ある日、監視員は言う。
「少年、報告がある」
はい? と、シンジは振り返る。
監視員はボソボソと言う。
「実は、綾波レイとの面会が認められたんだが……」
「ほ、ホントですか!」
シンジは嬉々としてがばっと立ち上がった。
「では、今すぐ! 今すぐ会いに行きます!」
「そ、そうか、少年。えーと、な……」
何か奥歯に挟まったような監視員の返答。
しかし、有頂天のシンジはそんな監視員の様子に気が付かない。
「うわー、どうしよう。こんな格好じゃマズイかな? でも、これしか持ってないし」
と、恨めしげにお仕着せのジャージの汚れを払い、髪型を整えるために鏡に向かう。
そんな浮き浮きとしたシンジを見ながら、監視員は頭をかいた。
――大丈夫だろうか。まあ……幸運を祈ろう。
そんな胸中はとりあえず、心の奥に納めておいて。
「では、少年。外出時間も30分から1時間に延長されたから」
「ではでは、40分は話が出来るんですね! よーし!」
もはやシンジは小躍り状態。
監視員はそんな彼を気の毒そうな目で見つめるばかり。
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そして、レイの居る施設へ移動――などという経緯は中略。
シンジは、いわゆる面会ボックスに案内された。
ガラスを間に挟んで会話する、いわゆる刑務所のアレである。
もちろん、レイ側の奥には監視員付き。
こちらの背後にも、シンジの監視員が同様に。
監視員がなかなか美人と称した女性が、シンジの前に現れて告げる。
「では、お待ちくださいね。呼んできますから」
眼鏡をかけた知的な女性監視員。確かに美人である。
いや、そんな彼女のことはシンジにはどうでもよかった。
シンジはレイのことで頭が一杯だ。
会える。
いよいよ、会える。
そんな想いでシンジの鼻は大きくふくらむ。
そして――カチャリと向こうの扉が開いて、現れた一人の少女。
シンジは思わず、キョトンとした。
――誰?
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シンジは挨拶することも忘れ、うわずった声で口ごもる。
「あ、あの……」
レイは小首を傾げた。
そして一言。
「何?」
ぶっきらぼうに聞き返す少女は黒髪だった。
しかも、自分を冷めた目で見る瞳の色も漆黒。
いや、確かにレイである。
髪の色、瞳の色が違う。
それだけなのだ。
それだけなのに、これはいったいなんだろう。
シンジの心を凍り付かせるものは――。
シンジは言いにくそうに尋ねてみた。
「あの、髪は、どうしたの……」
「染めたの」
「へ? あ、ああ……」
少し間を置いて、再び。
「あの、瞳の色も……?」
「手術」
そんなぶっきらぼうな口調で返答したレイの目は、シンジに無言で問いかける。
だから何? と。
シンジはそのレイの視線に絶えきれず、目を伏せた。
なんだろう、この喪失感。
覚えがある。
自分が3人目だと、あの時に告げられた時と正しく――。
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一応、シンジは見知った相手ではある。
しかし、彼女は3人目。
2人目とは違い、会話も禄に交わしたことのない3人目。
つまりシンジとは親しいわけではない。
だから、そんな無愛想な受け答えも仕方ないと言えば仕方がないのだが。
シンジは苦悶の末に、ようやく繰り出した次の質問。
「え、えーと……普段、何してるの?」
「勉強」
「……」
そして、無言。
「……」
「……」
その末に、レイは立ち上がった。
シンジは慌てる。
「あ、あの……」
「勉強の続きがあるから。それじゃ」
――ぱたん。
と、レイは扉を閉めて去っていった。
シンジはレイと再会してから、僅か5分の面談だった。
女性監視員は少し気の毒そうに一礼する。
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帰りの車の中で。
こちらの監視員も少し気の毒そうに、運転しながらシンジに声を掛けた。
「その、なんだ……あんな特殊な髪の色じゃまずいってことになってな」
「……」
「なんか、別人みたいになっちまったからな。まあでも、間違いなく綾波レイだから……」
「……」
少しうつむき加減のシンジ。
確かに気落ちする気も判らないでもない。
2人目とは違い、シンジとは他人に等しい関係である。
その彼女が大きなイメージチェンジを遂げてしまったのだ。
監視員は思う。
両親もおらず、共に過ごしたネルフの人々も失われ、シンジの関係者はレイ1人だけ。
シンジがレイに全てを賭けるのも無理はない。
いや、監視員の不安は、髪の色とかそう言うことではなかった。
実を言うと――。
――ぱんっ!
不意に監視員の腕を叩くシンジ。
そしてうつむいたまま、クックックッと笑い始める。
「痛いぞ、少年! 運転中に何を――」
「黒髪の綾波って……すんごく可愛かった……」
「はあ? あ、あの」
「よーし、また明日も会いに来よう! ね、いいですよね? 監視員さん?」
「そ、そうだな。先方に聞いておこう。あまり、頻繁には無理だと思うが」
実を言うと――これまで面会の許可を出さなかったのは綾波レイ本人だった。
それも無理はない。
あまりよく知らない相手に会ってくれとせがまれても、誰でも気持ちが悪いだろう。
そのことを女性監視員から聞かされたのは、つい最近のこと。
交渉の末、ようやく許可されたのは5分だけ。
自分から勝手に打ち切ると約束した上での面談だった。
監視員は、そんな冷たいレイのことをシンジに告げる勇気が無かった。
何しろ、今のシンジにはレイが全てなのだから。
「ねえ、監視員さん。レイに黒髪の似合う髪飾りとか送ってみましょうか?」
「そ、そうだな。日本は黒髪の国だから、そういうのは沢山あると思うぞ」
「ね、ね、まだ時間はあるでしょ? 少し寄って――」
そんなよく判らないやり取りはともかく、とりあえずシンジは健気で、幸せそうだ。
それだけが救いと、監視員は溜息をついた。
(続く?)
最終更新:2009年04月05日 22:18