虐待 第拾参話

僕は到着を待つ間、考えます。いったい、どんな状況だろう。
僕には何の説明もないのです。
普段は第三新東京市に現れるところを、今度は松代。
参号機を狙って、と考えるのが自然でしょうか。
流石のアスカも慣れない参号機だし、苦戦しているのでは……
「……。」
ミサトさん?どうして何も答えてくれないんですか?
一体どういう状況なんですか、ミサトさん。

「あれが……目標よ……」
震える声で示したミサトさん。そこには、参号機と思われる機体しかありません。
嘘でしょ?ミサトさん、嘘だと言ってください。
「判っている。判っているわ、シンジ君。」
アスカは?どこにいるんですか?ミサトさんの側ですか?ねぇ、ミサトさん!
「ダメです!エントリープラグがイジェクトできません!」
「神経接続のカットは?」
「参号機からは何の反応もありません。全て制御不能!」
「参号機のバッテリー残量は?」
「とっくに切れている筈です!完全に無動力で稼働しています!暴走状態です!」
スピーカーから聞こえてくるスタッフのそれは、僕の耳に真実を伝える非情のアナウンスでした。




しばらく何も言わなかったミサトさんでしたが、遂に心を決めたようです。
「レイ、参号機の両足を狙撃し、完全に破壊するのよ。それからシンジ君?」
僕は我に返って返事をします。
「シンジ君は後ろから回り込んで動きを封じて。その間に工作員を……」
「葛城一尉、言ったはずだぞ?使徒として殲滅せよ、と。」
突然に割り込んできた声。それは紛れもなく僕の父、碇ゲンドウの声でした。

なんだか、初めて父の声を聞いたような気がします。
暗く、そして容赦のない恐ろしいその声を。
「回りくどいマネはよせ。参号機、およびパイロットを完全に破棄せよ。」
パイロットを破棄……何故!
「シンジ、もはやアスカは助からない。リツコ君?」
命じられて説明を引き継ぐリツコさん。
「はい……恐らく使徒は参号機に寄生して操り、支配の手を更にエントリープラグの……」
嘘だ!そんなの嘘だ!

その時です。急に参号機との交信が復活しました。
「……(ガガッ)……助け……(ガガッ)……助けて……」

まだ助かる!




僕は参号機に突進しました。
「シンジ、止めろ。参号機と接触してはならない。」
もう父さんの言うことなど無視して綾波に促します。先程のミサトさんの指示通りに。
綾波は薄く頷いて零号機にライフルを向けました。
しかし、その瞬間です。

「あッ!!」
その綾波の叫び声とともに、零号機の両腕が吹き飛びました。
参号機が信じられない跳躍力をもって襲いかかったのです。
その場に倒れる零号機。苦悶する綾波。
そして次に参号機は僕の方を睨みます。
次の標的は僕です……いや、望むところです!

ガシッ!!

組み付く初号機と参号機。だが、ジリジリと僕の方が押されていきます。
次第に参号機は腕を移動させて、初号機の喉笛をつぶしにかかります。
僕は思わずうめき声を上げます。
初号機とシンクロしている以上は、僕自身が首を絞められているのと同じなのです。
このままではいけない。何とかして参号機の動きを封じて、アスカを救出しなければ!




「……(ガガッ)……(ガガッ)……」
また、スピーカーから参号機との通信が絶え絶えに聞こえてきます。
「……(ガガッ)……あた……アタシを……ころ……して……」
で、出来るわけ無いだろ!アスカ!
「ころ……ころし……コロ……コロシテ……」
その時、音声だけではなく画像の通信も復活しました。その時、僕が見た物は!

「……コロシテ……コロシテ………………コロシテヤル!」
モニタに映ったアスカの顔は、なんと笑っていたのです。
「コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!」

カッと目が見開かれ、全てを嘲笑するかのような悪魔の表情。
もう既にアスカは、アスカで無くなっていました。
「コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!
 コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!
 コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!
 コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!
 コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル!コロシテヤル……」

うわああああああああああああああああああああッ!!!




バタン……

と、扉が閉められ、気が付くと僕はベッドに寝かされていました。
何も覚えていない?いえ……忘れたくても忘れることなど出来ません。
母さん……説明しろ、というのですか?この僕に?

僕が覚えている物。

狂気のアスカ。そしてまた、狂気に落ちる僕自身。
完全に制御を失い暴走したのは、初号機ではなく僕自身。
僕の首を掴んでいた参号機の腕を引きちぎり、
地面に押し倒して殴りつけ、
周囲に参号機の血潮を飛び散らせ、
一撃で参号機の頭を砕き、
参号機の胴体をえぐり、エントリープラグを引きずり出して、
そして……僕自身の右手に伝わった、アスカの感触。
容赦なくエントリープラグを握り潰した、その感触。

母さん……言い訳でもしましょうか?
アスカが既にアスカでなくなり、せめて完全に使徒に犯される前に、僕自身の手で……
ダメですね。考えるだけで吐いてしまいそうです。胸のむかつきが収まりそうにありません。



母さん。見てるんでしょう?

今の僕を見てるんでしょう?

アスカのことを思い出して自分の物をしごいている僕の姿を。

アスカと話して、アスカと言い交わして、僅かばかりにその肌に触れた時のことを思い出して、
つい先程、その相手を殺した右手で、自分自身を慰めている僕自身の姿を。

最低……最悪……そんな言葉で言い表せる姿ではないですね……
狂気……そうですね。僕は既に狂気に墜ちてしまったのですね……

ああ、なぜ僕は生き残ってしまったのでしょう。

なぜ僕はアスカに、使徒と化してしまったアスカに殺されなかったのでしょう。
それなら僕も本望だったというのに。

ねぇ母さん……いっそのこと……ねぇ母さん……
最終更新:2007年03月19日 14:09
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