虐待 第六話

僕が遂に力尽きて床にへたり込むと隣のアスカが、
「あ、バカ!」
そう口走ったのですが、もう遅いです。
「よし、二人とも初めからだ。」
近くにいた教官が情け容赦なく僕たちに言い渡します。
思わず、アスカにゴメンとささやくのですが、彼女はうつむいたまま何も言いません。
重いです。気分も空気も自分の体も、何もかも重いです。
「私語を慎め。腕立て伏せの後は腹筋、スクワット、まだまだメニューをこなさなければならんのだぞ。」
この非情な教官、わざわざ自衛隊から派遣して貰ったのこと。
NERVはこんなことになら気前よくお金を使うのですね。なんなんでしょうか。

何故、こんなことになっているのかと言いますと、
前回の使徒との戦いで僕たちは大敗を帰してしまったからです。
「エヴァ2体の出動だけでも安くはないのに、戦自のN2爆雷で使徒を押さえなければならなくなった。その費用は、」
こんなお小言をしているのは初老の元教授、冬月副司令。
そんな訳の分からない小言なんて聞かされても困ります。教授、経済学に転向なさったら如何でしょうか。
「葛城君、作戦はあるのか?どうすれば、あの使徒は倒せるのか。」
その冬月副司令の言葉に、言いにくそうにミサトさんが答えます。
「はい、二つのコアで相互に修復するタイプとなると、二つのコアを完全同時に、その、」
どうやら、ミサトさんには僕らが何を要求されるか判っているようです。



「よし、エヴァ2体で2点同時攻撃。それが可能となるまで二人に徹底した特訓メニューをこなして貰う。」
無茶です。MAGIにでもエヴァを操作させてください。僕らにそんなスペックはありません。
母さん、この人達に何とか言ってください。

「死んだ母親に頼ったって何にもならないわよ。」
食事中にそんなことを言い出すアスカ。僕は図星を突かれておろおろしてしまいました。
僕の心を読んだのでしょうか。それとも僕は思わず声に出していたのでしょうか。
「あんた、ことあるごとに母さん、母さんって唇が動いてるのよ。判らないと思ってるの?」
そう言いながらガツガツと食べるアスカ。この間の様子は何処へやら。
「頼れるのは自分の腕だけよ。それがダメなら私に頼りなさい。畜生、必ず勝ってやる。」
流石はアスカ先輩、たくましいです。男前です。これぞケンタッキーパワーです。
「さあ、あんたもたらふく食べて明日に備えるのよ。何よ!お代わりぐらいさせなさいよ!」
そう言って、厨房のおばちゃんに噛みつくアスカ。
僕も負けじとドンブリ片手に立ち上がり、厨房へと向かいました。

アスカは鬼教官の地獄のメニューに加えて、24時間の共同作業を僕に要求しました。
食事の時はご飯とおかずを食べる手順から、ハミガキの時の腕の角度まで。
楽しそう?そんな訳はありません。アスカ、トイレぐらいは自分の行きたいときに行かせてくださいよ。
「は?あんたバカ?毎日おなじもの喰って、おなじ生活してりゃ排泄のペースだって揃ってくるわよ。」
だからといって女子トイレに僕を連れて行くのは止めて下さい。ああ、音を聞いて笑わないでよアスカ。
母さん、やっぱり僕はあなたに頼る他は無いようです。



24時間です。さっき言った通り丸一日です。
流石に風呂は別です。共同の浴場で僕が女湯に入るわけにも行きません。
ただし同時に更衣室から出てこないと殴られます。あれ?なんで、僕の方が悪いのでしょうか。

さらに、丸一日ということは?
「それじゃ、私もあんたのベッド使うわよ。ちゃんとシーツをひき直したんでしょうね。」
そうです。寝床まで一緒です。彼女は僕の部屋までやってきてベッドに入り手招きします。しかし、
「なに期待してるの。変なとこ触ったら熟睡してても蹴っ飛ばすわよ。」
そんなことを言われても、日本男児の燃えたぎる股間を押さえることなど不可能です。
かといって、彼女なら本当にやりそうなので手を出す訳にもいきません。
でも彼女、寝相は悪いし寝ぼけて僕に抱きついてきます。勘弁して下さい。

もう我慢できず、自分で処理しようとした、その時です。
悶々としている僕の耳に、すーすーと寝息が聞こえてくるではありませんか。
これはチャンスです。彼女の方が先に寝付いてしまったのです。
そして、彼女は向こうを向いていて、僕は後ろから抱きしらめるような良いポジション。
ああ、母さん。夢にまで見た女の子の胸をさわれる瞬間が、遂に僕に訪れようとしています。
今宵、碇シンジは男になります。あの世から、しっかと見届けてくださいね。

もうバクバクと鼓動する心臓を押さえながら、すこしずつ、すこしずつ手を伸ばし、
そっと彼女の胸を包み込んでみた瞬間。



「どう?柔らかいでしょ?」
とアスカが僕に言います。

あれ?と僕が思っていると、ガシッと強烈な後ろ蹴りが僕の股間に直撃しました。
僕はベッドの外に吹っ飛ばされ、思わず股間を押さえてのたうち回りました。
「アハハ、あんたのチンチンも触らせてもらったから、これでおあいこ。」
彼女は急所を蹴られた男の痛みを知らないのでしょうか。
母さん、なんとか言ってやってください。

「これでスッキリしたでしょ?それじゃ、お休みなさい。」
そういって、毛布を一人でかぶり直して眠り直してしまいました。
僕はもうベッドに上がる気力も失せて、そのまま床で転がって眠ようとした僕に彼女はもう一言。
「絶対勝とうね。その時は……その時は、キスの一つもしてあげる。」

はてさて、そんな数日の訓練を経て。
勿論、使徒には大勝利。戦闘開始後、62秒で見事にケリが付きました。
感激です。本当に2点同時攻撃が上手くいくとは思いませんでした。
お陰で、この前の3倍のN2爆雷を抱えた航空隊は無駄足です。お疲れ様。
そんな中、なぜかリツコさんの舌打ちが聞こえてきます。あなたの敵は誰なんですか。
「また、あなたたちの無様な姿が見れると思ったのに。」



リツコさん、舌打ちだけじゃ物足りなかったようです。
「ふざけてないで、さっさと戻りなさい!今度は同じように上手くいくと思ったら大間違いよ!」
なんだか悪役の捨て台詞です。いったい僕は誰と戦っているのでしょうか。

が、彼女が腹を立てるのも無理は無かったかも知れません。
僕達は戦闘の現場でエヴァから飛び出し、思わず抱き合って喜びました。
一つどころではありません。アスカから受けたキスの雨あられに、僕はその場で昇天しそうです。
その状況もわきまえない二人の様子に、リツコさんを含むスタッフ達は厳しい顔つきで睨むのですが、
一人だけ。そう、ミサトさんだけは目が和らいでいるような気がしました。
最終更新:2007年03月19日 07:50
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