虐待 第七話

「使徒は浅間山の火口の中。こんどの作戦は孵化する前の使徒を捕獲するのが目的です。」
そう説明するのはミサトさん。
ようやく筋トレと1キロにわたる水泳を終えて、アスカと二人でフラフラしながら説明を聞いていました。
なぜだか前回の鬼教官が帰らないのです。なんでだろう。
「零号機の装備で溶岩に突入するのは無理。となると、シンジかアスカしか出来ないわね。」
リツコさんは呼び出された僕達二人にそう言います。
正直、怖い気持ちで一杯なんですが、前回の戦いは何だかアスカのお陰だったような気がするので、
今度は僕が、と前に進み出ようとしたその時、アスカが腕を伸ばして僕を引き留めます。
「アタシが行くわ。シンクロ率はアタシが上よ。」
そう言ってリツコさんをにらむアスカ。なんだか怖いです、この二人。
「いい度胸だわ。頼むわよ、アスカ。」
リツコさんの言葉と共に会議は終わりました。

「なんだか嫌な予感がするのよ。それにしても、」
コインランドリーで一緒に洗濯物を入れながら、アスカは言います。
「何あのファーストって。なんで彼女だけトレーニングしなくて済むのかしら。」
ファースト?ああ、綾波のことです。
今のところ、三人のうちで綾波とアスカのシンクロ率はどっこいどっこい。そして僕がはるかに差をつけて最下位。
その対抗意識から僕を引き留めて名乗り出たのでしょうか。
しかし、嫌な予感がするからといって、僕をかばう必要なんてないのに。
「あんたじゃ不測の事態があったらどうしようもないのよ。それに、あの赤木リツコって人がなんか気になるし。」



母さん、僕はなんだか情けない限りです。
そして、女という生き物の凄まじさを今日ほど実感した日はありません。
「あ、バカ。そんなに洗剤いれるんじゃないの。説明書き通りにしてたらお金が幾らあっても足りないわよ。」
ほら、この通りです。

そして作戦決行。
僕達はエヴァ2体と共に巨大な輸送ヘリで空輸され、目指すところは浅間山。
ヘリから下を見下ろすと美しい深緑の景色が広がっています。これだけでも生き返った心地です。
そして見るも恐ろしい火口まで辿り着いて見ると、既に巨大なクレーンが据え付けられています。
弐号機に乗り込むアスカ。僕は不測の事態に備えて初号機で待機です。
そして弐号機はクレーンに吊され、ゆっくりとマグマへと沈められようとした、その時です。

遅れてやってきたミサトさんが、リツコさんと何やらもめています。
「ちょっと、あの局地戦用のD型装備は?弐号機を真っ裸でマグマに付けるというの!?」
「ああ、大丈夫よ。弐号機なら。」
「大丈夫じゃないわよ!まさか、アスカは?耐熱防護服はちゃんと身につけているのでしょうね?」
「あら、それならここにあるわよ。彼女、持って行くのを忘れたみたい。」
「クレーンを上げて!早く!」
「もう遅いわ。モタモタしていると使徒が孵化するわよ。」
その時です。スピーカーから凄まじい絶叫が聞こえてきました。



「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」
流石のNERVスタッフ達も顔面蒼白でこの悲鳴を聞いています。
如何に弐号機は無事だとしても、神経接続を通してマグマの熱を直に味わっているのです。
その苦痛なんて想像も出来ません。
僕達がショックを受けている中、流石は作戦部長です。ミサトさんは素早く指示を出します。
「神経接続を全面カット!早く!」
しかしです。スピーカーから響き渡っていた悲鳴が途絶え、弱々しい声が聞こえてきました。
「やるわ……やるわよ!見ていなさい!」
この気迫、この執念。
ああ、母さん。僕は情けない限りです。
僕はこの情況を見ているだけなのに、既に気を失いそうになっています。
とても、僕は彼女に及びそうもありません。

やがて、使徒の反応が消えたことを見越して、クレーンが引き上げられました。
そしてマグマから上がってきた弐号機が抱えていた物。それは使徒の砕けたコア。
「一応、持って帰ってきたみたいね。ま、良しとするかな。」
そう言って後片付けにかかるリツコさん。そんな彼女をにらみながらアスカを介抱するミサトさん。
アスカはエントリープラグから出てくると同時に倒れて、もはや息も絶え絶えです。
一応、意識があるようですが、目がうつろで何かをブツブツと言い続けています。
例え、既に彼女の気が触れていたとしても、それは無理からぬことでしょう。



輸送ヘリで帰途につく中、来た時と同様に外を見下ろすと温泉旅館が小さく見えました。
傍らで寝ているアスカに、全てが済んだら一緒に行こうね、などと言って慰めようかと思いましたが、
彼女がどんな目に遭ったかを考え直して、それを口に出すのをやめました。
もはや、どんな言葉で彼女を慰めて良いのか判りません。
ああ、母さん。こんなことってあってもいいのでしょうか。
ジッと腕組みをして動かないミサトさんと共に、僕達は重い沈黙を味わうばかりでした。
最終更新:2007年03月19日 07:52
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