第弐拾話

ドンッ

「うわああああぁぁぁぁぁぁ……」

そこに居た全ての者は、何が起こったのか訳が判らなかった。
突然、ゲンドウの足下に暗黒の空間が開き、彼を深い奈落へといざなったのである。
「な、何事だ。一体!?」
おののくキール議長。しかし、彼の内側から容赦ない声が響き渡る。

(だ、誰だ?お前は!?)
滑稽だな。そんなことで生命の樹が姿を現すとでも思っていたのか。
(……!)
17の使徒を倒せば樹が姿を現す?ハッ!貴様らが細々と伝承してきた天使の数など氷山の一角。
天界の楽園には数千の守護天使が常に羽ばたき、かの樹を守っているのだぞ。
仮に、それらを全て除いたところで全能なる父が許すと思ったか?愚か者め。
(お前は……お前は……)
お前達は我をこう呼んでいるな。第16使徒アルミサエルと。
(馬鹿な……貴様は我らが倒し……)
碇シンジが願わなければ我らを滅することなど出来ん。
例えアダムの形骸を用いて、この姿を滅ぼしたとしても。




(そんな……馬鹿な……)
我は存在であり、肉体を滅しようとも精神が砕かれようと、例え虚無に帰しても尚も存在する者。
如何に千年も朽ちぬ肉体を有しても、存在無くして肉体は虚無に等しく意味を為さぬ。
物質世界でしか生きられぬ貴様らが、物理的な破壊を用いて我らを滅することなど根底から可笑しい話だ。
こんな時はどんな顔をすればいい。笑えばいいのか?貴様らを。
(うう……ううう……)
さて、語るも飽いたな。我々を利用し、冒涜を語り、碇シンジを辱めた代償は払って貰おう。
地獄の底で悟りを開くがいい。その時間は数千年からたっぷりあるぞ。
さて……後始末だな。ゼルエルにここを清めさせ、碇シンジの世話は引き続きタブリスに。
お前の始末は、あの悪戯小僧がやってくれるだろう。
あの者、既に自分が好ましい闇の底へと招待されたようだな。それとも元々の住処だったのか。
では、達者でな。

キールは、遠く離れた箇所から通信により指揮をとっていたのだが、
距離など天使の御手には無意味の様だ。
そこまで語り終えたアルミサエルの意識がキール議長から離れた瞬間、
彼の足下にも、ドンッ……と巨大な暗黒の深淵が広がる。
「あああッ!貴様は……貴様は……」
その暗黒から現れたもの、それは青白く血にまみれた渚カヲルの顔であった。
「あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
そして墜ちてゆく。深く暗い闇の底へと。


やがて、天空にある初号機から光が放たれ、幾枚もの巨大な羽根が開かれる。
バカンッ……と、初号機を構成していた拘束具が飛び散り、使徒アダムの巨体が姿を現す。
そして胸元に掲げられた手の中に、碇シンジの姿があった。
そして、そこにもう一人居る……それは第17使徒タブリス、綾波レイである。

慌てふためくエヴァシリーズ。もはや統制を失い、初号機の周囲を乱れ飛んでいた。
が、それらを滅するのは初号機の仕事ではない。
地上では参号機が苦悶に陥っていた。
もがき苦しみ、頭を抱え、挙げ句の果てには爪を立てて自らを真っ二つに引き裂いてしまった。
そこから現れた者、それは参号機に食い散らされたはずのゼルエルである。
次々と閃光を放ち、エヴァシリーズを殲滅していく。
搭載されているはずのS2機関は何の意味も為さず、全て空中において蒸発していった。
そんな中を初号機はゆっくりと地上へ降りていく。

(綾波……いや、その、なんていったっけ。)
(ううん、綾波でいい……元々、名前というものは無いのだから……)
(うん……)
(怖がらなくていい……何も不安に思うことはない……あなたは何の罪も、汚れもない……)
(でも……)
(ん?)
(僕は綾波を……)


(私を撃っても私は死なない……あなたが願った通りに死なずにすんだ……だから……)
(……)
(だから、あなたは私を殺さなかったのと同じ……あなたが私を撃ったことなど無意味……)
(でも、僕は……)
(もう何も不安に思うことはない……あなたを悩ませていたことは、既に消え去った遠い過去……)
(……)
(さあ……あなたは何を願うの?……ただ、想うだけでいい……何を願うの?)
そして、シンジはスッと目を閉じた、その瞬間。

(あなたの願いは聞き届けられました……)

レイはそう言って優しく微笑み、姿を消した。
それは綾波レイが初めて見せた笑顔であった。

気が付くと、シンジは涙ながらのミサトやメイド達に取り囲まれていた。
ここは元のNERV本部。既にボロボロの瓦礫と化していた。
既に戦闘は終わっている。彼らを攻撃する敵など全て消え去っていた。
ミサト達は傷つきながらも全員無事である。はたして、これも使徒の計らいだろうか。
そこに今更、退路を確保した、などという加持リョウジが滑稽な姿を見せる。
ミサト達はそれを笑いながらも、あまりにもあっけない事態の収束を感じ始めていた。


一応、付け加えで無事だったもう一人のことを。
エヴァシリーズに嬲られ、投げ落とされた弐号機の残骸。
もはや肉塊でしかない弐号機からモゾモゾと這い出てきた者。
ズボッと天に向かって腕を突き出して立ち上がり、そして一喝。

「惣流アスカ・ラングレー!華麗にふッかぁぁぁぁつ!!」

しかし、そこは深い森の中。その復活を見届けた者は誰もいない。

「む、空しいデェース……」
最終更新:2007年02月21日 22:51
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