虐待 第九話

「もうどうでもいいじゃない……ファーストに任せておけば……」
そんなふうにブツブツというアスカ。すでに作戦開始の時刻が迫っているというのに、です。
そんな彼女のことを気にしていると、ドンッドンッと僕の体に電流が走ります。
「ふむ。もう少し上がるかしら。」
シンクロ率のことです。またしてもドンッと僕の体に衝撃が走り、リツコさんはそれで満足した様子。
こうやって電撃でノックするとアップすることがあるそうな。
なんなんでしょうね。まるで斜め45度でテレビをチョップするのび太ママみたいです。
ネタが古い?いいじゃないですか、そんなこと。あ、今アスカも体をビクつかせました。
どうやらリツコさんの指は、常に二人の電撃ボタンの上に置かれている模様。
ジッと目を閉じて瞑想しているかのような綾波には、そんな必要もなさそうです。
えこ贔屓かどうかは判らないけれど、彼女のシンクロ率は今やダントツなんだし。
そんなことを考えているうちに、遂に作戦決行の時がやってきました。

「三人ともいいわね。スタート!」
ミサトさんの指示で一斉に走り出す二人。あれ?アスカが動かない。
このままでは不味いです。僕が大声で呼びかけても動きを見せません。
僕は大きく迂回してアスカの方に向かいました。

今度の作戦は、上空から落下する巨大な使徒を真下から受け止め、そして殲滅すること。
無茶苦茶です。どこに落ちてくるか場所の特定も難しいというのに。



アスカがダメなら放っておけ?そんな訳にはいきません。
そして単にアスカに活躍の場面を与えるだけではないのです。三人の力が必要なのです。
一人がATフィールドを展開して受け止め、一人が使徒のフィールドをこじ開け、
そして最後の一人がトドメを刺す。
その三位一体の攻撃が無ければ勝てないのです。

ようやく僕は弐号機の元に辿り着き、軽く揺さぶってみますがピクリとも動きません。
その時、零号機が急停止しました。綾波が使徒の落ちる場所を特定したのです。
そして雲をかき分けて飛来する使徒。もう時間がありません。
零号機一体では、とても使徒をしとめることなど出来るはずはありません。
強引に弐号機を横抱きにして、僕は零号機の方へと走り出しました。
ここが正念場です。僕はやるしかありません。南無八幡大菩薩!母さん、僕に力を!

うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおッ!!

僕がそんな雄叫びを上げると、初号機は得たりとばかりに凄まじいフル加速を見せてくれました。
弐号機の重みにもまるで堪えていません。
「おお……」
NERV司令部から、通信を通してどよめきが聞こえてきました。
母さん、やりましたよ。見たか、これぞ初号機の真の姿だ。



そして零号機の元に到着。
既に零号機はATフィールドを展開させて、使徒に押されながらも耐えしのごうとしています。
流石の綾波も苦悶の様子。そして僕に絶叫します。
「早くッ!!」
僕は弐号機を下ろし、プログナイフを抜いて強引に使徒のATフィールドを切り裂きます。
そして次です。最後は弐号機がトドメを刺さなくてはなりません。
しかし、動きません。やっぱり、アスカはピクリとも動かないのです。
もはやここまでか、と思ったその時です。

「アスカッ!!」
司令部からの、ビリビリと音割れして伝わってくるミサトさんの絶叫。
その時、ビクリと体を震わせるアスカ。
「ッ……ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
ついにアスカの闘志がよみがえったのか、自らのプログナイフを抜いて使徒に突き立て、
そして巻き起こる衝撃、凄まじい轟音と共に弾け飛ぶ使徒。僕達三人は見事に使徒を殲滅しました。

「フン。」
そんなふうに鼻を鳴らしただけで、流石のリツコさんも今度ばかりはお小言は無しです。
帰ってきてみてもアスカは相変わらず呆然としていますが、でも少し希望の光が見えた気がします。
もしかしたら、ミサトさんはアスカの名を叫ぶと共に電撃を流したのかも知れません。
同じ電撃を使うにしても、リツコさんとミサトさんでこうも違うのかな、と思わずには居られませんでした。



その夜です。
僕は何とか外出許可を取り付けて、アスカを連れて夜の街へと繰り出しました。
今回の大勝利で活躍したというのに、あいかわらず元気の出ない彼女。
彼女には勝ったご褒美が必要なんです。そろそろ、加持さんが現れて元気づけてくれるといいのに。
しかし、それを待っていても仕方がありません。ならば、自分で行動するまでです。
母さん、もしかしたら僕は調子に乗っていたのかも知れないですね。
そして虎の子の千円札を握りしめ、向かった先は屋台のラーメン屋。

「何……これ……?」
ああ、ドイツ育ちの彼女にはラーメンなんて初めてだったのでしょうか。
口に合うだろうかと不安でしたが、匂いを嗅いでスープをすすり、
麺を流し込む勢いが次第に加速していく様子を見て、僕はやっと不安な胸をなで下ろしました。

あまり時間はとれません。食べ終わったら早く帰らなければならず、アスカの手を引いて帰り道を急ぎました。
彼女の様子はあまり変わりないけれど、僕の手を握る力が微妙に違うような気がします。
デートというほどでもないけど、なんだか尾崎豊の曲でも歌い出したくなるような。
そんな美しい夜となりました。

が、夢はそこまででした。
ピタリと立ち止まる彼女。そして、どこかを見ています。
僕は慌てて彼女の見ている先を探しました。



ミサトさんです。僕達を監視するため付けてきていたのでしょうか。
いや、どうもそんな様子ではありません。
そして、その彼女の傍らにいる男。加持さんでした。

「あ……」
アスカがそんな声を出した瞬間。
加持さんが強引にミサトさんの唇を奪う様子が見えました。
やはり二人はそういう関係だったのでしょうか。
そしてミサトさんは加持さんと何かを言い合い、雑踏の中へと消えていきます。

アスカは、そこまでの二人の様子を見た後、ゆっくりと帰る方向へと向かいました。
僕はもう一度アスカの手を握ろうとしたのですが、優しいまでにそっと彼女は僕の手を払いのけます。
何も言いません。表情も変わりません。
でも、彼女の想いがなんとなく判るような気がします。

加持さんに恋をしていたアスカ。そして、たったいま壊れてしまった恋心。
彼女の夢が砕けて消え去った瞬間だったのです。
でも、彼女の妙に落ち着いているような様子からして、もしかしたら判っていたのかも知れません。
でも、それも今夜で決定的となったことに間違いありません。
来る時と同じようで、しかしまったく違う彼女の沈黙が何もかも物語っています。



ああ、母さん。なんで僕達はあの場面に遭遇したのでしょう。
結局、僕のしたことは裏目に出てしまったのでしょうか。
やはり僕は無力です。無力な子供でしかありません。
加持さんと違い、僕ではどのようにアスカを慰めればいいのか判りません。

そして一番の心配事。
アスカにとって加持さんがエヴァに乗る一番の理由だったんじゃないか。
もしそうだとしたら……
そんな暗い不安を胸に抱えたまま、僕はアスカを追いかけて帰り道を急ぐ他はありませんでした。
最終更新:2007年03月19日 07:57
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