僕は到着を待つ間、考えます。いったい、どんな状況だろう。
僕には何の説明もないのです。
普段は第三新東京市に現れるところを、今度は松代。
参号機を狙って、と考えるのが自然でしょうか。
流石のアスカも慣れない参号機だし、苦戦しているのでは……
「……。」
ミサトさん?どうして何も答えてくれないんですか?
一体どういう状況なんですか、ミサトさん。
「あれが……目標よ……」
震える声で示したミサトさん。そこには、参号機と思われる機体しかありません。
嘘でしょ?ミサトさん、嘘だと言ってください。
「判っている。判っているわ、シンジ君。」
アスカは?どこにいるんですか?ミサトさんの側ですか?ねぇ、ミサトさん!
「ダメです!エントリープラグがイジェクトできません!」
「神経接続のカットは?」
「参号機からは何の反応もありません。全て制御不能!」
「参号機のバッテリー残量は?」
「とっくに切れている筈です!完全に無動力で稼働しています!暴走状態です!」
スピーカーから聞こえてくるスタッフのそれは、僕の耳に真実を伝える非情のアナウンスでした。
しばらく何も言わなかったミサトさんでしたが、遂に心を決めたようです。
「レイ、参号機の両足を狙撃し、完全に破壊するのよ。それからシンジ君?」
僕は我に返って返事をします。
「シンジ君は後ろから回り込んで動きを封じて。その間に工作員を……」
「葛城一尉、言ったはずだぞ?使徒として殲滅せよ、と。」
突然に割り込んできた声。それは紛れもなく僕の父、碇ゲンドウの声でした。
なんだか、初めて父の声を聞いたような気がします。
暗く、そして容赦のない恐ろしいその声を。
「回りくどいマネはよせ。参号機、およびパイロットを完全に破棄せよ。」
パイロットを破棄……何故!
「シンジ、もはやアスカは助からない。リツコ君?」
命じられて説明を引き継ぐリツコさん。
「はい……恐らく使徒は参号機に寄生して操り、支配の手を更にエントリープラグの……」
嘘だ!そんなの嘘だ!
その時です。急に参号機との交信が復活しました。
「……(ガガッ)……助け……(ガガッ)……助けて……」
まだ助かる!
僕は参号機に突進しました。
「シンジ、止めろ。参号機と接触してはならない。」
もう父さんの言うことなど無視して綾波に促します。先程のミサトさんの指示通りに。
綾波は薄く頷いて零号機にライフルを向けました。
しかし、その瞬間です。
「あッ!!」
その綾波の叫び声とともに、零号機の両腕が吹き飛びました。
参号機が信じられない跳躍力をもって襲いかかったのです。
その場に倒れる零号機。苦悶する綾波。
そして次に参号機は僕の方を睨みます。
次の標的は僕です……いや、望むところです!
ガシッ!!
組み付く初号機と参号機。だが、ジリジリと僕の方が押されていきます。
次第に参号機は腕を移動させて、初号機の喉笛をつぶしにかかります。
僕は思わずうめき声を上げます。
初号機とシンクロしている以上は、僕自身が首を絞められているのと同じなのです。
このままではいけない。何とかして参号機の動きを封じて、アスカを救出しなければ!
「……(ガガッ)……(ガガッ)……」
また、スピーカーから参号機との通信が絶え絶えに聞こえてきます。
「……(ガガッ)……あた……アタシを……ころ……して……」
で、出来るわけ無いだろ!アスカ!
「ころ……ころし……コロ……コロシテ……」
その時、音声だけではなく画像の通信も復活しました。その時、僕が見た物は!
「……コロシテ……コロシテ………………コロシテヤル!」
モニタに映ったアスカの顔は、なんと笑っていたのです。
「コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!」
カッと目が見開かれ、全てを嘲笑するかのような悪魔の表情。
もう既にアスカは、アスカで無くなっていました。
「コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!
コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!
コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!
コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!
コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル……」
うわああああああああああああああああああああッ!!!
バタン……
と、扉が閉められ、気が付くと僕はベッドに寝かされていました。
何も覚えていない?いえ……忘れたくても忘れることなど出来ません。
母さん……説明しろ、というのですか?この僕に?
僕が覚えている物。
狂気のアスカ。そしてまた、狂気に落ちる僕自身。
完全に制御を失い暴走したのは、初号機ではなく僕自身。
僕の首を掴んでいた参号機の腕を引きちぎり、
地面に押し倒して殴りつけ、
周囲に参号機の血潮を飛び散らせ、
一撃で参号機の頭を砕き、
参号機の胴体をえぐり、エントリープラグを引きずり出して、
そして……僕自身の右手に伝わった、アスカの感触。
容赦なくエントリープラグを握り潰した、その感触。
母さん……言い訳でもしましょうか?
アスカが既にアスカでなくなり、せめて完全に使徒に犯される前に、僕自身の手で……
ダメですね。考えるだけで吐いてしまいそうです。胸のむかつきが収まりそうにありません。
母さん。見てるんでしょう?
今の僕を見てるんでしょう?
アスカのことを思い出して自分の物をしごいている僕の姿を。
アスカと話して、アスカと言い交わして、僅かばかりにその肌に触れた時のことを思い出して、
つい先程、その相手を殺した右手で、自分自身を慰めている僕自身の姿を。
最低……最悪……そんな言葉で言い表せる姿ではないですね……
狂気……そうですね。僕は既に狂気に墜ちてしまったのですね……
ああ、なぜ僕は生き残ってしまったのでしょう。
なぜ僕はアスカに、使徒と化してしまったアスカに殺されなかったのでしょう。
それなら僕も本望だったというのに。
ねぇ母さん……いっそのこと……ねぇ母さん……
最終更新:2007年03月19日 14:09