虐待 第壱話

母さん、お元気ですか。シンジです。
でも、元気かと聞くのも変ですね。
あなたは遠い昔、僕が幼い頃に亡くなったのですから。
あなたの顔や声、そして料理の味や、僕を抱いてくれていた手のぬくもり。
残念ながら、僕は何一つ覚えていないのです。
そんな僕のことでも、あなたは見ていてくれていますか。

あなたが亡くなられてから、僕は先生の所に預けられ育てられました。
良く言えば何不自由ない生活とも言えるし、
何もない、ただ過ぎていくだけの日々を送っていたとも、言えなくもありません。

ある日突然、先生から父の元に行けとの指示を受けました。
何事でしょう。今まで僕にはなんの便りも送ってこなかった父が突然に。
説明を求めたのですが、先生は何も判らないというのです。
ただ、黙って一束の封筒を僕に手渡しました。
地図と何かのID番号を書いた乱暴なコピー。そこには「来い」としか書いていません。
そして交通費が添えられているのですが、目的の駅まで1円の狂いもない金額しか入っていません。
なんだか、片道分の燃料を積まれた特攻隊になった気分です。
それは言い過ぎとも聞こえますが、結果的にはそれほど大差はありませんでした。



目的の駅に到着すると、黒い車に黒ずくめのスーツを来た男達が数名で僕を待っていました。
後部座席で挟まれるようにして座らされ、男達は無言のまま車を走らせます。
怖いです。なんだかとっても怖いです。
それだけではありません。物理的な恐怖が僕達の車に襲いかかって来たのです。
というのも、到着した街は突然現れた「使徒」という怪物と、
戦略自衛隊陸軍、そして空軍との戦いにより、既に戦場と化していたのです。

挟まれて座っている不自由な中でしたが、どうにか外の様子を覗いてみると、
この世のものとも思えぬ禍々しい「使徒」の姿を見ることが出来ました。
なんなんでしょう、あれは。使徒、それはつまり天使のことのはず。
とても昔の人が想像した羽根を羽ばたかせる姿など、あれから想像できるものではありません。
そして、その怪物がビルを破壊し、住宅街を焼き払い、やりたい放題に暴れています。
それを相手に戦う自衛隊の兵器達。ですが、使徒は蚊に刺されたほども感じていないようです。
そんな戦場のど真ん中を、僕を乗せている車は走り抜けようとしています。
一時は使徒から僅か数十メートルの距離まで近づき、思わず僕は悲鳴を上げたのですが、
隣の男に「うるさい」と一喝され、巨大な手で僕の口をふさいでしまいました。
思えば、彼らが口をきいたのは、初対面で挨拶したとき以来でした。
母さん、怖いです。この人達、とっても怖いです。



やがて、車は巨大なエスカレーターのようなもので、地下深くへと運ばれていきます。
運転手は腕組みをしたまま到着するのをジッと待っています。
彼ら同士も何の会話もありません。
そんな中でも僕は男に挟まれっぱなしです。とっても怖いです。
そんな気まずい中で、遂に到着しました。父の居るNERV本部へと。

僕の到着を待っていたのは、一人の女性。
戦術作戦部作戦局第一課の作戦部長、葛城ミサト一尉という人でした。とても綺麗な方です。
ここの制服ではあるのですがボディーラインがハッキリと出ていて、
彼女のプロポーションが大変優れていることが判ります。
しかし、笑いません。僕との初対面ではニコリともしません。
軍人に類する方なのですから、それは当然のことかも知れません。
いや、女性と言うだけに男よりも厳しさ倍増、下手なことを言えば容赦なく引っぱたかれそうな気がします。
母さん、やっぱり怖いです。

そして案内されたのが、人型兵器「エヴァンゲリオン」の格納庫。平たく言えば戦闘ロボットです。
しかも、顔のデザインがとっても恐ろしいです。
機能さえ果たせば、せめてガンダムやマジンガーZ、なんならドラえもんでも構わないと思うのですが、
一体どういう意図があるのでしょう。なんだか訳が判りません。
そして、その頭上にある司令室のようなところで立っている一人の男。
それが僕の父、そして母さんの夫であるNERV総司令の碇ゲンドウなのです。



僕は父に尋ねようとしました。
「父さん、僕に何を」
「来たか。よし、乗せろ。」
どうやら、僕の意向はどうでもいいようです。
巨大なロボットの背中の方まで連れて行かれて、そこから飛び出している筒の中に入れと言いました。
その場で待っていたのは科学者らしい白衣を着た一人の女性、赤木リツコ博士。
この人も怖いです。
僕を睨むというよりも、実験動物、いや検体か何かを見るときの冷たい目で僕を見下しているのです。
ましてや何故か金髪、なんだか訳が判りません。そして筒に入ろうとした僕に言います。
「待って。脱ぎなさい。」
「え、どうして。」
「脱ぎなさい。プラグスーツの着用を説明する暇なんてないから、早く脱ぎなさい。」
もう嫌も応もありません。僕の後ろから先程のミサトさんがツカツカと近づき、服を全部はぎとってしまいました。
とても恥ずかしかったのですが、どうやら非常事態の様子。
ファッションショーのモデルよろしく、普段の常識と恥じらいなど無用の厳しい世界なのかも知れません。
が、整備士の一人が僕のを見て鼻で笑いました。やっぱり恥ずかしいです。

そんなわけで、エントリープラグとかいう筒の中に僕は押し込められました。
中は見たこともない計器が並んでいて、正直わけが判りません。



何をどうすればいいのでしょう。僕はおろおろと左右を見渡していると、
「ただ座っていればいい。余計なものには触らないで。」
突然、何もない中空に画像が表示されて、さらに声がしました。リツコさんです。
文章に書くとそうでもありませんが、身もすくむようなビシリとした一喝でした。

何か上から物音がするので見上げてみると、隙間からゴムホースが伸びてきて水がドボドボと注がれてきました。
母さん、この人達はとりあえず僕を殺す気でしょうか。
僕が、助けて、と叫びつつドンドン壁を叩いていると、
「騒がないで。水では無いわ。それはLCLで肺に満たされれば呼吸が出来る。」
今度はミサトさんの声でした。しかし、これは水です。匂いからして100%水道水です。
こんなものを肺に入れたら本当におぼれ死んでしまいます。
その時、通信モニタが入りっぱなしだったのか、外のミサトさんとリツコさんの会話が聞こえてきました。

「リツコ、まさかあれは本当に水じゃないの?」
「その通りよ。いきなり高価なLCLなんて使えやしないわ。」
「そんな、シンジ君がおぼれてしまうわ!」
「問題ないわよ。水の伝導率でも神経接続は可能よ。」
「そういう問題じゃなくて!」



モニタに映るリツコさんの目が血走っているので、もう誰にも止められないことが判りました。
母さん、僕はもうすぐそちらに逝きます。待っていてくださいね。

「しょ、初号機発進よ!早く!早くしなさい!」
そんなミサトさんの絶叫が辛うじて聞こえてくる中、
意識がだんだんと薄れていくのを感じながら僕は目を閉じました。
最終更新:2007年03月19日 07:42
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