母さん、お元気ですか。シンジです。
でも、元気かと聞くのも変ですね。
あなたは遠い昔、僕が幼い頃に亡くなったのですから。
あなたの顔や声、そして料理の味や、僕を抱いてくれていた手のぬくもり。
残念ながら、僕は何一つ覚えていないのです。
そんな僕のことでも、あなたは見ていてくれていますか。
あなたが亡くなられてから、僕は先生の所に預けられ育てられました。
良く言えば何不自由ない生活とも言えるし、
何もない、ただ過ぎていくだけの日々を送っていたとも、言えなくもありません。
ある日突然、先生から父の元に行けとの指示を受けました。
何事でしょう。今まで僕にはなんの便りも送ってこなかった父が突然に。
説明を求めたのですが、先生は何も判らないというのです。
ただ、黙って一束の封筒を僕に手渡しました。
地図と何かのID番号を書いた乱暴なコピー。そこには「来い」としか書いていません。
そして交通費が添えられているのですが、目的の駅まで1円の狂いもない金額しか入っていません。
なんだか、片道分の燃料を積まれた特攻隊になった気分です。
それは言い過ぎとも聞こえますが、結果的にはそれほど大差はありませんでした。
目的の駅に到着すると、黒い車に黒ずくめのスーツを来た男達が数名で僕を待っていました。
後部座席で挟まれるようにして座らされ、男達は無言のまま車を走らせます。
怖いです。なんだかとっても怖いです。
それだけではありません。物理的な恐怖が僕達の車に襲いかかって来たのです。
というのも、到着した街は突然現れた「使徒」という怪物と、
戦略自衛隊陸軍、そして空軍との戦いにより、既に戦場と化していたのです。
挟まれて座っている不自由な中でしたが、どうにか外の様子を覗いてみると、
この世のものとも思えぬ禍々しい「使徒」の姿を見ることが出来ました。
なんなんでしょう、あれは。使徒、それはつまり天使のことのはず。
とても昔の人が想像した羽根を羽ばたかせる姿など、あれから想像できるものではありません。
そして、その怪物がビルを破壊し、住宅街を焼き払い、やりたい放題に暴れています。
それを相手に戦う自衛隊の兵器達。ですが、使徒は蚊に刺されたほども感じていないようです。
そんな戦場のど真ん中を、僕を乗せている車は走り抜けようとしています。
一時は使徒から僅か数十メートルの距離まで近づき、思わず僕は悲鳴を上げたのですが、
隣の男に「うるさい」と一喝され、巨大な手で僕の口をふさいでしまいました。
思えば、彼らが口をきいたのは、初対面で挨拶したとき以来でした。
母さん、怖いです。この人達、とっても怖いです。
やがて、車は巨大なエスカレーターのようなもので、地下深くへと運ばれていきます。
運転手は腕組みをしたまま到着するのをジッと待っています。
彼ら同士も何の会話もありません。
そんな中でも僕は男に挟まれっぱなしです。とっても怖いです。
そんな気まずい中で、遂に到着しました。父の居るNERV本部へと。
僕の到着を待っていたのは、一人の女性。
戦術作戦部作戦局第一課の作戦部長、葛城ミサト一尉という人でした。とても綺麗な方です。
ここの制服ではあるのですがボディーラインがハッキリと出ていて、
彼女のプロポーションが大変優れていることが判ります。
しかし、笑いません。僕との初対面ではニコリともしません。
軍人に類する方なのですから、それは当然のことかも知れません。
いや、女性と言うだけに男よりも厳しさ倍増、下手なことを言えば容赦なく引っぱたかれそうな気がします。
母さん、やっぱり怖いです。
そして案内されたのが、人型兵器「エヴァンゲリオン」の格納庫。平たく言えば戦闘ロボットです。
しかも、顔のデザインがとっても恐ろしいです。
機能さえ果たせば、せめてガンダムやマジンガーZ、なんならドラえもんでも構わないと思うのですが、
一体どういう意図があるのでしょう。なんだか訳が判りません。
そして、その頭上にある司令室のようなところで立っている一人の男。
それが僕の父、そして母さんの夫であるNERV総司令の碇ゲンドウなのです。
僕は父に尋ねようとしました。
「父さん、僕に何を」
「来たか。よし、乗せろ。」
どうやら、僕の意向はどうでもいいようです。
巨大なロボットの背中の方まで連れて行かれて、そこから飛び出している筒の中に入れと言いました。
その場で待っていたのは科学者らしい白衣を着た一人の女性、赤木リツコ博士。
この人も怖いです。
僕を睨むというよりも、実験動物、いや検体か何かを見るときの冷たい目で僕を見下しているのです。
ましてや何故か金髪、なんだか訳が判りません。そして筒に入ろうとした僕に言います。
「待って。脱ぎなさい。」
「え、どうして。」
「脱ぎなさい。プラグスーツの着用を説明する暇なんてないから、早く脱ぎなさい。」
もう嫌も応もありません。僕の後ろから先程のミサトさんがツカツカと近づき、服を全部はぎとってしまいました。
とても恥ずかしかったのですが、どうやら非常事態の様子。
ファッションショーのモデルよろしく、普段の常識と恥じらいなど無用の厳しい世界なのかも知れません。
が、整備士の一人が僕のを見て鼻で笑いました。やっぱり恥ずかしいです。
そんなわけで、エントリープラグとかいう筒の中に僕は押し込められました。
中は見たこともない計器が並んでいて、正直わけが判りません。
何をどうすればいいのでしょう。僕はおろおろと左右を見渡していると、
「ただ座っていればいい。余計なものには触らないで。」
突然、何もない中空に画像が表示されて、さらに声がしました。リツコさんです。
文章に書くとそうでもありませんが、身もすくむようなビシリとした一喝でした。
何か上から物音がするので見上げてみると、隙間からゴムホースが伸びてきて水がドボドボと注がれてきました。
母さん、この人達はとりあえず僕を殺す気でしょうか。
僕が、助けて、と叫びつつドンドン壁を叩いていると、
「騒がないで。水では無いわ。それはLCLで肺に満たされれば呼吸が出来る。」
今度はミサトさんの声でした。しかし、これは水です。匂いからして100%水道水です。
こんなものを肺に入れたら本当におぼれ死んでしまいます。
その時、通信モニタが入りっぱなしだったのか、外のミサトさんとリツコさんの会話が聞こえてきました。
「リツコ、まさかあれは本当に水じゃないの?」
「その通りよ。いきなり高価なLCLなんて使えやしないわ。」
「そんな、シンジ君がおぼれてしまうわ!」
「問題ないわよ。水の伝導率でも神経接続は可能よ。」
「そういう問題じゃなくて!」
モニタに映るリツコさんの目が血走っているので、もう誰にも止められないことが判りました。
母さん、僕はもうすぐそちらに逝きます。待っていてくださいね。
「しょ、初号機発進よ!早く!早くしなさい!」
そんなミサトさんの絶叫が辛うじて聞こえてくる中、
意識がだんだんと薄れていくのを感じながら僕は目を閉じました。
最終更新:2007年03月19日 07:42