虐待 第五話

いつもの通り、僕がリツコさんにこっぴどく叱られていると、ミサトさんが一人の女の子を連れて来ました。
一応、僕に紹介してくれました。名前はアスカ何とか。名字とかは、ややこしいのでよく覚えていません。
そして、僕に案内しろと言うのです。
面倒でしたが、何のためか判らない訓練やスタッフの人たちのお小言を聞くよりよっぽどマシです。

そのアスカって子は、エヴァ弐号機と共に空母で輸送されてきた僕と同じエヴァパイロット。
その際、使徒に襲われたけど殲滅したというから、エヴァ共々実力は折り紙付き。
お陰で、なんだか一戦もうけた気分です。
NERVドイツ支部出身で、ドイツ育ちのクォータですが日本語は堪能。
年齢も同じで、背格好も同じくらい。顔は可愛いといえば可愛いのですが、頬がこけててやつれています。
そして、なんだか見覚えのある目つき。はて、どこで見たんでしょうか。
と思っていたら、それは自分の部屋の鏡とのデジャヴでした。
ドイツでどんな目に遭ってきたか判らないけど、恐らく僕と大差ないのでしょう。
母さん、アウシュビッツは今だ健在のようです。

「何これ。」
この彼女の第一声を聞いたのは、案内した食堂で一緒のご飯を食べているときでした。
僕に部屋や風呂場の使い方などの説明する中、相づちすら打たずに黙って付いてきていたのですが、
今日の定食のなんだか判らないフライの端っこを囓り、出た言葉がそれです。



「ドイツ支部より非道い所があるなんて、思っても見なかったわ。」
彼女はこの本部に何を期待していたんでしょうか。正直、哀れでなりません。
アスカはもう食事に手を付ける気も失せたようで、箸をカラリとトレーに投げ出しました。
その直後、ふと僕の方を見て驚いています。
「何してるの?そんなもの、どうする気なのよ。」
その時の僕は、明日の昼食にするためタッパーに夕食の半分を詰めている最中だったのです。
そのことを説明すると呆れて見ていた彼女だったのですが、最後に一言、
「あげる。」
そう言って自分のトレーを僕に押しやり、去っていきました。
なんだか馬鹿にされたような気がするのですが、僕は恥も外見も忘れて遠慮無く彼女の分も詰めました。
彼女の気持ちは十分に判るのですが、背に腹は代えられません。
いずれ彼女も馴染むでしょう。飢えと本能に勝てる者は居ないのです。
母さん、何だか僕は監獄で囚人の知恵袋を手記にまとめている気分になってきました。

僕が夕食を終えて弁当を抱えて部屋に戻る最中に、一人の男が声をかけてきました。
「ああ、君が碇シンジ君だな。アスカはどこかな?」
その人、加持リョウジと名乗る30歳ぐらいの男で、アスカに面会に来たというのです。
そして何か手みやげらしいビニール袋を提げていました。
そして、なんだかとてつもなく良い匂いが漂ってきます。
「さあ、おいで。君の分もあるからね。」



「か、加持センパイ!」
部屋をノックして出てきたアスカは、そう言うなりに加持リョウジに飛びつきました。
「ほらほら、落ち着いて。さあ、差し入れだよ。」
そういってビニール袋から取り出したのは、ケンタッキーのミニバーレル。
「あ、あ、あ、あ……」
アスカは、そんな言葉にならない声を上げながら、その中にあるチキンに飛びつきました。
そして人目も関わらず手や口の周りをベタベタに汚しながらチキンにかじりついています。
「ほら、君も食べなよ。」
そう言って、もはや半分は無くなりかけているバーレルから一つを取り出して僕に手渡しました。

僕は既に食事を済ませては居たのです。
しかし、そのチキンの一口目で、どれほど美味しいものに飢えていたかを思い知らされました。
美味しいです。めちゃくちゃ美味しいです。これ見よがしのスパイスで味付けされたファーストフードが、
もはや神の食事のように思えてなりません。
一つ、また一つと、彼女と奪い合うようにして貪り食い、
最後の一つになった時にようやく僕と彼女は正気を取り戻しました。
お互いに遠慮しながら手を出しかねていると、
「君も本当に非道い扱いを受けて居るんだね。ほら」
そう言って、無理矢理チキンを二つに分けて、僕達に手渡してくれました。



恐らく、この加持という男はこうして以前からアスカを慰めていたのでしょう。
彼女が加持を見る目が違います。いまや僕も同じ目をしているはずです。
ああ、加持さん。なんなら僕にケツを貸せと言ってください。
今の僕なら体を清めて、ドキドキしながらベッドで待っていることでしょう。

「さ、君も頑張るんだよ。なかなか来れないけど、また差し入れをしてあげるからね。」
そう言って、僕達に一袋ずつロールパンらしきものが入ったものを渡してくれました。
これは賞味期限が切れない限り、一日に一つずつ大事に食べるつもりです。
いや期限が切れたって、カビが生えたって構いません。
お腹いっぱい食べた状態で暗い気持ちに慣れるものではありません。
お陰か、なんだか元気が出てきた気分です。母さん、僕はなんだかもう少しやって行けそうです。

が、その加持さんが去り際に妙なことを聞いてきました。
「なあ、葛城が手に火傷を負ってたんだが、どうしてだか知ってる?」
僕は言っている意味がよく判らず、何も答えれずにいると、
「知らないか。まあ、いいさ。」
と言って去っていきました。

その葛城と呼び捨てにする様子からして、どうやら知り合いらしいことが判りました。
年齢的にも合うし、もしかしたらミサトさんの友人、あるいは恋人同士かもしれません。



その後、僕はコインランドリーで洗濯物を放り込んでいると、後ろから誰かが声をかけてきました。
アスカです。
「私も一緒に入れて良い?」
そう言いつつ僕の下着と自分の下着が一緒になるのも構わずに、ドバドバと洗濯物を投げ込みました。
「代金は半分払うわ。ああ、洗剤使うのは待ってくれない?そんなものは週に1回ぐらいでいいのよ。」
なんだか女性のすることとは思えません。
どうやら彼女も元気を取り戻し、この世界で生きていく先輩らしさを僕に見せつつあるようです。
最終更新:2007年03月19日 07:48
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