第拾壱話

「戦いは男の仕事!」
ビシッとポーズを決めて、出撃するシンジ。さて、いよいよ第12使徒レリエルとの対戦である。
中空に浮かぶ不気味な姿で得体の知れない所はあるが、
アスカとの最前の約束もある。壁のシミのような第12使徒イロウルとの戦いも正直言って肩すかしだった。
だからこそ、空元気にも見えるシンジの意気込みようも無理はない。
その勇み足の結果は、とてつもない危機的状況へと陥った。
使徒の影と思われていた地面の暗黒へと、初号機が取り込まれてしまったのだ。

(なんとしてでも、お止めするべきだった。作戦部長失格ね……これじゃ……)
ミサトの後悔は遅すぎた。これまでの使徒の傾向からして、このような展開になるとは考えても見なかった。
絶叫するミサト。迷走するアスカの弐号機。混乱するNERV司令部。
そんな中で、何故か綾波レイだけは落ち着き払っていた。

現場に緊急の司令部が設置され、主だった者達が集められる。
ホワイトボードに複雑な数式と図式を描き、解説とは言えない推論ばかりを並べているのは、
NERV技術部の第一人者、赤城リツコである。
「あの中空に浮び、使徒と思われていたゼブラの球体。あれが使徒の影でしかないと言えるかも知れません。」
「言えるかも?知れません?……それじゃ、シンジ様を取り込んだ地面の黒い影こそ本体ってこと?」
いらだっているミサトがズケズケとした調子でリツコに食いつく。何かアラが有れば殴りかかりそうな状態だ。
「そう考える他はないわね。あの、極薄の黒い影……別の宇宙空間に繋がっているのじゃないかしら。」
「聞いたこともないわね!そんなSF科学小説なんて!」



リツコも負けじと怒鳴り返す。
「考えられることを答えているだけよ!聞きたくないならいいわ。唯一、初号機を救出する方法は一つだけ。」
「……何よ。」
「現存するエヴァ2体のATフィールドを1000分の1秒だけ干渉させ、全てのN2爆雷をその瞬間に……」
つまり、考えられる限りの破壊力を全て注ぎ込む訳だ。
「何ですってッ……!」
思わずミサトはリツコの胸ぐらを掴む。
「何よそれッ!そんなことをしたら、シンジ様がどうなるか……」
「いえ……シンジ様のことは、自らを滅ぼしてでも使徒が守るわ。それが狙い……」
「……え!?」
ミサトはリツコのその言葉に驚きを隠せない。
きょとんとした表情で、リツコを掴んでいた手をゆるめる。
「どういうこと……ねぇ!使徒って何なの!?そしてシンジ様は一体……」
「あなたに渡した資料が全てよ!ミサト……私を信じて……」
「……」
ほぼ街全体を包み込むかのような地面の黒い影。そして中空に浮かぶ不気味なゼブラの球体。
地上ではNERV職員が奔走し、上空では戦略自衛隊の航空隊が結集しつつある。
これまでの楽天的な使徒との戦闘が一変して、正に総力戦と姿を変えつつあった。

そして使徒内部の初号機と、シンジである。


「生命維持モードに切り替えてから10時間……僕の命もあと数時間、か……」
生命維持モード。それは、まさか使うことになろうとは思っても見なかった初号機の機能だ。
「でも……何故だろう。あたたかい……いや……懐かしい……?」
何故かシンジは苦痛を感じることなく……むしろ、表情が和らいでいた。
「そうだ……何故か懐かしい……この感覚……そうだ……」
それは、シンジがすっかり忘れていた母ユイとの記憶であった。

「今帰ったわよシンジ!待たせちゃってごめんね!」
「あー、ママ!おかえりなさーい!」
「ごめんなさい。お腹がすいちゃったでしょ?」
科学者としての仕事を終え、預けていたシンジの元に帰り着いたユイ。
四六時中、一緒にいられないだけに互いの思いはひとしおだろう。

「シンジ、体を洗うからこっちにいらっしゃい。ほら、おちんちんもちゃんと洗わなくっちゃ。」
「きゃはは、ママやだ、くすぐったいよぅ」
「ウフフ……あらヤダ、そんなにママのおっぱい見つめちゃ恥ずかしいわ。」
「ねぇママ……おっぱい吸ってもいーい?」
「もう……赤ちゃんじゃないのよ?……ううん、いいのよシンジ……好きなだけ吸って……」
「ありがと、ママ……だいすき……」
「私もよ、可愛いシンジ……」


ユイはシンジを思う様に溺愛し、シンジもまた自分の気持ちの全てをユイにぶつけた。
何時までも続くかに見えた、とろけるように甘い日々。
だが、終わりは必ず来る。ユイは母親ではあるが科学者でもあり、そして女でもある。

「何だ?扉が開いてるぞ?」
「ねむれないよぅママ……あれ?このひとだれ?ねぇ!ママとなにやってるの!?」
「おい、なんとかしてくれよ。ユイ……」
「ご免なさい……ほら、シンジ?もう遅いから寝ましょうね。」
「ねぇママ、だれなの?ママとはだかでなにやってたの?」
「ほら、この間言ったでしょ?あの人がシンジのパパよ。」
「ぱぱ?なにそれ。ねえ、あのひととなにしてたの?」
そんな風にユイを困らせたこともあった。
(そうだ……思い出した……あの時の男こそゲンドウ……僕の父さん……)
初号機の中で夢うつつだったシンジの顔が、次第に苦痛で歪み始める。

「また、このおじさんがママをつれていくの?やだよママ、いっちゃやだ!」
「シンジ君……俺は君のパパなんだよ。な?パパを信じてくれ。」
「そうよ、シンジ。ここでおとなしく待っててね。」
「では、いいか?ユイ。」
「はい、やります。シンジの為に……そして、世界の為に……」


そして、初号機の起動試験が終わり……
「ねぇ!ママはいつになったらかえってくるの?ねぇ!ママをどこにつれていっちゃったの?」
「シンジ。もう、ママは帰ってこないんだよ。」
「うるさい!おまえなんてしらない!ママをかえして!ねぇ、ママはどこなの!」
「ママはちょっと遠くに行ったんだよ。ほら、新しいオモチャを買って来たよ。これなんか……」
「ぼくを……ぼくを……」
脳裏に蘇る記憶の映像がシンジを怒りの頂点へといざなった、その時。

(あれは!?)
全天真っ白だったレーダーに何か写っている。
赤く輝く球体。言わずと知れた使徒のコア。
さあ、これが出口ですよ、と言わんばかりの。

「ぼくを…………ぼくを………………僕をバカにするなァァァァァァァァァァァァァァッ!!!」

激怒したシンジに呼応して初号機が吠え猛り、何もない虚無空間に鋭い爪をかけ、
そして!


「あれは……?」
浮かんでいた球体に突然の異変が起こり、ミサトやリツコが驚愕の声を上げる。
「そんな……何もしていないはずよ……?」
「まさか、シンジ様が……」
「そんな馬鹿な!初号機のエネルギーはゼロなのよ!?」

バリバリと使徒は引き裂かれ、その裂け目から姿を現す初号機。
その血しぶきを上げる使徒の姿は、うかつにもシンジの記憶を呼び覚まし、その逆鱗に触れた結果だろうか。
いや、あえてシンジを怒りの頂点へといざなうことが使徒の意図であった、とも……

虚無とも影とも言われた球体の使徒を粉々に砕き、すさまじい轟音と共に初号機は地上に降り立つ。
吠える初号機。その姿に驚愕し、恐怖するNERVスタッフ。
リツコも又、恐怖に顔をゆがませながら思わずつぶやく。
「なんてこと……これがエヴァの力……いや、これが碇シンジの……」
「……」
そんなリツコを怪しげに見つめながらも己の職務に立ち返り、シンジの保護のため奔走するミサト。
こじ開けられるエントリープラグ。病院へと担ぎ込まれるシンジの体。
その彼の尚も強ばり続ける怒りの表情のため、指を触れることもためらうミサト。
しかし、母に対するシンジの思いは誰も知らない。


「う……くッ……」
ベッドの上で苦悶の表情を続けるシンジ。そんな彼を見舞う二人の少女。
アスカと綾波レイである。
譫言とも言えない苦痛を漏らしながら悶えるシンジを見つめていたレイは、ふとアスカに振り返る。
「ご免なさい……少し席を外して……」
「えぇ!?」
アスカは不審がったが、しかし以前よりシンジに対する横暴は和らいでいる。
ふっと肩をすくめて、意外にも素直に病室から去っていった。

アスカがドアを閉めたのを見越して、はたして何を思ったのか。
突然に服を脱ぎ、胸をはだけて苦しむシンジに寄り添ったのだ。
「ん……んん……」
そして、未だ幼い自分の乳房をシンジに含ませる。夢うつつのシンジはそれに夢中でむしゃぶりついた。
そのレイの表情……あいかわらずの無表情だが、仕草だけはこよなく優しかった。
(ああ、ママ……やっと帰ってきたんだね……ママ……)
やがてシンジの表情は和らぎ、そして深い眠りにつく。
そんな彼を見て、レイは服を直して病室を出た。

(私には……シンジ様のお相手は無理かもね……とても、あの子の様に母親代わりには……)
シンジの思いを知ってか知らずか。
そんなことを考えながら、ミサトはシンジの病室にある監視モニタを停止させ、立ち去っていった。
最終更新:2007年02月21日 22:41
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