3人目 第八話

ある日、監視員は言う。
「少年、報告がある」
はい? と、シンジは振り返る。

監視員はボソボソと言う。
「実は、綾波レイとの面会が認められたんだが……」
「ほ、ホントですか!」

シンジは嬉々としてがばっと立ち上がった。
「では、今すぐ! 今すぐ会いに行きます!」
「そ、そうか、少年。えーと、な……」

何か奥歯に挟まったような監視員の返答。
しかし、有頂天のシンジはそんな監視員の様子に気が付かない。

「うわー、どうしよう。こんな格好じゃマズイかな? でも、これしか持ってないし」
と、恨めしげにお仕着せのジャージの汚れを払い、髪型を整えるために鏡に向かう。
そんな浮き浮きとしたシンジを見ながら、監視員は頭をかいた。

――大丈夫だろうか。まあ……幸運を祈ろう。

そんな胸中はとりあえず、心の奥に納めておいて。
「では、少年。外出時間も30分から1時間に延長されたから」
「ではでは、40分は話が出来るんですね! よーし!」

もはやシンジは小躍り状態。
監視員はそんな彼を気の毒そうな目で見つめるばかり。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

そして、レイの居る施設へ移動――などという経緯は中略。

シンジは、いわゆる面会ボックスに案内された。
ガラスを間に挟んで会話する、いわゆる刑務所のアレである。
もちろん、レイ側の奥には監視員付き。
こちらの背後にも、シンジの監視員が同様に。

監視員がなかなか美人と称した女性が、シンジの前に現れて告げる。
「では、お待ちくださいね。呼んできますから」

眼鏡をかけた知的な女性監視員。確かに美人である。
いや、そんな彼女のことはシンジにはどうでもよかった。
シンジはレイのことで頭が一杯だ。

会える。
いよいよ、会える。
そんな想いでシンジの鼻は大きくふくらむ。

そして――カチャリと向こうの扉が開いて、現れた一人の少女。
シンジは思わず、キョトンとした。

――誰?

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

シンジは挨拶することも忘れ、うわずった声で口ごもる。
「あ、あの……」

レイは小首を傾げた。
そして一言。

「何?」

ぶっきらぼうに聞き返す少女は黒髪だった。
しかも、自分を冷めた目で見る瞳の色も漆黒。

いや、確かにレイである。
髪の色、瞳の色が違う。
それだけなのだ。

それだけなのに、これはいったいなんだろう。
シンジの心を凍り付かせるものは――。

シンジは言いにくそうに尋ねてみた。
「あの、髪は、どうしたの……」
「染めたの」
「へ? あ、ああ……」

少し間を置いて、再び。
「あの、瞳の色も……?」
「手術」

そんなぶっきらぼうな口調で返答したレイの目は、シンジに無言で問いかける。
だから何? と。

シンジはそのレイの視線に絶えきれず、目を伏せた。

なんだろう、この喪失感。
覚えがある。
自分が3人目だと、あの時に告げられた時と正しく――。

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一応、シンジは見知った相手ではある。

しかし、彼女は3人目。
2人目とは違い、会話も禄に交わしたことのない3人目。

つまりシンジとは親しいわけではない。
だから、そんな無愛想な受け答えも仕方ないと言えば仕方がないのだが。

シンジは苦悶の末に、ようやく繰り出した次の質問。
「え、えーと……普段、何してるの?」
「勉強」
「……」

そして、無言。

「……」
「……」

その末に、レイは立ち上がった。
シンジは慌てる。

「あ、あの……」
「勉強の続きがあるから。それじゃ」

――ぱたん。

と、レイは扉を閉めて去っていった。

シンジはレイと再会してから、僅か5分の面談だった。
女性監視員は少し気の毒そうに一礼する。

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帰りの車の中で。
こちらの監視員も少し気の毒そうに、運転しながらシンジに声を掛けた。
「その、なんだ……あんな特殊な髪の色じゃまずいってことになってな」
「……」
「なんか、別人みたいになっちまったからな。まあでも、間違いなく綾波レイだから……」
「……」

少しうつむき加減のシンジ。
確かに気落ちする気も判らないでもない。
2人目とは違い、シンジとは他人に等しい関係である。
その彼女が大きなイメージチェンジを遂げてしまったのだ。

監視員は思う。
両親もおらず、共に過ごしたネルフの人々も失われ、シンジの関係者はレイ1人だけ。
シンジがレイに全てを賭けるのも無理はない。

いや、監視員の不安は、髪の色とかそう言うことではなかった。
実を言うと――。

――ぱんっ!

不意に監視員の腕を叩くシンジ。
そしてうつむいたまま、クックックッと笑い始める。

「痛いぞ、少年! 運転中に何を――」
「黒髪の綾波って……すんごく可愛かった……」
「はあ? あ、あの」
「よーし、また明日も会いに来よう! ね、いいですよね? 監視員さん?」
「そ、そうだな。先方に聞いておこう。あまり、頻繁には無理だと思うが」

実を言うと――これまで面会の許可を出さなかったのは綾波レイ本人だった。
それも無理はない。
あまりよく知らない相手に会ってくれとせがまれても、誰でも気持ちが悪いだろう。

そのことを女性監視員から聞かされたのは、つい最近のこと。
交渉の末、ようやく許可されたのは5分だけ。
自分から勝手に打ち切ると約束した上での面談だった。

監視員は、そんな冷たいレイのことをシンジに告げる勇気が無かった。
何しろ、今のシンジにはレイが全てなのだから。

「ねえ、監視員さん。レイに黒髪の似合う髪飾りとか送ってみましょうか?」
「そ、そうだな。日本は黒髪の国だから、そういうのは沢山あると思うぞ」
「ね、ね、まだ時間はあるでしょ? 少し寄って――」

そんなよく判らないやり取りはともかく、とりあえずシンジは健気で、幸せそうだ。
それだけが救いと、監視員は溜息をついた。

(続く?)
最終更新:2009年04月05日 22:18
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