第拾九話

(撃てば、僕は救われる……綾波を撃てば……僕は……)

(いや、ダメだ……撃ってはいけない……使徒は僕達を滅ぼしに来た訳じゃない……)

(でも……撃たなければ……撃たなければ……僕は……)

ドクン……ドクン……ドクン……ドクン……

もはやシンジの耳が引き裂かれるほどに響き渡る、彼の心臓の音。
引き金を指にかけたまま、動かない指。
しかし、ゲンドウは確信していた。シンジがレイを撃つことを。
NERV、そしてゼーレという巨大組織が、さりげなく、そして長年にわたり教育した碇シンジ。
エヴァンゲリオンの存在は知らせずとも、必ず使徒を殲滅しなければならない、と教えこまれたシンジ。
そして、もはやボロボロに汚された彼の心。
(勝ったな……)
その思いにゲンドウはニヤリと笑う。

その時、今まで閉じられていた使徒タブリスの……綾波レイの目が開かれた。
そして、モニタ越しにシンジと視線を絡め合う。
いくつもの壁を隔てて、交わされる声なき会話。
そして、その末にシンジは。


次第に戦場と変わりつつあるNERV本部。
今のところは、隠密行動のスタイルで進むミサト達。
(3人ね……よし!)
ミサトが首を掻き切るアクションをしてみせると、進み出て始末するメイド達。
自衛隊員にとても勝ち目はない。
彼らの役目は警備であり、メイド達の目的は殺戮であるのだから。
が、それも長くは続かない。

『警報!警報!本部内に武装集団が侵入!』
『各員、ただちに戦闘態勢に入れ!敵は全て女性の模様!』
『見つけ次第の射殺を許可する!繰り返す!見つけ次第……』

(チッ……お忍びもここまでのようね……ん?)
ミサトの携帯がブルブルと震えている。それは加持からの連絡だった。
「葛城?俺だ。」
「何よ、この忙しいときに!」
「戦自が増援が来るぞ。戦車からヘリまで続々とそちらに押し寄せている。」
「でしょうね。連中、こちらがエヴァを繰り出すことを想定しているでしょうし。」
「そして……それだけじゃない。怪しげな巨大輸送機が9機。」
「エヴァシリーズ?」


「恐らくそうだろう。あれが来たらもう手に負えない。いや、手遅れになるぞ。」
「……判ったわ。ありがと。」
「死ぬなよ、葛城。難しいが、退路を確保しておくよ。それじゃ。」
その言葉を聞いて、ミサトは加持との電話を切る。
そして、別の番号を呼び出し始めた。
「マヤ?いける?」

その頃、司令部ではマヤが一人で端末に向かい、必死で操作していた。
通常なら複数人で操作しなければいけないところを、
コマ付きの椅子をガラガラと転がしながら、鬼のような早さでキーボードを叩いて回る。
周囲には幾人もの死体が蹴り転がしている。が、それをしたのはマヤではない。
銃を片手に背後を守る職員が数名。恐らく、ミサトが目を付けていた仲間だろう。
そして、ドライブモードにしてあった机上の携帯からのミサトの声に、マヤは答えた。
「はいッ!発進準備オーケーです!アスカさん?」
そして、モニタに一人の女性が映し出された。それは包帯姿も痛々しいアスカであった。
エヴァの操作は神経接続によって行われる。重傷で体が動かなくとも操作は可能だ。
そして、モニタの向こうのアスカは弱々しく腕を上げて、親指を立ててポーズを決めた。
「……ハイル、シンジ!」
それを見たマヤは苦笑しつつも、端末を操作し絶叫する。
「エヴァンゲリオン弐号機、発進!」


その声を聞いたミサトは携帯を閉じてメイド達に振り返る。
「皆、こっから先はこちらにも死人が出るわよ。覚悟は良いわね?」
すると、メイド達は口々に答える。
「ご心配なく。まだ、私達も本気を出してはいません。」
「私達が本気を出したら、目を背けたくなる地獄のような光景になりますが……構いませんね?」
「ミサトさんこそ、ご覚悟を。」
頼もしい限りの花のような女達。いや、少女と言ってもいい者も居た。
一体どんな教育を施されたのだろう。
底知れぬシンジハーレムの恐ろしさにミサトは思わず体を震わせた。
「すごいわね。それでは、たっぷり拝見させて頂きますか。その地獄とやらを。」

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァッ!!」
快進撃を続ける弐号機。
戦車達を踏みつぶし、戦闘ヘリを振り回し、破壊のかぎりを尽くすアスカ。
もはや戦自の増援は壊滅状態であった。
アスカは、怪我人とはとても言えない形相で弐号機を操作し、尚も殺戮を繰り返す。
「クッ……あれが、エヴァンゲリオン……」
「まさに悪魔だ……む、あれは?」
アスカの暴れっぷりに驚愕していた自衛隊員が、ふと上空を見上げた。
「あの攻撃機は……まさか!?我々を巻き添えにして……?」


そして、弐号機を中心に凄まじい衝撃と轟音が響き渡る。
攻撃機から投下されたN2爆雷は正確にアスカの弐号機へと着弾したのだ。しかし、
「無駄と言ってるデショ?弐号機には数千枚の特殊装甲と、ATフィールドがあるのデェース!」
もはや高笑いのアスカ。弐号機には傷一つついていない。
NERV本部は有る程度の距離を置いていたため巻き添えしなかったのだが、
周辺にいた自衛隊員は一人残らず消滅してしまった。
これで戦闘が終わったかに見えた……が、新たな敵が上空から現れる。

「それは……量産型のエヴァシリーズね。」
そう、アスカに教えたのはミサトである。
(S2機関搭載のエヴァシリーズ……とても、弐号機などに勝ち目はない……)
たとえそうであっても、引くわけにも行かない。
ミサトはそれが死刑宣告だと知りつつ、アスカに告げる。
「……全て倒しなさい。いいわね、アスカ。」
『判ったワ。ミサトもシッカリやるデスヨー!』
「あはは♪こっちは余裕よ、余裕。」

まさしくミサトの言うとおり、メイド達もまた快進撃を続けていた。
メイド達は有言実行し、圧倒的な強さで敵、戦自の隊員達を翻弄する。


「ルームサービスは如何っスかぁ?」などと言いながら隊員の居室に火炎放射を見舞うメイド。
「ワタクシが切り分けて差し上げますね。」といって首をナイフでかき切るメイド。
手榴弾を容赦なく投げつけ、降伏する者の頭を吹き飛ばし、みるも無惨な虐殺を繰り返す。
戦闘のプロであるはずの戦自相手に、子供を踏みにじるような大人げない戦闘ぶりを見せていた。
「あんた達、いい加減になさい!先へ急ぐわよ。私達は……」
「はいはい、シンジ様の救出ですよね。」
もうメイド達の統制などあったものではない。
残虐な彼女たちを叱り飛ばしつつ進むミサトであったが、彼女も然り。
「ほら、邪魔よ。悪く思わないでね。」
命乞いをさせる余裕も与えず、ミサトは突きつけた銃で相手の喉笛を吹き飛ばすのであった。

(ああ……撃ってしまった……僕は……綾波を撃ってしまった……)
初号機のライフルで撃ち抜かれたレイの体は、
もはや形を止めず、溶け出してジュクジュクと床に流れていく。
(これで……本当によかったのだろうか……本当に……え!?)

ガキッと何かが初号機を羽交い締めにした。
それは初号機とほぼ同じ全長を持つ、操縦できるパイロットが居ないはずの参号機であった。
その参号機には通常とは異なるエントリープラグが接続されている。
それは、エヴァシリーズにも搭載されている渚カヲルを模倣したダミープラグであった。


「ご苦労だったな、碇ゲンドウ。」
その場にホログラフが立ち上がる。それはゼーレのキール議長であった。
「さて、儀式を始めるとしよう。程なく、エヴァシリーズが到着する。」
彼らが居た巨大な空間。その天井が、ゴゥッ……という物音を立てて大きく開く。
そして差し込む光。はるか頭上は澄み切った美しい青空。
「では、始めるぞ。我らが二千年に及ぶ大いなる復讐を……」

「なんで……なんで倒れないんですカ!?」
その首をちぎり落としても、胴体を真っ二つに切り裂いても、
すぐさま体を修復して立ち上がり、弐号機に襲いかかるエヴァシリーズ。
もはや弐号機のアンビリカルケーブルは千切られて、バッテリーは底を突きかけていた。
「それでも……それでも!ここは通しまセンッ!!うおおおあああぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
最後の力を振り絞り突撃する弐号機。
しかし、エヴァシリーズは翼を広げて上空高く舞い上がり、一斉に手にしていた武器を投げ下ろした。
それは、イエス・キリストの処刑に用いられたというロンギヌスの槍のレプリカであったのだ。

こうしてエヴァシリーズは弐号機にとどめを刺し、向かう先はNERV本部上空。
「来たか。それでは初号機を、碇シンジを曳航せよ。」
バサバサと翼を羽ばたかせて舞い降りる、その禍々しいまでに白いエヴァシリーズの姿は、
まるで飛来する怪しいハゲタカの様であった。


初号機の両腕、両足、胴体、首などに喰らいつき、そして天高く舞い上がる。
こうして初号機を引き渡した参号機は、あるものを手にしていた。
それはエヴァシリーズが持っていたレプリカとは異なる、真性のロンギヌスの槍であった。

「ああッ!!遅かったか!」
ようやく、ゲンドウ達が居る空間へと辿り着いたミサト達。
ミサトはゲンドウの姿を見つけて銃を構える。
「降ろしなさい!早くシンジ様を地上に降ろして!」
「無駄だ。もう既に儀式は始まっている。」
そう言って、ミサトに振り向くゲンドウ。
「この大事において俺の命など何ほどのことがあるものか。撃ちたければ撃て。」
「クッ……」
ミサトは周りを見渡す。恐らく参号機が儀式を司る中心となるだろう。それを破壊するのも手だ。
しかし、S2機関を宿した参号機を倒す方法など有るはずもない。

そんな中、朗々としたキール議長の声が響き渡る。
「数千年来、我ら人類を支配し続けた大いなる矛盾……」
「殺戮が罪であり、男女の交わりが淫らであり、獲物に食らい付き蝕となすことが強欲であり……」
「人が生きるための術が全て悪徳であり、罪なる行為とした大いなる矛盾、天の教え……」
「我らは、この全てを変える。この儀式を経て人類は生きるためにこれらを覆す。」
「全ては我らが生きるために。全ては我が人類が生き続けるために。」


「個を滅して群れを尊び、無用に生きる全てを廃し、」
「地上の、天の、全ての万物を我らが掴む。それは全て生きるが為。」
「生物として生まれ出でたはずの我々にとり、天にねじ曲げられた真理を、我らは取り戻す。」
「我らはその全てを正す。我らが新たなる真理を掲げる。」

尚も高く、初号機が天へと登る。
それを見上げ続けているミサトが驚愕の声を上げる。
「あれは!?」
「あれこそが生命の樹。それを守る使徒を全て倒して、我らが目指した到達地点。」
そう答えたのはゲンドウである。

エヴァシリーズからアンチATフィールドが展開され、上空に不可思議な文様が展開される。
それはキリストが磔に用いられたという一説がある生命の樹。
その姿を現したという、太古の錬金術師ロバート・フラッドにより描かれた聖なる魔方陣であった。

ゲンドウはミサトに言う。
「お前達のお陰で最高の舞台となるだろう。我々の思惑通り、お前達によって流された血によって。」
ミサトはキッとゲンドウを睨み、改めて銃を向ける。
しかし、ミサトは撃たない。ゲンドウを撃ったところで、もはや何の意味もない。
それに、ゲンドウは自分が裁くべきではない、と感じたからでもある。


なおもキール議長の詠唱は続く。
「さて、碇シンジよ。世界の富の上に胡座をかき、欲しいままに性と蝕を貪りし者。」
「処刑される貴様の姿が、不浄と呼ばれる人の真の姿である貴様の姿が象徴となり、世界を支配するだろう。」
槍の投擲体勢を取る参号機。標的は上空の初号機である。
「現れ出でよ、生命の樹。不浄にして真実なる人の血で、その天界の御柱を砕き……」

何が起こったのか。ここでキール議長の言葉は突然に途切れた。
最終更新:2007年02月21日 22:50
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