第拾参話

 クルナ 

 …… ニ チカヅクナ

 オマエ ハ ジャアク

 オマエ ガ …… ヲ クルシメル

 オマエ ガ …… ヲ オトシメル

 クルナ

 チカヅクナ

 サモナクバ……



「遅いわね。」
松代に到着し、参号機を待つミサト。
「そうね……何か有ったのかしら……」
その傍らで、リツコは落ち着き払ってノートPCに向かい、コーヒー片手にタイプを続けている。
その片手でフルキーボードをタッチタイプする様は実に年季が入ったものだ。
「ところで、リツコ。この松代で行う起動試験って……パイロットを使うの?」
「当然よ。パイロット無しではエヴァは動かないわ。」
「でも、シンジ様も居ないし、レイやアスカも連れてきていないわよ?」
「……あなた、何にも知らないでここまできたの?参号機に向けて新たにパイロットが選定されたわ。」
「では、4人目?」
「第4位は残念ながらボツ。ほら、シンジ様の学校で病院送りにされた子よ。」
「ああ……諜報部も酷いことしたわね。名前は……なんていったっけな。」
「聞いた話では大怪我をさせたのはシンジ様のファン達らしいわ。左足を切断するほどの複雑骨折。」
「嘘……そんな……」
「シンジ様への信仰心だから咎めるのも心苦しい、というわけで諜報部がしたことにしたんですって。」
(異常だわ……本当に、この連中はシンジ様をどうするつもりなのかしら……)
そんなことをミサトは考えていたが、気を取り直してリツコに訪ねる。
「で、リツコ。新しいパイロットって……」
リツコは一枚の資料をミサトに示した。
「参号機と一緒に輸送機でこちらに向かっているはずよ。名前は……」


シンジ邸。
「シンジ様が、差し支えなければ夕食をご一緒に、と申しております。」
マヤが与えられた部屋にメイドの一人が訪れ、礼儀正しく応対する。
「そうですか……何時から?」
「よろしければ7時に食堂へお越し下さい。献立はこちらになりますが、お嫌いな物があれば……」
「いえ……好き嫌いはありません。」
「そうですか。何かご用件がありましたら鈴を鳴らしてください。では、失礼いたします。」
マヤはシンジの世話役の代理としてやってきたのだが、完全にお客様扱いだ。

そして、マヤを迎えての夕食となる。
細長いテーブルの上座には当然シンジが座る。その両サイドにはレイとマヤ。
「……やっぱり、そういう服の方がいいな。マヤさんは。」
「そ、そうですか。ありがとう御座います……」
その日のマヤは、白いブラウスにパンツをはいたシンプルなものである。
女性らしいスタイルが映えるが、肌の露出は実に少ない。
やはりシンジは、本部の乱痴気ぶりに呆れていたのだろう。
(NERV職員を辞めて、本当にここでメイドをしたくなっちゃうな……)
見ていると、料理を運んでくるメイド達に対し、シンジは微笑みさえ浮かべて接している。
さっきのように服装に関して褒められたのも(今までの制服のセンスはともかくとして)初めてのことだ。
何だか、心の中にグラリと揺らぐものを感じて仕方がない。


しかし、その傍らでお相伴程度にお皿を突いている綾波レイは、相変わらずの無表情ぶりだ。
シンジがたまに話しかけるが、軽く頷き返すだけなのだが……
(あ……)
その瞬間、マヤは思わず声を上げそうになった。
ある時、レイがナプキンを手に取り、シンジの口元を拭いた。
それに対してシンジは言う。なんだか母親に拭いて貰ったみたいだ、と。
するとレイは微かに赤面して、しどろもどろに席に戻った。
実に微笑ましい光景である。マヤはそんな様を見て、ふっと溜息混じりの苦笑いを浮かべていた。

自室へ戻り、持ち込んだノートPCに向かい一仕事を終えた後、
マヤはシャワーを浴びて柔らかい部屋着に着替え、パタンとベッドに体を投げだす。
言いつければどんな飲み物でも持ってこさせる、という。
しかし初日から遠慮がちなマヤではなかなか言い出しづらい。
あらかじめ部屋に置いてある水を飲んで一息ついた。
なんだか水まで物が違うんだな、などと感じながら。
(でも……コンビニで自分で買ってきたペットボトルの方が気安くていいなぁ……)
シンジ様も、慣れないうちはこんな心境だったのだろうか、と考えていた時のこと。

(とんとん……)
誰かがドアをノックする。出てみると、そこに居たのはレイであった。


「レイ、どうしたの……え、あの、ちょっと……」
レイはマヤの手を取り、どこかに引っ張っていこうとする。そして一言。
「碇君、うなされているみたい。」
「え……でも、それが……」
マヤは何か言おうとするが、レイは取り合おうとしない。
ある扉の前に来るとノックもせずにドアをあけ、薄暗い部屋の中をどんどん進んでいく。
(あ、ここは……シンジ様の寝室?)
(入って……)
(ええ!?)
レイはシンジが潜り込んでいる毛布をめくり、指し示した。
ベッド上では、シンジは胎児の格好でうずくまっていた。
(入って……)
半ば押し込むようにして、レイはマヤを強引にシンジのベットへといざなった。
(あ……)
そして、レイは毛布をかけ直して扉から閉めて去っていった。

マヤは硬直して動けない。今の状態、シンジを背中から抱きしめるような格好になっている。
緊張のあまり、自分の脈が耳に響き渡たる中、ふと、微かな声を耳にした。
(ママ……)
急速に静まりかえるマヤの心。思わずシンジに身を寄せて、改めて後ろから抱きしめた。


やがて、穏やかな寝息が聞こえてくる。どうやら、より深い眠りへと入ったのだろう。
(もう、いいかな……)
そう考えたマヤはベッドを抜け出し、そっと部屋から出て行った。

何故、レイは自分にこの役を与えたのだろう。
実を言うと、病室でレイがシンジを慰めていた一件をミサトから聞いていた。
レイこそがシンジと連れ合う相手で、彼女もそれを望んでいるのだろう、と思っていたが……
(つまり、シンジ様をいたわることさえ出来るなら、どうでもいいのかな?……)
でも、何か腑に落ちない感じがする。

部屋へ戻り、何気なくノートPCを開く。
いつもの癖でMAGIに接続し、各部署の状況にざっと目を通した。
が、驚いて目を見開き、モニタを見直す。
「え……使徒!?」

「使徒ですってッ!?」
驚いたミサトはリツコに聞き直す。
「間違いないわ。パターン青……参号機とほぼ同じ座標ね。状況は?」
すると、輸送機に搭乗しているパイロットと思われる声が無線機のスピーカーから聞こえてくる。
『それが……(ガガッ)……機体が言うことを聞かな……(ガガッ)……あああッ』(ブチッ)


松代の司令部が沈黙に沈み込む。
もはや無線機からは、ザーッという音しか聞こえてこない。
「やられた……?」
そう言うミサトにリツコは冷たく答える。
「まだ、輸送機は飛行中だけど……恐らくは、ね。」
「こうなっては、ここに到着させる訳にはいかないわね。輸送機が操られている可能性がある。」
ミサトは苦悶の表情を浮かべていたが、意を決して指示を下す。
「参号機、およびその輸送機を破棄します。戦自の航空隊に連絡、空中にてN2爆雷の……」
その時、沈黙していたかに見えた無線機から、先程とは全く別の声が聞こえてきた。
『それは待ってくれないか。一つだけ試したいことがある。』
どうやらマイクのスイッチが入りっぱなしで、ミサトの声が聞こえていたらしい。
こんな状況だというのに落ち着き払った涼やかな声。
「誰……?」
尋ね返すミサト。だが、無線機はもう答えない。
しばらくして、リツコが言う。
「……レーダーから使徒の反応が消失。もしや……殲滅した?」
「ええ!?」

やがて、輸送機の姿が肉眼でも見え始めた。
使徒の反応が消えたとはいえ油断は出来ない。試験場に緊張が走る。


既に試験場は戦自の戦車隊で一杯である。
上空にも航空隊が飛来して来ている。最悪の場合、試験場ごと使徒を吹き飛ばす算段だ。
現れた輸送機に釣り下げられている参号機……いや、違う。
既に参号機は稼働している。そして体を揺すり、輸送機の翼を操っている様子が見て取れたのだ。
まるでメーヴェを操る某アニメキャラと同じ要領で輸送機を操作し、
凄まじい轟音と共に見事に着地する参号機。
幾分、滑走路を掘り下げる結果になってしまったが。
「使徒の反応無し……でも、輸送機は半壊状態ね。」
ミサトに向かってリツコが言う。未だ緊張状態のミサトは何も答えない。
やがて、参号機はその場にひざまづき、エントリープラグが排出される。
扉が開き、吹き出すLCLと共に現れたのは一人の少年。
「いや、危なかったよ。あと少し放電が必要だったら、もう参号機は動かせなくなっていたところだ。」
そう言って、作業員の助けを借りて地上に降り立つ。
微妙な表情のミサトに対して、ニヒルな笑顔を浮かべて彼は軽やかに挨拶をした。
「渚カヲルです。よろしく。」

これが、フォースチルドレンが使えなくなったため見事に繰り上げ当選となった、
フィフスチルドレンたる渚カヲルの早すぎる登場である。
最終更新:2007年02月21日 22:43
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