦闘が始まった。第三新東京市周辺では既に戦車部隊が火を噴き、凄まじい爆音が本部に響き渡る。
いよいよ、戦闘が開始されたのだ。

「各地レーダー、破壊されました!」
「目と耳を塞いだか? 大丈夫、衛星と本部からの電波レーダー、そして既に配置した人員の目で十分!」
「陸戦隊が来る! ジオフロントの侵入口へ!」
「守衛の兄さん、ちゃんと逃げただろうな?」
「もちろん! 食堂に待避して、おばちゃん達と一緒におにぎり握ってます!」
「炊事班にまわしたのかよ! ひでぇな、おい!」

ゲラゲラという笑いが広がる。
ミサトも笑った。エネルギッシュで、たくましいではないか。

でも、少しだけ気を引き締めて。
「入り口の戸締まりはしてあるでしょうね? ならば、それが破られると同時に!」
「はい、エヴァの発進。そして、ベークライドを流します」
「ぴんぽ~ん! さあ、行くわよ、レイ!」

『はい』
「いいこと? 私が逃げろと言ったら逃げるのよ」
『はい』
「もう犠牲は出さない。絶対に出してなるものか。ましてや、自分で死ぬのなんて許さないわよ! 絶対に!」
『……』

「レイ、返事は!」
『――はい』

そして、いよいよ。
「陸戦隊、突入してきました!」
「エヴァ発進、4番射出口へ!」

レイは出撃する。
射出口までの進路が開き、目指すは地上、第三新東京市へ。

「ベークライド、流出します!」
「エヴァンゲリオン初号機、射出!」

退路は立たれた。
正に、レイの最後の出撃である。

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さて、ゼーレの面々は。

『抵抗だと? あの者共がか?』
『ベークライドに阻まれ、兵の突入が不可能、とのこと』
『そして、エヴァンゲリオン初号機が出撃』
『馬鹿な。パイロットは居ないと聞いている』
『そうだ。セカンドチルドレンは異常を来し、碇シンジが不在ではファーストチルドレンの出動は不可能――』
『しかし、現実に出撃している』

『ならば、破壊せよ』
と、キール議長。

『しかし、議長。初号機は』
『止むを得ぬ。儀式には弐号機を使う。初号機の破壊はエヴァシリーズで形が付く』
『は……』

議長は、何も問題など無いかのようにくつろいだ。
『初号機一機で九体のエヴァシリーズには勝てぬ。しかも、あのファーストチルドレンが相手なら、尚のこと』

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そして、地上に降り立った初号機。
さて、どうするか。

『ATフィールド、最大』

ゴゴゴゴゴ……と、凄まじいエネルギーを放ち、フィールドを展開する初号機。
もはや可視出来るほどに、バリヤーとも言うべき球体が初号機を包み込む。
そのフィールドの力で吹き飛ばされていく周辺のビル。正に使徒が誇る鉄壁の防御壁――。

しかし、それは唐突すぎる。
まだ攻撃対象の姿も見えないうちから……いや、これも先見の明というべきか。

「ミサイル、来ます!」
「弾頭は、恐らくN2!」
「い、いきなりかよ!」

そんなアナウンスが司令塔に響き渡った次の瞬間!

――カッ!

凄まじい白光が世界を包み、そして!

キュゴゴゴゴゴゴゴゴ……。

第三新東京市の全域を揺るがす激震が走る。
巨大なキノコ雲が立ち上り、辺り一帯は炎上。

「本部は無事か! 被害は!」
「なんとか! しかし、天井が破られました! 本部直上から空が見えます!」
「しょ、初号機は!?」
「レーダーが……今、戻ります! 映像、出ます!」
「あ、あれは……」

初号機は飛翔していた――その姿は、恐るべき変貌を遂げていた。
背には赤く輝く六対の羽根が開かれ、目は恐るべき輝きを放ち、牙をむいたその形相――。

まさしく、意識を取り戻して暴走状態に陥ったかのような、その姿。

「初号機、健在――本部、上空にて浮遊しています!」
「なんだと……!?」

それこそ正しく、使徒アダムの本来の姿。
ミサトは目を見張る。その変化、それは果たしてS2機関が備わった影響だろうか。
初号機は、その使徒アダムの映し身は、使徒としての本来の力を発揮しているのだ。

(あれこそ、まさしく真の姿。あの時、私が見た姿そのままの……)

ミサトはどう考えて良いのか判らない面持ちで、その姿を目の当たりにした。
あの時、自分の父を殺した憎むべき使徒アダムそのものの姿であるのだ。
その彼が今や自分達を守るため、その一手に引き受けて戦おうとしている。

(私は……私は、使徒が……使徒のことが……)

そんな彼女の脳裏で、渚カヲルが微笑んだ。
もう懺悔は済ませたはずだよ、と。

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ハッとミサトは我に返って、マイクに向かって叫ぶ。
「レイ、無事?」
あの姿こそ、まさしく初号機の暴走状態。しかし――。

『――はい。問題、ありません』

レイは健在だった。
これはどういう状態なのか、それを説明づけるのはリツコでも、あの渚カヲルでも無理かもしれないが。
とにかく、レイの無事を喜ぶ限りだ。

続けて、レイは言う。
『攻撃、します』
どうやって?

レイは見た。
遙か遠方、遙か上空にある数機のジェット機。
それこそが、初号機にミサイルを放った攻撃機。

やられたら、やりかえせ。
そんな気迫が、彼女の目に宿る――。

――フウンッ!!

初号機が吠え、そして右腕で中空を薙ぎ払う。
その中空から何かが放たれた。

「何だ、今のは!」
「初号機が放ったのは……ATフィールド!?」

それは刃物のように形を変え、攻撃機を僅かにかすめて、大気圏外へ。
辛くも撃墜をまぬがれ、攻撃機は散り散りに散開。
もはや、初号機に飛び道具の持参は不要。

「すげえ……」
「勝てる! 初号機一機で世界中だって敵に回せる!」
「恐ろしい……良かった。俺達の味方で本当によかった」
色めき立つスタッフ達。早くも歓喜の声まで上がる。
しかし。

「まだよ!」
と、ミサトは彼らに鞭を打つ。
そしてマイクを手にして、レイにこう命じた。

「レイ?」
『はい』
「軍を相手に攻撃をしては駄目。後の評価に影響する。私達が世界に圧殺される材料を与えては駄目」
『――了解』

「ちょ、ちょっと待ってください! 葛城さん!」
日向は立ち上がる。

「無茶です! 初号機にサンドバッグになれって言うんですか?」
「大丈夫よ。あのN2爆雷にも耐えた初号機ならね。おまけに空だって飛べるし。でも」
「でも?」
「エヴァシリーズに対して無抵抗では済まない。レイは、量産型を相手にまわして戦い続けなければならない」
「あ、ああ……」
「私はそいつらこそ、私達の圧殺を目論む連中と睨んでいる。そいつらには遠慮は要らない。でも――」
「そうですね――勝てるのでしょうか。同じエヴァの機体、今のようなATフィールドを使った攻撃は」
「効かないわね、恐らく」

そして、噂をすれば。
ゼーレも甘くはない。アメリカ支部から放たれた9機の巨大輸送機が既にチラチラと見え始めている。
初号機は、それらを全て倒さなければならない。

それらが姿を現すまでの間、しばしの沈黙。

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そんな緊迫した空気にも関わらず。
いや、そんな時だからこそ。

ぼそりと、日向は言う。
「マヤちゃん、無事でしょうか」
「大丈夫。さっき、連絡があったわ」

ミサトは言う。
「その筋じゃ、頼りになるエージェントが付いたそうよ。なんでも……」
「……なんでも?」

ミサトは目を細める。
「加持には世話になったからって、私に連絡が入ったわ。
 マヤは今頃、山を越えて谷越えて、海外に高飛びを目指す真っ最中」
「もうそんな所まで」

日向は言う。
「それなら、これで……」
「そうね。私達が全滅しても、マヤが生き残れば私達の勝ち」
「でも?」
「でもそう――その通りよ。絶対に生き延びてみせる。私達は――」

(弄ばれて捨てられる人形じゃあ無い)

「連中の本命が来ました――エヴァシリーズ!」
「その数、9機!」

アメリカが誇る重型輸送機が第三新東京市の上空に迫る。
そして、エヴァシリーズは空輸されたまま起動を開始。

日向は言う。
「葛城さん」
「ん?」
「確か、アイツがダミープラグの出荷をしたそうですね」
「ああ……そうだったわね」
「アイツ、なんか仕込んでおいてくれてたら良いんですけど」
「アハハ、まさか」

まあ、確かにそんなことは無理。
その当時、こんなふうに敵となって戦うとは夢にも思ってないだろう。

エヴァシリーズに挿入されるダミープラグの、その色は赤。
輸送機に逆さ吊りでぶら下がる機体の脊髄に、次々と挿入されていく。
そこに書かれた文字。それは「KAWORU NAGISA」――レイのクローンは不採用となったのだ。
まさか、そんな日向が言うような仕込みをゼーレが恐れていた筈も無いのだが。

――だが実を言うと、それもまたゼーレの数多くある敗因の一つかも知れないのだが。

次々と輸送機から飛び立つ禍々しいまでの白い機体。
背には巨大な羽根。最新のエヴァは飛行も可能という訳だ。

そして、いったい誰の趣味なのか。
悪魔のようにニタリと笑う不気味なエヴァシリーズの、その形相。
それはまっすぐに初号機へと向かい、手にした巨大な剣を胸に当て――。

「おい、あれは……」
「どういうことだ。一体、あの連中は何のつもりなんだ」

騒然とするNERV本部。
いったい何が起こっているのか。

「リツコに、加持、青葉君に、そして――」
ミサトは誰にも聞こえない声で呟いた。

「この事態を説明づけられるとしたら、冬月副司令かな。
 まったく、今日は居なくなった人の名前ばかりが浮かんでくる――」

冬月の名前を出したのは、彼が寂しい思いをしないようにという哀れみではない。
ついでに、渚カヲルの名前も付け加えておきたい所。

「葛城さん、これは……」
「そう、和平が成立したのよ。私達は罪を許し合い、和解をした。
 だから、彼らは戦わない。エヴァシリーズもまた、操り人形となることを止めたのよ」

この状況をそう表現したミサトの表情が、次第に歓喜に変わる。

なんとエヴァシリーズは初号機に背を向けて、中世の騎士さながらのポーズで円陣を組み始めたではないか。
敵に自らの背を向ける。それこそ正しく、敵意のない証明。

「彼ら」はもはやゼーレの制御を離れ、操られる人形であることを止めたのだ。
ここに、使徒と人間との和平が成立したのだ。

ミサトは笑う。
「どうしましょう、副司令。こんなに持ち駒が増えちゃったんですけど……」

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さて、ゼーレ委員会の面々は。

『馬鹿な……そんな馬鹿な! こんな馬鹿な話があるか!』
『いったいどうなっている! お前だろう! あれはお前の国が作ったのだろう!』
『何を言う! 人員にはお前の国の者も含まれていたはずだ!』
『何を言うか! 貴様、我が国の者に誤りがあると……』

『うろたえるな、愚か者』
キール議長が彼らを制した。

『清く、そして潔くせよ。もはや、我らに力は残されていない。
 今、この時が終末と、それを信じて全てを投げ打って来たのだ。金も人も、そして時間も。
 その挙げ句の果てに誤った。我々が、誤ったのだ。もはや我らはこれまで』

その議長の言葉を受けて、面々は静まりかえり身を正す。

『ならば』
『仕方あるまい。これにて』
『うむ』
『では』

そして次々と彼らの映像が消え始める。
議長の言葉通りに、彼らはこの計画に全てを費やしたのだ。
終末を経て、現世のものは全て不要と持てる財力を全て投じてしまったのだ。

失敗したならば、後はない。

『さて、我々は誰に敗れたのだろうか。どう思うかね? 碇シンジ君』
キール議長は、そう呟いた。

シンジの名前を出した理由。
恐らく、彼の意識では大事な愛弟子と考えていたのだろう。
本人にとっては――まあ、滅相もない話だろうが。

そして議長は用意していたスイッチを押す。
その次の瞬間、彼の体は四散した。

こうして闇の電子会議は、幕を閉じる。

永遠に。

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そして、戦いは終わった。

ミサトはマイクを取り直す。
「レイ」
『はい』
「その時が来たわ」
『はい』

日向はミサトに囁く。
「あの……大丈夫ですか。アレは」
「大丈夫」

初号機を守るように円陣を組んでいたエヴァシリーズ。
それらは頃や良しと見て、ジオフロント内部へと潜入。
スタッフ達はどうなることかと大騒ぎしたが、本部を中心にぐるりと背を向けて、再び円陣を組み直した。

それから、「彼ら」は動かない。
本部を守る、まさしく守護天使の如きその姿で立っている。

「大丈夫よ、日向君。彼らとの和平は成立している。私は彼らを信じたい」
「はい……」

「では、レイ」
『はい』
「そのまま、逃げなさい。マヤが必ず、あなたを救出してくれるから」
『――はい』

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レイは目を閉じて、思い出す。
それは十年も前の古い記憶。

しかし、レイの記憶から見れば、ほんの数ヶ月前の出来事なのだ。
それはシンジと初めて出会った時の、淡い思い出。


(ねえ、きみ? こんなところでなにしてるの? きみ、とじこめられてるの?)
(……)
(びょうきなの? くるしいの?)
(……)
(ほら、おいでよ。あそびにいこうよ)
(……)
(あ、だれかきた! にげろー!)


レイは目を閉じて思い浮かべていた。
共に手を取り、駆けだした――幼いシンジとの初めて出会った時の、その思い出を。

『では、逃げます』

レイのその言葉を残して、初号機は天高く飛翔する。
どこまでも、どこまでも。

シンジの手を取り、どこまでも。

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「ケンスケ! おい、ケンスケ!」

ここはドイツにある日本人学校。
授業中にも関わらず、大騒ぎする鈴原トウジ。しかしそれに構う他の生徒は居ない。
他の生徒も同様にふざけ合っているし、それを叱らない教師も教師だ。
騒ぐ生徒をほっといて、「その当時、私は根府川に住んで……」などと、ことあるごとに語る授業など誰が聞くものか。
ドイツまで来たというのに、やってることは少しも変わらない。

彼の友人、相田ケンスケはうざったそうに振り向いた。
「なんだよ、一体」
「アイツや、アイツからメールが来とんのやけど、長くて小難しくてさっぱり判らんねん」
「アイツって誰?」
「アイツはアイツや。あのNERVの碇シンジや」

その言葉に、クラス一同が立ち上がる。
みんな気にかけていたのだ。エヴァと使徒との戦いがどうなったのか。
「判ったよ。見るよ、トウジ――ああ、僕のメアドに転送してよ。大きい画面で見るからさ」

で。

転送されたメールをパソコンの画面に開いたケンスケ。
その背後から、これでもかという数のクラスメイト達が覗き込む。
「ふん、ふーん、ふん……はー、そういうことか。成る程」
「ど、どいういうこっちゃ」
「まずさ。これ絶対にあの碇シンジじゃないよ。中学生がこんな文章、書けるはずがない」
「で、どないや。なんていうとんねん」
「……大変なことになってるみたい」
「はあ? ど、ど、どいうことや! 判るようにいうてみい!」

そしてケンスケは説明する。
NERVが今、軍に取り囲まれていること。
そして今にも各国政府から圧殺されようとしていること。
NERVの武力はエヴァンゲリオンのみ。

「とまあ、こんな感じ? あはは、よく見たら代理人ですって書いてあるよ。伊吹マヤさんだって」
「笑ろうてる場合かいな! ほっといたらアイツ、死んでしまうやないか!」
「まあ、そうだろうね」
「これは、なんとかしたらなアカン。あのイケ好かん奴が俺に助けてくれいうとんのや。あのアイツが腰を折って……」
「でも、代理人だよ?」
「アイツがその代理人に頼んだんやろが! こうしちゃおられん、授業なんか受けとる場合やない!」

始めから受けてない癖に――まあ、それはさておき。

そんなトウジを見て、ケンスケは眼鏡のズレを尚しながら不敵に笑う。
「そういうことなら、任せてよ。最初に俺を邪険にしたアイツに、返しきれない恩をなすりつけてやろうじゃないか」
「ど、どういうことや。なんかあんのか?」
「もちろん」

自信満々にケンスケはパソコンに向かい直す。
「政府の情報規制なんて甘い甘い。今や、世界中にエヴァ・マニアが居るんだよ?
 ククク……実を言うとね。その大半は俺が育てたようなもんなんだけどね……」
「自慢話はええわい! せやったら、はよなんとかしたれや!」
「慌てなさんな。とりあえず、話を広めよう。まず、そのマヤさんに連絡をとって情報提供をお願いして――。
 そして、世界中に周知しないとね。後は行動力のある誰かさんが居ないと。
 ネットの住人って意外と高見の見物を決め込む奴ばっかりだから。煽るだけ煽ってさ」
「おお、俺やな? 俺のことやな!? 任しとかんかい、俺がどこでも突撃したる!」

そんな彼を見て、ケンスケは皮肉げに笑う。
「……気をつけてね。うっかりすると消されるよ? 政府が相手だから」
流石のトウジも、ゾクリと身を震わせた。

しかし、実はそうでもない。
そのケンスケが織りなすエヴァの情報収集活動は、意外と政府関係筋に好評なのだ。

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さて、本部といえば。
こちらは葛城ミサトの一の部下、日向君が大騒ぎ。

「ちょっと、なんなんですか、この生き物!」
「ペンギンよ、ペンギン。名前はペンペン。これでも鳥の仲間なのよ?」

ちょこまかと歩き回るその動物。
スタッフ達の食事をかすめ取り、あるいはキーボードにコーヒーをこぼし、縦横無尽に司令塔を駆けめぐる。
それを見て笑う者、怒り出す者。ペンペンはすっかりNERV本部のアイドルである。

ミサトは語る。
「昔は、もっともっと沢山いたのよ? でね、群れをなして行動するの。
 面白いのよ。列を組んで歩き回って、先頭が転んだら後に続くペンギン達も真似して転ぶの。おかしいったら――」
「な、なんでそんな生き物を」
「うん。お父さんと南極にいたとき、ずっと飼っていたのがこの子。それで私と一緒に助けられたんだけどね。
 ずっと飼ってたんだけど、こんなこともあろうかと思って最後にマンションを出るとき連れて来ちゃった」
「良い判断でしたね。葛城さんのマンションも既に粉々になってるかと――うわっぷ!」

どうやら日向のとっておきのおにぎりがペンペンに奪われてしまったご様子。
「や、やっぱり良い判断じゃない!」
「悪いって言うの? 私のペンペンを殺す気?」
「いや、そうじゃなくて……こら、鳥類が穀物を食べるんじゃない――あれ、正しいのかな? ってこら、待て!」

どうやら、籠城戦は快適のようである。
ミサトも上機嫌――それは当然だろう。
父と居た頃の自分の過去を明るく話すことが出来るほどに、彼女の心も癒されたのだ。

しかし、たまに不安な顔もする。
「マヤ……レイのこと、ちゃんと見つけられるかな?」
後に残る不安は、もはやそれだけ。

しかし、各国政府との交渉は順調。
何故なら、自分達の事情を今や世界中の人々が知るところとなっている。
圧殺しようにも簡単ではないし、何よりゼーレは崩壊したのだ。
その彼らに振り回された世界各国もまた、既に大した力を残していない。
しかも、NERVの眼前には世界最強の兵器達が立ち並んでいる。
どうやら、マヤの諜報活動はおままごとで済みそうだ――レイの救出を除いては。

まだ多くの不安も抱えているが、それほど暗いものでもない。
多くの犠牲、大きすぎる被害、そして暗い道程を乗り越えて、ようやく彼らは明るい未来への道を辿り始める。

彼らの罪に赦しを――いま正に、その願いが聞き届けられようとしているのだ。








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最終更新:2009年03月22日 23:01
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