第拾弐話

さて、引っ越しを終えた洞木ヒカリは台所で牛乳を飲みつつ、慌ただしい朝食の準備をしている。
まだまだ開けていない段ボール箱で一杯だ。今日も片付けに丸一日費やさなくてはならないだろう。
ふと振り返ってみると、妹のノゾミがTVのリモコンを片手に電源を入れている。
そして映し出された画面を見て、ヒカルは思わず口に含んだ牛乳をブッと吹き出してしまった。

『シンジ・アルバム』

見れば、冴えない顔をしたシンジ様で画面が一杯だ。
『本日、開催されたアジア陸上競技大会にシンジ様はご出席され……』
チャンネルをひねってみれば、これまたシンジ様のご登場。
『ここはシンジ様が幼少の頃すごされたこともあり、もっともシンジ様に近い街として……』
『エヴァパイロット・碇シンジの朝は一杯の果物ジュースで始まる。』
『ええ……健康には気を遣って……』
ハッとなって飲んでいた牛乳瓶を見てみると、愛想笑い満面のシンジ様の顔がそこにある。
実を言えば、これがNERV広報部の仕事であり、その手を日本中いや世界中に伸ばしつつあったのだ。

あ、シンジ様だ、と画面にかじりつくノゾミ。
これでは引っ越しした意味がない、と悪態をつきながら、TVのスイッチを乱暴に切る姉コダマ。
驚愕と恐怖に歪ませていたヒカリの顔は、次第に悲しい表情を浮かべてつつあった。
(逃げて、碇君……なんとしてでも……どんなことをしてでも……)


「シンジ様、こちらになります。」
机上のシンジに向かい、机の上に書類を置くマヤ。
が、マヤはその書類から手を離そうとはせず、何故か動きを止めている。
「あ……ご、ごめんなさい。」
思わず赤面しながら、横を向いてマヤから視線を外すシンジ。
マヤはシンジの視線が自分の胸に注がれていることに気づき、彼のために動かずにいたのである。
「い、いえ……いいんですよシンジ様……その……幾らでも……」
下手に誘い文句になってしまうと禁止事項に抵触する。
ましてや、ミサトから忠告を受けている。露骨に媚を売られることはシンジ様はお嫌いになる、と。
慌ててマヤは口ごもり、彼女もまた、顔を真っ赤にして部屋を立ち去る。
やっと一人になったことを確認したシンジは、
何故こんなに自分の執務室が広いのかと悪態を付きながら、トイレへと駆け込んでいった。

(シンジ様の様子が変わった……変、というか……肩の力が抜けた、というか。)
そんなことを思いながらNERV本部を歩くマヤ。先程のエピソードについて考えていたのだろう。
(でも、最近は夢見がちな様子もあるし……すこし、気を抜いておられただけかな……)
そのように、遠慮がちに自分をなだめようとする。自分に魅力を感じたわけではないのだろう、と。
しかし、実のところシンジの白羽の矢が立つのはマヤ、というのがもっぱらの噂が立っている。
マヤ自身もそれを耳にしている。しかし、それはシンジと共に行動することが多いだけの話で……
そんな、どうどう巡りの思いの果てに、マヤは大きな溜息をついた。


そんなマヤを察したのか。
ある男がマヤに声をかけてきた。本部内に居る男性は極めて限られている。
シンジでも司令のゲンドウでもなければ残るは一人、加持リョウジである。
冬月?まあ、日本のどこかでモグリの医者を続けていると考えて頂ければいいだろう。

「あいかわらず、ここの制服は男を楽しませてくれるね。」
「ああ、加持さん。お疲れ様……ちょっと、そんなにジロジロ見ないでください。」
抱えた書類で隠そうとするが、胸を隠してなんとやら、だ。
どんどん過激になるNERVの制服。この次にはビキニしかないだろうという有様である。
「私だって恥ずかしいんです。」
「つれないねぇ……でも、相手にしてくれてないんだろう?お堅いシンジ様は……」
「あの、止めてください。ホントに……ミサトさんに言いつけますよ?言いつけたら……」
「殺される……か?その前に君の……あ。」
トイレから出てきたらしいシンジの姿がそこにあった。
「し、シンジ様。参りましょう。さ、こちらに……」
慌ててシンジをなだめるのように腕を取るマヤ……が、ギロリとシンジは加持を睨んだままだ。
「やあ、シンジ君。えーと、どうだい?お茶でも。」
「……僕をバカにするんですか。」
その一言だけを残して、シンジはマヤを伴い去っていった。


(やれやれ。さてと……パスワードは……)
個室でMAGIの端末に向かい、何かを調べている加持。
実は、マヤですら許されていない権限をも彼には与えられている。
シンジに対する傾向と対策のために彼が赴任してきたのだから、当然と言えば当然だ。
そして画面に踊る画像の数々。それはシンジが自宅で閲覧しているお気に入りのものである。
(ふーん……あまり過激なものは好みではないんだな……)
実は、以前にミサトがモニタリングしたものとほぼ同じ内容なのだが、やはり男の見る目とは違いがある。
加持の頭の中で次第に集約され、そして行き着いた先。
(ん……そうだ、確か……)
全く別の画像を巨大なデータベースから引きずり出す。
それは幼いシンジと共に写る母である碇ユイの画像であった。
(なるほどね……それでかな?シンジ君の側にいることが多いのはショートカットの綾波レイ、そして……)
思わず頭をかく加持リョウジ。
(マヤちゃんにちょっかい出したのはまずかったかな……)
「あー、何エッチな画像見てるんですカー?」
何時の間にやら背後に立っていたのは、惣流アスカ・ラングレーであった。
「こ、こら!子供が見るもんじゃない!」

「それじゃ、しばらく留守にします。」
そういって、荷物を片手にシンジに挨拶するミサト。


保護者役のミサトが側を離れるのも珍しいが、前回の件を経て使徒との戦いが困難なものと成りつつある。
新たな戦略を組むために、作戦部長たるミサトは様々な活動を行わなければならないのだろう。
向かう先は松代の第2実験場。そして、その内容は?
「エヴァ参号機!?」
驚くシンジ。そんな彼を落ち着かせようとミサトはシンジに説明する。
「はい。戦力強化のためにアメリカで建造されていた参号機をこちらで引き取ることになったのです。」
「……」
「心配は要りません。私の留守の間は……」
その時、玄関からバタバタという足音が聞こえてきた。
「お、おはようございます!あ、あの……」
現れたのは、手荷物片手のマヤであった。
「……彼女がお世話をさせて頂きます。マヤ?よろしくね。」
ニッコリとミサトがマヤに微笑みかける。
「なんなら、荷物をまとめて引っ越してくれば良かったのに。手配しようか?」
「いえ、そんな、あの……よろしくお願いします。」
口ごもり、赤面しながらもシンジ向かい慌ただしいお辞儀をするマヤ。
とはいえ、お世話するといっても大したことがある訳ではない。生活面はメイド達がまかなっている。
あるといえば、NERV本部との連絡係ぐらいなのだが。

シンジと言えば、訳の分からぬ状態で頭をかくばかりである。
最終更新:2007年02月21日 22:42
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